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61話「反省」

 陸斗がログアウトすると、他の二人はまだ戦っていた。

 どうやら彼が真っ先にやられてしまったらしい。


「いくら何でも手加減しすぎましたね」


 いつの間にかやってきていた吉川が苦笑しながら話しかけてくる。

 「本気は出さないでほしい」とけん制したため、注意できないというところだろうか。

 さほど時間を置かずにエトウミナも撃破され、ログアウトしてくる。


「ふうーやられた」


 彼女は清々しい表情で言うと、一言つけ足す。


「まさかまっさきにトオルくんがやられるとはね」


「ごめんなさい」


 嫌味のない驚きに陸斗は謝罪の言葉を返す。

 まったくもってその通りである。

 二人はモニター越しで最後の一人、岩井の様子を確認してみた。

 彼は大多数のプレイヤ―相手に粘り強く戦っていたものの、二人を撃破したレインボージャムやスカイソルトが参戦するとたちどころに劣勢になってしまう。

 陸斗もやられたレインボージャムの必殺技を浴びて、岩井は撃破された。


「あー……岩井さん、やられちゃった」


 ミナが少しだけ残念そうに言う。


(岩井さんがやられたのは俺とエトウさんのせいだろうなぁ)


 陸斗は再度反省する。

 モニターの向こうでプレイヤーたちは、イベント完全クリアを喜び合っていた。

 彼らとは正反対とまではいかなくとも、それに近い状況が三人のプロ組である。


「いや、申し訳ない」


 岩井が反省の弁を運営に言うと、吉川がなぐさめるように言う。


「いえいえ、練習時間を取らない方が望ましいなどと申し上げたのは、こちらの方ですから」


「言い訳だが、ミノダ君が不覚を取ったのは少々誤算だな。いや、みっともないことを言って申し訳ない」


 ベテランの味を多少なりとも見せた男は、恐縮しきりだった。

 「不覚を取った」と言うと偉そうに聞こえてしまうものの、ミノダトオルが真っ先に撃破されるとは他の者も思わなかったのだろう。

 

「今回のボス、やけに弱くなかった?」


「中ボスとの差が感じなかったよな」


 プレイヤーたちが好き勝手な感想を述べている。


「いや、最後まで残った奴はけっこう強かったよ。アレが本体だったんじゃないかな」


「他の二体は分身か何かだったのか」


「さすがにイベントのラスボスが中ボスと同じ強さってのは……運営の調整ミスじゃないかぎり、最後のやつが本体だよ」


 スカイソルトが力強く言うと、皆がそうだったのかという空気になっていた。

 もちろん、そのような設定など存在していない。


「言われたい放題言われているわね。仕方ないけどさ」


 不甲斐なかったのは自分たちなのだから、とミナは苦笑する。

 陸斗も黙ってうなずく。

 結果が全ての世界で生きている彼らは、期待を裏切ってしまうと批判を受け入れるしかなかった。

 最大の功労者であるレインボージャムはと言うと、さっさとログアウトしてしまったらしい。

 イベント報酬は後でボックスに送付されるため、ログインし続ける必要はないのだが、それにしてもずいぶんとドライだなと陸斗は思った。

  

(もう少し他のプレイヤーたちと喜びを分かち合ってもいいのに)


 それもMMOの楽しみのひとつだろう。

 楽しみ方は人それぞれだし、祝勝会に興味がないのは個人の勝手だが。

 

「お疲れさまでした。それではこの後の件についてですが」


 吉川が話をはじめたため、陸斗の意識は彼へと移る。

 報酬は規定通り支払うし、またイベントで呼ぶかもしれない。

 都合がつけば参加してもらいたいという言葉で締めくくられて、解散となった。


「お疲れさまー。打ち上げでご飯でも行く?」


 明るいミナの声に何となく救われた気持ちになり、陸斗は承諾する。


「ええ、行きましょう」


「私も行かせてもらおうかな。最近の若者の流行もチェックしておきたいからね」


 岩井がおどけるように言い、二人の笑いを誘う。

 三人はそれぞれのマネージャーに連絡しておく。


「いちいち迎えに来てもらうのも悪いからね。三人のマネージャーも来てもらったらどうだ?」


「いいですね、お互いのマネージャーなら、守秘義務の懸念もいらないでしょうしね」


 岩井の提案にすぐさまミナが賛成する。

 陸斗としても異論はなかったため、マネージャーたちも同席してもらうことになった。

 もっとも彼らは車の運転があるからアルコールは厳禁であるが。

 彼らは宿泊先のホテルの中にはある和食料理店を選ぶ。

 ドレスコードが要求される格式ばったレストランではなく、陸斗やミナの普段着でも問題ないところだ。

 白いブナの木と緑色の壁が印象的なこじんまりとした店は、カウンターと四人かけテーブルが五つあるだけである。


「ああいうところは落ちつかないので、ありがたいです」


 白いシャツにグレーのパンツというカジュアルな格好に着替えた陸斗が言うと、ミナが相槌を打つ。


「そうね。たまに誰かの奢りで食べるのならいいんだけど、味が分からなくなるわね」


「おいおい、将来をになっていくはずの君たちが情けない」


 若者二人の言葉に岩井は苦笑した。

 一流のプロとなればドレスコードやマナーが要求される食事も増えていく。

 少しずつでかまわないから、慣れていかなければならないと彼は言うのだ。

 年長者からの助言を若者たちは恥ずかしそうに耳をかたむける。

 彼らはどちらも素晴らしい才能の持ち主だが、まだ経験が乏しい。

 その点を補うのが自分の役目ではないかと、岩井は漠然と考えている。

 陸斗にしてみれば先達の指導というものはとてもありがたいものだ。

 だが、それは同時に自分の未熟さを思い知らされることでもある。

 自分の至らない点など知りたくもないと耳を塞ぐほど子どもではないが、何も感じないほど鈍くもなかった。


「どうかな、夏休みに合宿でもしたら?」


 岩井が不意にそのようなことを言い出す。

 彼らを鍛えようと思ってのことなのだろうが、言われた方には藪から棒という印象が強い。


「合宿ですか?」


 合宿と言うと運動部がやっていそうなものをイメージしてしまうのが陸斗である。

 もっともミナも彼と同じような表情だった。


「合宿……ミノダくんはともかく、私は今さらそんな年でもないのですが」


 困惑する彼女に岩井はいたずらっぽい目つきで言う。


「そうでもないだろう。各国代表クラスのスポーツ選手たちは、強化合宿を定期的にやっているみたいじゃないか。君たちもその先例に習ったらどうかと思うんだ」


「は、はあ」


 たしかにスポーツ選手たちは強化合宿をやっていると陸斗も聞いた覚えはある。

 だが、どうして急に岩井が言い出したのかという疑問は捨てきれない。


「どうしてまた急におっしゃるのですか?」


 遠慮してしまった彼とは違い、ミナの方は本人に直接聞く手段に出る。


「君たちに次のステップに上るきっかけをあげたいと思ったから……というだけじゃ、納得してくれそうにないね」


 岩井は二人の表情を見て、苦笑した。

 彼らは無意識のうちに「建前だけでは納得しない」という文字を顔に書いてしまっていたらしい。


「実はと言うと先日JeNAの知人から聞かされたのだが、どうやらeスポーツのワールドカップ設立、あるいはオリンピックに参加しようという動きがあるらしいのだ」


「ワールドカップ!?」


「オリンピックですか!?」


 陸斗とミナがそれぞれの表情で叫ぶ。

 ワールドカップにせよオリンピックにせよ、国単位でのイベントである。

 国内での取り上げられ方も今まで以上になる可能性は高いだろう。


「そうだ。そうなると当然強化指定選手制度もできる。他のスポーツのまねだけどね。となってくると、当然君たち二人に白羽の矢が立つ。その前倒しというわけではないが、一度くらいやっておいてもいいのではないかと思ってね」


 二人とそのマネージャーの顔には理解の色が広がるが、同時に表情は硬い。


「それ、言ってもよかったのですか?」


 陸斗が疑問を言えばミナも続く。


「どう考えても他言しちゃいけない極秘情報ですよね」


「ああ。本来は他言厳禁の情報だが、君たち二人にだけは話してかまわない。むしろ心の準備をしてもらうためにも話した方がいいと言われている」


 岩井は協会から許可を得ていると打ち明ける。


「おそらく他国の選手も今ごろ、似たような情報を伝えられているだろう。もちろん、六大タイトルに出場できるレベルの選手限定でね」


「そうなのですか」


 陸斗は真剣な面持ちで相槌を打つ。

 世界のトップレベルの選手たち全員に話が伝わっているというならば、一部の人間の先走りではなさそうだ。


「やるとしたら七月のダービーの後、日本選手権の前あたりでしょうか?」


「え、ミノダ君、やるつもりなの?」


 ミナの言葉に彼はうなずく。


「合宿って言っても僕らの場合、ゲーム三昧ですし。一人でやるよりは強い人とやるのも楽しいですよね」


「そ、それはそうかもね。私はまだしも、ミノダ君クラスになると、実力が近い相手を探すのも大変だろうし」


 彼女は合宿にメリットを見出す。

 今の時代、一緒にプレイをする相手を探すこと自体は苦労しないが、実力の小さい者は探しにくい。

 ほとんどがプロ選手になってしまっているからだ。

 

(そうでもないかもしれないけど)


 陸斗は若干訂正したくなる。

 負けたからと言うのもあるが、レインボージャムは強かった。

 天塩も栃尾も相当な実力を持っていると言える。

 まだ知られていない実力者は探せばいるのではないかと彼が思うには、十分な根拠だった。

 そこで陸斗はふと気づく。


(十代が強いってことなのか? それとも二十歳以上なら自分の意志だけでプロになれるから、プロクラスの実力を持ったアマチュアは十代しかいないってことなのか?)


 一人で考えているだけでは答えが出そうにない問題だった。


「ふむ、二人は合宿に前向きだと受け止めていいのかな?」


 岩井の問いに陸斗とミナは「はい」とうなずく。


「では協会側にそう伝えておくよ」


 この一言をきっかけに、彼らは食事を再開する。


「そう言えば」


 料理が終わり食後のコーヒーを口にした時、陸斗は聞いた。


「アンバーとか呼んでみるのはありでしょうか?」


「おいおい……」


 彼の問いに岩井は困惑する。


「今回のものは非公式だが、それでも公式合宿の予行演習でもあるはずだ。外国人選手はちょっとまずいよ」


「ミノダ君」


 ミナのからかうような、それでいてどこか責めるような視線を浴びて陸斗は慌てて弁明した。


「いや、アンバーならモーガンの練習方法を知っていてもおかしくないじゃないですか? その辺、情報交換できたらなって」


 両手を振りながら早口で話す彼の説明を聞いて、岩井はなるほどとつぶやく。


「言われてみればたしかにモーガンがどのような練習をしているのか、そして姪のアンバー選手をどう鍛えたのか、興味ないと言えば嘘になるな」


 彼はコーヒーをぐいと飲みほしてから言う。


「そしてそれだけのものを、一方的に教えてもらうだけというのもよくないな。合宿の方に誘って、こちら側もある程度のことは開示する方がフェアだと言えそうだ」


 陸斗はそこまで考えていなかったなと冷や汗をかきながら、岩井の思慮深さに感心する。

 

「では、改めて協会側に相談してみるとしよう。それでいいかな?」


「異論はありません」


「私もです」


 二人の若者の答えに岩井は満足そうな顔をした。 

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