67話「仲良く反省」
天塩が落ち着いたのを見計らい、陸斗は小林と水谷にエラプルで連絡をとってみる。
ところが彼らからは何の返事がないし、メッセージも届いていない。
「今やっている最中なのかな」
「たぶんそうなんじゃない?」
陸斗が首をひねると、栃尾が言った。
「誘うなら、昨日のうちにしておくべきだったね」
彼は反省する。
どうして思い至らなかったのか、理由は単純で栃尾と天塩と会うことで頭がいっぱいだったからだ。
口に出すのは照れくさくて言語化しようと思わないが。
「ごめん、正直ちょっとほっとした」
天塩がふとそのようなことを言う。
陸斗が無言で彼女に視線を合わせると、彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。
「よく知らない人たちだったから……」
「そうか……」
彼はゲームの中での彼女が、特定の人間としか仲良くしていなかったことを思い出す。
「悪いことしちゃっていたんだな。ごめんなさい」
「ううん。きちんと伝えてなかったし、反対もしなかったのに、察しろって言うのは無理だよね。ボクの方こそごめんね」
謝った彼に対して天塩は謝罪を返してくる。
お互いが詫びたところでウェスナットも加わった。
「私も……何となくそうじゃないかと思っていたけど、富田君には何も言わなかったからごめんなさい」
「確信がないのに憶測じゃ言えないよね」
「そうだよね。みんな悪かったということで」
天塩と陸斗は言い合い、三人で仲良く反省する。
気をとり直して、話題をゲームに戻そうと陸斗が言う。
「友達といっしょだけど、最初の目標はどうする? 金額にする? それとも本拠地の購入にする?」
「本拠地の購入でいいんじゃない? 費用は確認しなきゃいけないけど」
栃尾が応じると天塩は右手を軽く挙げる。
「うん、ボクも安芸子に賛成かな。とにかく本拠地を買ってからが本番みたいだものね」
「じゃあ、本拠地の購入を目標に設定しよう。どういう本拠地がどれくらいするか、調べないとな」
陸斗が言えば天塩がさっそく携帯端末を操作して、インターネットにアクセスした。
彼女の目的は攻略情報サイトだろう。
「うーん。まだ分かっている本拠地の三種類だけ、それも使用感らしき情報はゼロだね」
天塩は嘆息して携帯端末から視線を外す。
「さすがの情報収集軍団も、まだそこまでは到達していないか」
陸斗が仕方ないと笑う。
情報軍団とはゲームに関する情報を集めてホームページに記載することを、生きがいとしているような人たちのことだ。
ゲームによっては「ミスター攻略」「検証のプロ」などと言われたりする。
陸斗たちも一般人から見ればその領域なのだろうが、情報収集に特化した連中にはかなわない。
「自分たちで集めた方が早いかもね。エリアとかで違ってくる可能性もあるから」
「そうだよな」
プレイヤーが所属するサーバーやエリア、現在いる都市で変わってくるというのは珍しいことではなかった。
栃尾の言葉にうなずき、陸斗は白い天井を見上げる。
「あとは飼いたい幻獣の種類ごとで、必要な設備とかが違うとかだな」
「育成ものの定番だよね」
天塩が面倒くさそうな顔をしつつ言った。
「じゃあ再ログイン……する前に聞いておきたいんだけど、今日二人は何時までいられるんだい?」
陸斗の問いにまず栃尾が答える。
「私は晩ご飯を食べて帰っても大丈夫よ。八時くらいなら、まだバスが走っているし。それにケーキも食べなきゃいけないけど」
彼女の発言で彼は冷蔵庫に入れた存在を思い出す。
「じつはボクは泊まりでも平気だよ?」
天塩の発言に陸斗と栃尾は息をのむ。
改めて彼女の家庭の事情について思いをはせてしまう。
だが、ここで立ち入った質問をする勇気が、二人にはなかった。
(だからと言っても聞こえなかったふりをするのも何だかなあ)
と陸斗は思う。
何かいい案はないかと知恵を絞ってみたが、とっさに名案は出てこない。
何も言わないわけにもいかないと口を開いた結果、次のような言葉が出てくる。
「別に泊まってもいいぞ。俺の家は他にあるから」
「ああ、ここは仕事場だったね」
栃尾は一瞬ぎょっとしたものの、すぐに納得した顔になった。
「本当にいいの?」
天塩は首をかしげる。
そのサファイアのような美しい瞳に込められた感情は、陸斗には読み切れない。
「天塩が泊まりたいならな。一応仮眠をとるための用意はあるからね。大したもんじゃないけど」
「へえ、ここで仮眠できるんだ」
天塩と栃尾はそろって興味深そうな反応をする。
「栃尾は帰らないとまずいだろう?」
女子たちの意外な反応に彼が思わず言っていた。
栃尾は仕方なさそうな表情で首肯する。
「ええ。友達の家に泊まるって事前に言っていたならともかく、無断で外泊は絶対に認めてもらえないわ」
「そっか。じゃあ今度、お泊まり会しない?」
天塩の提案はとても大胆なものに聞こえた。
「お泊まり会って……三人で?」
栃尾は若干頬を赤くしながら、ちらりと陸斗を見る。
彼女の気持ちはさすがに彼も分からないではない。
「いいのかよ。俺だって一応は男だぞ」
彼は天塩をたしなめるつもりで言ったのだが、
「知っているよ。別に陸斗ならいいじゃない?」
本人はあっけらかんと即答してくる。
ここまで堂々と言われてしまうと、陸斗は返答に詰まってしまう。
助けを求めるように栃尾に視線を向けた。
彼女は端正な顔立ちにはっきりとした困惑を浮かべている。
「ダメと言うか……服装次第ではありかしら。寝る部屋は別々にして」
「えっ、いいのかい?」
陸斗はきょとんとした。
さぞかし間抜けな顔をしているのだろうという自覚がある。
栃尾はちらりと天塩に心配そうな一瞥を送った。
彼女の本音はそれで見当がつく。
(たしかにほうっておけない感じがするよな、天塩のことは)
と陸斗自身感じている。
まだ未成年に過ぎない彼らにできることはあまりなさそうだが、見て見ぬふりをする気にはならない。
「まあ二人がいいなら……一応このフロアの部屋は全部カギがかかるから、中からロックしてもらえば」
彼が言うと天塩が小悪魔のような目つきをする。
「夜這いはしないでね」
「しないよ!」
おそらくからかわれたのだろうということは分かっていた。
それでも力いっぱい否定する。
天塩どころから栃尾までもがクスクスと笑う。
天使の笑顔と笑い声と言えるが、理由が理由だけに陸斗はあまり楽しくない。
(好意と信頼だとは分かるんだけどな)
それでもからかわれたことにぶ然としてしまうのは、彼がまだ少年だからだろうか。
「お泊まり会をやるなら、いつがいいの? 夏休み? でも陸斗は試合あるよね?」
天塩が疑問を並べる。
プロゲーマーだと明かしたことにより、スケジュールについて考慮してもらえるようになったのは大きい。
「そうだな」
陸斗はさりげなく答えようとして、一度口を閉ざす。
(スケジュールを正直に言ったら、タイトル戦に出るってばれるじゃないか!)
世界六大タイトル戦に出場できる選手はごくひと握りにすぎないし、ましてや日本人選手だとさらに数は限られる。
年齢という項目も加味すれば、あっという間にプレイヤーネームを特定されてしまいそうだ。
「試合は土日が多いね。でも、夏休みなら、平日でもよくない?」
「そうよね。夏休みなら大丈夫だと思う」
栃尾が答えて天塩もうなずいたため、平日ということになる。
「場所はここでいいのか?」
「ここが一番無難だと思うよ」
今度は天塩が言って栃尾が同意するという形になった。
「周囲には何とか説明してくれ。俺はたぶん平気だと思う」
寝る部屋が別々であれば、母も薫もうるさくないだろうと陸斗は楽観している。
女子たちの親がどう反応するのか、は問題だろうが。
「男子もいるとはさすがに言えないわね」
栃尾は苦笑する。
「ボクは友達と泊まりで遊ぶって言うだけで、許可出ると思うよ」
こういう時、詮索されないのは素晴らしいのだと天塩は話す。
「栃尾とお泊まり会をやるって学校の男子にばれたら、殺されるかもしれない」
陸斗はおどけながら言う。
栃尾に少し話しただけで、あれこれと聞かれたのだから、もっとおそろしい展開が発生するのは間違いない。
「ふうん、安芸子って人気あるんだ?」
天塩が若干興味ありそうに栃尾を見たが、彼女は「そうでもない」と受け流す。
男子の人気についてはあまり触れられたくなさそうだと感じ、陸斗は謝った。
「あ、ごめん。言われたくなかった?」
「富田君なら別にいいんだけど、あまり騒がれるのは好きじゃないわね。富田君だってプロゲーマーだっていうのは、非公開なのでしょう?」
栃尾は怒っている様子ではなかったが、彼は自分のことを鑑みて反省する。
「まあ、見た目をごちゃごちゃ言われるのはたしかに……でも、陸斗に悪気はなくて、ただ事実を言っただけだよね」
天塩がじつに珍しく陸斗ではなく栃尾よりの発言をしつつ、彼の擁護もした。
陸斗はもう一度詫びる。




