66話「景石天塩」
三人の依頼を達成して街に戻り、図鑑をギルドの女性NPCに見せる。
「はい、依頼達成。おめでとう。成功報酬を振り込むから、探索者IDを見せておくれ」
現実であれば口座番号を教える場面なのだろう。
ラウムたちは図鑑の白い表表紙に刻まれている十二ケタのID番号を見えるように提示する。
「はいよ。じゃあ振り込むよ、1000Gね」
三人の視界の右上付近に青い文字で所持金の欄が表記され、メーターが動いて千になったところでキンと金属を叩いたような音が鳴った。
「次はどうする? また何か仕事を受けるかい?」
「お願いします」
三人を代表してラウムが答える。
「はいよ。まだまだ初心者だから、大した依頼は受けさせられないけどね」
NPCに提示された依頼内容に彼らは相談しあった。
「どうする? 新しい幻獣を探す? それとも同じ依頼を繰り返す?」
ラウムの問いにシャドウストーンが答える。
「報酬が同じなら、同じ依頼でいいんじゃない? 効率的にお金を稼げそう」
「図鑑を埋めるのを優先するか、それともお金稼ぎを優先するか、の二択よね」
ウェスナットが整理するように言う。
「図鑑は後でも埋められるけど、お金はたぶんあるだけあった方がいい気はするよな」
ラウムはシャドウストーンよりの発言をする。
大概のゲームで序盤の難関になりやすいのは資金不足だろう。
「幻獣を集めるゲームでお金がかかりそうな要素……すみません、幻獣ってどうやったら飼えるようになるのですか?」
ラウムの問いにNPCのギルド職員は即答する。
「あんたらひよっこじゃまだまだ無理だよ。探索者ランクをあげて、本拠地を購入して、幻獣を飼育するためのガーデンを作れるようにならなきゃ。それにあんたらがいない間に面倒を見てくれる飼育員も雇わなきゃいけないだろう?」
「金がかかりそうな単語が一気に出てきたな……」
彼はげんなりして仲間たちを見、仲間の少女たちは肩をすくめた。
「当分はお金集めと探索者ランクあげに専念した方がよさそうね」
ウェスナットが苦笑まじりに言い、ラウムとシャドウストーンが首を縦に振る。
「それじゃさっきと同じ幻獣を探す依頼をお願いします」
「あいよ。ちょっと待ってね」
NPCの女性は注文通りの依頼を探して、彼らに見せてくれた。
依頼人以外はまるで同じ依頼内容である。
あくまでもゲームなのだから、仕方ないことだ。
同じような場所に行き、同じ幻獣を捕まえて依頼達成を報告する。
所持金が一万を超えたところで彼らは一度休憩することにした。
「まあのんびりいこう」
「そうだね」
「ある程度時間が必要だものね」
ラウムの言葉に少女たちは同意する。
ゲームのライト層が聞けば耳を疑いそうな会話だが、彼らは本気だった。
「休むところってどこかにあったっけ? それとも一回ログアウトする?」
ラウムが首をひねると、ウェスナットがすぐに言う。
「ギルドから少し離れた場所に、カフェらしきお店があったわよ」
「その反対側の雑貨屋さんの隣にも、一軒お店があったよね」
シャドウストーンもさらりと応じる。
少女たちの目ざとさはさすがと言うべきだろうか。
ラウムは感心しつつ、質問する。
「どちらかの店に入ってみる?」
すると二人はそろって首を横に振った。
「もう少しお金を貯めてからでいいんじゃない?」
「そうだよね。休憩ならログアウトすればいいんだし」
ウェスナットの発言にシャドウストーンが賛成する。
彼女たちはゲーム内で稼いだ通貨を、お茶などで使うのはもったいないと言うのだ。
「そうだな」
いかにも彼女たちらしいし、聞いた自分が悪かったとラウムは苦笑する。
以前アルジェントを名乗っていたシャドウストーンと二人でお茶したことがあったが、あれは資金に困っていない状況だったからだ。
「じゃあ一回ログアウトしよう」
「いいけど……?」
休もうとするラウムに対し、二人の少女は怪訝そうな視線を送る。
「まだ余裕でしょう?」
元々一時間程度で彼が疲れを見せたことはない。
だから彼女たちには余計不思議なのだろう。
ラウムは彼女たちが忘れていることを指摘する。
「いや、同級生二人ともやりたいって言っていたじゃないか?」
「あっ……」
シャドウストーンはともかく、ウェスナットまでもが間抜けな声を出す。
どうやら本当に忘れていたようだ。
同級生たちに同情をしつつも、ラウムは言う。
「一応声をかけたいんだけど、かまわないかい? 無理そうなら後日またってことで」
「うん」
いかにも気乗りしないという風ではあったが、二人は反対しなかった。
ラウムは「もしかして俺に遠慮して反対しないのかな」と思ってしまう。
(そうだとすると考えなきゃいけないよな)
彼にとって水谷と小林は友達だが、この二人にとっては「話したこともない知り合いの友達」にすぎない。
その点に関する配慮が足りなかったのではないだろうか。
(と言っても、二人に声をかけないっていうのもなあ)
それはそれでまずいだろう。
苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、ラウムは一度ログアウトする。
ウェスナットとシャドウストーンの二人も続く。
三人はVR機から解放されると、大きく背伸びをした。
VRゲームを長時間プレイしても体に影響は出ないように、技術は進歩したと言っても気分的な理由がある。
ラウムこと陸斗も何となくストレッチをしたくなるのだ。
「お茶でも飲む?」
「うん」
彼の問いに二人の美少女はうなずいたため、立ち上がって三人分のお茶を紙コップに入れる。
「どうぞ」
「ありがとう」
彼女たちは笑顔で受け取った。
美少女たちの笑顔はいいなと陸斗は素直に思う。
彼だって年頃の少年で木石ではないのだから、何も感じないわけではないのだ。
(でも女性は男の視線に敏感だっていうからな)
実際のところは分からない。
陸斗にとって親しい女性は母をのぞけば薫くらいしかいない。
天塩と栃尾はゲームの中では親しかったが、生身と接したことはほぼないのだ。
「ねえねえ、陸斗」
その天塩が不安でいっぱいのサファイアのような瞳を向けてくる。
「うん、何だい?」
「あんまりボクの方を見ないけど、ボクって気持ち悪い?」
「ええっ?」
陸斗はぎょっとして叫ぶ。
いったい何がどうしたらそのような発想になるのか、彼にはさっぱり見当がつかなかった。
「ど、どうして?」
彼が思わず訊くと、彼女は暗い顔でうつむく。
「……ボク、小さい時、目が変、髪が変って言われ続けて……だからあんまり学校に行かなくて……もしかしたら陸斗は違うかもって思ったんだけど……」
後半は一気に声量が小さくなってよく聞き取れない。
それでも陸とは全力で否定しないといけないということだけは分かった。
「そんなことない!」
大きな声で力いっぱい言ったため、天塩がびくっと体を震わせる。
反射的にあがった美貌には驚きが広がっていた。
「天塩はきれいだよ。誰にも負けないくらい」
「……本当?」
天塩は半信半疑と言うよりは、たしかめたがっている表情である。
「うん。美人とはあんまり縁がない俺が言っても説得力ないかもしれないけどさ」
「ううん。うれしいよ」
照れて鼻の頭をかきながら目を逸らしてしまった陸斗に対し、彼女はようやく笑顔をとり戻す。
「美人は見慣れてないから、あんまり目を合わせられなくて。ごめんな」
正確に言うと年の近い生身の美少女に耐性があまりないのだが、ここで正確に話す意味はないだろう。
「ううん、信じてよかった」
と小声で言う天塩の顔は、比喩抜きで誰にも引けを取らないほど美しい。
陸斗にはそう映った。




