6話「グラナータ」
次の更新予定は7月14日(木)午前7時です
昼休み中に水谷と小林とエアプルIDを交換した陸斗は、ほくほく顔で帰路についた。
「今度ひまがあったら遊びに行こうぜ」
と別れ際に約束をかわしたのが大きい。
何とか友達も作れそうだというのは、彼にとって小さくないことだったのである。
帰宅して練習を終えて夕食になった時、それを指摘される。
「何かいいことがあったみたいね?」
「うん。薫さんに見栄を張っちゃったことが現実になりそうってところ」
陸斗は恥をしのんで本当のことを打ち明けた。
「そう。よかったわね」
薫は怒らずに喜んでくれる。
食事を終えた彼はベルーアブックにログインした。
(おっ、今日はグラナータが来ているのか)
支援職エルフは来たり来なかったりと割とムラがある。
アルジェントの方はと言うと、確認よりも先に本人からメッセージが届く。
「今日も一緒に狩りできる?」
「うん。グラナータがいるから誘ってみるよ」
「了解」
相変わらずの早さだなと彼は感じる。
この調子だから筐体のメッセージに狩りの誘いくらい来ているのではないかと予想していたのだが、何もなかった。
守るべき節度は守っていると思うべきなのだろう。
グラナータにメッセージを送ってみると、通話要請が返ってくる。
「お久しぶり」
受諾するとさっそく涼やかな落ち着いたエルフプレイヤーの声が響く。
彼がこの声を聞くのは数日ぶりのことだ。
「おう。今からアルジェントと一緒に狩りに行くんだけど、グラナータも来ないか?」
「行くわ。あなたは今どこにいるの?」
グラナータの反応も早い。
彼が現在地を告げると「また後でね」と言って通信が切れる。
それから転移ゲートに移動すればまず猫耳のアルジェントが現れ、ほぼ同時にエルフが姿を見せた。
そのエルフはハチミツ色の髪をストレートに腰まで伸ばし、緑色のワンピースドレスの上から木の胸当てをつけている。
瞳はサファイアブルーで肌の色は雪のように白く、おっとりとした雰囲気を持った美女だった。
とても戦えるとは思えない容姿に反して、禍々しい黒弓を持っている。
それがグラナータというプレイヤーだった。
「グリージョお久しぶり。アルジェントも」
「ああ。久しぶり」
「うん」
にこりと微笑んであいさつをするエルフとは違い、残りの二名のものはそっけない。
特にアルジェントの方はエルフには興味なさそうですらあった。
この猫耳プレイヤーが嫌っている相手と会話するはずがないと知っている為、グラナータは全く気にしていない。
「どこに行くか決めているの?」
グリージョにサファイアブルーの瞳を向けて問いかける。
誰が決定権を握っているのか、よく承知しているのだ。
「まだだよ。どこか行きたいところ、ほしい素材ないか?」
彼の問いかけにアルジェントは沈黙を守る。
それはつまり彼の決定に従うという意思表示だ。
「肩慣らしに行きたいわ。屍平原はどうかしら?」
グラナータが口にしたのは、アンデッドが大量に出る上級者向けマップである。
ただ、要領を覚えていれば事故は少ない。
「いいな。アルジェントもいいか?」
「うん」
グリージョの問いに猫耳プレイヤーはこくりとうなずく。
それから小首をかしげて彼を見上げる。
「どうせなら、リッチロードを狩らない?」
「お、いいねえ」
グリージョは賛同してグラナータに確認の視線を送った。
エルフも賛成した為、グリージョは「リッチロードの討伐」クエストを選ぶ。
「お気をつけて」
女性NPCに見送られて三人は屍平原に転移する。
屍平原の正式名称は別にあるのだが、今となっては誰も急には思い出せないほどこのニックネームの方が浸透してしまっていた。
その名の通り屍モンスターが大量に出現するからである。
「あいかわらずうじゃうじゃいるな」
グリージョが舌打ちしたのも無理はない。
その眼前には二十体ほどのゾンビと十体のスケルトンが、まるで彼らを待ちかまえていたかのように姿を見せたのだ。
「じゃあちょっと準備運動をするわね」
グラナータはそう言うや否や、弓をかまえる。
保有するMPを矢に変えてゾンビの群れに放つ。
それを可能とするのが彼女が持つ「魔神の黒弓」なのだ。
その名前と見た目とは裏腹に、光属性の矢も撃てる。
光属性が弱点のアンデッドたちがひしめく屍平原ではうってつけだった。
アンデッドはタフで数が多いが、動きは速くないから囲まれる前に一掃してしまえばよい。
このゲームでセオリーとされることをグラナータはたった一人でやってのける。
「グラナータがいると楽だな」
グリージョはその光景を当然のごとく見守り、のんきな感想を言う余裕もあった。
「いい加減、支援職を名乗るのをあきらめるべき」
アルジェントは無機質に、それでいてどこか呆れたような声でつぶやく。
上級者向けと言われる屍平原のアンデッド群を矢の爆撃で一蹴してしまうのだから、たしかに単なる支援職とは言えない。
それでもグラナータがそう名乗っているのには理由があった。
「あら、あなたたち相手だと支援しかできないのだから、支援職というのは嘘ではないわよ?」
目につく敵を全滅させたエルフの弓使いは仲間のところに戻ると、口をとがらせながら抗議する。
「別に支援以外をしてくれていいんだぜ」
グリージョはからかうように言う。
それに対してグラナータは無言ですねたような目を向ける。
アルジェントはその両者の間に割って入り、あごを動かして前方を示す。
「次が来たよ」
その一言で彼らの視線はそちらに吸われる。
次のアンデッド群は鉄の鎧や剣、盾を装備したスケルトンソルジャーたちだった。
「次は誰が行く?」
「私はMPを回復させてもらうわね」
グリージョにまずグラナータが応じ、次にアルジェントが発言する。
「じゃあボクがやるよ。スケルトンソルジャーくらいすぐに終わる」
言い終えるやいなや、向かってくるアンデッド群に突撃した。
「あら、それじゃバフをかけるわ」
グラナータは「攻撃力強化」と「死霊特攻」の補助スキルをアルジェントにかける。
走り出したプレイヤーが補助スキルの有効範囲から出てしまう直前にしっかり役目を終えて、エルフは仲間を見送った。
「あいかわらずアルジェントはとんでもなく強いわね」
「全くだな」
グリージョは心の底から賛同したのだが、エルフの仲間には呆れたような顔をされてしまう。
「あなたもアルジェントと同レベルのプレイヤーでしょうに」
「そうかな? 直接対決(PvP)なら俺は負けると思うけど」
そもそもこのゲームでは本気を出すわけにはいかないし、と彼は内心で思った。
「うーん……どうかしら」
グラナータもそのあたりの見きわめに自信なかったのか、首をひねっている。
「終わった」
アルジェントは平然とした様子で帰ってきた。
「遠距離攻撃ならまだしも、近接でアンデッドの大群相手にHPが減っていないっていうのはおかしいわよ」
グラナータが感嘆半分、諦観半分で言うと猫耳少女プレイヤーは小首をかしげる。
「一発ももらわなければ、HPは減らないけど?」
「そういう話をしているのではないわよ……」
エルフプレイヤーは困ったようにグリージョを見やった。
「アルジェントは強いなという話だよ」
「そんなことないよ」
アルジェントはそう言いつつも照れ笑いを浮かべる。
それを見たグラナータは短くため息をついた。
グリージョは気づかないふりをしてアンデッドのポップ地点に視線を向ける。
やがてそこからは黒い光の柱がたちのぼり、それから渦を描くように黒い霧が立ち込めた。
「ようやく本命がおでましのようだ」
そう言って彼は仲間たちに注意をうながす。
その言葉通り、黒い光と霧が晴れた先には紫色の衣と杖を持ったがい骨の魔法使いが姿を見せる。
その周囲にはスケルトンソルジャーが二十体、ゾンビが五十いた。
屍平原のボスリッチロードは彼らがやったように配下を段階分けて倒していくと、このように取り巻きを引き連れて出現する。
「どうしよっか?」
アルジェントが声に出して、グラナータは無言でグリージョに指示をあおぐ。
「いつも通りでいいだろう」
彼の言ういつも通りはすなわち殲滅である。
「おっけー」
アルジェントはどこか嬉しそうにうなずき、
「ええ。私もMPは回復したしね」
グラナータも微笑を浮かべた。
「いまいましい人間ども、よくもわが部下たちを」
リッチロードは高い知性を持ち人語を話せるという設定の為、出現するとこうしてセリフがある。
だが、今日の攻撃者である三人組はそのようなものを聞くつもりなど微塵もなかった。
彼らは高速で疾走してリッチロードと距離を詰める。
その最中にグラナータは自分自身を含め三人にバフをかけ、それが終わると二人から離れて光の矢を雨のごとく降らせた。
リッチロードはそれを魔法で防いでしまうが取り巻きたちはそうもいかず、一方的にHPを削られている。
リッチロード本隊はそれだけでいきなり全滅しないが、そこに突っ込むのがアルジェントとグリージョだ。
彼らは人間が雑草をむしるようにHPの減った取り巻きたちにとどめを刺していく。
リッチロードはそのような中、グラナータに狙いを定める。
リッチロードと取り巻きたちに最もダメージを与えたのがエルフなのだから、当然の行動だった。
しかし、それは彼らの計算通りである。
リッチロードの攻撃は「闇の光線」「闇の炎風」「闇の氷弾」の三つの魔法だ。
どれも被弾するとトッププレイヤーたちもかなり痛い強力なものばかりである。
今回リッチロードが選択したのは「闇の光線」だ。
杖の先端についている紫の宝玉が白く光りはじめ、二秒後にグラナータめがけて放たれる。
エルフはぎりぎりまで引きつけておいて間一髪のところでかわす。
リッチロードとの距離を詰めていなかったのはこの為である。
その隙にアルジェントとグリージョの二人が取り巻きを全滅させてしまう。
「おのれえ」
取り巻きが全滅した時かHPが半分まで減った時、リッチロードは怒って攻撃力と行動速度が上がる。
白い骨だけの体から真っ黒なオーラをまとう通称「本気がい骨モード」だった。
本来ならばかなりの強敵になるはずである。
本気モードに切り替わるまでの間、無敵状態になれるのであれば。
ところがプレイヤーの攻撃が通ってしまう為、この三人組にとってはいい的でしかなかった。
誰か目撃者がいれば「どちらが悪役なのか分からない」と証言したに違いないほど、容赦なく攻め立てられるリッチロードのHPはみるみるうちに減っていく。
リッチロードの杖から赤い光がほとばしる。
広範囲攻撃である「闇の炎風」がくる前兆だ。
そこでグラナータがデバフの「スタン」を決める。
行動がキャンセルされて硬直したリッチロードは、そのままアルジェントとグリージョのラッシュに散った。