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77話「責任のとり方」

 栃尾が帰ったあと、陸斗はついつい薫に聞いていた。


「栃尾、許可をもらえると思う?」


「彼女のご両親のことを知らないから、何とも言えないわよ」


 薫は苦笑しながら答える。


「ただ、大学にも行く、ダメだったらきっぱりあきらめて引退し、そのあとの身の振り方も考えている、と言えば説得できる場合は多いでしょうし……それでも厳しい家は許してもらえないでしょうけど」


「うーん……」


 陸斗は言葉選びに苦心してうなった。

 彼の場合は経済的にも学力的にも不安があり、水準以上の収入を得られるほぼ唯一の手段がプロになることだったと言ってもいい。

 それでも母の由水は簡単には説得できなかったのだ。

 

(栃尾は勉強できるってたしか、男子組の情報からあったしなあ)


 いい大学に進学し、いい勤め先を選べる娘が、あえてプロゲーマーのような不安定な道を選ぶことを認める親はいるのだろうか。

 天塩の場合は両親が彼女に興味がないという理由で認められたようだが……。


「陸斗君ができることはやったと思うわ。あとは栃尾さん次第になるわね」


「うん……」


 薫は気持ちを切り替えさせようと強めに言ったのだが、陸斗はそう簡単には割り切れない。

 そこで彼女は心を鬼にして言う。


「人のことを心配している余裕があるの? 次はダービーでしょう? 他のことに気をとられている状態じゃ、グループステージ突破さえ無理なんじゃない?」


「あっ、そうだった。ダービーまでもう一か月もないんだった」


 陸斗は彼女の指摘にハッとする。

 

「それにダービーはバトルテーマが三つもあるでしょう?」


「うん。今年もアクション、シューティング、パズルだよ」


 薫の言葉に即答した。

 ダービーとは三つのテーマでの総合成績を競う大会で、一種目のみの勝負だったロペス記念とは趣が異なる。


「ルール変更の連絡はなかったから、去年と一緒でグループステージは一発勝負なんだと思うよ」


「去年はシューティング以外が弱くて、八位だったでしょ」


 という薫の言葉はトゲとなって彼の心に刺さった。


「うぐっ。い、一応、決勝ステージには行ったけどね……」


 ダービーも決勝ステージに進出できるのは、上位八名のみである。

 そしてそこからはトーナメントではなく、三回ずつの勝負で総合順位を競うシステムだ。


「今年はもう少し上を目指すよ」


「安芸子ちゃんと天塩ちゃんにいいところを見せなきゃね」


 陸斗が抱負を口にすると、薫はからかうように言う。

 たちまち彼の頬は真っ赤になってしまった。


「ち、違うよ! そういう意味じゃないよ」


「あら、そう?」


 薫は不思議そうに瞬きする。

 

「でも、まじめな話、彼女たちと彼女たちのご両親に、ツアープロの可能性を見せるいい機会じゃない? 安芸子ちゃんのご両親が反対する理由のひとつとして、日本人選手と世界のトップに差があるっていうのもあるんじゃない?」


 彼女の言葉を陸斗は真剣な顔で耳をかたむけた。


「陸斗君が日本人でも世界一になれる、一生生活に困らないだけの稼ぎを得られるって証明すれば、親御さんだって応援してみようという気持ちになるかもしれないわよ」


「……それはそうかもしれないけど、間に合うのかな?」


 陸斗は不安を口にして、薫に笑われる。


「一回説得に失敗したくらいであきらめたらダメじゃない。あなた自身の時はあきらめなかったでしょう?」


「それは俺自身の夢で、自分で責任とろうと思っていたからだよ。栃尾の人生の責任をとるなんて、そんなこと言えないよ」


 彼は眉を動かして明確に困惑を浮かべたが、彼女にはからかうような視線を向けられた。


「あら、男の子なら女の子に対して、責任をとる手段があるでしょう? 結婚という手段が」


「ぶはっ!?」


 不意打ちにもほどがある発言に、陸斗はむせこんでしまう。

 いったい薫は突然何を言い出すのかと、彼はうらめしそうな目で見る。


「プロゲーマーを目指す以上に、許可をもらうハードルが高そうなんだけど……」


「あら、プロゲーマーと違って結婚の方は、親御さんの方も意識しているだろうし、覚悟もあるでしょう」


「そ、そういう問題なのかな?」


 陸斗は薫の言うことについていけなくなり、目を白黒させた。

 動揺しっぱなしの彼の様子に、薫は話を飛躍させすぎたと感じる。


「私が言いたかったのは、あなたがあまり気に病みすぎないでね、ということ。挽回するための手はいくつもある件なのだから」


 彼女の優しい微笑を見て、陸斗は彼女が彼女なりに彼の気持ちを楽にさせようとしてくれたのだと気づく。


「うん、ありがとう、薫さん。薫さんがマネージャーでよかったよ」


「……どういたしまして」


 彼のお礼の言葉に薫は照れ笑いを浮かべる。

 

「あなたを試合に集中してもらうのも、私の仕事だから」


 と彼女は言う。

 陸斗の性格を考えれば、今は集中しにくいことくらい手に取るように分かる。

 だが、それであきらめてしまっては自分がいる意味がないと彼女は思うのだ。

 

「そうだね。そうだよね」


 陸斗はようやく前を見るような反応になる。

 上手くいったと薫は内心ホッとした。


「ダービーのテーマタイトルはもう発表されたでしょう?」


 彼女の問いに彼はこくりとうなずく。


「シューティングはゴリアテ、パズルはファイブ、アクションはベルーアブックだよ」


 偶然とは思えない。

 その年のテーマに選ばれるのは、一般ユーザーの人気も考慮されるからだ。

 

「また不特定多数のプレイヤーと練習するの?」


「いや……今回はアンバーの予定を聞いてみようかなって思っている」


 薫の質問に陸斗は答える。

 時差を考慮する必要はあるが、彼が練習試合を申し込める相手の中で最も強いのはアンバーであった。

 決着はタイトル戦でという約束をした覚えはあるものの、それを実現させるためには質の高い練習が必要だろう。


「そういう触れ込みなら、応じてもらえるんじゃないかと思ってね。誘ってみるよ」


「ええ、早い方がいいでしょうね」


 陸斗はさっそくエラプルでメッセージを送る。


(と言っても時差があるからな。今アメリカは深夜だろう。二十一時以降でどうかって聞いてみるか)


 アンバーへのメッセージを送信すると、やはりというかすぐには応答がない。

 いいプレーをするためにはしっかり睡眠をとることも大切だ。

 彼女は伯父であるモーガンからそのことを叩き込まれていると考えるべきだろう。

 

「アンバーから応答がないから、その間は一人でトレーニングしてくる」


「了解。晩ご飯、何か食べたいものはある?」


 薫に聞かれた陸斗は少し悩んでから答える。


「カレーがいいかな。野菜も魚介類も入ったやつ」


「オッケー。いつもの時間帯にはできあがるように作りはじめるから、練習を頑張って」


 彼女の笑顔に見送られて、彼はトレーニングを開始した。

 ゴリアテ、ファイブ、デーモンアーツギガを一時間ずつプレイしたところで、ログアウトする。

 彼が薫のところへ寄っていくと、カレーの香りが彼の嗅覚を刺激した。

 

「カレーのいい匂いがたまらないよ。腹の虫が鳴る」


「ふふふ、お待たせ」


 彼が感情たっぷりに空腹を訴えれば、薫はうれしそうに相好を崩す。

 

「今よそうから待っていてね」


 薫はそう言って、白い大きな皿にご飯とカレーをたっぷりよそって、いつもの位置に置いてくれる。

 彼はスプーンを二人分出して、それぞれの場所に並べた。


「いただきまーす。美味しい」


 幸せそうな顔でカレーをほおばる陸斗の様子を、薫も幸せそうに見守る。


「お口に合って何より」


 これまでさんざん作ってもらっているため、彼の味覚は完璧に把握されていると言えるのだが、それでも彼女は必ずと言っていいほどそう応じるのだ。

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