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68話「ケーキを食べて小休止」

「そうだ、安芸子が作ってきてくれたケーキ、忘れないうちに食べない?」


 天塩がぽんと手をたたいて提案する。

 彼女の青い瞳が栃尾を映す。


「ね、いいよね?」


「ええ、もちろん」


 栃尾はにこりと笑う。

 

「栃尾がいいなら、出してくるね」


 陸斗がそう言って立ち上がると、栃尾が続く。


「あ、手伝いましょうか?」


「じゃあボクも」


 天塩が彼女に負けまいと立とうとする。


「三人は多すぎるよ」


 陸斗に笑われた銀髪の少女は、すねたように口をとがらせたものの、強硬な主張はせず再び座った。

 冷蔵庫に入ったケーキ入りの白い紙箱を陸斗が取り出し、栃尾が三人分のお茶を入れる。

  

「えーっと……フォークはどこだったっけな」


 陸斗は記憶を掘り起こしながら、使い捨てのプラスチック製フォークを三つ、流し台の一番上の引き出しで見つけた。

 使い捨てではないものもあるが、彼と薫の分しかないのである。


「こんなのですまないけど」


 彼が申し訳なさそうにフォークを並べると、天塩はにこりと微笑む。


「いいよ、気にしなくて」


 栃尾も同じような反応だ。

 男子の部屋ということを考慮しているのかもしれない。



 

(料理ができないって栃尾にはばれているしなぁ)


 同じ学校で同じ班というよしみだ。

 キッチンに最低限のアイテムがある方が意外に見えている可能性すらある。

 

「陸斗の部屋ってきれいだよね。自分でやっているの?」


 天塩ははっきりと聞いてくる。

 邪気のない笑顔がまぶしい。


「いや、人にお願いしているよ」


 どう答えるべきなのか、一瞬迷ってから陸斗は口を開いた。


「へえ、そうなんだ? ハウスキーパーとか雇えるものね」


 天塩は一人納得し、それ以上聞いてこない。

 陸斗は内心ほっとする。

 薫をハウスキーパー扱いされたのは不本意だが、だからといってどう説明するべきなのかとも思う。

 彼がプロゲーマーであることを知っている現実での知り合いと言えば、これまでには母と薫と聖寿寺くらいしかいなかったのだ。

 ある意味経験不足だと言えるだろう。


「あんまり聞いても悪いじゃない?」


 栃尾が優しい小声で、天塩に言うと彼女は口をとがらせる。


「安芸子は同じ学校かもしれないけど、ボクは違うんだもん」


 二人の会話は陸斗の耳をはばかって、声量を落としておこなわれた。

 

「それはあるかもしれないけど……」


「安芸子ばかりずるいよ」


 陸斗から見れば美少女二人がひそひそと何事かささやっているのである。

 銀髪色白な天塩と、黒髪で大和撫子な栃尾の組み合わせはとても絵になっていた。


(眼福とはこのことかな)


 と思っている。

 あまりじろじろ見るのも無礼だから、理性の強さを問われている気分であった。

 二人が仲良くきゃっきゃうふふしているわけではないことくらいは分かるが、自分が口を挟んでも事態が好転しそうにないということも察している。

 結局手もち無沙汰になり、彼は栃尾の手作りケーキを食べることにした。

 箱を開けると三つのケーキが白い半透明の紙で包まれている。

 それをそれぞれの皿の上に置く。


「あ、ありがとう」


 彼の動作に気付いた栃尾が笑顔で礼を言う。

 二人は話を中断することにしたらしい。

 陸斗が包みを開けると、やや形が不格好なチーズケーキが現れる。


「ちょっと失敗しちゃって」


 はにかみ笑いを浮かべて説明する栃尾は、人間臭くてとても可愛い。

 

「大事なのは味だよ、食べたら見た目なんてないも同然なんだから」


 フォローしようと陸斗が言う。


「そう言ってもらえると気が楽なんだけど」


 栃尾も微笑を浮かべて応じる。

 陸斗はごく普通に、ただし女子たちの目から見れば豪快にケーキを頬ばった。

 栃尾が真剣なまなざしで彼を見つめる。

 視線を気にせず彼はケーキを味わうが、市販のものと差はないように思えた。


「美味しい」


 飲み込んだ彼の第一声はそれだ。


「よかった」


 栃尾が安堵の笑顔になる。


「うん、美味しい」


 天塩も幸せそうな表情で感想を漏らす。

 天使のような美少女の、幸せそうな顔というのは実に素晴らしいと陸斗は思う。


「これならお店を開けるんじゃないか?」


 彼が軽い気持ちで言うと、栃尾はとんでもないと否定する。


「私くらいの腕の人なら、いっぱいいるわよ。プロってその中でも特に上手い人がなるんだと思う」


 まさかとは陸斗は言わない。

 プロゲーマーもまた「大勢の上手いアマチュア」の上に立っているからだ。


「プロはそういうものだしな」


 という陸斗が言うと、栃尾は「ええ」とうなずく。

 何も知らないと人には彼が分かったような態度をとったと思ったかもしれないが、彼がプロゲーマーだと知っている少女たちは受け取り方が違った。


「厳しい世界だよねぇ」


 天塩もケーキを味わいながら言う。

 栃尾は小さくうなずく。

 何となく三人は無言になり、ケーキに集中する。


「ごちそうさまでした」


 最初に食べ終えた陸斗がフォークを置き、栃尾に向かってあいさつをした。


「お粗末さまでした」


 栃尾が微笑で応じる。

 残り二人が食べ終わったため、彼が片付けようと立ち上がると、天塩がはいと手を挙げる。


「片付け手伝いたい。手伝う」


 彼女の懸命なアピールに陸斗も栃尾も、思わず笑ってしまう。

 

「分かった、それじゃあ天塩にお願いするよ」


「わーい」


 天塩は相当うれしかったのか、ニコニコとして立ち上がる。

 

(まるで子犬みたいだな) 


 と陸斗は思う。

 尻尾を振りながら大好きな主人の後を一生懸命ついてくる子犬と、今の天塩はどことなく似ている気がする。

 失礼なたとえかもしれないと考え、自分の胸の内にしまっておく。

 片づけをすませてゲームの再開となりかけたところで、天塩がそっと手を挙げる。


「どうしたんだい、天塩?」


「えーっとね、実は陸斗にお願いがあるの」


 彼女は彼に真剣な顔つきで、不安に揺れる視線を向けてきた。


「何かな?」


 何を言い出されるのか、陸斗にはまったく想像できない。

 そのような彼に向かって天塩はもじもじしながら言う。


「一回、本気の陸斗と戦ってみたいの。……陸斗って、ボクらと遊ぶ時、本気を出していないよね?」


「そりゃまあね」


 気づかれているなら否定する必要はないと判断した陸斗は、彼女の問いを肯定する。


「まあプロだものね。手加減するしかないわよね」


 栃尾も理解を示してくれた。

 天塩は必死な様子で頼んでくる。


「それはそうだろうから、一回手加減をやめてほしいの。ダメかな?」


「ダメじゃないけど……」


 陸斗はとまどい、迷いながら言葉を濁す。 


(相手が望んでいる場合なら、本気を出してもいいのか?)


 自分では決めかねたため、天塩に一言断りを入れる。


「ごめん、質問してみるから待ってくれないか」


「え、うん」


 彼女の許可を得て陸斗は、薫にメールで問いかけた。

 彼女ならば彼が把握しきれていないルールも知っているはずである。

 返事は二分ほどで届いた。


「別にいいんじゃない? 一対一の対戦形式のものなら」


 という回答を天塩に伝えると彼女は、表情を輝かせる。


「わあ、それじゃ陸斗と本気で戦えるんだね」


 微笑ましい彼女の反応に陸斗は頬をゆるめつつ、栃尾に聞いてみた。


「栃尾はどうする?」


「えっと、じゃあ天塩ちゃんの後でお願いしようかな。本気のプロと戦えるだなんて、普通じゃまずありえない経験だもの」


 栃尾は口元をほころばせながら言う。

 彼女もまたゲーマーであることがうかがえる回答だった。


「分かった。じゃあ何がいい? 格闘? スポーツ? 天塩が得意なものでいいよ」


「余裕を感じるね……」


 陸斗の発言に対して、天塩が笑いながら応じる。

 

「じゃあ、格闘でお願いしていい? スポーツ系だと最低限時間かかっちゃうから安芸子に悪いし」


「そうだな、そうしようか。じゃあタイトルは孤高のファイターでいいかな?」


「うん」


 二人は相談しあってタイトルを決定した。

 そこで栃尾も手を挙げる。


「私も観戦してもいいかしら?」


「いいよー」


 二人が快諾したため、三人でVRゲーム「孤高のファイター」にダイブした。

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