7話「臨時パーティーの勧誘」
次回の更新は7月14日(木)、午前中の予定です
「やっぱりあなたたち、とんでもないじゃない」
グラナータがそう言うと二人の仲間はすぐに言い返す。
「いや、お前もたいがいだろ」
「うん。人のこと言えない」
アルジェントは例のごとく討伐タイムを計測していたのだが、上級パーティーの指針である「五分以内撃破」を達成していると指摘する。
「四人で五分以内がセオリーなのに三人でやれた。つまりキミもボクらと同類。でなきゃ達成してない」
猫耳プレイヤーのルビーのような瞳と無機質な言葉に射抜かれたエルフは、反論を思いつかず黙ってしまう。
そのような仲間にグリージョは疑問を投げる。
「どうしてそんなに自分は普通だって言い張るんだ? 何か特殊な理由でもあるのか?」
どうしても不愉快ならば今後は慎むのが、仲間のマナーというものだ。
彼はそう思ってたずねたのが通じたのか、グラナータは観念したように口を開く。
「実はプロのeスポーツ選手にあこがれの人がいて、その人に比べたら私はまだまだ弱いと思うの」
「なるほど、そういうことだったのか……」
「そう」
グリージョとアルジェントの表情に理解の色が宿る。
プロeスポーツの試合は主にインターネットで視聴できるし、ファンがいる選手は決して珍しくない。
中には選手にあこがれでプロを目指す者もいるほどだし、ファン心理はいろいろと複雑である。
好きな選手を超えるようなプレーを自分ができるはずがないと本気で思う者がいたとしても、そこまで不自然ではなかった。
「それは悪いことしたな」
「ごめん」
グリージョはともかくアルジェントの言葉は謝意が本当にあるのか、疑わしいほど平坦である。
それでもグラナータはそれをつっぱねずに受けとった。
「分かってくれたらそれでいいのよ。じゃあドロップアイテムのチェックをしましょうよ。何かレアアイテム出た?」
「何もない。いらないものばかり」
「俺もだな」
仲間たちが首を横に振ると、エルフも残念そうに表情をくもらせる。
「私もよ。再挑戦してみる?」
そう言うサファイアブルーの瞳はグリージョを捉えた。
「ここでドロップするもので何か必要なものってあるのか?」
彼の問いに二人は「別に」と返してくる。
「それなら別のダンジョンに行こう。グラナータが今一番ほしいのは何だ?」
「えっと、そうね。高難易度マップに行くなら、その前にアイテムを充実させておきたいわね。ちょっと上位ポーションの残りが心もとないのよ。装備については特に思いつかないかしら」
「上位の回復ポーションとなると、集める素材は神樹の雫、天使の涙あたりか…」
グラナータの答えを聞いてグリージョが考え込むと、アルジェントが声をかけた。
「ミガノ遺跡は? あそこなら天使の涙も入手できるし、グラナータ抜きでもいけるよ」
「ああ、ミガノ遺跡があったか。そうだな、あそこならアルジェントがいれば何とかなるか……」
「頑張る」
グリージョの反応に猫耳少女はにこりと微笑む。
「グラナータはミガノ遺跡でいいか?」
「ええ。私はフォローしてもらう立場だし、二人がいいなら文句はないわよ」
こうして彼らの次の目的地はミガノ遺跡という場所に決まる。
転移ゲートで帰還した三人の姿を見て、ある女性体プレイヤーが目を見開いた。
「えっ? もう屍平原から帰ってきたの?」
それに応えたのはたまたま隣にいた男性体プレイヤーである。
「そりゃそうだろ。メンツを見ろよ。アルジェント、グリージョ、グラナータだぜ。むしろ過剰戦力だろ」
「そっか。それもそうね」
実に簡単に納得してしまう。
そのようなやりとりをよそに彼らはクエスト斡旋所に行った。
達成した後受注した拠点に一度戻り、報告して報酬を受けとるという段階が必要なのである。
そうしなければ次のクエストを受注することができない。
グリージョにはこのあたりがやや不便だった。
ミガノ遺跡に行く為に受ける必要があるクエストはいくつかある。
本来この面子であればどれでもよいが、今はポーションの素材回収という目的があった。
「一番天使の涙が出るのはやっぱり、堕天使殲滅作戦だろ」
グリージョの独り言のような言葉にアルジェントたちは黙ってうなずく。
堕天使殲滅作戦は名前から想像ができるように、堕天使と呼ばれるエネミーをとにかく倒していくクエストだ。
指定された数の堕天使を撃破すればその時点で依頼達成となる。
「まあ今回は涙だし、二十体のやつにしておくか?」
クエストの難易度によって必要撃破数が変わるのだ。
グリージョの言う二十体討伐のクエストはさほど高くはない。
天使の涙をはじめとするアイテムの素材集めに向いたクエストと言えるだろう。
「そうだね。百体のやつはまた今度でいいよ」
アルジェントもグラナータも賛成した為、彼がNPCに話しかけて依頼を受注する。
その隙に二人組の男たちがグラナータたちに声をかけた。
「なあなあ、今度俺たちと一緒に狩りに行かない?」
「たまには別のプレイヤーとの狩りも悪くないと思うんだけど」
これがリアルであればナンパの一言で片づくし、相手にしない方がよい。
だが、ここではアルジェントもグラナータも有名人である。
組んで狩りに行きたいと思うプレイヤーが多いのは当然のことだ。
そしてギルド、クラン、パーティーという組織制度は皆無である。
別にグリージョとばかり狩りに行く必要はない。
あくまでもプレイヤー個人の意思にゆだねられることだ。
「興味ない」
それでもアルジェントは冷淡に即答する。
とりつく島もない態度だったが、二人組の男性体プレイヤーたちはひるんだりしなかった。
アルジェントがこういう反応を示すのは織り込み済みだったのだろう。
視線をグラナータへと向ける。
エルフは眉間にしわを寄せた。
「これから他のプレイヤーとクエストに行こうとしている相手にそういう話をもちかけるのは、マナー違反ではないかしら?」
厳密にそのようなルールは存在しないが、いい顔をされなくても不思議ではない。
そのことを指摘された彼らは逆上したりはせず、頭を下げて懇願する。
「分かっている! 後でグリージョにも断りを入れるつもりだ!」
何やら切羽つまっている様子にグラナータは、とりあえず話を聞く気になった。
「グリージョにきちんと話を通して、彼が承知するなら考えてもいいわ」
「本当か!」
絶望している中、希望の光を見出したような顔で男たちは喜びをあらわにする。
そのタイミングで当のグリージョが戻って来て、アルジェントに声をかけた。
「何だ、どうかしたのか?」
「ナンパ」
猫耳少女プレイヤーはもう一人の仲間とは違い、声をかけてきた二人組に対して冷淡な態度を崩さない。
しかしながら、このアルジェントは基本的にほとんどのプレイヤーに対してそうなのだ。
それを知っているグリージョとしてはグラナータに視線を移し、説明を求める。
「どうにも私たちの協力が必要みたいなの」
「そうなのか」
ベルーアブックのアイテムのほとんどは他のプレイヤーと譲渡・交換・売却が可能となっているが、ごく一部の例外は存在していた。
彼らはそれを欲しがっているからこそ、協力者を探しているのだろう。
パーティー募集手段はいろいろとあるが、目的の人物が近くにいるのであれば直接交渉するのは手っ取り早い。
「俺とグラナータの二人でいいなら、このクエストの後につき合ってもかまわないけど」
アルジェントがこの二人と協調できるとは思えなかった。
だからこそグリージョは自分がもう一人になると提案したのだが、二人組はそれでよかったらしく顔を輝かせる。
「あ、ありがとう! できるかぎりの礼はさせてもらう!」
その二人を尻目に三人は天使殲滅戦に出発する。
「あの人たち、時限ボスでも狩りに行くのかしらね?」
グラナータが戦闘マップに転移した途端、そう疑問を口にした。
時限ボスとは一定時間限定で出現するボスのことである。
非常にレアなアイテムをドロップするし、その中には譲渡交換ができないものもあった。
「それなら必死なのも分かるな。今このサーバーで出ている時限ボスは」
「腐乱の皇蛇」
アルジェントが間髪入れずに答える。
「うわぁ、あいつかぁ……」
グリージョが思わずうめき、グラナータも苦笑を浮かべた。
「あの人たちが必死だった理由、何となく分かってしまうわね」
「まあ、ドロップは高額で売れるし、つき合う価値はあるな」
彼は自分にそう言い聞かせるともう一人の仲間に話しかける。
「すまないけどアルジェント、しばらく待っていてくれ」
「うん。適当に何か狩ってる」
彼らはそのようなやりとりをしながらも黒い翼が生えたモンスター、堕天使を狩っていた。
「あ、採取もいいですか?」
「いいよー」
グラナータは許可をもらってマップにはえている草を採取する。
二十体の討滅であれば、二人でも十分すぎるほどだった。
クエストをクリアして帰還した彼らは、待っていた二人組と合流する。
その二人はやや緊張で顔を強張らせてまま話しかけてきた。
「報酬についてなんだが、俺たちが提供できそうなものは何だろう?」
「気づいてるかもしれないけど、今回俺たちが狩りたいのは腐乱の皇蛇なんだ。腐乱皇の心臓と腐乱の皇牙がほしくてね」
どちらも討伐参加者しか入手できないものである。
ただ、クリア後街に帰還するまでならば交換する猶予は与えられていた。
「この二つだけは勘弁してもらいたいが、それ以外なら」
「では回復ポーションを先にいただけるかしら? 手持ちの数が心許ないのです」
グラナータが切り出すと二人は納得したようにうなずく。
「ああ、だから堕天使討伐を……MPポーションとスキルポーションの両方譲らせてもらおう。二十ずつあればいいかな?」
「ええ。それくらいあれば皇蛇は倒せるでしょう。グリージョがいますからね」
エルフは仲間へのたしかな信頼がこもった声を発する。
そのグリージョはと言うと報酬で悩んでいた。
「俺が欲しいのは特にないな。皇蛇のドロップは一通り回収したし……」
それを聞いた二人組は「さすがだ」という顔をする。
ログイン時間がかぎられている彼がアイテムに困っていないのは、素知らぬ顔を決め込んでいるアルジェントの協力が大きいのだろう。
「割高な値段で素材を買い取ってもらうというのはどうだろう? 後、スキルポーションなら俺も欲しい。さすがに皇蛇相手にスキルなしは無理だからな」
「えっ、まさか今までスキルなしでクリアしていたのか……?」
グリージョの言葉に二人組は目を剥く。
彼らの言うスキルとは必殺スキルのことであり、これを使うとスキルゲージを消費する。
それを回復する為のアイテムがスキルポーションなのだ。
「何を驚いているのか知らないけど、まだ今日は使ってないよ」
屍平原と堕天使殲滅に行ってきたのに一度も使っていないのか。
二人組はそう思ったが、かろうじて言葉には出さなかった。
納得するしかない面子だと言い聞かせたのである。