78話「WeSAツアープロ試験に関して」
陸斗は食事を終えてゲームに没頭し、一度ログアウトして休憩を入れる。
プロゲーマーというものは長丁場を戦う体力が必要だが、休むのも大切なのだ。
(矛盾しているとしか思えないけど、矛盾と上手に付き合うのがコツだって言われたしなあ)
彼が教わったのはもう引退してしまった元プロである。
優勝とは無縁な人だったが、優しい親戚のおじさんとでも言う人で、今でも慕う若手は多い。
何となくなつかしくなってしまった。
薫が用意してくれていた麦茶を飲み、携帯端末を起動させてエラプルを確認する。
そろそろ時刻は夜の十時になるため、アンバーからの反応があるのではないかと期待したのだ。
ところが彼女からのメッセージはなく、代わりに栃尾から届いている。
(何かあったのかな)
彼が不安に思って見てみると、「親から一応許可は得た」との報告だった。
(おっ)
少しうれしくなったが、続きはある。
「試験を受けていいのは一回だけ、か……仕方ないかな」
とりあえず栃尾には「試験に関する詳細な説明はした方がいいか?」と問いかけを送り、続いて天塩にも同じものを送信した。
(栃尾ならある程度のことを知ってそうだけど、さすがに具体的な内容は分からないだろうからな)
受けたことがある選手にしか分からないことだってあるはずだし、今回の場合彼が教えるのは問題ないだろう。
二人からすぐに返事が来る。
「ありがたいけど、教えてもらってもいいものなのかしら……?」
と困惑気味なのが栃尾、
「わーい。よければ会って教えてくれる?」
と無邪気な内容なのが天塩である。
(教えてもらっていいのかと言ってくるあたり、栃尾もシステムをよく分かっていないのか)
陸斗はなるほどと思う。
「会うのはいいけど、音声チャットの方が早いし、今から説明できるよ?」
天塩向けにメッセージを送ればすぐに返事が来る。
「あ、そっか」と納得したものだったため、エラプルの音声チャット機能を使う。
二人もすぐに応じてくれる。
「こっちでは久しぶりになるのかな?」
「そうね。意外と通話する機会ないもの」
陸斗の第一声に栃尾がくすりと笑いながら答え、天塩も同意した。
「そうだねー。もっとおしゃべりできるのかと思ってた」
「一緒にゲームすれば、嫌でも会話するよ……?」
彼がやや不思議そうに首をひねると、少女たちの声が重なる。
「いや、そういうことじゃないの」
「あ、うん、はい」
どうやら「鈍い」と叱られる回答だったらしいと、うっすら察した彼は素早く話を変えた。
「し、試験の説明をしてもいいかな?」
逃げた彼に二人は何も言わず、先をうながす。
「うん、お願い」
栃尾がまず応えた。
「ツアープロの受験申請の仕方、ボクなりに調べてみたんだけど、分からないことがあったから」
と天塩も言う。
「必要書類についてはいいとして、申請した人間がプロとしてやっていけるのか、適性テストがある。これはいいね?」
「うん」
少女たちの返事を聞いてから陸斗は説明する。
「適性テストは健康チェックと、実技試験になる。何が採用されるのかは俺も知らないけど、市場に出回っているゲームから選ばれる。協会が設定している合格ラインをクリアすれば、ツアープロのライセンスカードが発行される。ただし、これを受け取るといくつかの資格がなくなってしまう」
「賞金がある市販には参加できない。リーグプロにもなれない、だったわね」
栃尾がすらすらと答えた。
「ああ。どっちもライセンスを返上すれば挑戦可能になる。中には賞金制のゲームやリーグプロの方が稼げると言って、辞めてしまった人もいるらしいよ」
「えっ? そうなの?」
天塩が不思議そうな声を出し、陸斗が応対する。
「ああ。賞金制ゲームよりツアーの方が賞金は高いけど、参加選手のレベルが違うからね。リーグプロに関しては向き不向きだろう。あっちはチームスポーツが得意な人が向いている。ツアープロでやるゲームはほぼ個人競技だから」
「テニスやゴルフと、サッカーやバスケみたいなもの?」
天塩の言葉に彼はうなずく。
「だいたいそういう認識でいいと思うよ」
「そっか。リーグプロっていう道もあるんだね」
天塩はまったく気づいていなかったようである。
ツアープロのことも疎いくらいだから、リーグプロのことを知らなくとも不思議な話ではない。
「ああ、プレイヤーネーム制度が適用されるのは、どちらでも同じだよ。今は気にしない方がいいと思うけど」
「うん……陸斗はテストでプレイした時って、どんなタイトルだったの?」
天塩の問いに陸斗は少し過去を振り返る。
「俺の時はアクションとシューティングゲームだったよ。海外で通用するためには、海外で人気が高いこの二大ジャンルができなければいけない、なんて説明がついていたな」
「でも、実際に富田君は世界上位ランカーになっているのだから、間違っていたとは言えないわよね」
栃尾が好意的な意見を口にしたが、彼は懐疑的だった。
「そうなのかなぁ?」
「だとすると、今の審査基準はどうなるんだろうね?」
天塩がどこかワクワクしているような口ぶりで、問いを投げかける。
「世界のトップと戦っていくためには、六大タイトルのテーマに選ばれやすいジャンルをバランスよく……だったりしてな」
陸斗はそう答えてみた。
最後につけ加えた一言から分かるように、本気で言っているわけではない。
だが、二人はそうは思わなかったようだ。
「ありえそう」
「そうだね。あるかもしれない」
栃尾に天塩が賛同している。
(う、うーん、どうかな?)
陸斗はやはり首をかしげたいが、苦手ジャンルがあるよりはひと通りできた方がいいのも事実だ。
実際どうなのか分からない以上、決めつけない方がいい気もする。
「まあ、できないよりはできた方が、賞金稼ぎやすいのはたしかだから……」
彼があいまいな言い方をすると、天塩が聞いてきた。
「ねえ、陸斗。テストっていつになるの? そもそも常時実施されているものなの?」
「うん? ああ、テストはプロ申請してきた人が出るたびに実施されるよ。プロ志望者は年から年中募集している」
陸斗の回答に彼女は驚く。
「えっ? そうなんだ?」
少し踏み込んだ問いを放ったのは栃尾である。
「そう言えばそうなのよね。テストをする方は大変じゃないのかしら?」
「何でも繁忙期と閑散期があるらしいよ。それにある程度申請者が集まるのを待って、一括でやっているとか」
さすがにそこまで知らなかったのだろう。
「へえーそうだったの」
栃尾は彼の返事にうなっている。
「ただ、今回は特殊なケースだから、どうだろうな」
陸斗は疑問を言葉に出す。
「ひとまず協会に連絡して、返事を待つしかない」
「そうね……ごめんなさいね、ダービーが近いのに」
栃尾は申し訳なさそうに詫びる。
「ああ、別に気にしなくてもいいよ」
陸斗はさらりと答えたが、かえって彼女は恐縮してしまった。
「本当に気にしなくて大丈夫だよ」
彼は一生懸命言ったものの、彼女の憂いを取り払うのは容易ではない。
そこで彼はあることを提案してみようと思いつく。
「気にしているなら、今度勉強を教えてくれよ。成績に関係なく卒業させてくれるって学校は言ってくれているんだけど、やっぱり赤点はまずいと思うし……栃尾って成績いいんだよな?」
「えっ? とりあえず中間テストは学年二位だったから、できないわけじゃないと思うけど」
困惑気味に返ってきた答えに、陸斗はちょっと言葉に詰まる。
「学年二位……それなら十分すぎるじゃないか。お願いします、先生!」
「止めて。分かったからお願い、その呼び方は許して」
かなり本気で嫌がっているため、彼はきっぱりとあきらめた。
「うん。それじゃよろしく頼んでいいんだね?」
「ええ。人に教えた経験なんてないから自信はないんだけれど、それでもかまわないなら」
栃尾が答えて、陸斗が喜ぶと、黙って聞いていた天塩が乱入する。
「二人だけずるい、ボクも勉強するーっ」
「あ、うん。どう思う?」
陸斗の問いかけに栃尾は笑いながら返事した。
「天塩ちゃんだけのけものなんてかわいそうじゃない。三人でやりましょう」
「わーい。安芸子大好き。あ、陸斗の次くらいね」
華やかな声で天塩がはしゃぎ、二人は微笑ましく聞いている。
爆弾発言に関しては、陸斗は深く考えなかった。




