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83話「ミノダトオルに足りないもの」

「そろそろ移動しようか」


 カンバラがそう言うと、聖寿寺がうなずく。


「合宿用の施設を近くに手配済みですよ。お手数ですが、一度徒歩で移動してもらいましょう」


「そう言えばどうして待ち合わせ場所がここだったの?」


 アンバーが口にした疑問にはカンバラが答える。


「私がはじめた店だからだよ。今は息子夫婦に譲った楽隠居だがね」


「Oh……」


 アメリカ人少女が目を丸くしたのとは対照的に、陸斗は合点がいった。


「道理で日本人によく合った、懐かしさと親しみを感じる店と料理だったわけだ」


「ほう? 君は来てくれたことがあるのかね?」


 カンバラの問いに彼は正確を期そうと努める。


「アメリカにある店に今年行きました。美味しかったです」


「そうか。ありがとう」


 思いがけない部分でカンバラと会話ができたものだ、と陸斗は思う。


「聖寿寺さんとは長い付き合いなのですか?」


 彼はそう尋ねた。

 

「ああ。私も若い頃、彼と彼の親父さんにはかなり世話になった。初めて出会った日から数えれば、もう四十年以上になるか」


「すごいですね」


 まだ高校生に過ぎない陸斗には想像もつかないような長い年月である。


「そうだな。彼の情熱が一向に衰えていないのはありがたいし、素晴らしいと思うよ」


 カンバラの言葉には、年下の友人に対する敬意と友情が多量に含まれていた。

 アンバーとモーガンは時々ふたりに視線を向ける。

 日本人たちが何を話しているのか気になっているらしい。


(正しくはカンバラ選手の言葉を聞きたいんだろうな)


 と陸斗は推測する。

 彼と会話ができているのは、日本人としての特権みたいなものだろうか。

 じつのところ緊張で心臓がおかしなことになっていて、平静をよそおうのに相当な苦労をしていた。


(カンバラ選手と会話したって言えば、世界中で自慢にできるもんな)


 おそらく大いに悔しがられるか、うらやましがられるか、それとも恨みを買うかだろう。

 

「ところでミノダ君だったか。君は学生なんだって?」


「はい。……やっぱり学業と両立は困難なのでしょうか?」


 陸斗はそれとなく周囲から言われてきたことを口にする。

 反対を押し切って走ってきたが、カンバラに同じことを言われると耐えられるだろうか。


「そんなことはない」


 ところがカンバラは力強く否定する。


「医者や弁護士を資格をとりながら活躍していたプロもいる。たしか数学者もいたはずだ。ノーベル賞受賞者はまだいないが、候補に挙げられた人物はいる。何かとプロゲーマーを両立させる人間は、現実としているのだ」


「……前例となる人がそれだけいるなら、勇気がもらえます」


 医者、弁護士、数学者、ノーベル賞候補者……陸斗からすれば卒倒しそうになるような豪華な顔ぶれであった。

 同時に言い訳はできないなと思う。

 

「君のプレイは見せてもらったが、一回実際に対戦してみようと思う」


 カンバラに言われた陸斗は目を輝かせる。


「えっ? いいのですか? 光栄です」


「ああ。遠慮なく倒す気で来てくれ」


 という一言に彼はこくりと首を振った。

 最初からそのつもりである。


(戦えるだけでうれしいなんて気持ちだと、失礼になっちゃいそうだしな)


 プロを引退して二十年近くになるカンバラの今の実力がどれくらいなのか分からないが、無礼なまねだけはしたくない。

 聖寿寺が連れてきたのは、とある立派なビルだった。


「ワンフロアを貸し切っているから、安心してプレイできるよ。何なら泊まってもいい。キッチンもベッドもシャワーも用意してある」


 彼はエレベーターの中でそう説明する。

 五階で降りると自動ドアの手前に武装したガードマンが二名立っていて、聖寿寺が彼らに名を告げてカードを提示して見せた。

 百九十センチ近くある筋肉の塊で、いかにも強そうな白人と黒人のペアはちらりと一向を見回してから通してくれる。

 ドアをくぐるとすぐ左側に受付があって、コンシェルジュの男女ペアが椅子に座っていた。

 ここでも聖寿寺が手続きを済ませて彼らを奥へ誘導する。

 カーペットが敷かれた廊下の右手側の大きな窓ガラスからは、外の景色が見えていた。

 一番手前の部屋の前で立ち止まった聖寿寺は、彼らにある問いを発する。


「グループ分けはどうします? それとも三人でプレイします?」


「すまないがまず私とミノダトオル君を一対一で対戦させてもらいたい」


 カンバラが言うと、真っ先にモーガンが反応した。


「えっ? カンバラのプレイが見られるのか?」


 驚き以上に喜びが含まれていたが、聖寿寺も似たような顔つきである。


「よろしいのですか?」


「ああ。若手たちと話してみて、久しぶりにやってみたくなった」


 カンバラが答えると、モーガンがすかさず言う。


「では私と姪はあなたのプレイを見学したい」


「それはいいが、私にはブランクがある。期待に応えられるか分からないよ」


 伝説の選手はおだやかでひかえめな態度を崩さない。

 

「それでもかまわない。私はもう一度あなたのプレイが見たいんだ」


 モーガンの熱心さに負けたか、カンバラは彼らの観戦を認める。


「デーモンアーツギガでいいかね?」


 老人の問いに陸斗はうなずく。

 対戦型格闘ゲームの方が分かりやすいのだろうと推測した。

 入った部屋には青、赤、白、黒の筐体型VR機が並んでいる。

 手前側には円形のテーブルとイスも用意されていた。

 薫と聖寿寺は立ったまま、モーガンとアンバーは座ってVR機の向こうにある大型モニターを注視する。

 デーモンアーツギガのタイトルロゴが浮かび、闘技場に陸斗とカンバラが選んだアバターが入ってきた。

 陸斗が選んだのはフドウというスキンヘッドの格闘家で、カンバラが選んだのはカケルという何もかもが平均的な少年である。


「カケル……癖がなくて汎用性が高い。プレイヤー次第で最弱にも最強にもなるキャラクターよね、おじさま」

 

「ああ、ヘタクソが使えばただの器用貧乏だが、一流が操れば最強のオールラウンダーになる」


 モーガンとアンバーはそう言いあう。


「案外自信があるんじゃない? 現役のトオル相手にカケルを選ぶなんて」


「可能性は否定できないが、カンバラはオールラウンダータイプの操作を得意とし、それでタイトル戦を二十勝している。ただの昔のくせかもしれん」


 アメリカ人たちが解説半分、興味半分の態で見守る中、ふたりの戦いは闘技場ではじまった。

 まず仕掛けたのはフドウで、拳の乱打、蹴りとのコンビネーションをカケルが華麗に捌く。

 至近距離からのノーモーション特殊技さえも、カケルは読んでいたかのように避ける。


「うそぉ……」


 驚愕の声を漏らしたのはアンバーであった。

 やがて反撃に転じたカケルの猛攻を、フドウが必死に耐えていたものの、特殊技を絡めた攻撃にはあっさりと沈んでしまう。

 

「トオルは世界上位クラスなのよ……それなのに?」


 目を限界まで見開き、大きく開けた口を手で隠しているのがアンバーだ。


「eスポーツは四十を過ぎればどんどん衰えるはず……六十前後でブランクが十数年あるというのに、まだこの強さだと? ジャパニーズレジェンドは、正真正銘の規格外だな」


 そして畏怖たっぷりの言葉を発し、冷や汗をかいているのがモーガンである。

 カンバラが見せたパフォーマンスは、アメリカ人の予想をはるかに超えていた。

 陸斗とカンバラは礼と握手をかわすと、ログアウトする。


「あれ? 一戦だけで終わり?」


 アンバーが首をひねっているところへふたりが戻ってきた。


「老人に連戦は少々こたえるのでね。一戦だけにしてもらったのさ」


 と苦笑するカンバラにモーガンが近づいて握手を求める。


「恐れ入ったよ、ミスターカンバラ。あなたはまだまだ私やマテウスよりも強そうだ。さすが三大レジェンドの一角だとシャッポを脱がせてもらうよ」

 

「現役の世界二強が脱帽するとか、さすがカンバラ氏ですわね」


 薫は敬意と畏怖と感嘆と称賛が融合した声でつぶやく。


「いや、本当に強かったよ。失礼ながらびっくりした」


 と話す陸斗には負けた悔しさがない。

 そんなものが感じさせないほどの力を、カンバラは発揮したのである。


「どうでしたか、カンバラさん。期待の若手の選手は?」


 聖寿寺がたずねると、彼は少し迷ってから口を開いた。


「いい選手だ。映像を見た限り、どれも水準が高かかった。世界で通用しているのも当然だと思う」


 高評価だと喜んだのは薫だけで、陸斗は神妙な顔つきで耳をかたむけている。

 カンバラはそんな少年に優しい一瞥を送ったあと、聖寿寺たちに言う。


「ここからはふたりだけにしてくれないか。少し厳しい内容になるから、他の人の前で言うべきではない」


「分かりました」


 みんなが離れていくと、陸斗はごくりとつばを飲み込む。

 どんなきついことを言われたとしても、参考にしようという気持ちで身がまえる。

 元より現状を打破するきっかけがほしくて、コーチをと思ったのだから当たり前のことだ。


「君と対戦して感じたことだ」

 

 カンバラはそう言って彼の目をじっと見つめる。


「はい」


「無難に、賢く、という姿勢を否定する気はないが、勢いがなく、小さくまとまりすぎている印象だった」


 優しい言い方だったが、陸斗の心にはしっかりと突き刺さった。


「勢いがない……」


「もしかすると、勢いだけで勝てるほど甘い世界じゃないと言われたのかもしれない。だが、局面を打開する時、強引に押し切るパワーも必要になる。今の君に一番足りないものだ」


 彼はカンバラの指摘に心当たりがある。


「……そう言えばアンバーと格闘ゲームで対戦した時、強引に攻め込まれて押し切られた覚えがあります」


「パワー勝負に持ち込めば怖くないと思われているのかもしれないな。私も同じ意見だ」


 陸斗はじっと考え込んでいたが、やがて疑問が浮かんで言葉に出た。


「格闘ゲーム以外にも適用できることのでしょうか? パズルゲームとか、あまり関係なさそうなのですが」


「選手としての姿勢、心がまえの話だぞ。パズルゲームだって賭けに出た方がいい状況もあるだろう?」


「それはたしかに……」


 カンバラはうつむく彼に問いを投げてくる。


「君はどうしてこの道を選んだのだ?」


「なぜって……好きだったからです。それにうちは母子家庭で、母を楽させてあげたいと思って……」


 陸斗の答えを聞いてカンバラはまず謝った。


「そうだったか。立ち入ったことをすまない」


「い、いえ、教えを乞うている立場ですから」


 年長者、それも伝説の名選手に頭を下げられて、彼は焦る。


「だからと言って避けた方がいいことはあるからな。……そうか、おふくろさんのためか。子どもと孫を持って分かるようになったが、親という生き物は子どもが元気でやっていれば、それで満足できるものだ」


「そういうものでしょうか」


 陸斗にはピンと来ないものだ。

 心配されているということはかろうじて分かるが、それくらいである。


「一度、初心に立ち返り、目の前のことに全力で、がむしゃらにぶつかってみたらどうだ? 無謀はいけないが、君の場合はその少し手前を意識するくらいでちょうどいいかもしれん」


「はい」


 陸斗は素直にうなずき、廊下に備えつけられている黒革の背もたれのない椅子に腰を下ろす。


(初心……ただ、ゲームが大好きで、何をやっても楽しかったあのころ……)


 彼を見守るようにしていたカンバラは、やがて聖寿寺たちのところへと足を運んだ。

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