86話「ダービー・グループ分け」
ダービーはイギリスのロンドンで開催される六大タイトルのひとつである。
アクション、シューティング、パズルの三つのジャンルの総合成績で優勝を決めるというのは、第一回の時からの伝統だった。
「予選ステージは出場選手六十四名を八のブロックに分けて、一位のみが決勝ステージ進出か……」
と言ったのは薫である。
「どのブロックに入るかは運だな。マテウス、モーガンは勘弁してもらいたいね」
そう言ったのは岩井だった。
今回、ダービーに出場する日本人選手は彼と陸斗のふたりだけである。
彼らはタイトル戦の前夜祭のパーティー会場で合流し、グループについての話をしていた。
豪華なホテルの豪華な会場も、彼らはもう慣れっこである。
「岩井さんはランキング十位ですし、入るとしたらランキング七位か八位がシードのブロックじゃないですか?」
陸斗が先輩ゲーマーに言う。
「そうだといいが、たまに違う時もあるからな。サプライズがある方がといいだろうという、WeSAの配慮らしいが」
「選手にしてみれば、うれしくない配慮ですよねえ」
岩井の苦笑まじりの発言に、彼も苦笑で応じる。
「まったくだよ」
ふたりで肩をすくめあうと、ヴィーゴがやってきた。
「やあ、久しぶり、トオル」
「ああ。ヴィーゴ。もしも、対戦する時はお手柔らかに」
陽気でお調子者なイタリア人選手は現在ランキング七位であり、今大会のシード選手の一角である。
陸斗のあいさつに彼は笑いながら応じた。
「おお友よ、たしかに友と戦うのは僕もつらい。だが、友だからこそ手は抜かないよ。だって僕たちは友なのだから」
薫には何を言っているのかよく分からない言葉だったが、陸斗と岩井には通じる。
「そうだな。真剣勝負の舞台で友達に手を抜かれたら、俺だって腹が立つよ。でも、俺とお前って友達だったっけ?」
陸斗が冗談半分で言うと、ヴィーゴは衝撃のあまり口と目を限界まで開く。
「な、何を言うんだい、トオル? 僕たちはベストフレンドじゃないか?」
動揺するイタリア人を彼はさらにからかう。
「イタリア人がベストフレンドって言っていいのかなぁ?」
「僕はちゃんとイタリア語を話しているよ! 英語風に聞こえているとしたら、それは君が使っている翻訳機能の問題だ! 知っているはずだろう!?」
陸斗は返事の代わりに大きく笑い、ヴィーゴは悔しそうに天をあおぐ。
「何だかんだで仲いいのよね、あなたたち」
薫のこの発言にイタリア人は食いつく。
「ええ、そうなんですよ」
彼が彼女に近づく前に、さっと陸斗が立ちはだかる。
「女性が絡まなきゃいい奴だからね、ヴィーゴは」
ガードが堅固なのを見てヴィーゴはあきらめたように肩をすくめた。
「何度も言うけど、魅力的な女性にあなたは魅力的だと言うのは、男の義務だよ。君がシャイすぎるだけさ」
イタリア人のポリシーと言うか、魂であるらしい。
だが、陸斗も負けてはいなかった。
「モーガンが見ているところで、アンバーに言ってみれば?」
たちまちヴィーゴは真っ青になる。
「それだけはごめんだ。僕だって命は惜しい」
「お前ら、人をいったい何だと思っている?」
イタリア人がプルプル震えてみせた直後、当のモーガン本人が彼らにあきれた顔で声をかけた。
近くにアンバーがいないところを見ると、連れてこなかったようである。
ヴィーゴのそばに連れてくるよりは、ひとりでいさせた方がマシだと考えたのだろうか。
「どうも」
陸斗の短いあいさつに対し、モーガンもグラスを持った右手を軽く振る。
大きな氷が音を立てた。
「うん?」
岩井とヴィーゴは彼らのやりとりに気安いものを感じて、怪訝そうな顔になった。
いったいいつの間に陸斗とモーガンが親しくなったのか、彼らが分かるはずもないことである。
岩井が口を開きかけた瞬間、司会がマイクを片手に話し出す。
「談笑中恐れ入りますが皆さま、これよりダービーのグループステージの組み分けを発表いたします。こちらのモニターをご覧ください」
彼の声にしたがって選手たちの視線がいっせいに前方のモニターに集まる。
AからH組とそれに入ったメンバーが英語で表記され、各国の報道機関のカメラが近くで撮影していた。
「マテウスがA組、モーガンがB組、クーガーがC組、アンバーがD組のシード……予想通りね」
薫のつぶやきに陸斗はこくりとうなずき、自分の名前をさがしてすぐに見つけた。
「C組か……」
彼が顔をしかめたのはクーガーもまた強豪であり、AやBよりはマシにすぎないからである。
「僕はG組のシードで、岩井と同組だね」
ヴィーゴは朗らかに話し、岩井に握手を求めた。
「健闘を誓いあおう。勝たせてもらうよ」
岩井はおだやかに応じながらも、勝利宣言をしてイタリア人をけん制する。
「ふふふ、そうこなくてはね」
ヴィーゴは怒るどころかうれしそうに笑う。
「男同士の友情と書いて、ライバルと読むやつね」
薫は何やら理解ある顔つきだった。
「じゃあトオル、決勝ステージで会おう」
ヴィーゴはキザなあいさつをして去っていく。
「まあ、君たちと会うとすれば決勝ステージか」
モーガンもそう言ってアンバーをさがしに行った。
「トオル君はどうする? クーガーのプレイ動画でも見る?」
日本人だけになったところで薫が陸斗に問いかける。
「うーん。あんまり意味ないと思うんだよね。ダービーは三ジャンルで争うから、基本的にグループステージはタイムアタックやスコア勝負ばかりだし」
「ああ、そうだったわね」
プレイヤー同士の直接対決が決勝ステージまでないのが、ダービーという大会の特徴のひとつだと言えた。
「見方を変えれば、誰にでも決勝ステージに行くチャンスがあるということだ」
岩井がそこで会話に入ってくる。
「駆け引きやテクニックが介在してくると、悔しいが世界二強の壁は分厚い。しかし、純粋なスコア、タイム勝負であれば単純なやりこみ量で対抗できる」
「同感です」
陸斗は先輩の発言に賛成した。
もちろん練習時間だけで決まるわけではない。
練習時間がすべてなのであれば年長者ほど有利になり、陸斗やアンバーは若いというだけで不利になってしまう。
薫は彼らの言い分を受け入れ、そのうえで問いかける。
「私に何かできることはある?」
「いつも通り、おいしいご飯をお願いします」
陸斗は即答した。
薫は苦笑しそうになったが、岩井がよく分かるという表情をしていたため、認識を改める。
彼女にとってはささやかなことでも、彼ら選手たちには重要なことなのかもしれない。
ならば最善を尽くすのが彼女の役目であった。
「分かったわ、任せて」
気負うことなく言うと、何人か気の早い選手たちが部屋へ引き上げていく。
「俺たちも行こうよ、薫さん」
「そうね。A組からD組は午前九時からいっせいに試合がはじまるものね」
これもまた三ジャンルで争う大会だからだろう。
選手たちは三十分前に会場入りを推奨される。
陸斗としては七時には起きたいし、八時くらいには朝食をすませておきたい。
もちろん、薫は彼の希望を百も承知している。
部屋の前まで来たところで別れる際にこう言う。
「じゃあ七時前に起こしに行くわね」
「うん、お願い」
陸斗は答えて部屋に入った。




