75話「富田陸斗の定期テストとは」
平日の朝、学校に登校すると小林が話しかけてくる。
「ごめん、土曜日はずっとゲームやっていて、メッセージに気づいたのは寝る直前だった」
「いいよ、たぶんそんなことだろうと思っていたから」
手を合わせて謝る彼に、陸斗は笑って答えた。
彼自身、昨日は小林たちとやりとりしたり、一緒に遊ぶどころではなかったのだから、お互いさまとすませていいだろう。
「俺だって昨日は連絡できなかったしね」
「おお、それもそうだな」
小林は納得して引き下がり、何かあったのか聞いてこなかった。
聞かれたらどう答えようか困ると思っていた陸斗にはありがたい。
「どうする? 今日、一緒にプレイする?」
小林に改めて問われて、彼は少し迷う。
他の二人があまり乗り気ではない以上、断った方がよい。
「うーん、どうもあのゲーム、早い段階から一緒にプレイしてもメリットが大してなさそうなんだよな。だったら別々にプレイして、情報交換していく方がいいんじゃないかな?」
陸斗の発言を聞いた小林は、納得したように大きくうなずく。
「たしかにそうだな。水谷とやったけど、二人いる意味はあんまり感じなかったよ。幻獣さがしがちょっと楽だったくらいか?」
「こっちも似たようなものだよ。人数がいると楽になるシステムなり、イベントなり始まってから、また考えればいいと思う」
陸斗は自分の提案が受け入れてもらえそうだと、ほっとしながら言う。
「分かった。その時は改めて相談させてくれ」
「うん。……ところで水谷は?」
彼が小林に聞いたのは、よく一緒にいる相棒の件である。
この時間帯にまだ姿が見えないのは珍しいのだ。
「ああ、あいつ、二日連続の徹夜で、体調崩したらしいよ。そのせいでVR機を取り上げられたんだって」
小林は平然とした顔で教えてくれたが、陸斗には寝耳に水である。
「ええっ? 大丈夫なのか?」
目を大きく見開いてたずねる彼とは対照的に、小林はいたって冷静だった。
「ああ、平気、平気。あいつがVR機を取り上げられるのは、今回で……七回めくらいかな? 親父さんに勉強を頑張ったら返してもらえるって約束をして、俺に泣きついてくるまでが定番なんだよ」
「あ、うん、何と言うか、ご苦労さん」
あまりにも割り切った態度で言うものだから、陸斗してはかけるべき言葉に困ってしまう。
「はは、ありがとう。でも、あいつとは長い付き合いだし、もうすっかり慣れたよ」
小林は負の感情が一切ない、さわやかな笑みで彼のねぎらいを受けとる。
そして笑いを引っ込めると質問してきた。
「ところで富田は来月のテストは大丈夫なのかい?」
「ああ、たぶん、無理じゃないかな」
陸斗は迷いながらも答える。
この場合の無理は、「試合と重なっているから受けられない」という意味だが、小林の方は別の解釈をした。
「今から無理って、いくら何でもあきらめが早すぎないか?」
あっけにとられた顔をして、陸斗をまじまじと見る。
(テスト期間中はダービーで、日本にいないから無理なんだよ!)
とは言えないのが彼のつらいところだ。
七月のダービーは六大タイトルのひとつであり、開催地はイギリスである。
学校側も把握しているからテストは免除されているのだが、何も知らない小林にどう説明すればいいのか、という問題が立ちふさがった。
「ははは……」
とっさに何も浮かばなかった彼は、仕方なく笑ってごまかす。
「どうせ水谷に付き合ってテスト勉強するだろうし、よかったら富田もやるか?」
「あ……」
小林の純粋な善意が、この場合はつらくのしかかる。
「たぶん、テストを受けられないんだよ……ごめん」
「うん? そうなのか?」
陸斗の言葉に首をかしげた小林は、彼の表情から訳ありだと判断したらしい。
食い下がっては来なかった。
「じゃあ補習を受けるのか? 大変だな」
一応、定期テストを受けられない生徒のために、補習制度も用意されている。
そして制度が作られる程度には、必要な生徒がいるおかげで、陸斗もきわだって不自然ではなかった。
「ああ、そうなるだろうな」
形だけの補習で卒業できることが確定している立場ではあるが、言えるはずもないため小林に合わせておく。
「水谷のやつも補習を受けるハメにならなきゃいいけど」
小林は心配そうにつぶやき、陸斗を「げっ」と思わせる。
(同じ日に補習を受けるとなると、さすがにごまかすのが無理じゃないか……)
同じ学年の同じクラスの生徒と補習を受ける日時が異なる、というのはさすがに考えにくい。
(希望すれば変えてもらえるのかな……プレイヤーネーム制度を盾にとれば。そこまでしたくないんだが)
場合によってはやむを得ないだろう。
確認する必要はあるが、プレイヤーネーム制度を適用している選手のことは、学校側も可能なかぎり配慮して守る義務があるはずだ。
(先生たちにはとても申し訳ないんだけど、さすがになあ)
成人していて責任能力がある者たち、おまけに教育機関という公的組織なのだから、栃尾や天塩の時とは違って情状酌量は期待できない。
(相談しておいた方がいいのかな)
とりあえずタイミングを見て担任の先生に言っておこうと陸斗は思う。
黙って考え込んでしまった彼のことを、何も知らない小林は不思議そうな顔でながめる。
「突然黙ってどうした、富田? 今から補習の心配でもしているのか?」
「うん? ああ、そうだな。せっかくの夏休みに、補習は嫌だなあって思って」
じつに高校生らしい発言だったため、小林は同情的な視線を送ってきた。
「そりゃそうだろうけど、テストは受けられないんじゃ仕方ないよな。頑張ったらテストを受けられたりしないのか?」
当然、陸斗が頑張ったところでダービーの開催日程も、定期テストの日時も変わったりしない。
「無理だから、あきらめておくよ」
彼はそう答えて肩をすくめて見せる。
(考えてみればずっとゲームしているんだろうし、定期テストを受けようが受けまいが、変わらないよな)
それがいいことなのかダメなことなのか、陸斗に判断するのは厳しいが、うらやましがる人がいるという点だけは理解していた。
「あ、ああ」
陸斗の回答に小林はかける言葉を見つけられなかったようである。
何も言ってこなかったため、手を振って距離をとった。
昨夜の時点で天塩からは「親の許可をもらってハンコも押してもらった」「プロになるなら、外の県の高校に通ってもいいと言われた」と連絡があったのだが、栃尾からはまだ連絡がない。
真面目な彼女が重要な連絡をサボるとは考えられないため、保護者の説得に苦労しているのだろうか。
(そう言えば栃尾のこと、ほとんど知らないんだよな)
自分の席に座って携帯端末をさわりながら、ふと陸斗は思う。
グラナータのプレイスタイルや性格であれば、ある程度は把握できたはずだが、プライベートのことは別だった。
ネットゲームでの知り合いなのだから何もおかしくないし、本名を知った上での交流もはじまったばかりなのだから、知らないことばかりなのは当然だろう。
(相手は女の子だし、どこまで聞いていいのか分からないけど、ちょっとくらいは聞いた方がいいのかな?)
人によっては「聞かれないことには一切答えない」というタイプもいる。
おそらく栃尾もそういう性格なのだろう。




