65話「謎の争い」
陸斗は一生懸命に知恵をしぼり、無難そうな回答をひねり出す。
「シャドウストーンはガンマンや狩人スタイルが似合うかも。ショートパンツはいてベレー帽かぶって、拳銃をかまえる構図がイメージできる」
「あ、ちょっと分かるわ」
ありがたいことにウェスナットが共感をしてくれたため、内心ほっとする。
「ふーん? そうかな?」
シャドウストーンは半信半疑の面持ちでくるりと一回転した。
「だってシャドウストーンはスタイルがいいもの。ウェストも足もほっそりしていて、うらやましいわ」
ウェスナットはため息まじりに称賛する。
シャドウストーンは負けじとほめ返す。
「ウェスナットだってきれいじゃん。それも男子の理想像って感じ?」
「え、そうかしら」
ウェスナットはそう言ったものの、男子からモテる自覚はあったのか、否定はしなかった。
「いいなー、ずるいよ」
シャドウストーンはすねたように彼女に言葉を浴びせる。
何やら謎の闘いがはじまったと、陸斗ことラウムには映ったものの沈黙を選ぶ。
敵意をむき出しにし合った深刻なものではなく、子犬同士のじゃれあいのように感じられたからだ。
ただし、ウェスナットが助けを求める視線を放っているのに気づいたため、そろそろ止めようと声をかける。
「シャドウストーンもその辺にしておけ。いい加減、幻獣探しに行こう」
「はーい」
ラウムの言葉に元気よく返事をし、シャドウストーンはあっさり矛を引っ込めた。
彼もまたウェスナットに似合いそうなファッションを言わずにすんでほっとする。
それから三人は町の中に入って、「探索者ギルド」に行く。
ここで探索者登録をすることが、本当の意味でのスタートになる。
探索者ギルドは鮮やかな赤い屋根が特徴的な、三階建てのレンガ造りだ。
建物のモデルとしてはルネサンス建築が近いだろうか。
頑丈そうな白い木の扉を開けるとすぐ右手側に受付カウンターがあり、中年の青い服を来た女性が彼らを出迎えてくる。
「いらっしゃい。見ない顔だね。探索者ギルドは初めてかい?」
「はい、そうです」
ゲーム冒頭のお約束なセリフに、ラウムが三人を代表して応じた。
「じゃあ、最初から説明しようかね」
女性はそれが自分の役割だとばかりに勢いよくしゃべりはじめる。
「探索者になりたいなら、当然幻獣図鑑と幻獣カメラは持っているだろうね?」
彼女の言葉に三人はうなずく。
幻獣カメラはうすい携帯端末型カメラで、撮影した幻獣を捕獲できる不思議なアイテムだ。
幻獣図鑑は捕獲した幻獣が掲載される不思議な図鑑で、最初は全員表紙が白い。
捕獲できなかったものは遭遇歴に名前しか載らない。
幻獣図鑑と幻獣カメラはどちらもプレイヤーの初期装備品なのだが、NPCには分からないことだろう。
「あんたらの仕事はこの世界のどこかにいる幻獣たちを探し出して、その図鑑に登録していくことだよ。そこの掲示板に貼り出されているクエストの中から、好きなのを選んでいくんだね。さっそく選んでみるといいよ」
女性のすすめで三人は大きな木の掲示板の前に立つ。
貼られた白い紙には黒字で「探しています」「捕まえて」「情報を求む」といった大きい題名の下に、依頼対象の幻獣とおよそのエリアが書かれている。
エリアまで移動した後は、自力で探してみようということなのだろう。
当然のことだが、序盤のうちは探しやすいレア度の低い幻獣しか対象にならず、貼られているのはすべて最低ランクの「ノーマル」である。
ラウムたちは一枚ずつ選ぶと、女性のところへ持っていき、ハンコを押してもらう。
「はいよ。頑張ってね。仕事をクリアしていって実績を積めば、すごい幻獣に会えるようになるし、お金も貯められるからね」
女性に励ます声に後押しされるように三人はギルドを出る。
「出現エリアはどこ?」
左からウェスナット、ラウム、シャドウストーンと並ぶ三人組は顔を寄せ合って依頼書をたしかめ合う。
「ウェスナットのジャッカロープは西の草むら、俺のスクォンクは南西の森、シャドウストーンのアーヴァンクは南の川か……西から反時計回りにやっていく?」
「それでいいんじゃない?」
「異議なし」
ラウムの問いに二人の少女は左右から賛成する。
一度町の中央の交差点に出て、それから西の門を目指す。
都市圏の主要駅並みの人の数がいるが、うち六割くらいが名前が青文字、すなわちプレイヤーだ。
「けっこうな人数がプレイしているんだね」
彼の言葉にシャドウストーンが反応する。
「そうだね。でも、意外と少ないよ」
「戦闘が苦手な人向けなイメージがあるものね」
ウェスナットが彼女の意見に同調した。
「まだ様子見の人が多いのかな」
「まあ、評判待ちはいるでしょうね」
三人はそのようなことを言い合いながら門を抜ける。
赤茶色のレンガできれいに舗装された道はすぐに途切れてしまい、草むらが存在していた。
「ジャッカロープはここにいるのか」
ラウムがうんざりした声を出したのは、草の背丈が彼の腰くらいまであるせいである。
必死にかき分けなければ地面など見えそうにもない。
「鹿みたいな角が生えた、白いウサギって感じの外見らしいから目立つとは思うんだけど」
選択したウェスナット自身も想定外だという顔をしている。
「とりあえず探してみようよ」
と二人をうながすシャドウストーンが一番前向きな姿勢だった。
「じゃあ私が入るから、シャドウストーンが撮ってくれる?」
ウェスナットがこう提案したのは、三人で受注した扱いのものは自分で撮らなくてもいいからである。
彼女なりに責任を感じているのかもしれないが、ラウムが止めた。
「いいよ、俺が中に入って探すから、二人はシャッターチャンスを逃がさないように目を凝らしていてくれ」
ウェスナットが口を開くよりも素早く、彼はさっさと草むらに入ってしまう。
こうなると彼女も抗弁をあきらめて幻獣カメラをポケットから取り出してかまえる。
ラウムがわざと大きく音を立てて草をかきわけ地面を踏み鳴らすと、何匹かの虫が飛び出す。
少女たちは素早くシャッターを切れば、虫たちが光を発して黒く変わって消える。
そして幻獣図鑑に登録された。
「ブルーバタフライ、ノーマル」
「グラシービーが二匹、ノーマル」
ウェスナットとシャドウストーンが戦果を報告し合う。
「やっぱりどっちもノーマルかぁ」
「仕方ないわよ。はじまりの町付近なんだから」
残念そうなシャドウストーンをウェスナットがなぐさめた。
ラウムはくじけずに草むらの中を動き回っていると、やがて前方をひとつの影がさっと横切る。
「あっ」
ウェスナットが短く叫び素早くシャッターを押し、体長約六十センチの白いウサギの体と赤い目、鹿のような角を持った幻獣が捕獲された。
草むらから出たラウムも見せてもらうと「ジャッカーロープ」という名前が彼女の図鑑に登録されている。
「やった、捕まえたよー!」
シャドウストーンが叫び、三人で仲良くハイタッチをして喜びを共有した。
「三人分探しましょうか?」
ウェスナットが言うとラウムが首を横に振る。
「いいよ、ノーマルだしいつでも集められるだろう。クエスト達成を優先しようよ」
「そうだね。序盤のうちはクエストを達成していった方がいいかも。何か効率のいいお金の稼ぎ方を見つけるまではね」
シャドウストーンも特にこだわりはないようだ。
「ノーマルだからって油断していたら、実は出現ポイントがレアだったりして」
ラウムはふざけるように言うと、少女たちは困ったように眉間にしわを寄せる。
「ありえそう」
「たまによくあるよね、そういうパターン」
彼自身、実体験に基づいた話だっただけに、リアリティがひと味違ったのだろう。
ほんの少しだけ真顔に戻ってしまったが、すぐに三人はワイワイと移動する。
次の目的地はラウムが選んだスクォンクがいる南西の森だった。




