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58話「オフ会へ」

「オフ会でもやってみようか?」


 彼は二人に問いかけた。

 オフ会とはインターネットを通じて知り合い交流している者たちが、実際に顔を合わせる集まりである。

 流れ的には不自然ではなかったものの、それでも女子相手にオフ会の誘いをするには勇気が必要だった。


「いいよ。待ち合わせ場所はどうしよっか?」


 天塩は即賛成する。

 陸斗としては天塩の方に行ってもいいと思う。

 彼女も動画投稿サイトなどで収入を得ているはずだが、さすがに年収数千万の彼ほどあるとは考えにくい。

 ただ、その場合栃尾が困ってしまいそうだから言い出せなかった。


「唐梅駅はどうかしら? 七尾千早と七弦の中間くらいにあるみたいなんだけど」


 その栃尾が提案する。


「ボクはいいけど?」


 天塩が言い、


「俺は二人がいいならかまわないよ」


 と陸斗も応じたため、決まってしまった。


「日時はどうする?」


「それが問題だなぁ……」


 陸斗は悩む。

 当たり前だが試合の前後は行けないし、アルテマオンラインでの仕事もこなさなければならない。

 本来ならば夏休みにやるのがいいのだろうが、あいにくと六大タイトル戦のダービーが七月、ミュンヘンカップが八月にあり、さらに日本選手権も八月だ。


「早くても六月かなぁ? その方が無難かな」


 六月であれば何とかなるだろうと陸斗は漠然と思う。


「そうね。学校もあるし、アルバイトをしてお金を貯めなきゃ」


 栃尾が現実的な意見を口にする。


「そうだね、ごめん」


 普通の学生は親からもらう小遣いやアルバイト代が、主要な収入源だ。

 うっかりそのことを忘れかけていた陸斗は反省し、彼女に謝る。


「別に謝るようなことじゃないわよ」


 栃尾はくすりと笑う。


「これまで貯めていたお金もあるし、唐梅駅なら六月で大丈夫よ」


 彼女の返事に彼はほっとして続いて天塩に問いかける。


「天塩はどうなんだ? 学校とか他の用事とか」


 と言ったのは、声質的に彼女も自分たちと年が近そうだったからだ。


「ボクは平気。基本的には二人に合わせられるよ」


 彼女はあっけらかんと答える。

 

「そっか。六月のいつごろがいいだろう? 土日の方がいいよな」


「ええ。できれば土曜日の方がいいかも」


 天塩が二人に合わせられると言ったため、栃尾と陸斗が話し合う。

 しかし、栃尾は天塩への配慮を口にする。


「後は二人で相談して、今は天塩ちゃんと遊ばない?」


 お互いのメールアドレスも本名も分かっているのだから、何も今ここで相談する必要はない。


「ああ、そうだな。ごめん、天塩」


 陸斗も同感だったため、天塩に詫びる。


「別にいいのに」


 彼女の返答は普段のようにクールなものだったが、うれしそうな成分がわずかに混ざっていた。

 付き合いの長い二人だからこそ感じられる。


「そう言えば六月って言うとさ」


 陸斗はふとひらめいた内容を切り出す。


「友達といっしょってタイトルも六月リリース開始なんだよな」


「ああ。あれって結局やるの?」


 天塩の問いに彼は肯定を返した。


「そのつもりだよ。クラスメート二人と三人で。よかったら栃尾と天塩もやらない?」


「別にいいけど、その人たちとこうやって話すのは嫌だよ?」


 と陸斗に対して天塩はきっぱりと言い、栃尾も同意する。


「そうね。私もただのグラナータとしてプレイするのはいいけど、本名を明かすのは遠慮したいかな」


「あ、うん。言いたくないなら黙っているよ」


 彼は二人の意思を尊重すると約束した。

 元々積極的に二人の個人情報をさぐろうとしたことはない。

 グラナータが栃尾だと分かったのも偶然だし、アルジェントがこのように積極的に本名を明かして、オフ会にも乗り気な態度を見せるとはまるで想定していなかったことだ。

 急展開にもほどがある。


(この二人の秘密を知っているのは当分の間、俺だけか?)


 奇妙な優越感はあるし、信頼されているのはうれしい。

 本人たちの許可が出ないかぎりは黙っているべきだ。


(栃尾がゲーマーだなんて、騒ぐのは小林や水谷だけじゃすまないだろうからなあ)


 と同級生たちのことを振り返りながら、漠然と思う。

 陸斗はまだ今ひとつ理解していないのだが、栃尾は一年男子の間で相当人気が高いようだ。

 彼女のことをもし漏らせば、彼女とプレイしたい男子たちが殺到してくるかもしれない。

 そう想像しただけで気が滅入ってくる。

 彼もまたWeSAツアーの選手として注目される立場にいるため、栃尾の置かれた立場や苦労を推測くらいはできるつもりだった。

 そして何よりグラナータが栃尾だということは、栃尾がミノダトオルの大ファンだということになる。

 

(なんて言えばいいのか……)


 とても想像ができないし、ばれた時の彼女がどういう反応をするのかも読めない。

 いつかは言った方がいいのか、それとも永遠に黙っているべきなのか。

 陸斗にはその判断ができそうにもなかった。

 

「ねえねえ、二人の学校ってどういうところ?」


 本名と住んでいる地域を打ち明けあったからか、天塩が気安く尋ねてくる。


「うーん、普通の公立高校だと思うよ?」


 栃尾が困ったように答えていたが、彼も彼女の心情は理解できた。

 成績優秀者が難関国立大学に現役で合格している以外、特に特徴はないように思う。

 

「えっ? そうなの? VR特待生制度とかは? 二人の力なら、使えたでしょう?」


 天塩は意外そうに聞き返す。

 彼女が言いたくなった気持ちは陸斗にも分かるが、彼が使うにはミノダトオルの名を出す必要があった。

 VR特待生制度が適用されるためには、周囲を納得させなければならないからである。


「何か嫌だったんだよね」


 本当のことを明かせない陸斗はあやふやな説明をしたが、栃尾は同調してくれた。


「私もよ。ゲーマーだって知られるのもできれば避けたかったし……」


 恐らくは彼女も似たような理由があるのだろう。

 今の時代、VRゲームを女子がプレイしているのも、実力者であるのも何もおかしなことはではない。

 堂々と明かしている女性はいくらでもいる。


「そっかぁ。ボクは不特定多数に知られるのは嫌なだけで、周囲には別に隠していないから……」


 天塩の言葉はやや複雑だった。

 自分が恵まれた感情であることを今になってようやく発見した、そのような響きがある。


「不特定多数に知られるのはたしかに嫌よねえ」


 栃尾が彼女にしては珍しく、明確な嫌悪が込められた声を発した。

 過去に何かあったのかもしれない。


(カミソリレターでも来たのかな?)


 と陸斗は己の体験を基づいて想像してみた。

 カミソリレターや呪いの手紙は彼が生まれる遥か昔から存在したらしいのだが、現代になってもしぶとく生き残っているのである。

 そのこと自体はかまわなくとも、いざ自分のところに「お前は死ぬべきだ」と赤い文字で書かれたものが送られてくるのは堪らない。

 

「陸斗は?」


 不意に天塩に聞かれて、陸斗はしまったと思う。

 すっかり話を聞いていなかったのだ。

 

「ごめん、聞いていなかった。もう一度聞いてくれない?」


 正直に打ち明けて謝ると、天塩はくすりと笑って許してくれる。

 

「好きなお菓子とかある?」


 いつの間にやらスイーツの話題になっていたことに彼は驚く。

 

「ケーキかな。イチゴのショートケーキとチーズケーキが好き」


「あ! チーズケーキ! ボクの大好物!」


 よほどうれしかったらしいな、と陸斗と栃尾が思ったくらい天塩の声には歓喜の感情で満ちていた。


「……それほど好きなら、今度会う時、作って持って行きましょうか?」


 栃尾が問いかければ、二人がすごい勢いで食いつく。


「えっ? いいのっ?」


「栃尾、ケーキを作れるの?」


 あまりの勢いに問いかけた本人は、声を立てて笑い出す。


「ご、ごめんなさい」


 二人に悪いと思ったのか謝罪したが、すぐに笑いは止まらなかった。

 陸斗としては何だかとても気恥ずかしい。


「別にいいわよ。ただ、二人がこんなに食いついてくると思っていなかったから、ついね」


 栃尾がくすくす笑いながら放った言葉は、余計に彼の羞恥心をあおった。


「女子の手作りケーキは、男のロマンだ」


 と言ってから陸斗は女子相手に何を言っているのだろうという気分になる。

 もっとも言った言葉はもう取り消せないし、栃尾はくすくすと笑っていた。


「えっ? そうなの?」


 どういうわけか天塩が反応を示す。

 

「陸斗は女の子の手作りお菓子が食べたい?」


 直接的な質問に彼は困る。

 だが、今さらだしこの二人ならばいいだろうと思って返事をした。


「うん。食べてみたいなって思うよ」


「じゃあ練習しなきゃ」


 この声は小声だったが、しっかりと彼の耳に届く。

 聞こえなかったふりをするべきだろうかと彼は迷う。

 その隙に栃尾が口を開いた。


「じゃあ二人分用意していくわね。できるだけ早めに食べてもらいたいけど、大丈夫?」


「うん、何なら目の前で食べてもいいかも」


 陸斗が言えば、天塩も同意する。


「そうだね。安芸子さえいいなら」


「目の前で食べてもらうなんて、ちょっと恥ずかしいわね」


 栃尾がそのようなことを言うが、謙遜も入っているのだろうなと彼は思った。

 

「どうしよう? ボクも何か作ってきた方がいい?」


「えっ?」


 どうしてそうなるのだと陸斗は怪訝に感じる。

 「女子の手作りを食べるのはロマン」と言ったから、気を回してくれたのだろうか。

 

(となると無下にはできないよな)


 この場合、断った方がいいのかどうか困るが、栃尾のものは食べて天塩のものは食べないというわけにはいかないと判断する。


「じゃあお願いしようかな。天塩は何が得意なんだ?」

 

「え、えっと……クッキーかサンドイッチかな?」


 天塩は少し考えながら答えた。

 急に弱気になった印象を受けたものの、陸斗は気にしないことにする。


「そっか。じゃあ天塩がサンドイッチ、栃尾がチーズケーキだとちょうどいいかな?」


 彼の発言に栃尾がうなずく。


「そうね。それだとお店に入ってご飯かお茶するんじゃなくて、公園かどこかでってことになるかしら」


「唐梅駅周辺に公園ってあったかなぁ?」


 陸斗が首をひねると天塩が「あっ」と声をあげる。


「六月だから梅雨で外は無理かも……」


「あっ」


 彼女の発現を聞いて、はからず彼と栃尾も同じような反応をした。

 六月なのにも関わらず、梅雨のことを完全に忘れていたのはうかつと言うしかない。


「梅雨の時期に雨が降らないのを期待するのは、ちょっと無理かなあ」


 陸斗は残念そうに言う。

 昔は梅雨なのに雨が降らない年もあったそうだが、ここ数年そのようなことはあまりなかった。


「どうする?」


 栃尾と天塩が困ったように陸斗に尋ねる。


「うーん……」


 彼は腕組みをしてうなった。

 今いる仕事部屋に来てもらい、薫に迎えの車を出してもらえれば大体解決する。


(けど、それができないんだよなあ)


 そうなったらどうして高校生なのにマネージャーがいるのか、どうしてビルにそれなりの広さの部屋を借りられているのか、という疑問を二人は持つだろう。

 一応正体を公表していない未成年プロゲーマーは複数いるため、一足飛びに彼がミノダトオルだと特定できないはずだ。

 しかし、プロゲーマーだと打ち明けたくない気持ちが強いのである。


(いや、待てよ)


 ベルーアの件で二人はすでに疑惑を抱いている可能性は否定しきれない。

 もし、そうだとするならば、二人は彼から打ち明けてくることを待っているのではないだろうか。

 

(あえて気づいていないふりをしてくれているなら……)


 腹をくくるべきではないか、と陸斗は思った。

 ただ、そうなると天塩に遠出をしてもらうことになってしまう。

 いいよと即答されそうな気がして少し怖いものの、一応確認はしなければならない。


「なあ、やっぱり天塩にはこっちに来てもらっていいか?」


「……いいけど、どうかしたの?」


 やや改まった口調になったことに気づいたのか、天塩が怪訝そうな声を出す。


「いや、雨でも気にせず遊べるスペース、こっちなら心当たりがあるからさ。それとも天塩の方にどこか心当たりはあるのか?」


「ないね。じゃあ七弦駅ってところに行けばいいのかな? 陸斗が迎えに来てくれる?」


「いいよ」


 陸斗は即答する。

 これは薫には頼めないなと思いながら。


「じゃあ三人で七弦駅前に集合にしましょうか? 目印になるものを用意するか、それとも写真メッセージを送るか、どっちがいいかしら?」


 栃尾の問いに天塩がすぐ応じる。


「写メでいいよ。どうせ直後に会うんだから」


「そりゃそうだよな。俺は天塩に賛成だ」


 あっけらかんとした彼女の物言いに陸斗は微笑しながら言う。


「じゃあ今度エラプルで送るね、陸斗、安芸子」


「うん。俺も詳細を連絡するよ」

 

 彼が使っているトレーニングルームには、VR筐体が二機あるということも伝えておくべきだ。

 話はそこで終わり、仲良く三人でカードゲームをする。

 

(二人には当日に打ち明けよう。実は俺、プロゲーマーやっていますって)


 と陸斗は思いながら。


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