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5話「ある日、学校にて」

次の更新予定日:7月13日(水)、午前7時ごろ

 富田陸斗にとって高校は今のところあまり楽しくないところだ。

 将来の道はすでに決まっているし、授業も面白いわけではない。

 そして特に親しい友達もいなかった。


(こんなはずじゃなかったんだが……)


 彼は己の見通しの甘さを思い知ったのである。

 チャイムが鳴り休み時間に入るが、誰も彼のところにはやってこない。

 まだ入学したばかりではあるものの、早くもグループは生まれはじめている。

 その中に何となく入れていないというのが陸斗の現状だ。

 決してのけ者にされているわけではないしまだあせる必要はないのかもしれないが、薫に言ったのは強がりでしかなかったのである。

 次の移動教室に備えて教科書とノートと筆記具を持って席を立った。

 すると曲がり角を通りがかった際に前を歩く女子生徒のポケットからひらりと白いハンカチが落ちる。


「すみません、落としましたよ」


 ちょうど拾える位置だった為に陸斗はそれを拾い、女子生徒に声をかけた。


「あら、ありがとうございます」


 その女子生徒はすぐに振り返り、彼が持っているのが自分のハンカチだと気づくと笑顔で礼を言う。

 彼女はゆるくウェーブがかかった黒髪とパチリとした目が印象的な美しい少女だった。

 首元のリボンが赤かったところを見ると一年生なのだろう。

 えんじ色のスカートの丈が膝のすぐ上なのも清楚な印象を与える。


「いや、どういたしまして」


 薫と志摩子のおかげできれいな異性に耐性があるはずの陸斗さえ一瞬見とれた美しさだった。

 彼女の方は特に何も感じなかったらしく、軽く会釈をして去っていく。

 それで我に返った彼は、同じく移動中のクラスメートの男子に話しかけられる。


「あれ、一組の栃尾じゃないか。どうして富田と話していたんだ?」


「どうしてってハンカチが落ちてたから拾っただけだよ」


 陸斗が正直に答えると級友は地団駄をふみ、天を仰いだ。


「クッソー、いいなあ。もうちょっとタイミングがズレていれば俺が拾っていたのに」


「そんな悔しがることか?」


 彼が首をひねれば級友はぎょっとした顔を見る。


「何を言っているんだ、お前。栃尾は学年一、二の美人じゃないか。知らないのか?」


「いや、きれいな子だなとは思ったけど……」


 陸斗が語尾をにごしたのは、まだ四月のうちにそのような情報が浸透していることに驚いたのと、それを教えてくれる友達がいなかったという事実が少しショックだったからだ。


「何だ、そういうの目当てじゃなかったのか?」


 意外そうな同級生の様子に何かを感じ、彼は問いを発する。


「そういうの? ひょっとして他にも何かあるのか?」


「あん? お前、何も知らないのか?」


 返ってきたのは不思議そうな声だった。

 彼が小さくうなずくと同級生はニヤリと笑う。

 

「じゃあ次の休み時間、教えてやるよ。次は昼休みだから飯を食いながらな」


 何やら奇妙な展開になったと陸斗は思ったものの、同級生と昼飯を一緒に食べるのは悪い気分ではない。

 まだ名前も知らない相手の申し出に承知し、彼は止めていた足を動かす。

 授業が終わって陸斗が教室に戻ると、例の同級生がもう一人のメガネをかけた長髪の男子生徒を連れて彼の席までやってくる。


「まだ知らない奴がいたなんて驚きだな。えーと、富田だっけ?」


 そのメガネをかけた男子に確認されて彼はうなずいて問い返す。


「そっちは小林だったっけ?」


「ああ。それでこっちが水谷だよ」


 小林はメガネをくいっとあげながら、隣の軽そうなもじゃもじゃ頭を指さした。

 時期が時期のうえにこれまでロクに会話したこともなかったせいか、陸斗が名前をうろ覚えだったことを気にしていないらしい。

 彼の方もお互いさまだと気にしていなかった。

 三人は適当に近くの机をくっつけあい、食べ物を置く。

 小林はコンビニ弁当、水谷はパンとコーヒー牛乳、そして陸斗は薫の手作り弁当である。


「あれ、お前のところ、手作り? おふくろさんの?」


 白と青のストライプの弁当包みに黒い弁当とはしのセットを見れば、そう思うのは無理もないことだ。

 彼は一瞬迷ったものの、嘘はつくまいと思う。


「いや、姉的存在?」


「なんだそりゃ。近所にいる幼馴染の姉ちゃんか何かよ」


 内心薫に謝りつつ、吹き出した水谷に肯定を返しておく。


「だいたいそんなところだな」


「いいなそれ。メシを作ってくれる人がいるなんてよ」


 小林の声には明確な羨望が混ざっていた為、彼は反応に困って沈黙する。

 どうして彼らは手作り弁当を持参していないのか。

 今聞く勇気など陸斗にはなかった。

 

「簡単に言うなら、弁当作ってくれる彼女がほしいってことだな」


 水谷がおどけた発言をしたが、タイミングを考えれば彼への助け舟だろう。


「彼女は俺もほしい」


 陸斗が便乗すると二人は笑い出す。

 それがきっかけとなったか、水谷が当初の目的を切り出してくる。


「富田が知らなかったやつだけどさ、一番はさっきの栃尾。栃尾安芸子だな」


「そうか? 宮村や木下は?」


 小林が疑問を口にするとすぐに彼は言い返す。


「まあその二人を入れてトップスリーって感じかな。うちのクラスに一人もいないのが残念だが」


 彼らが所属する一組に可愛い女子がいないとは言わないが、先ほどの栃尾安芸子という少女に引けをとらないと言えそうな生徒が見当たらないのも事実だ。

 ただ、陸斗はそれを言わなかったし表情にも出さないよう努力する。

 教室内には十人くらいの女子が彼らと同様、昼食中だからだ。

 

(何人かの視線が痛いのは気のせいだといいなあ)


 彼はそう思ったがやはり声には出さず、ミニトマトを口の中に放り込む。


「後は二、三年にも何人かいるけど、部活でもやらないかぎり接点はないから省略しておくか」


 水谷はそう言ってコーヒー牛乳をひと口飲んだ。

 そこで会話が一度途切れてしまう。

 陸斗には級友たちにふれる話のタネを思いつけなかった。

 eスポーツのプロ選手だと打ち明けるつもりはなく、それゆえにVRゲーム関連の話もしたくはない。

 そう考えていた矢先、小林が彼に問いかけてくる。


「富田は何か部活でもしているのか?」


「いや、アルバイトがあるから」


 彼はとっさに答えていた。

 これは厳密には嘘ではない。

 学校がない時に仕事をして報酬を得ているのは事実なのだから。

 

「何だ、そうなのか」


 水谷が軽く目を見開いて質問をする。


「何のバイト? ファーストフード? それとも賞金ゲームで小遣い稼ぎでもしているのか?」


 これに陸斗は答えに詰まってしまう。

 分類するならば後者の「ゲームで収入を得ている」ことになるのだが、彼は賞金制のゲームをプレイしているわけではない。 

 はたしてどう説明すればよいのかと思案していると、小林が水谷をたしなめる。


「まだ話すようになったばかりの相手なのに、いきなり踏み込みすぎじゃないか? 富田が困っているだろう」


「あ、悪い」


 水谷はバツが悪そうに陸斗に謝った。

 

(どうやら悪い奴じゃなさそうだ)


 そう判断した彼にも罪悪感が芽生える。

 

「いや、いいんだよ。ただ事情を説明するのが難しいだけでさ」


「無理に言う必要はねえさ。俺が思ったのはVRゲームに興味あるのかどうかだ。あるなら一緒にやってみないかと思ってな」


 水谷は肩をすくめた。

 そこに他意はなさそうだったが、またしても陸斗は困る。

 彼はWeSA(世界eスポーツ協会)が主催する年間ツアーに出場する「ツアープロ」だ。

 WeSAは所属プロの賞金制ゲームの参加を固く禁止している。

 実は彼らもプロのe選手だというならば話は違ってくるが、もしそうであれば聖寿寺からもっと反応があるだろう。

 

「うーん…VRゲームはちょっと」


「何だ? もしかして非VR派なのか?」


 言葉を濁す彼に対して水谷が疑問を投げかける。

 VRゲームがすっかり浸透した現代でも、VRゲームをプレイしようとしないタイプの人たちはけっこういた。

 通称「非VR派」と呼ばれる人たちである。

 現実そっくりの仮想空間に入るのは気持ち悪い、副作用が怖いという考えの人もいるし、プレイヤーの実力が単純な練習量ではなく脳の処理能力や回転速度も大きなファクターになっているのが気に食わないという人もいた。

 

「そういうわけじゃないんだけどな」


「富田はプレイしたくても、親御さんが反対しているのかもな」


 歯切れの悪い陸斗を尻目に、小林が水谷に耳打ちする。

 言われた方は「あ」と小さく声を出した。

 本人はVRゲームで遊びたいのに親の許可が出ず遊べない未成年はそれなりの数がいる。

 彼らは陸斗もそうではないかと誤解したのだ。


(本当のことを言えるわけないし、そういうことでいいや……)


 彼は内心同級生たちと母親の三人に謝ったが、否定せず誤解されておくことにする。


「そうだ、エラプルを交換しようぜ」


 小林の提案で三人は一斉に携帯端末をとり出す。

 陸斗が黒、小林と水谷は白色だった。

 彼が画面→連絡先→近くの機種と通信という順番で画面をタッチしていると、小林が「あれ」と声をあげる。


「富田のはタッチパネル式? もしかして懐古モデルってやつか?」


「そうそう、意外と便利なんだよこれ」


 違いに気づいてもらえた彼は少しだけ満足しつつ、何でもないように答えてから首をひねった。


「エラプルって何だ?」


 二人はまるで絶滅危惧種の珍獣と偶然遭遇した動物学者のような顔になる。


「知らないのか? メッセージ、グループチャット、通話もできるアプリだよ。世界で一番ユーザー多いって話だったと思うけど」


 小林が言うと水谷も言う。


「お前もしかしてメールを使っているのか? あ、懐古モデルなら、電話番号とかいうやつもあったりする?」


「あ、ああ。一応あるよ。使ったことはないけど」


「え、マジで、見せてくれよ」


 陸斗の問いに二人は食いついてくる。

 彼は驚きながらもあるアイコンをタッチして「電話番号」というものを呼び出す。


「うわ、本当に数字が三、四、三なのか」


「ゼロからはじまる番号ってのも本当なんだな」


 二人は困惑する彼をよそに大いに盛り上がった

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