60話「アルテマオンライン・イベント・後半」
「うーん、みんな思っていたよりも強いわね。正直なところ、ツアープロでもリーグプロでもない人たちって、大したことがないイメージが強かったのですが」
ミナが率直に言い、己の不見識を恥じる。
陸斗は失礼だとは思わない。
もしアルジェントたちと知り合っていなければ、彼女と似たような感想を抱いていただろうからだ。
「日本はプロゲーマー後進国と言われているが、プレイ人口は大国と比べてもそん色がない。それにトップはともかく、平均のレベルはそこまで違わないはずだ」
岩井はそう言った後につけたす。
「だからこそ、我々が不甲斐ないと反省しなければならないのだが」
「……そうですね」
陸斗が目を伏せて賛成する。
プレイ人口でトップの強さが決定するわけではないが、他では大きな差がないのにトップの強さだけが違うとなると、やはり責任を感じてしまう。
「二人にそんなことを言われると、ますます私の立場が」
ミナが実に言いにくそうに主張する。
彼ら二人はグループステージをよく通過しているが、彼女はまだ一度も通過したことがない。
結果が物足りないと言うのであれば、真っ先に矛先が向きそうだ。
「……この話題はよそうか。今の私たちはアルテマオンラインのスタッフなのだから」
「そうですね」
近くで聞いていた運営の人間はさぞかしホッとしただろう。
彼らにしてみれば日本トップレベルの選手たちは高嶺の花である。
それが自分たちのふがいなさについて語りだしたのだからたまったものではない。
今回のイベントではイベント貢献ポイントが設定されていて、様々な行動に対して付与される。
強敵を倒すのが一番稼げるが、アイテムを作って参加者に提供するだけも集められる仕組みだ。
現在トップはレインボージャム、次がストライプクッキー、スカイソルトが三番手である。
二位争いはかなり激しいが、一位は少しずつ差を広げ始めていた。
「レインボージャムはプロでもおかしくない強さだな」
「プロには興味ないのでしょうか」
岩井の言葉に陸斗が応じる。
プロは結果が全てで、ツアープロは獲得賞金で生活していかなければならない。
リーグプロは年俸が支払われるが、チームを納得させる結果を出せなければ容赦なく契約を切られる。
「そのような実力者もまれにいるらしいと聞いたことはある。だがしかし、正直なところ眉唾だと思っていたよ」
という岩井の発言は陸斗も理解できた。
収入が実力に比例する厳しい世界だが、言い方を変えるならば実力さえあれば安定して高収入を得られる職業である。
お金が全てではなくとも、あえて大金を稼げる道に背を向けるとは、なかなか考えられないことだ。
しかしながら、彼にはある可能性を指摘できる。
「プロになる意思はあるけど、周囲に反対された人とか。二十歳になるまでは、保護者の許可なしになれませんからね」
「あー……そうか。君という例外がいるせいで失念していたが、未成年でプロは反対される場合が多いようだな」
岩井は己のうかつさを呪うように頭をかく。
彼も子を持つ親の一人なのだから、失念していたのはたしかにうかつだった。
陸斗が由水に反対されなかったのは、聖寿寺という強力な後ろ盾があった点が大きい。
聖寿寺が後ろ盾になってくれたのは、彼がそれだけのパフォーマンスを見せたからであって、誇ることはあっても恥じる必要はないが。
「僕の場合も高校まで出るのが条件でしたからね。学校をやめてプロになっていいという許可をもらえる子は、なかなかいないんじゃないでしょうか?」
陸斗が懐かしそうに言うと、ミナも己の過去を振り返る。
「私は大学にも行っておけって言われたなー。プロになってみて、両親が学校をやめるのを反対した理由、分かるようになった気はします」
「そうだな。学校を出たからと言ってプロでの戦績は変わらない。だが、学歴で応募できる会社の数が違ってくるのは否定できない。親にしてみれば子どもの可能性は、少しでも増やしたいのだろうね。君たちの場合はもう心配はいらないだろうが」
岩井の言葉にミナも陸斗も苦笑に近い表情を作った。
「でも友達もいますし、今やめるっていうのも何かいやです」
「僕もです。何とか頑張って高校は卒業したいですね」
三人の「上から目線」と言われても否定しきれない会話は、そこで止まる。
黙って聞いていたスタッフたちは内心そう思わなくもなかったが、彼らは国を代表するトップ選手たちだ。
他のプレイヤーを高い位置から品定めするような態度を取っても、誰も文句を言えない。
モニターでは上位プレイヤーの活躍もあり、中ボスに位置付けられているモンスターたちは順調に撃破されていく。
つまりいよいよ彼ら三人の出番ということだ。
「では皆様がた、ダイブをお願いします」
スタッフが一人ずつついて、彼らを筐体まで案内してくれる。
ログインしてトリニティワイアットとなり、しばらくは戦場の外で待機していたがやがて女性の機械アナウンスが流れた。
<<条件が達成されたため、エネミーボス・トリニティワイアットが出現しました。ミッション“トリニティワイアットをすべて撃破せよ”が追加されました>>
このアナウンスとともに陸斗たちが操作するトリニティワイアットのアバターが、フィールドへ転送される。
陸斗が配置されたのはどこかの森の中であろう。
付近は茶色い土と白い石ばかりの開けた場所で数十人とも戦えそうだが、離れたところには背の高い細い木々が乱立していて、遠くの景色は見えそうにもない。
音声と同時にプレイヤーたちから興奮の声が上がった。
「条件を満たせばボスが出現する」という説が正しかったと証明され、明確な最終目標も現れたのである。
「ここまでやったんだ、ボスを倒すぞ!」
「でも名前にトリニティって入っていて、ミッションがすべて撃破せよってなっているんだから、三体いるんじゃない?」
あるプレイヤーが疑問を呈すると、別のプレイヤーが懸念を口にする。
「それだけならまだいいが、三体同時に倒さないと復活するとかだと相当厄介だぞ」
「まあいいさ。やれるだけやってみよう」
プレイヤーたちは手短に打ち合わせをして一斉に動き出す。
まずは斥候を出してボスの位置を把握するところからだ。
トリニティワイアットには索敵スキルなどなく、視覚と聴覚が頼りである。
それでも陸斗は複数のプレイヤーが接近してきているのを察知した。
(プレイヤーが接近してきている時じゃないと感じないこの感覚、言ってもたぶん通じないんだろうなあ)
と考えつつ彼は棒立ちで待つ。
ボスに与えられてはいないはずのことを、プレイヤースキルで補ってはまずいという判断からだ。
第一、説明しても一部のプレイヤーにしか分からないだろう。
システム的には不可能のはずのことができるというのは、奇異な目で見られがちである。
人間業とは思えないことを実際にやってのける人間は現実にも存在しているし、彼らは称えられている例が多いのだから、この手のことも認めてもらえるような世界になってほしい。
陸斗のひそかな願っていることだ。
しかし、もう少しプレイヤーの数が増えないことには難しいだろう。
黙って待っていると気配が遠のいていく。
トリニティワイアットの現在地を探るための斥候なのだろうから、彼の姿を発見すれば退却するのは当然だ。
(となるともう少しの辛抱か)
いくらアバターとは言え、何もせずにじっと立っているのはいささかつらい。
人間が中に入って操作していると現段階で知られてもいいのか分からなかったため、できるだけAIがしそうな動作だけをやっておく。
何度かの身じろぎの後、再び例の気配を感じる。
(誰が来たのかな……トッププレイヤーを擁する精鋭部隊ならうれしいんだが)
それであれば案外あっさり負けてしまってもいいはずし、どうせならば強いプレイヤーと戦いたい。
彼の欲求はほどなく叶えられることになる。
彼のところにやってきたのが、レインボージャムを擁する特攻部隊だったのだ。
「よし、タンカー前へ。敵が反応したら補助魔法をかけていく。レインボージャムは攻撃に専念。他のみんなはレインボージャムが撃破されないようにフォローしていってくれ」
指揮官役らしい付与魔術師の青年は、シンプルな指示しか出していない。
人数は二十人ほどだが、精密に制御するのは困難だと判断したのだろう。
(攻撃はレインボージャム頼みか……フォローし切れるならそれもアリかな?)
レインボージャムというのは小柄な女性の双剣使いらしい。
銀色のショートヘアと軽鎧、緑のショートパンツからのぞく白い太ももがまぶしいが、鋭い碧眼は歴戦の戦士を思わせる。
ゲームのアバターなのだから、そもそも中身が女性とはかぎらない。
迎撃ゾーンにプレイヤーたちが入ってきたため、陸斗は咆哮をあげる。
タンカーたちがヘイトを自分に集めるスキルを使い、彼の視線を釘つけにした。
銀色の鎧と盾を持った騎士に持っていた黒い棍棒を叩きつける。
「くうっ……」
しっかりガードしたあたり、さすがトッププレイヤーレインボージャムの部隊の一員と言ったところか。
レインボージャムはまだ動かず、他のプレイヤーたちがヘイトを稼いだり魔法を撃ったりするのを見ている。
陸斗は飛んでる矢と魔法の半分くらいは叩き落とし、無効化しつつ残り半数をあえて被弾した。
じわじわと体力ゲージが減っていき、それでもヘイトが防御に専念しているはずのタンカーに集中しているのは見事だと言うべきだろう。
(ここまできてまだレインボージャムが動かないと言うことは……)
と陸斗が思った瞬間、最強のアタッカーは動く。
アバターが霞み姿が消えたとしか思えない速度で距離を詰め、すれ違いざま無数の斬撃を叩きこんだのである。
(双剣使いの必殺技、双龍豪烈……だっけ?)
トリニティワイアットが反応しにくい位置から、反撃しにくい膝下部分を正確に狙った強烈な一撃には彼も舌を巻く。
さらにクリティカルも叩きだしヘイトを一気に集めつつ、スタンも取って数秒行動不能状態に追いやられる。
(このアバターを使っているかぎり、この人にはタイマンでも勝てるか分からないよ)
少なくとも使いこなせるよう練習しなければ、勝機はないだろうと確信すら抱いてしまう。
今日モニターで見ていた時は、本気ではなかったのだと陸斗は理解した。
同時に「手加減しないと」と思っていたのは、失礼だったのではないかとも思う。
トリニティワイアットが行動可能になった時、ヘイトは再びタンカーたちに移っている。
(やっぱりな)
これは無理ゲーだと彼は苦笑した。
彼らプレイヤーたちへの称賛でもある。
(ただ、今の動き、どこか天塩に似ていたな)
トッププレイヤーが戦闘スタイルを突き詰めれば、似たようなものになりやすいというのもあるのだが。
天塩もプレイしているはずだし、今度どういうプレイヤー名を使っているのか聞いてみよう。
陸斗はそう思いながらレインボージャムに撃破された。




