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69話「本気を出したら」

 孤高のファイターとは、格闘ゲームの一種だ。

 全員が徒手空拳で戦うのだが、緑の体力ゲージの下にある赤いゲージを消費して、「気砲」と呼ばれる遠距離攻撃も使うこともできる。

 「気砲」はガードしても体力ゲージを削られてしまうが、赤いゲージを消費して「気鎧」を発動させれば無傷で受けることが可能だ。

 相手が「気砲」を使ってくるタイミングを読めるか、「気鎧」を出させずに「気砲」を当てられるのか、という駆け引きもこのゲームでは大きな要素なのである。

 陸斗が選んだのはスキンヘッドに白い道着が印象的な大男、天塩が選んだのは黒いショートヘアに紫色の忍び服を着た美女だ。

 大男は動きが遅めのかわりに一撃が重く、美女は攻撃力が低めのかわりに敏捷性が高く連続攻撃を出しやすい設定になっている。

  

「富田くんは一撃重視、天塩ちゃんはスピード重視ね」


 と言ったのは女性審判のアバターでの立ち合いを選んだ栃尾だ。

 大男は拳を使った攻撃を得意とするものの、細かな技が不得手な完全なパワーファイターである。

 一方の美女はスピードや技巧が長所だが、パワー勝負では最弱争いをするだろう。

 彼らは対照的なタイプを選んだと言える。


「天塩は手数タイプやスピードタイプが好きだよな」


 陸斗の言葉に天塩が応じた。


「陸斗は攻撃力重視が多いよね? そういうのが好きなの?」


「いや、スピードや手数はスキルで補えばいいだけだから」


 もはや隠す必要はないとばかりに彼がさらりと言うと、天塩も負けじと答える。


「攻撃力だってスピードやクリティカルで補えるもん」


「この点に関しては一致しないんだよな、俺たち」


「言われてみればそうだね」


 何となく気が合ってつるむことが多い二人だが、プレイスタイルについては方向性が違うのだ。

 だからこそ、コンビを組む時はかみ合うのかもしれない。


「こうして戦うのは初めてかな? PvPプレイヤーバトルで戦ったことないし」


 天塩は無邪気に言うが、彼は内心「アルテマで戦っただろうな」と否定する。

  

「プロゲーマーと戦ったこともないから楽しみ」


 彼女の声からは喜びと興奮が伝わってきて、陸斗も何だかうれしい。


「期待にそえたらいいんだけどな」


 一応へりくだっておくのが、彼の流儀である。


「じゃあ、三本勝負でいい?」


 審判の栃尾の問いかけに、二人はそろってうなずいた。


「異議なし」


「じゃあ始めるわよ?」


 審判が試合開始を告げると同時に、「カーン」というゴングの音が彼らの耳に届く。

 天塩のアバターは一瞬で距離を詰めて足払いを仕掛けてくる。

 敵が転がればそのまま怒涛の攻撃で沈め、跳躍してかわせば対空攻撃を繰り出すというのがセオリーのひとつだ。

 陸斗はそれを「燕返し」の要領で逆に天塩の足を払ってすぐにマウントをとり、そのままKOしてしまう。


「えっ……」


 天塩が呆然としたほどの鮮やかな瞬殺劇であった。

 栃尾もまた唖然としていて、勝者コールが遅れる。


「あ、勝者ガイル!」


 ガイルというのが陸斗が使っているアバターの名前だ。

 試合開始地点に彼が戻るとようやく天塩が立ち上がり、まだ衝撃から立ち直れていない表情でつぶやく。


「ガイルが燕返しって初めて見た……」


「し、しかも天塩ちゃんが反応すらできないなんて……」


 ガイルはパワーファイターでしかも足技も得意ではない。

 そのガイルに技勝負で負け、スピードを発揮する暇を与えられなかった天塩のショックは計り知れない。

 

「もう一本やる?」


 陸斗の問いに彼女はすぐに答えられなかった。

 いつもならば即座に反応があるだけに、彼の方も相手の驚きを推測する。


(やばいな、本気を出しすぎたか? さすがにちょっとくらいは手加減をするべきだったか)


 もはや遠い昔の話だが、小さいころの彼は本気を出すと誰の手の負えず、遊んでくれる友達を失うという苦い経験を持つ。

 今になってよみがえってきて、大いに反省する。


「う、うん、今のすごかった。燕返しがきたって思ったのに、反応が間に合わなかったもの」


 ところが衝撃から立ち直った天塩は、興奮もあらわに勢いよくしゃべり出す。


「やっぱりプロってすごいんだね。みんなあれくらいできるの?」


「さあ、どうだろう……」


 陸斗は言葉をにごす。

 岩井や世界のトッププロならば大体できる気がするが、国内で彼と同レベルの実力者は少ないはずだ。

 

(と言うか天塩はちゃんと見えていたのか)


 彼は何が何だかよく分からないうちに負けたと言われたことも多い。

 そしてほとんどが戦意喪失してしまう。

  

「もう一回やろ! ね! 三本勝負だしねっ?」


 天塩はそんなことはないどころか、子どもが大好きな遊びを何度もやろうとするかのような態度で、陸斗に再戦をねだる。


「ああ、いいよ」


「やった! 次はもっと頑張るよ!」


 陸斗が同意すると、彼女は飛び上がって喜ぶ。

 彼女らしい無邪気な反応だが、アバターは妙齢の美女だから見た目にはギャップがある。


「お、おう」

 

 彼がとまどいながらうなずけば、横で見守っていた栃尾がくすりと笑った。


「天塩ちゃんの次は私だからね?」


「え、うん、覚えているよ」


 陸斗は応じたものの、やはり戦意喪失されていないことはうれしい。

 

(思えば俺がプロになった理由のひとつって、皆が戦う気なくしちゃうからだったんだよなあ)


 もちろんそれだけではなかった。

 母に少しでも楽をさせてあげたいという理由があったからこそ、高校に入る前にプロを目指したのである。

 だが、本気を出せる相手が近くにいなかったというのも、立派な動機であった。

 

(プロの世界にはきっと、遠慮なく本気を出せる人がゴロゴロいるだろう)


 と考えたのである。

 実際は世界の頂点の力を思い知らされたわけだが……。


「よろしくね?」


 栃尾のやわらかくもどこか挑戦的な一言に、彼は笑顔で答える。


「もちろんだよ」


「ボクが、ボクが先なの!」


 天塩がすねたように、あるいはヤキモチを焼いたように手を挙げてアピールしてきた。

 

「ああ、分かっているよ」


 陸斗は思わず苦笑する。

 昔、近所の人が飼っていた子犬が「遊んで、遊んで」と彼にじゃれついてきたことがあったが、今の天塩はそれにそっくりだった。

 笑われた天塩本人はどこか不本意そうである。

 

「じゃあ二戦めをやろう」


 そのことに気づいた陸斗は焦り、やや早口でうながした。


「うん」


 天塩は不満そうな表情を消してうなずく。

 

「次は足払い対策するからね」


「まあ天塩に、同じ手が二回通用するとは思っていないから」


 挑戦的な目を向ける彼女に陸斗は苦笑する。

 

「ではお互い開始位置について」


 栃尾にうながされて二人は所定の位置で移動して向かい合う。

 陸斗はボクサーのファイティングポーズ、天塩は左手のひらを正面に突き出す中国拳法を思わせるかまえをとる。

  挑戦的な目を向ける彼女に陸斗は苦笑する。

 

「ではお互い開始位置について」


 栃尾にうながされて二人は所定の位置で移動して向かい合う。

 陸斗はボクサーのファイティングポーズ、天塩は左手のひらを正面に突き出す中国拳法を思わせるかまえをとる。

 

「はじめ!」


 ゴングが鳴ったが、今度は天塩は動かず慎重に様子を見てきた。

 陸斗はうすく笑うと、左手から「気砲」を放つ。

 天塩は最小限の動きで避けたものの、彼にしてみればそれで充分である。

 間合いを詰めて彼女の右わき腹にフック気味のボディーブローを打ち込む。

 彼女の防御はギリギリのところで間に合ったが、顔面ががら空きになる。

 すかさず陸斗は頭突きを叩き込んでクリティカルヒットを出す。

 頭突きは命中率が低いものの、クリティカルヒットを出せば相手を数秒気絶させることができるのだ。

 その数秒で陸斗は天塩をノックアウトしてしまう。


「勝者ガイル!」


 栃尾は宣言してからうなった。


「まさか、天塩ちゃんが二回とも秒殺コースだなんて……」


 戦慄を隠し切れないという風につぶやく。


(思ったより手こずったなんて言えないな、うん)


 陸斗は空気を読んで、率直な感想は胸にとどめる。 

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