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73話「いきさつを明かす」

 三人は狐につままれたような顔で、ビルの外に出る。

 最初に口を開いたのは栃尾で、陸斗を見ながらだった。


「どういうこと? 富田君は……何も知らないみたいね」


「ああ、俺が一番驚いていると思う。これまでの流れ的に謹慎と罰金は覚悟していたんだけど……」


 彼は答えつつ薫を見る。

 彼女の表情は昨夜と同じ能面めいているが、気のせいかずっと温かみを感じられた。


「薫さんは何か知っていそうだよね」


「教えるのはかまわないけど、少し時間をもらえる?」


 彼女が淡々として言うと、陸斗はうなずく。

 栃尾と天塩はとまどいながら、彼女に話しかける。


「私たちも教えてもらえるのでしょうか?」


「プロになれと言われたのだから、ボクたちだってもう無関係ではないですよね?」


 少女たちの質問を薫は肯定した。


「ええ。ただし、もう少し後でね。近くに喫茶店があるはずだから、そこに行きましょう?」


 彼女が先頭に立って歩き出すと、栃尾と天塩が陸斗の左右を確保し、顔をくっつけるように話しかけてくる。


「ねえ、富田君。富田君は何か分からない? あの女の人とはそれなりの付き合いなのでしょう?」


「うん? ああ、何となくは分かったよ」


 陸斗はそう言ったが、これはウソではない。

 薫の様子がおかしかったのは、昨日の夜からだ。

 あれだけ親身になってくれる女性が突然冷たくしてきたり、今のように思わせぶりな発言でけむに巻いたりするのは、明らかに彼女らしくない。

 

「ということはつまり、誰かの指示によるもので、あの人が指示に従うとしたら……一人くらいしか心当たりがないんだよなあ」


「聖寿寺って人?」


 ぼそりと発言したのは天塩であったが、栃尾も顔つきからして同じ人物を想像していたのだろう。


「ああ。薫さんは聖寿寺さんの紹介だったし、俺の最大のスポンサーでもあるからね」


 陸斗は少女たちの勘の鋭さに舌を巻き、彼女たちに自分の正体が当てられてしまったのは偶然ではなかったのだと思い知る。

 薫が入った喫茶店は珍しく個室がある店であった。

 注文をすませて待っていると、果たして彼らの予想通りの人物が姿を現す。


「やあ、お待たせ。……誰一人として驚いていないところを見ると、ある程度のことは見当がついているようだね」


「はい。薫さんの背後にあなたがいるんじゃないかな、くらいのことは」


 陸斗は立ち上がって話しかけながら握手をかわす。


「それだと私が黒幕みたいだね」


 聖寿寺は苦笑しながら、薫の右隣に座って少年少女と向かい合う。

 注文をとりに来たウェイトレスにコーヒーを頼むと、聖寿寺は説明をする。


「プレイヤーネーム制度というのは、おそらく君たちが考えているよりもずっと重いものだ。だから薫君から知らせを受けてすぐ、陸斗君に冷たい責めているような態度をとるように指示を出したのだ。そのせいで君たちはすっかりしょげていただろう。おかげで役員たちは、君が心底悔いて反省しているようにしか見えず、厳罰を望む声はあまり上がらなかったよ」


 水を飲んで喉をうるおし、彼は続きを語った。


「君たちが未成年でなければ、あるいは富田君が口をすべらせていたのであれば、話は別だっただろうがね」


 陸斗はその点については気を付けていたし、少女たちが想像を超えていただけとなると、処罰するのは難しいという。


「もっともまるっきり罪に問わないのも、やはり難しかった。プレイヤーネーム制度は本来選手の権利を守るためのものだし、選手自身が軽んじているかのように感じられるのは困る」


 聖寿寺の言葉に陸斗はしゅんとする。


「次に栃尾君と影石君に関する処分だが、守秘義務の書類にサインさせるだけでは軽い、信用できるか分からないという意見もあった。だが、本人をプロにしてしまい、プレイヤーネームを適用することになれば、嫌でも守るしかないだろうということになったのだよ」


 聖寿寺は視線を少女たちに移し、彼女たちに話す。


「……聖寿寺さんが提案されたのではないですか?」


 栃尾が半信半疑という態度で聞くと、彼は笑い声を立てる。


「分かってしまったか。富田君が楽しく遊べるほどの実力者となると、将来性があると思ってね」


「なるほど……たしかにこの二人はプロクラスの実力はあると思います」


 納得したかのような陸斗の発言に天塩が不思議そうに聞く。


「でも、昨日は本気を出した陸斗に瞬殺されちゃったよ?」


 栃尾が彼女に説明する。


「ミノダトオルって国内戦だと、瞬殺が多いから……エトウ選手と岩井選手以外じゃ数人くらいよ。彼とまともに戦えるプロって」


 さすがにミノダトオルのファンだけあり、彼の戦い内容をしっかり把握しているのだ。

 自分のことのように誇らしげなのもまたファンだからだろうし、彼女なりに隠そうとしていることが伝わってくる。

 そのため、聖寿寺はただ彼女の言葉に満足そうにうなずく。


「その通りだな。富田君に敵わないからと言って、プロになれないことにはならない。彼は世界ランカーだし、タイトル戦で決勝ステージに残る実力があるのだから」


「今何位でしたっけ? 最近出てないから落ちただろうなぁ……」


 陸斗が首をひねると薫が即答する。

 

「十七位よ。十六位から十九位あたりを上がったり下がったりしているみたいね」


「十七位……世界で?」


 天塩は可愛らしく目をみはった。

 彼女の方はミノダトオルやツアープロに、大して興味がないことがよく分かる。


「世界ランキングの対象になっている選手は二千人以上いる。その中で十七位だとしたら、かなりすごいとは思わないかね?」


「は、はい」


 聖寿寺に話しかけられた天塩はびくりとして、かろうじて答えた。

 彼女のそのような反応に、聖寿寺はちょっと傷ついたようである。


「この子、どうも人見知りが激しいようなので」


 陸斗が天塩をかばうように弁明した。


「ああ、いや、そういうことなら仕方ないね」


 聖寿寺は気を取りなおす。

 それを見計らって栃尾が彼に問いかける。


「プロになるって具体的にどうすればいいのですか?」


「ツアープロになるなら、WeSA日本本部に登録申請すればいい。未成年の場合は保護者の同意が必要になるし、実力審査もされるがね。富田君が大丈夫だと言うのであれば通過できるだろう」


 聖寿寺は答えてから表情をくもらせた。


「君たちにとって最大の難関は、保護者の同意かもしれないな。登録したからと言って、別に必ずしも試合に出なくてもいいのだが……」


「えっ? 出なくてもいいのですか?」

 

 よほど意外だったのか、栃尾の声が大きくなる。

 聖寿寺は「さもありなん」と言わんばかりの顔つきでうなずいた。


「ああ。じつは選手に出場義務はないんだよ。ただ、出場しないとランキングは上がらず、賞金も獲得できず、スポンサーもつかない。そしてグレードの重い大会にも出られない。様々な状況で不利になるだけだ」


「ランキングをある程度上げないと、大会出場にするための交通費や宿泊費すら出ませんからね」


 陸斗は遠い目をして自分の過去を振り返り、少女たちに話す。


「俺の場合はこちらの聖寿寺さんが、将来有望だからって手を挙げて下さって、交通費と宿泊費くらいは負担してくれたおかげで、最初の方から楽できたんだけどな」


「富田君ってたしか実力審査の時、日本選手権の優勝経験者を倒したんじゃなかったかしら?」


 栃尾は首をかしげた。

 彼女はどうやら「ミノダトオル」のデビュー前の戦績さえも把握しているらしい。


「あの件については正直半信半疑だったんだけど……」


 彼女に視線で問われて、陸斗は観念して告白する。


「それは実話だよ。たしかに桜葉さんに勝った」


「日本選手権の優勝者に勝ったのに、スポンサーがすぐには見つからなかったの?」


 天塩が不思議そうに疑問を口に出す。


「桜葉さんは明らかにピークすぎていたし、ほどなくして引退しちゃったからね。本気で俺に期待してくれた人はほとんどいなかった。落ち目のロートルにまぐれで勝った子どもなんて言われたくらいだし」


 陸斗にしてみればもう過ぎた話だったが、栃尾は何となく面白くなさそうであった。

 

「今では誰もそんなことは言わない。世界で通用しているのは、君と岩井君くらいだからね」


 聖寿寺はそう言って、改めて栃尾と天塩に言う。


「とりあえず親御さんにプロになってもいいか、相談してみてくれ。ダメだったら、富田君を通じて連絡してほしい」


「分かりました」

 

 少女たちが返事をすると彼は立ち上がる。


「では私はこれで失礼するよ」


「あっ」


 天塩が反射的に声を漏らす。

 

「何かね?」


 聖寿寺に聞かれた彼女は、おどおどしながら口を動かした。


「ぼ、ボクは今中学生なのですが、もしもプロになったら、陸斗と同じ学校に通えますか?」


「うん? 私立ならばいざ知らず、富田君が通っていたのは公立高校だったはずだね。たとえプロになったとしても、越境入学は難しいだろうね」


「そ、そうなのですか……」


 天塩の整った顔から血の気が失せる。

 あまりにも激しい落胆ぶりに、聖寿寺も多少は同情したらしい。


「とは言え、昔とは違っているから、親御さんの許可と学校長の許可があれば、可能だろう。住むところは見つける必要があるだろうが、君さえよければ私が手配してもいいよ」


「えっ? いいのですか?」


 この申し出には陸斗も目をみはった。

 聖寿寺の力を借りられるのは非常にありがたいが、特例にもほどがあるのではないだろうか。


「ああ。じつは娘の相手をしてくれる、ゲームが上手い女の子をさがていたところでね。景石君だったかな? 申請が通ってプロになることができるのであればかまわないだろう」


 彼の娘と面識がある陸斗と薫は、「そう言えば娘さんがいたな」とうなずく。


「我が家からであれば、陸斗君が通っているところにも通えるだろう」ただし、スポンサー契約をするわけではないということは、あらかじめて承知しておいてもらいたい」


「は、はい。住むところを用意してもらえるだけで、とてもありがたいです。どうもありがとうございます」


 天塩がぎこちなく礼を言うと、今度こそ聖寿寺は去っていく。

 陸斗と栃尾がすばやく立ち上がって礼の言葉を彼の背中に投げかけた。


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