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62話「初めてのオフ会」

 六月の第一土曜日、陸斗は栃尾安芸子、景石天塩と初めてのオフ会を迎えた。


「陸斗君が女の子ふたりと遊ぶなんて……それもあそこに呼ぶなんてね」


 薫は感慨深そうな顔で言う。


「いまだに自分でも信じられなかったりするよ」

 

 陸斗は成長した弟を見るような目をしている彼女に対して後ろ向きな言葉を返す。


「ネット上でいい関係を築けていないと、会おうという気にはならないでしょう。いい縁があったのね」


「縁……そうかもね」


 天塩も栃尾も縁がなければ巡り合えなかっただろう。

 考えてみれば実に不思議なものだ。


「日が暮れる前に解散するのよ」


「うん。天塩って子は特急で二時間くらいはかかるらしいからね」


 女子を暗くなるまで引き留めるのはあまりよくない。

 栃尾はもちろん、天塩もおそらくは学生だろうから。  


「私も休暇をもらえてうれしいわ。でも、何かあったら遠慮せずに連絡をしてね?」


 陸斗が彼の正体を知らない人たちと遊ぶとなると、自然に薫の仕事がなくなる。

 ただ、丸一日オフというわけでもないため、数時間どこかでのんびりと過ごすに留まるのだろうし、緊急時は呼び出さなければならない。


「うん、その時はごめんね」


 それを承知している彼は一言謝る。

 できれば薫がゆっくり過ごせる日になってもらいたいと思うのだが、彼の意志だけではどうにもならないのだ。

 朝食を終えた陸斗は彼女に車でトレーニングルーム前まで送ってもらう。

 天塩は八時五十二分発の特急ちはやに乗り、十一時二十四分に七弦駅に到着する予定である。

 十一時過ぎに駅前に行けばよく、それまで掃除をしておこうと思ったのだ。

 薫がマメにやっていてくれるおかげで、ゴミが落ちていないか、汚れている部分がないかを簡単に確認していくだけでよい。

 彼女のありがたみを実感しただけに終わり、彼は服を着替えて白インナーの上に紺のジャケット、黒パンツという装いになる。

 どちらもメンズブランドから提供された品なのは言うまでもない。

 薫が見立ててくれたもので、そこそこ見栄えがしそうだ。


(薫さんの偉大さがよく分かるな)


 まだ起きてから二、三時間しか経っていないのにである。

 多少無理をしてでもいいマネージャーは確保しておいた方がいい、という聖寿寺の助言を聞いておいてよかったとしみじみと思う。

 時計を確認してバスに乗ると、前方に黒い長髪の少女の姿が目に入った。

 もしかして栃尾かと思ったが、声をかける勇気はなく離れた場所に座る。

 道中、エラプルを見てみると二人から「今日はよろしく」というメッセージがあるばかりだった。

 その少女は銀色の保冷バックと黒いカバンを持ち、バスから降りると駅の中には入らず北口の脇に立つ。

 ラベンダーの長袖ニットに白のミモレ丈スカートというコーディネートの少女は、間違いなく栃尾だ。

 ほっとした陸斗が声をかけようと近づく間に、二人組の若い男たちに声をかけられる。

 彼女に断られた男たちはあっさりと引き下がったため、彼は安心した。

 

「おはよう、栃尾さん」


「おはよう、富田君。久しぶり……というのも違うかな」


 彼女はまぶしい笑顔で応じてくれる。

 離れた位置にいる男たちが「えっ」という顔をしたが、陸斗は気にしなかった。

 ルックスという点で彼女とには大きな差があるのは自覚しているからである。


「天塩ちゃんから連絡はあった?」


 栃尾の問いに彼は首を横に振った。

 お互いの写真を送ろうという話だったのだが、まだ届いていない。

 特急の到着時間まで十分以上あるのだから、もう少し待った方がいいだろうか。

 話題に困って口を動かさない彼とは違い、彼女は話しかけてくる。


「約束通り、チーズケーキを作ってきたわよ」


 そして保冷バックを軽く上にあげた。


「わあ、ありがとう」


 陸斗はたちまち目を輝かせ、彼女に笑われてしまう。 

 

「お口に合えばいいな」


「キャンプの時を見るかぎり大丈夫だと思うんだけど」


 謙遜する彼女に彼は疑問を投げかける。


「お菓子作りはまた違うのよ」


 栃尾はそう言って少し困った顔をした。

 経験がまるでない陸斗としてはそういうものかなと思うしかない。

 

「どっちもやったことないからなぁ。食べる専門で」


 少しばかり自分が恥ずかしく感じて頭をかいたところで、二人の端末から通知音が鳴り響く。

 会話を中断してエラプルを起動させると、天塩から写真が送られてきている。

 そこにはピンクの半袖シャツを着た銀髪の美少女がいて、陸斗は思わず息をのむ。

 栃尾も相当な美貌だが、天塩はそれ以上かもしれない。


「あれ、天塩ちゃんって日本人じゃなかったの?」


 その栃尾が思わずという風につぶやいていたが、陸斗も同感である。


「そういう話、したことがなかったから分からないな」


「そうなんだ。富田君は知っていると思っていたわ」


 彼女は若干意外そうだった。

 あるいは聞けば天塩は教えてくれたかもしれないが、陸斗は自分の個人情報をほとんど明かしていないという負い目がある。

 相手にだけ質問するということはためらわれたのだ。

 彼は無家を出る前に撮っておいた写真を送り、北口に栃尾といるという一言をつけ加える。


「まあ、聞けば教えてくれると思うよ」


「そうね。天塩ちゃん、すごく可愛いわね」


 栃尾は感嘆の声を漏らす。

 陸斗は無言で首を縦に振ったが、それだけではまずい気がしたため、舌を動かした。


「栃尾だって美人じゃないか」


「ありがとう」


 彼女は目を丸くしたものの、彼のほめ言葉を受け取ってくれる。

 照れらしいものが見られなかったのは、言われ慣れているからだろうなと思う。

 電車がつく時間になったため、二人は駅の中に入り改札の前まで歩いていく。

 土曜日の昼前だが、人の数はそれほど多くなかった。

 ホームから降りてくればすぐ分かりそうな位置に立つと、前方から緑のリュックを背負った写真通りのシャツに、デニムのショートパンツをはいた少女が歩いてくる。

 彼女はすぐに彼らに気づいたらしく、桃色の唇をゆるめた。 

 しかし、一瞬ですまし顔に戻って改札を通過し、一直線に彼らのところまでやってくる。

 彼女の背丈は百五十五センチほどで、二人を見上げるような形になった。

 

「陸斗と安芸子?」


 外国人さながらの美貌を持った少女の口から、きれいな日本語が飛び出す。

 オンライン通話ではずっと日本語で話していたのだから当然だが、それでも大きな落差があるのは否定できなかった。


「そうだよ」


 彼が応じると、天塩はサファイアのような瞳を輝かせながら言う。


「ボク、天塩だよ。今日はよろしくね!」


「うん、よろしく」


 明るい声とまぶしい笑顔に、彼と栃尾もまた笑顔を返す。


「二人とも似合っていて可愛いな」


 陸斗が彼らしからぬ言葉を口から放つ。

 これは主に薫やミナ、ヴィーゴに覚えさせられたものだ。

 二人ともやや意外そうな反応を示すが、天塩はうれしそうに微笑しながら「ありがとう」と返す。

 栃尾も礼は言ったものの、こちらは形式の域を出ていない。


「約束通り、サンドイッチを作って持ってきたよ。食べる場所ってどうするの?」


 天塩の言葉に美少女たちの視線が陸斗に集まる。


「ああ、説明しなきゃいけないんだけど、とりあえず移動しよう」


 緊張という見えない手が心臓に強く握られていることを自覚しつつ、彼は平静をよそおって言う。

 二人の美少女たちは特に怪訝そうにせず、質問をすることもなく彼の誘導に従ってバス乗り場へ行く。

 途中、周囲の人々の、特に男の視線が少女たちに集中する。

 栃尾は平然としているが、天塩は髪と同じ色の眉を不快そうに動かす。

 同じバスには何人も乗り込んだものの、三人が座れる最後尾席は空いていた。

 右に栃尾、左に天塩に挟まれるという両手に花状態になった陸斗は、左右から異なるいい匂いを感じながら手塩に問いかける。


「天塩、アルテマオンラインのイベント、どうだった?」


「うん。貢献度で一位とれたよ? ボスのトリニティワイアット、あんまり強くなかった」


 天塩はそう答えると、ちょっと誇らしそうに桃色の唇をほころばせる。

 見事なバラが満開に咲き誇っているかのような素晴らしい表情だ。

 どこかあどけなさが残っているが、そのアンバランスさが魅力を引き上げている。


(笑うと恐ろしく可愛いな)


 美人に対する免疫を持っていなければ、今の一瞬で恋に落ちていたかもしれない。

 陸斗が本気で思ったほどの破壊力があった。

 

(というか、天塩がレインボージャムだったのか)


 おかげで彼女のプレイヤーネームに気づくのが一瞬遅れる。

 そしてあまり強くなくて申し訳ないとも思う。


「うわさには聞いたけど、イベントダメだったの?」


 栃尾が右から話に加わると、天塩は小さくうなずく。


「動画もあんまりアクセスないし、潮時かな……」

 

 ゲームのプレイの配信収入は、ゲームの人気が大きな要素のひとつになる。

 あまり旨みを感じなければ動画配信者としては撤退するのは無理ない。

 プロならではのシビアな感覚は彼にも理解できる。


「それに友達といっしょも来週からはじまるしね。陸斗、はじめるんでしょ?」


「うん」

 

 天塩が確認するように彼をじっと見てきた。

 

「詳しいこと、決まったら教えてくれる?」


「いいけど、たぶん行き当たりばったりだよ」


 陸斗は苦笑半分、申し訳なさ半分という顔で言う。


「男子ってそういうものかもね」


 栃尾が理解ある発言をしてくれる。


「分かった」


 天塩もあきらめたような顔になった。

 彼らが他愛もない話をしているうちに、降りる地点がやってきたため、陸斗は降車ボタンを押す。

 彼は緊張を孕んだままビルの入口に少女たちを案内する。


「ここってオフィスビルよね」


 どう見ても賃貸マンションではないのだから、栃尾が言うのも無理はない。

 陸斗の胸の鼓動が最高潮に達したのは、二階に到着した時である。


「実は俺、プロゲーマーなんだよ」

 

 自分に続いてエレベーターを降りた二人に言う。


「知ってた」


 と天塩はニコリと笑い、


「きっとそうだろうなとは思っていたのよね」


 栃尾は微笑む。

 彼女たちはとっくに勘付いていたらしい。


「隠したがっているみたいだから、気づかないふりした方がいいかなって」


 天塩の言葉が追い打ちのように突き刺さった陸斗は、思わずビルの白い天井をあおぎ見る。


「お気遣い、どうもありがとう」


 負け惜しみに聞こえなければいいなと思いながら返した。


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