89話「ダービー決勝ステージ」
陸斗は最初から飛ばしていく。
(今回のルールだとマメにブロックを消していけば、それだけで他の七人への妨害になるもんな)
だが、彼と同じことを考えているプレイヤーが他にもいたようで、彼の攻撃は相殺されてしまう。
(さすがに簡単にはいかないよな)
ブロックを落とすスピードを最大にすると同時に、ブロックの組み合わせの計算もしなければならない。
脳の負担が一気に大きくなる過酷な勝負だ。
妨害ブロックが降ってくることを考慮したうえで組んでいくが、これもまた全員がやっている。
誰も簡単には脱落してくれないからこそ、余計に厄介だ。
「ファイブ!」
というお決まりのアナウンスが忌々しくさえ感じられる。
神経がドリルでガリガリ削られていくような感覚に必死に耐えていれば、一人また一人と脱落して三人が残った。
誰が残ったのか陸斗には分からない。
(でもきっとマテウスとモーガンだろう)
という予感がある。
ここまで来ると消せないブロックが画面の三割ほどを占めているため、展開がさらに厳しい。
だが、それは他の面子も同じことだ。
何とか敵の攻勢をかわし、自分のチャンスを粘り強く待つ。
(慎重なだけじゃ勝てない。けど、攻めるだけでも勝てないんだ)
攻めながら粘るという矛盾しているかのようなプレイを陸斗は辛抱強く続けて、ようやくブロックのまとめ消しをやった。
(どうだっ!?)
当然のごとく他のふたりは相殺してくるが、それを突破して妨害ブロックが降り注ぐ。
『ゲームオーバー』
陸斗にとってはうれしい宣言が響いた。
それでも彼は喜びの感情をねじ伏せる。
まだ敵はあとひとり残っているのだ。
そう自分に言い聞かせた時、反撃が飛んでくる。
(うおお)
次に消したかったブロックが上手い具合に防がれてしまう。
何と嫌な一撃だろうと陸斗は舌打ちするとともに感心する。
(誰かが落ちた直後、隙が生まれると判断したのか?)
実にいやらしい攻め方だ。
このやり口はおそらくマテウスだと陸斗は考える。
感覚的なものだったし、もしかするとマテウスではなくモーガンかもしれないが、いずれ劣らぬ強敵に変わりない。
(だからと言ってここから反撃するためにはどうすればいい?)
陸斗は先ほど攻勢に出たおかげで消せそうなブロック群は残っておらず、反撃の妨害ブロックがさらに問題だった。
ひとまず妨害ブロックを消していこうとするが、そこへ妨害ブロックが二、三ずつ落とされてくる。
(うわ、うざっ!)
対戦相手を逆なでするような戦術だが、この場合彼が一番やってほしくない方法でもあった。
必死に消して反撃のチャンスを待とうとしたが、耐えきれずにゲームオーバーになってしまう。
同時に勝利者の名前が告げられる。
「優勝者、バスティアン・マテウス!」
外では歓声が起こっているのだろう。
(負けた……)
陸斗は嘆息しながらVR機を外して筐体から出る。
モーガンもマテウスも何でもない顔をしていて、すでにこの試合の結果をいい意味で忘れていることがうかがえた。
軽く天井をあおいで気持ちを切り替えようとする。
(決勝は一位が二千ポイント、二位が千ポイント、三位が五百ポイントだからな……)
第二戦目は一位が三千ポイント、二位が千五百ポイントとなっているため、まだまだ勝負はこれからだ。
陸斗はとにかく二強に食らいついていくしかない。
いくら二戦目、三戦目の方が獲得ポイントが高くなって最後までもつれやすい仕組みになっているとは言え、さすがに四位以下だと厳しくなってしまう。
(優勝を狙うなら、次も三位以内には入りたい。そうでなくてもダービーは賞金も獲得ランキングポイントもデカいからな)
上のステップを目指すのであれば、賞金と獲得ポイントも重要になってくる。
シード選手になれればグループステージでランキング上位陣と対戦するリスクがなくなるし、獲得賞金額が多ければグランドチャンピオンシップ出場を狙えるからだ。
(……この大会が終わったら、母さんに言ってみようかな。シード選手を目指してみたいって)
シード選手となるためにはランキング八位以内をキープする必要がある。
そのためには出場する試合を増やしていかなければならないだろう。
カンバラの言葉を信じるならば、きっと説得できるはずだ。
こういったことを考えているうちに、休憩時間は過ぎていき二戦目が始まる。
『それではダービー、第二競技を開始いたします』
基本的にはグループステージの時と同じだが、八名全員が同じエリアを飛行するうえに攻撃することも可能だ。
ただし、ダメージを与えてバトルシップの機能を低下させることはできても、撃墜することはできない。
(そうじゃなくても決勝に残ったメンツを撃墜するのはたぶん無理だろう……誰かと示し合わせて連携ができるのならともかく)
このゲームはゴリアテの本拠地を制圧するまでのタイムを競うものなのだから、他のプレイヤーへの攻撃する必要ないのだ。
誰かが他の誰かに気を取られている隙に進むというのは、すぐに思いつけるだろう。
『ゴリアテの本拠地【ギガント】を制圧してください』
アナウンスとともにバトルシップの格納庫の緑のドアが一斉に開き、八機が飛び立つ。
(さあ、どうしようか?)
妨害ありとなると手ごわいマテウス、モーガンを集中攻撃するのがいいのだろうが、当然ふたりもそれは想定しているはずだ。
ひとまず陸斗は少し後ろから様子をうかがうことにする。
顔ぶれが顔ぶれなのだから、開始十秒程度で勝負が決まってしまう心配はいらなかった。
ただ、数秒差を縮めるのも厳しい相手ばかりだということを忘れてはならない。
先頭に立っているのはマテウス、次がモーガン、三番手にはバシュロ、四番手がアンバーだ。
五位、六位あたりから時折ビーム攻撃が放たれているが、前のメンツは後ろに目があるかのようにたくみにかわす。
(やっぱすごい人たちばかりだな。判断ミスったか?)
陸斗は少し焦りを覚える。
マテウスとの差は四秒、アンバーとは二秒程度だが、どこでどうやって詰めるのかというとすぐにいい案が思い浮かばない。
(いや、ダメなんだ。考えてばかりじゃ、慎重なだけじゃダメなんだ)
彼は以前の弱気な頃に戻りそうな自分を叱咤する。
ダービーの第一競技で二位に入るという過去最高クラスの成績を出せたのは、積極的に攻めるようになったからだ。
ただそれだけではないだろうが、重要な理由のひとつには違いないはずである。
(慎重にプレイしていても、八位か七位より上は厳しい。ならばいっそのこと)
イチかバチかにかけてみようと彼は思い切って加速した。
これには周囲のプレイヤーたちも虚を突かれてしまう。
「無策のまま無謀な加速をする馬鹿が決勝に残っているはずがない」と無意識に考えていたのだ。
あくまで結果論ではあるが、陸斗の判断と行動はライバルたちの裏をかいたのである。
ただし、彼らが呆気にとられたのはせいぜい一秒程度で、すぐに全員が立ちなおった。
「させるか!」
と声に出した者はいなかっただろうが、全員がプレーで示す。
互いの様子をうかがっている節があったのが一転して、高速レースへと切り替わったのだ。
陸斗は四位に浮上したものの、そこで止まる。
(まあ仕方ない。奇襲一回でトップに立てるほど、甘い相手じゃないもんな)
彼はそれでも落胆せず、集中力を保っていた。
高速レースになっているが、それだけではマテウスとモーガンを抜き去るのは非常に難しい。
誰かが勝負を仕かけるはずである。
その時こそが絶好のチャンスだ。
(場合によっては俺が自分で仕かけるのもアリだけど……)
さすがに警戒されてしまっているだろう。
第一競技を二位で終えた上に、高速レース化のきっかけも作ったのだ。
現時点では二強の次くらいに注意をされているくらいのつもりでいた方がいいと判断する。
自分の置かれている状況を冷静に判断するのと、慎重になるのはまた別の話であった。
(誰かが仕かけた時、それが俺も仕かける時だ)
陸斗はそれまで現順位をキープしようと決める。




