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64話「友達といっしょ」

 シンと静まり返ってしまった場を打ち破ったのは、天塩本人だった。


「じゃあ仕方ないよね。こうして会いに来れるんだから、まあいいや」


 彼女は強がっているようだったが、陸斗には彼女にかける言葉を見つけられない。


「そうね。またオフ会やりましょう」


 栃尾が彼女をなぐさめるように言い、視線で彼に同意を求める。


「そうだね。今度は七尾千早でやってみようか」


「う、うんっ!」


 天塩は現金なもので、たちまち元気を取り戻す。

 見えない尻尾をパタパタと振って喜びを表す子犬のようであった。


「栃尾もそれでいいかい?」


 陸斗に聞かれて栃尾は微笑みながらうなずく。


「ええ。今回がここだったから、お金に余裕ができたもの」


 三人の中で最も収入が低いのはおそらく彼女のはずだ。

 ただのアルバイトでは一流のプロゲーマーである陸斗、動画配信者として知名度があって稼ぎもある天塩とは比較にならないに違いない。

 それに気遣った天塩が口を開く。


「え、ボクは別にここでもいいよ? 陸斗の部屋に遊びに来られるし」

 

 彼女の本音は後半部分だろう。

 栃尾はそのことにすぐに気づき、微笑を苦笑に変える。


「あ、うん。俺の部屋でいいなら、別にいいよ」


 陸斗は天塩がかまわないと言うのであれば、と思っただけであった。

 美少女たちのたまり場になったら華やかでうれしいな、というささやかな下心も否定できないが。


「ところで富田君、プロの人が私たちとゲームばかりしていてもいいの?」


 栃尾が怪訝さと申し訳なさが半分ずつ混じり合った表情で、彼に問いかけてくる。

 彼女にしてみればプロの練習相手になれているのか、という不安があるのだろう。

 

「いいんだよ。VRゲームをやり続けるのが、一番のトレーニングなんだから」


 陸斗は意識して力強く彼女の不安を笑い飛ばす。

 トッププロとプレイした方がいいのかもしれないが、あいにくと彼ができそうな相手はアンバーくらいしかいない。

 それにアンバーはともかく、モーガンやマテウスは強いプロと日常的にトレーニングしているという情報を聞いた覚えはなかった。


「強くなるためのトレーニングは何もひとつじゃないってことさ」


「そういうものなのね。それならいいんだけど」


 自分が迷惑をかけているわけではないと言われて、栃尾はようやく安心する。

 実際、ただVRゲームをプレイしているだけでいいというのは、なかなか分かりにくい感覚なのだろう。

 

「どうする? VRゲームやる? ボク、ゴーグル型を持ってきたよ?」


 天塩の方は特に気にした様子もなく、陸斗にたずねる。

 

「おお、それは助かるな」


 事前に伝えておいたため、気を利かせてくれたのだろう。


「いいよーっ!」 


 天塩は天使のようなまぶしい笑顔で応じる。

 陸斗に礼を言われたことが、よほどうれしかったらしい。


「じゃあ何のゲームをする?」

 

 彼女は高くなったテンションで二人に質問を投げる。

 

「友達といっしょでいいんじゃないか? たしか今日から正式オープンだっただろう? それとも二人はもうユーザーアカウント作ったのか?」


「まだだよ。陸斗と一緒に作ろうと思って」


 天塩が言うと栃尾も黙ってうなずいた。

 

「じゃあ移動しようか。テーブルや座布団はこのままでいいよ」


 陸斗はそう言って二人をVR筐体が置いてある奥の部屋へと案内する。

 二つの部屋は一応、縦長の廊下と白い木製の引き戸によって隔てられていた。

 普段は黒いカーテンによって遮られていることが多いが、今日は女性の来客ということもあり、窓ガラスからまぶしい日光が注ぎ込んでいる。

 彼らから向かって左側が普段陸斗は使っていない青の筐体、右側の壁際に置かれているのがいつも彼が使っている黒い筐体だ。

 その中間地点に人を堕落させるソファの一人用が置いてあるが、これは陸斗が移動させたものである。


「右がいつも俺が使っているやつね」


「じゃあ左側を借りるわね」


 栃尾はそう言い残して移動し、天塩はゴーグル型VR機を片手に茶色のソファーに腰を下ろす。

 決して安くないはずのVR筐体を二つ、両方きちんと動く状態で所有している点について二人からの指摘は来ず、陸斗は安どする。

 プロならば持っていてもおかしくないと判断してくれたのだろうか。

 

「ゲームがスタートしたら始まりの町の入口の手前で待っていてね」


 三人は約束しあう。

 今日はいつも使っている筐体でないため、IDを使った通信が取れない。

 したがって地道に探す必要があった。

 事前に使う予定のアバター名を教えあっておく。

 三人は仲良く「友達といっしょ」を起動させる。

 音楽とともに中学生くらいの女の子の甘ったるいアナウンスが流れ、水色の画面に黒い文字が浮かびあがった。

 友達いっしょは仲間とともに幻獣と呼ばれる動物に似た生物をさがし、「家族」にする。

 さらに様々な素材を集めて、いろいろな物を作っていくというコンセプトのゲームだ。

 オープニングで簡単な説明を聞かされてから陸斗は、自分の分身となるアバターを作成する。

 彼の名前はラウム、身長は百七十センチほど、髪は黒い短いものを選び、肌の色と瞳も黒、性別は男にしておく。

 服装は白い襟なし半袖シャツに水色の長ズボン、白いスニーカーで、色以外は変更できないようだ。

 最終確認の後、アバターは始まりの町「プリマ」に転送される。

 彼の目線と同じ高さの白い石の塀の向こうには、のどかな町並みが広がっていた。

 門のところには案内役らしい赤い服に茶色のパンツをはいた男性がいて、その手前に二人の美少女アバターが立っている。

 彼女たちの頭上に表記されている名前はプレイヤーであることを示す青色で、ウェスナットとシャドウストーンだった。

 事前の打ち合わせによれば栃尾がウェスナット、天塩がシャドウストーンである。

 どれも安直と言えば安直だが、個人情報を知っていればこそだ。

 彼が近づいていくと、二人もすぐに彼に気づく。

 ウェスナットは黒いつややかな髪を腰あたりまでまっすぐに伸ばした、ウサギ耳と赤い瞳が印象的な美少女だ。

 服装は巫女服で、和装ウサギ獣人という印象を持つ。

 一方のシャドウストーンはと言うと、白いショートヘア、グレーの帽子、茶色のジャケット、黒いショートパンツというボーイッシュなスタイルである。

 顔だちは天塩とは違って少年っぽく、キツネのような金色の目は鋭いが彼を見る目は温かい。

 どちらもため息が出るほどに美しいアバターのはずなのに、陸斗の心がウキウキすることはなかった。

 おそらくどちらの少女も現実で美少女だからだろう。

 単純な造形ではあるいはアバターの方が上かもしれないが、生命の美というものが欠けているように思われる。

 生身の美少女を肉眼で、それも間近で見る機会があったからこそ感じた差異だ。

 

「お待たせ」


「うん、ラウムは男の子にしたんだ?」


 シャドウストーンこと天塩の、高めのアルト声に彼はうなずく。


「ああ。外見で選ぶなら女子なんだけど、シャドウストーンとウェスナットと一緒だからいいかと思ってね」


 美少女が二人も一緒なのだから、ビジュアル的な欲望は十分満たされるだろうと判断したのだ。

 

「期待に応えられるといいんだけどね」


 シャドウストーンはそっけなく答えたが、その頬は明らかにゆるんでいる。

 よほどラウムこと陸斗の言葉がうれしかったらしい。

 彼女から少し離れた位置にいたウェスナットこと栃尾も会話に加わる。


「そうね。男子が思う可愛いと、女子が思う可愛いが同じだといいのだけど」


 彼女の声は低いソプラノと言うべきだろうか。

 透明感のある音声がよく合っている。

 

「二人ともかなり可愛いから大丈夫だと思うよ」


 陸斗が深く考えずに言うと、ウェスナットからはジト目で見られてしまう。


「今の発言、何だか節操なしに聞こえるわよ」


「あ、ごめん。そんなつもりはなかったんだ」


 慌てて彼が謝れば、彼女はにこりと笑って許してくれた。

 シャドウストーンが実に興味深そうな目つきで彼に聞く。


「ラウムはどういう服装の女の子が好みなの?」


「あ、私もちょっと興味ある」


 ウェスナットが乗るとは夢にも思わなかったラウムは、目を白黒させる。

 二対一であるうえに助け舟が来る気配はなく、彼は降伏するしかなさそうだった。


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