87話「ダービー・グループステージ」
ダービーの予選グループC組の試合は予定通りはじまる。
試合運行の都合上、八名全員が同時にプレイをするのだ。
まず最初におこなうのはファイブである。
(一位は一〇〇〇ポイント、二位は五〇〇ポイント、三位は二四〇ポイントだからな)
だからできるだけ二位以内に入っておきたいと陸斗は思う。
だが、彼にプレッシャーはない。
アンバーを圧倒できた時のいいイメージが今も続いているのだ。
(この状態なら勝てると言えるほど、クーガーは簡単な相手じゃないとは分かっている)
それでもどこまでやれるのか楽しみだという気持ちが強い。
彼が小さく息を吸ったところで機械音声が試合開始を宣言する。
パズルゲームは一見すると地味なゲームかもしれないが、ダービーに出場する選手ともなると全員が高速でブロックを落とし、スコアを積み重ねていく。
五十万をすぎたところで誰ひとりとして脱落しなかった。
七十万を超えてくるとさすがに集中力の維持が難しくなってきたのか、ひとりまたひとりと脱落する。
プレイ中の選手は脱落者が出たことはアナウンスで分かるようになっているものの、それが誰なのかまでは分かっていない。
そのため、九十万を超えたところでクーガーと陸斗だけが残っても、「たぶんあいつだろう」と予想するだけだった。
百万の大台に到達した時、
「ゲームオーバー」
というアナウンスが陸斗に響く。
つまりクーガーが脱落したのだ。
それでも今回の試合はあくまでも「スコア勝負」である。
クーガーが到達したスコアが分からない以上、彼は油断せずにスコアを積み重ねる必要があった。
「そこまで! トオル・ミノダの勝利です!」
やがてアナウンスが彼の勝利を宣言し、ようやくプレイを終了する。
一度筐体から出て息を吐き出すと、視線を感じた。
そちらを向けばクーガーがふいと目をそらす。
(ライバルだと認められたんだろうか?)
もうそうだとすればうれしいと陸斗は思う。
第一競技が終了すると十分の休憩をはさみ、第二競技であるゴリアテがはじまる。
それまでの間は試合ルームは開放され、選手のマネージャーのみ立ち入りが許されるという点は、ロペス記念と同じだ。
彼は薫からお茶が入った紙コップを受け取ってひと口飲む。
「やったわね」
彼女は小声で言ってにこりと笑う。
周囲には選手やそのマネージャーがいるから遠慮したのだ。
「うん。でもまだ第一競技だけだからね」
陸斗は慎重な姿勢を見せる。
グループステージでは選手間の直接対決がないからと言って油断はできない。
クーガーがここから調子を上げてくる可能性があるからだ。
「一回有利に立っただけで押し切れるような人が、ランキング三位にいるわけがないからね」
陸斗は敬意と警戒心を込めて話す。
三位以下はよく変わるといわれるが、沈んでも再浮上してくる選手こそが真の強豪だと彼は考える。
「選手同士の直接対決がないということは、相手にどれだけすごいプレイをされても防ぎようがないということでもあるんだ」
「そうね」
もちろん自分の方も他者に妨害されないというメリットもあったが、あえて口にはしなかった。
「第二競技ゴリアテがまもなくはじまります。選手は準備してください」
男性のアナウンスが流れるのはだいたい三分前である。
薫はからになったコップを持って試合ルームから出ていき、陸斗は筐体に入って戦いに備えた。
第二競技ゴリアテは制圧戦が採用される。
全員が同じマップで同時にプレイし、本拠地を制圧する速度を競うのだ。
「ゴリアテの本拠地への侵攻作戦が開始されます。選ばれた戦士たちはバトルシップへ乗り込んでください」
バトルシップに全員が乗り込んだあと、カウントダウンがはじまる。
「スリー、ツー、ワン……ゴー」
俗にいう「ロケットスタート」は全員が見事に決めたが、プレイしている選手には把握できない。
ただ、そう簡単に差はつかないだろうという覚悟をもっている。
(ゴリアテの制圧戦でタイムアタックをやるとしたら、やっぱりゴリアテとの戦闘回数をいかに減らすかだろう)
陸斗はそう考えた。
これはスコアを競う試合ではなく、本拠地を攻め落とす速度を競う勝負である。
できるだけ戦闘を避けつつ、ショートカットを意識しなければならない。
(きっと他の人たちも考えていることは同じだろう)
普通にやっては勝てるか分からないため、いつもは通らない岩石群や障害地帯を通過する。
上手くいけばタイムは縮まるが、失敗すれば大きくロスするリスクを覚悟したうえでの判断だ。
バトルシップのサイズを考慮すれば、軌道のズレが許されるのは三ミリまでである。
今までの陸斗ならばまず避けた選択だが、現在の彼は違う。
(頼む!)
祈り続けながら操縦した結果、無事に障害地帯を突破した。
そのまま本拠地に行き、護衛のゴリアテたちを倒して本拠地を制圧する。
ちらりと視界の右上に表記されているタイムを確認してみると、七分二十二秒八八だった。
(新記録だ!)
陸斗の過去最高記録は七分三十一秒で、約八秒も塗り替えたことになる。
喜びを爆発させたい衝動をぐっとこらえたのは、まだ他の選手の結果が分からないからだ。
やがて全員が制圧戦を終了させ、結果が発表される。
「一位アウミール・クーガー、七分二十一秒九三」
アナウンスを聞いた陸斗はそっと目を閉じ、息を吐き出した。
「やっぱり強いなあ……」
「二位トオル・ミノダ、七分二十二秒八八」
だが、次のアナウンスで気持ちを立て直す。
二位に入れたのだから、最終戦で勝つチャンスは残っている。
過ぎたことをくよくよしていても仕方がない。
筐体の外に出ると、選手たちの視線がクーガーと陸斗に集まっていた。
彼は気にせずやってきた薫に問いかける。
「他のグループで一位を取った人のタイム、分からない?」
彼女はうなずいて教えてくれた。
「A組はマテウスで七分二十一秒一六、B組はモーガンの七分二十二秒一五、D組はアンバーが七分二十四秒八六だったわ。トオル君は全体で四位ってことになるわね」
「ふー……最高記録を出したのに四位なのかあ。バケモノばかりだな」
彼はそっと息を吐き出す。
「最後はベルーアね? 大丈夫?」
薫が気遣って声をかけてきたため、彼は笑顔で応じる。
「大丈夫だよ。十分もあれば気持ちは切り替えられるし、集中力も回復する。多すぎるくらいさ」
いつわりのない本当のことだった。
当然他の選手たちも同じである、という点もまた事実だが。
「そう。大胆かつ慎重にね」
「うん、ありがとう」
薫が出ていくと、第三競技のアナウンスが聞こえる。
(ベルーアのタイムアタックは皇蛇を倒す速度だったよな……)
準備をしながら陸斗は皇蛇の倒し方を思い出す。
アマチュアたちでは最低でもパーティーを組まないと倒すのが困難なボスモンスターを、ソロでしかもタイムアタックでというのがプロというものだ。
彼自身、本気を出せるのだから少しの不安もない。
選んだ装備は使い慣れた双剣である。
準備が終わるとボスと一対一で戦うための専用ステージの入り口の前に立ち、他のプレイヤーの準備を待つ。
「それでは第三競技、開始いたします!」
アナウンスが響いて次にカウントダウンがはじまる。
「ゴー!」
黒い金属性のドアが左右に開くと、陸斗は全力で駆け出す。
決勝ステージをかけた最後の戦いがはじまったのだ。
クーガーと競い合うのだから、一秒たりとも無駄にはできない。
(どうする? もっと攻めるか? それとも……いや、最高記録でも勝てなかったんだ。もっと攻めよう)
彼の迷いは一瞬で終わる。
敵の存在に気づいて咆哮をあげたのは、毒々しい紫の霧をまとった巨大な黒い蛇だ。
ソロ討伐である以上、毒を食らっても自分で何とかするしかない。
蛇の胴体部分を目指して一直線に駆けていくとまずは紫色の毒の霧、次には牙での攻撃が来る。
毒霧は前方に一回転して、牙は左に飛んでかわしながら蛇の顔を横から四連続斬りを打ち込み、さらに剣の腹で打撃も入れた。
正面からの攻撃には強いが、左右と上からの攻撃には弱い皇蛇の欠点を狙ったのである。
集団戦よりも体力や各耐性が低めに設定されている皇蛇は、いとも簡単にめまいを起こす。
そこで彼はクリティカルヒットを狙えるように、立ち位置や角度を微調整する。
めまい中はクリティカルが出せないため、回復した瞬間を狙って八連続斬りを下あごを狙って放つ。
クリティカルヒットを八回出し、また回復した瞬間を狙って次の攻撃を出すという作業をくり返す。
皇蛇が倒れて、討伐完了のアナウンスが出たのは四分十六秒のことだった。
(記録更新したけど、問題はクーガーが何秒で倒したかだ……)
おそらく今回も似たようなタイムに違いない。
陸斗は緊張や重圧といったものを感じながら結果発表を待つ。
「結果を発表します。優勝はトオル・ミノダ、四分三十六秒七一」
「やっ……やった」
喜びもあったが、それ以上に信じられない気持ちが強かった。
「二位はアウミール・クーガー、四分五十一秒五六、三位は……」
最後まで発表を聞いた陸斗はゆっくりと筐体の外に出る。
するとそこへクーガーがやってきてゴツゴツした手を差し出す。
握手をかわすと彼は陸斗に向かってさばさばした微笑を向ける。
「悔しいが俺の負けだな。決勝ステージでもがんばれよ」
「あ、ありがとうございます」
陸斗が礼を言うと、クーガーの微笑は苦笑に変わった。
「負かした相手に礼を言うのは止めておけ。挑発だと誤解するやつがいるかもしれないから」
「ご、ごめんなさい」
陸斗が謝ると彼は音を立てて笑い、先に試合ルームを出て行く。




