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72話「三人への処分」

本日2回目の更新です。

 陸斗が都内にあるWeSAの日本本部ビルの前にやってきたのは、午後一時四十分である。

 彼がここに来るのは初めてタイトル戦に挑戦する前に、聖寿寺に連れられた時以来二回めだ。

 彼はエラプルで栃尾と天塩の二人に、ビルの前に着いたと連絡する。

 ビルの前で待ち合わせして、三人で行こうと約束したのだ。

 

「富田君」


 返事が来るまで手持ち無沙汰になると思った矢先、栃尾の声で右横から話しかけられる。

 視線を移すとそこには学生服の栃尾と天塩の姿があった。

 二人はすでに来ていたらしい。


「ああ、二人とも今日はごめんな」


「ううん、私も軽率だったと反省しているわ」


 陸斗と栃尾は謝りあうと、天塩を見る。


「天塩は俺たちに巻き込まれた形になっちゃったけど……」


「別にいいよ、陸斗はもしかするとミノダトオルかなって思っていたもの」


 あっけらかんと年下の少女に言われた彼は、愕然とした。


「そ、そんなに分かりやすかった……?」


 こうも簡単に見抜かれてしまうとなると、不特定多数と遭遇するオンラインゲーム自体、止めた方がいいのではないだろうか。

 不安に駆られる陸斗に向かって天塩は首をゆっくりと横に振る。


「安芸子がミノダトオルのファンだって言った時の陸斗の様子、普通におかしかったもの。気づいたのはあれが原因だよ」


「あっ」


 彼はすっかり忘れていた過去の出来事を指摘され、間が抜けた声を出す。


「あの会話はボクと安芸子しか知らないだろうし、プレイスタイルはちゃんと別人だったから、他の人には分かりにくいと思う」


「……すまないけど、展開次第ではそのことを言ってもらってもいいか?」


 陸斗の頼みに彼女はこくりとうなずく。


「よかった。そうすれば、二人はおとがめなしかも」


「えっ? どういうこと? 陸斗は?」


 天塩は青い目を怪訝そうに見開いた。

 

「いや、誰かの責任となったら、俺のせいだからね。二人は何とかして守るよ」


 陸斗が精いっぱい強がって笑みを作ると、彼女は顔をくもらせる。


「どうしてそんなことを言うの? ボクは陸斗が悪くないって言いに来たし、安芸子だってそのつもりだって言ってたよ?」


「そうよ。富田君だけの責任じゃないわ」


 栃尾の表情はややけわしくなっていて、視線は彼を非難するような色を宿していた。


「あなたたち、そろそろ行く時間よ」


 ヒートアップしかけたところで薫が割って入る。


「……この女性は?」


 栃尾と天塩は初対面だから、彼女が誰なのか知らない。

   

「ああ、そう言えば商会はまだだったね。こちらは星野薫さん。俺の専属マネージャーだよ」


「せ、専属マネージャー?」


 目を丸くして声を重ねた少女たちに、薫が微笑を浮かべつつあいさつをする。


「初めまして、星野薫です。富田陸斗君がプロゲーマーとして活動していくにあたっての、マネジメントをやっています。よろしくね」


「よ、よろしくお願いします」


 二人はおっかなびっくりという態度であいさつを返す。


「陸斗って専属マネージャーの人がいたんだ……」


「ワールドクラス、世界上位ランカーなんだから、いるのは当然だったわね」


 二人は畏怖まじりのつぶやきを発する。

 彼女たちにしてみれば「専属マネージャーがいる」というのは、一般人とは決定的に違うすてーたすのようなものだった。

 陸斗にはよく分からないことで、彼は深く考えずに三人をうながす。


「じゃあ、行こうか」


 二人の少女たちは悲壮な顔つきでこくりとうなずく。

 陸斗の表情はすべての責任を一人で背負う覚悟を決めたものであり、二人の顔は「罰を受けるなら三人で」と書いてある。

 これらに気づいていたのは薫だけであった。

 四名が向かったのは十階建てのビルの最上階にある会議室である。

 高級そうな長方形テーブル、それを囲むようにやはり高そうな黒椅子に腰を下ろしているスーツ姿の男女が十名、彼らを無言で出迎えた。

 向かって左側の奥から二番めに聖寿寺の姿を見つけた陸斗は、少しだけホッとする。

 期待するなと言われても、見知った人物が一人いるからどうかで気持ちは大きく違うのだ。

 この十人がWeSA日本本部の役員たちであり、今回の件について決定する権利を持つ。


「では一連の件を詳しく話してくれ」


 右奥の白髪頭の男性、本部長にうながされて、陸斗が一から説明した。


「別に彼が口をすべらせたわけではないのです。ただ、ファンだから直感的に分かっただけです」


「そうです。ボクたちが勝手に思っただけで、富田君から何か聞いたわけじゃありません」


 栃尾と天塩は熱心に自分たちの罪を主張したが、大人たちの反応はあまり良くない。


「結局僕の脇が甘かったと考えています。誰が責任を問われるかというと、僕でしょう」


 と陸斗が言うと大人たちの何人かがうなずく。


「自覚はできているようなら、まだマシか」


 この展開に納得できないのは、少女たち二人だ。


「ど、どうして、陸斗が一人で罪をかぶるの? ボクたちだって同罪だよ」


「そうよ。あなた一人のせいじゃないわ」


 興奮する少女たちになだめるように言い聞かせたのは、左側の一番手前に座る、五十代の女性である。


「あなたたちはただの子どもでしょう。富田君、ミノダトオル君はプロゲーマーという職業で、公的存在。同じ未成年と言っても責任能力がないとは言えないのよ」


「せ、責任能力の問題なのですか?」


 栃尾の問いを大人たちは肯定する。


「子どもが悪いことをしたら、頭を下げるのは親だろう。誰のせいかとなると、富田君のせいとなる。責任能力の問題を除いても、彼こそが注意しなければならない立場だった。それをおろそかにした罪は大きいな」


 そう言ったのは聖寿寺だった。

 彼に向かい合うように座っている男性が、怪訝そうに話しかける。


「おや、彼はあなたが支援者になっている、お気に入りの選手だったはずでは? 庇ってやらなくてもいいのですか?」


「私はたしかに彼の支援者ですが、その前に業界全体を守るべき立場にある。特定の選手に肩入れするために、ルールをねじ曲げては、他の選手や世界に対して示しがつきませんよ」


 という素っ気ない回答を他の役員たちは意外そうに受けとめた。 

 聖寿寺は陸斗に味方すると思っていた者が多かったようである。


「そうですか。では富田君に対してどのような処分を下しますか?」


 本部長が言うと、そっと陸斗は手を挙げた。


「何だね?」


「今回の件は全て僕に責任があります。二人の処分は軽くお願いします」


 彼が言い終えると、天塩は地団駄を踏んで抗議する。


「だから、陸斗だけが悪いんじゃないよ!」


「いや、悪いのは俺だから」


「ちょっと富田君、それでヒーローになったつもりなの? 私も天塩ちゃんも少しもうれしくないわよ?」


 栃尾が珍しくけわしい顔で、陸斗のことをにらむ。

  

「罪は三人で分かちあうべきよ。それが友達というものでしょう」


「原因は誰かとなると俺なんだから、俺が一番大きくなるのが当然なんだよ。きれいな三等分になる方がおかしい」


 陸斗はひるんだものの、目はそらさずに言い返す。

 天塩と栃尾の端正な顔が怒りと悲しみでゆがむ。

 天潮が再度口を開いて抗議しようとした時、女性役員が手を叩いて叫ぶ。


「いい加減にしなさい!」


 三人が黙り込むと、咳ばらいをしてから彼女は言う。


「あなたたちが友達想いなのは分かりましたが、決めるのはこちらです。追って連絡をしますから、一度退出しなさい。本部長、それでいいですね?」


「そうだな。これから話す内容は、聞かせない方がいいだろうからね。処分が決定するまで、隣の部屋で待機していなさい」


「は、はい。失礼します」


 本部長に命令されて、三人はうなだれながら退出する。

 隣の部屋は赤い絨毯を二十メートルほど歩いた茶色いドアの向こうにあった。

 空気は重く、誰も口を開こうとしない。

 薫が気を利かせてウォーターサーバーの水を三人分、紙コップに入れて三人の前の机に置いてくれたが、誰も手を伸ばさなかった。

 やがて結論が出たと若い女性が彼らを呼びに来る。

 実際の時間は三十分ほどだったが、陸斗には丸一日が経過したかのような長さだった。

 再び入室した少年少女たちに向けて、本部長がもったいぶった様子で口を開く。


「三人に処分を言い渡す。景石天塩くんと栃尾安芸子くん」


「はい」


 少女たちに向かって本部長は言う。


「君たちがプロになり、プレイヤーネーム制度を適用し、守秘義務関連の種類にサインと捺印をするなら、今回の件は不問とする」


「えっ?」

 

「はっ?」


 少女たちはもちろん、陸斗にとってもこの判断はあまりにも予想外だった。

 驚く少年少女をよそに処分の発表は続く。


「富田君は不問にするわけにはいかないが、これまでは模範的なプレイヤーだったこと、脇が甘かったのはたしかでも罪に問うには少し酷であることから、注意処分とする。反省文を一枚、近日中に提出するように。以上だ」


「えっ、は、はい……」


 罰金や謹慎処分も覚悟していた陸斗にとって、今回の処分は拍子抜けだった。

 だが、重いよりも軽い方がいいに決まっている。

 もう一度謝罪して彼らは部屋の外に出た。


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