70話「共通の秘密」
栃尾も瞬殺した後、陸斗たちはログアウトする。
「ねえねえ、陸斗。ボクと安芸子、どっちが強かった?」
天塩の第一声がこれで、彼は思わず苦笑した。
栃尾も同様だったが、愉快そうにすすめる。
「遠慮なく言ってくれてかまわないわよ」
「えー、そんなことを言われてもなあ」
どちらも大したことないと言うのは、嫌みに聞こえるだけではないかと陸斗はちゅうちょした。
「どっちも同じくらいだと思うよ」
そこでオブラートに包んだ表現を使う。
言われた美少女たちは視線を交わす。
「ボクたちの実力って同じくらいなのかな?」
「天塩ちゃんの方が強いと思うんだけれど、富田君にすれば変わらない程度の差でしかない、ということかしら?」
二人が通常の音量で会話するものだから、陸斗としては何だかいたたまれない気分になる。
どうしてと言われても困るが、何だか気まずかった。
「どうする? どっちが上か決着つける?」
天塩が言うと、栃尾は苦笑する。
「別に今すぐじゃなくてもいいんじゃない?」
「……分かった」
天塩は少し面白くなさそうであったが、陸斗を放置するのはまずいと思ったらしく、すぐに提案を引っ込めた。
「ゲームなんて、勝ったり負けたりするくらいの方が楽しいよ」
と言ったのは陸斗である。
プロにあるまじき意見かもしれないが、嘘いつわりのない本音であった。
彼の発言を聞いた二人は、どこか気を遣っているかのような表情で彼を見つめる。
「もしかして、陸斗はボクとゲームするのって、あんまり楽しくない?」
天塩に不安そうな上目遣いで質問されて、陸斗は自分の失言を悟った。
「いや、二人と一緒に遊ぶのは楽しいよ。だからこれだけ続いたんだから」
彼は慌てて否定する。
首と右手を高速で動かす仕草がおかしかったのか、栃尾がクスリと笑う。
天塩は安心したように微笑む。
「ならよかった」
「そうよね。一緒にプレイして楽しくないと、長続きはしないわよね」
という栃尾の発言は自分に言い聞かせているようでもあり、天塩に言っているようでもある。
「うん……ボクにとって陸斗は最高のパートナーだったものね。陸斗にとっていいパートナーでいられたら、嬉しいなあ」
「お、おう」
天塩に直接的に言われた陸斗は照れてしまう。
だが、女の子に言われただけで終わるのもどうかと思い、褒め返すことにする。
「天塩はいいパートナーだよ?」
「えへへ……ありがとう」
言われた銀髪の少女はだらしなく相好を崩す。
(そういう顔も可愛いな)
美少女はやはり美少女かと思いつつ、陸斗は栃尾に話しかける。
「もちろん栃尾もな」
まるでおまけのような言い方になってしまったが、彼女の方は特に気にしたそぶりを見せない。
「ありがとう。私にとっても富田君は素敵なパートナーよ」
「う、うん」
素晴らしい笑顔で栃尾のような美少女に言われると、陸斗はとても気恥ずかしく感じる。
「何か、安芸子に言われた方がうれしそう……?」
天塩は面白くなさそうな顔で、もごもごと口を動かす。
声量は小さかったため、二人には聞き取れなかった。
「うん? どうかしたかい?」
陸斗が天塩に問いかけると、彼女は首を横に振る。
「ううん、何でもないよ。それよりそろそろ友達といっしょに戻らない?」
少し早口だったため、彼はほんの少しだけ疑問に抱く。
しかし、声に出すほどの根拠もなかった。
「そうだな。そろそろ再開しようか?」
そこで彼女の言葉にだけ反応し、栃尾に聞いてみる。
「ええ、そうしましょう」
彼女も賛成したため、三人はVR機をそれぞれ装着した。
ゲーム内ではお金稼ぎに終始する。
彼ら三人は他のプレイヤーと情報交換をしようとしなかった。
まだ初日で飛び交う情報の精度を信用できないと判断である。
もちろん正しい情報を報告するプレイヤーはいるだろうが、悪意を持ってニセ情報を流す輩も少なからずいるものだ。
信用できる知り合いがプレイしているのであればともかく、そうでないならば自力で情報を集めていく方が結果として近道になる場合は多い。
夜の七時になって三人はもう一度ログアウトした。
「はー、お金集め、面倒くさい」
第一声で嘆いたのは天塩である。
(クールな性格だと思っていたけど、案外感情豊かだな)
と陸斗は思う。
もっとも、彼ら二人に対してそれだけ気を許している証拠なのかもしれない。
信頼されるのはうれしいし、できるだけ応えたいものだ。
「まあこの手のゲームの宿命みたいなものだからね。効率のいい稼ぎ方を見つけるか、イベントなりクエストなりが実装されるか。どちらか待たなきゃ」
冷静な意見を述べたのが栃尾である。
ゲーマーだったのは正直なところ陸斗にとっては意外だったが、落ち着いた判断ができるというのは彼のイメージ通りであった。
「ぼちぼちやっていこう」
彼が言うと天塩がぱっと向く。
「ごめんね。陸斗、プロなら試合だってあるし、トレーニングだってあるよね」
年下の、彼女のような美少女に遠慮されると、何となくだが見栄を張りたくなる。
ただし、あまり競技生活についてしゃべると、プレイヤーネームがばれてしまうとおそれがあった。
「まあ、大丈夫だよ。VRゲームを続けるのが立派なトレーニングになるって、言われる職業だから。恵まれていると言えるね」
好きなことを好きなだけやるのがトレーニングだし、新しいVR機の購入も経費として認められる。
おまけに勝てば一千万単位の賞金を獲得するチャンスもあるとなると、ゲーマーたちからすれば夢のような仕事だと言えた。
「そっかぁ……迷惑じゃなければいいんだ、うん」
天塩はうれしそうに一人で納得する。
「迷惑なんかじゃないよ。よければこれからも相手をしてくれ」
「うん、喜んで」
陸斗の言葉に彼女は天使のような笑顔で答えた。
栃尾は少し離れたところから、二人の会話を楽しそうに見守っている。
構図だけで言えば彼女は二人の姉的な存在になるだろうか。
「そうだ、晩ご飯はどうする?」
陸斗はとつぜんポンと手を打ち、天塩を見る。
「天塩はまだ時間大丈夫?」
彼女はちらりと携帯端末で現在時刻を確認して、小さく首を縦に振った。
「うん。ただ、八時前のバスに乗るつもりだから、あまり時間はないかも」
「どうしようか……」
彼女の返事を聞いた陸斗は迷う。
このあたりには一応飲食店はあるが、彼はほとんど利用したことがない。
何もないかぎりいつも薫か母が料理をしてくれるからだ。
だから今営業しているかどうか、値段がどれくらいなのかも全く分からない。
そのようなところに二人を案内するのは気が引けてしまう。
「少し早いけど、解散する? 何だか申し訳ないけれど」
陸斗の心境を察したのか、栃尾はそのようなことを言い出す。
彼としては残念ではあったが、引き留める理由もとっさに浮かばなかったため同意する。
「そうだな。残念だけど、そうしようか。天塩もかまわない?」
「仕方がないよね……」
天塩は三人の中で一番がっかりしていたが、反対はしなかった。
しかし、すぐに気を取り直して陸斗に話しかける。
「今度はお泊まりしようね!」
「え、うん……」
その勢いに押されて彼は反射的にうなずいてしまう。
ゲームの勝負でないところでは、案外流されやすいのである。
「さあ、帰り支度しましょ!」
栃尾がパンパンと手を叩いて天塩をうながす。
「あ、うん」
三人は大急ぎで荷物をまとめる。
少女たちは部屋のそうじもしようと申し出たが、陸斗が止めた。
「いいよ。気にするなよ。今日は楽しかったよ。ありがとう」
「こっちこそありがとう」
美少女たちから笑顔と礼が返される。
「バス停まで送っていくよ」
と陸斗は彼女たちに言う。
この付近は治安がいいのだが、それでも男の礼儀みたいなものだと彼は考える。
三人仲良くビルの外に出た時、天塩は二人よりも数歩進んでバス停を目指す。
それに続こうとした陸斗の右隣に栃尾が来て、小声で彼に話しかける。
「富田君のプレイヤーネーム、ミノダトオルでしょう?」
不意打ちを食らった彼は反射的に息をのみ、何も言えなかった。
彼女はそれで十分だったらしく、満足そうに微笑む。
「……どうして分かったんだ?」
陸斗が搾り出すような声で質問したら、栃尾は心外そうな顔をする。
「どうして分からないと思ったの? 私、ミノダトオル選手の大ファンだって言ったじゃない? あなたのプレイ映像、全部見ているのよ。もちろん今年のロペス記念もね」
彼はすっかり混乱してしまい、何を言えばいいのかさっぱり分からなかった。
そんな彼の目を覗き込みながら、栃尾は唇を動かす。
「誰にも言わないから安心して。私がゲーマーだって知っているのは、学校では富田君だけだし。二人共通の秘密ね」
いたずらっぽい光をたたえた彼女の瞳は、魔力のようなものを感じる。
陸斗は衝撃から立ち直って真剣なまなざしで彼女を見返す。
「そうしてくれるなら助かるよ。知っていると思うけど、プレイヤーネームを使っている選手の情報を、勝手に漏らすと栃尾が罰せられるしね」
「百も承知よ」
警告には即答が返ってきた。
「素敵だわ。大ファンだった人が、こんな身近にいただなんてね」
栃尾はうっとりとして言ったが、すぐに真顔に戻る。
「ただ、天塩ちゃんにも教えてあげた方がいい気がするわ。あの子はきっと何も変わらないわよ」
「じつは俺もそう思っているんだ。ただ、タイミングがね……」
彼女に意見に陸斗はうなずきつつ、天塩に打ち明けていない理由を告げた。
「う、うーん……」
栃尾も名案が急には出てこないらしく、腕組みをしてうなる。
「あと、守秘義務の関係が……一応、プレイヤーネーム制度って厳しいし」
「あっ……」
栃尾はしまったという顔になった。
彼女には何となく伝わったらしい。
「どうしたの、二人ともー?」
彼らに対して天塩が不思議そうに駆け寄ってきた。
「ううん、何でもない」
ひとまず二人はそう答えて問題を先送りにする。




