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57話「ずるい」

 鞄を置いて着替え、いつものように薫に迎えに来てもらって仕事場へ移動する。

 そこでグラナータこと栃尾へ連絡を入れて、VR機で通話をはじめた。


「本当に驚いたわ」


「俺もだよ」


 グラナータの声はいつもとは違って機械フィルターを通していなかったし、陸斗の方も同様である。

 素性がお互いに判明してしまったのだから、もう隠す必要はないという判断だった。


「栃尾がまさかゲーマーだったとはなぁ」


「意外?」


 彼の何気ない一言を聞いた栃尾は不本意そうにたずねる。


「いや、そうじゃないけど……どう言えばいいのか」


 鋭さが秘められていそうな声に、彼はまごまごした。

 相手がグラナータであれば気安い態度を取れるのに、同じ学校の女子だと思った途端緊張してしまうのは、彼自身でも不思議である。


「ところでアルジェントには何て言おうか?」


 強引に話を変えた。

 他のプレイヤーならばいざ知らず、アルジェントにも黙っているのはよくないというのは彼の本心である。


「そうね。あの子には言っておいた方がいいかもね」


 栃尾もすぐに賛成した。


「後で発覚しちゃったら、あの子はショックだろうし」


「まあ三人のうち自分だけ何も知らなかったってなると、仲間ハズレにされた感じが強いもんな」


「そういうわけじゃないんだけど……」


 陸斗がうなずくと彼女はやや困惑した声を返す。


(おや?)


 彼は不思議に感じる。

 アルジェントに対する認識は似たようなものだと思っていたのだが、どうやら食い違う部分もあるらしい。

 アルジェント自身、人によって態度が違うところがある性格だから、気にしはじめたらキリがないと考えた。


「とりあえず俺から言ってみるよ」


「この時間、アルジェントは携帯を見られるのかしら?」

 

 栃尾の疑問はもっともだろう。

 今日が平日であれば。


「今日は土曜日だし、あいつなら平気じゃないかな?」


「あ……」


 VR機の向こうから小さな、恥じらいを含んだ声が漏れる。

 どうやら彼女は今日が土曜日であるということを、すっかり忘れていたようだ。

 真面目で隙がない印象が強いグラナータの意外なうっかりを、陸斗は微笑ましく思いながら取り出した携帯端末を操作する。


「とりあえず今から通話に参加できないかって言ってみたよ」


「そうね。どうせなら直接話をした方がいいでしょうね」


 栃尾がうなずくと彼の携帯の音が鳴った。


「たぶん、アルジェントからだよ」


「さすが早いわね」

 

 好意的な笑い声をそろって立て、陸斗は画面に目を落とす。

 案の定、アルジェントからですぐにもログインできるとのことだった。

 一分ほどの後、アルジェントがグループにやってくる。


「どうしたの? 二人とも今日はいつログインできるか分からないって言ってなかった?」


 いつものような機械フィルターを通した、無機質な声で問いが飛ぶ。

 アルジェントの疑問はもっともだった。

 陸斗だってグラナータが同級生の栃尾安芸子だと分からなければ、キャンプから帰ってすぐログインするつもりはなかったのだから。


「そうなんだけど予定外のことがあってね」


 彼が話すと息をのむ音が響く。


「あれ?グリージョ、機械フィルターはどうしたの?」


 肉声も立派な個人情報であり、機械フィルターを通すことで守っているのは、VRゲーマーならよく知ることだ。

 それを解除していれば知り合いに理由を聞かれるのも当たり前である。


「そのことなんだけど、俺とグラナータは実は同じ学校の人間だったって分かってね」


「え? ええ? ……えええっ?」


 素っ頓狂な声が彼の鼓膜を揺さぶった。


(アルジェントが叫ぶところを見るのは、これが初めてじゃないかな)


 陸斗は能天気な感想を持つ。


「じょ、冗談でしょう?」


「それが本当なのよ」


 グラナータが栃尾安芸子の声で言い、アルジェントは再び息を飲む。

 

「アルジェントには隠さずに言った方がいいんじゃないかって、二人で話し合ってね」


 陸斗が言うと、まだ戸惑いを隠せないながらも返事が来る。


「え、うん。ちゃんと教えてくれたのはうれしいよ……?」


 まだ衝撃が抜け切れていないようだな、と彼は感じた。

 本人たちも腰を抜かしそうになったのだから、アルジェントだって似たような心境かもしれない。


「あ、ちょっと待ってね」


 アルジェントは不意にそう言うとログアウトしてしまう。


「どうしたんだろう? ……やっぱりショックだったかな?」


 陸斗の問いにグラナータこと栃尾は同意する。


「それはそうでしょうね。でもそれだけじゃないかも」


 彼女の発言を怪訝に思った彼が問いかけるよりも先にアルジェントは戻ってきた。


「お待たせ」


 聞こえてきたのは十代の少女のものと思しき、ハスキーな声である。


「あれ、アルジェント?」


「だって二人だけフィルターなしってずるいよ」


 馴染みのあるアルジェントの話し方で、どこか拗ねたような色の声が届く。


(ずるい? 悪いとか申し訳ないとかじゃなくて?)


 陸斗は彼女の真意が掴めず、脳内にクエスチョンマークが飛び交う。

 ただ、何となく言葉には出さないで黙っておく。

 

「そうかもしれないわね」


 栃尾が笑いをかみ殺した声で言うと、アルジェントはうなる。


「グラナータ、ずるいよ」


「ごめんごめん」


 少女たちの会話を聞いていた陸斗の脳内で、飛び交うクエスチョンマークの数がひとケタ増えた。

 

(一体どうしてこの流れで栃尾がずるいことになるんだ?)


 さすがにこの場でたずねるのはためらわれるが、後でこっそり聞いた方がよいかもしれない。

 もちろんアルジェントにではなく、栃尾の方にだ。

 

「てしお。かげいしてしお」


 アルジェントは突然人名を言う。


「ボクの本名ね」


「えっ? いいのか?」


 思わず訊いた陸斗に彼女は言い返す。


「だって二人は同じ学校だったら、名前くらい分かるでしょ? そんなのずるいよ」


「あ、うん」


 一体何がずるいのか、彼にはさっぱり理解できなかったが、彼女がかまわないと言うならば教えてもらっておこうと思った。


「かげいしてしお……?」


 栃尾はひっかかりを覚えたように小声で名前を反芻する。


「どういう字を書くんだい?」


 それをよそに陸斗はアルジェントに問いかけた。


「景石天塩。景色のかげって漢字に石、天の塩って書いてかげいしてしおだよ」


「へえ……何か立派な感じがする名前だな」


 彼は素直な気持ちを言う。

 何となく女の子らしい可愛さは足りない気がしたものの、それは黙っておく。


「え、そ、そうかな?」


 アルジェントこと天塩は機械の向こうでもはっきり分かるくらい恥じらっていた。

 

「女の子らしくない、可愛くないって言われてばかりで……立派とか言われたの初めて」


 そうだろうなと陸斗は感じる。

 何も言わないが、おそらく栃尾も同感だっただろう。


「それで? グリージョは?」


 教えたのだから教えてほしいという願いが込められた一言に、陸斗は応えた。


「富田陸斗。富豪の富、田んぼの田、大陸の陸、北斗七星の斗」


「へえ。カッコイイね」


 アルジェントこと景石天塩の第一声が彼の耳朶をくすぐる。


「えっ? かっこいい? そ、そうかな?」

 

 可愛らしい女子の声でかっこいいと言われるのは、実に照れくさい。

 今までそのような経験とは無縁だったからなおさらだ。


「うん、かっこいいよ? リクトって」


「あ、ありがとう」


 天塩は真剣な様子で何度もかっこいいと繰り返してくるため、陸斗の心の盾に大きなヒビが入る。

 そろそろトドメを刺されてしまうかもしれないほどのダメージを感じた。


「私は栃尾安芸子。栃木県のとち、尻尾の尾、安い芸で安芸、子どもの子」


「へー、そうなんだ」


 グラナータこと栃尾安芸子の名乗りを聞いた天塩は、陸斗の時と比べるとかなり気のない返事をする。

 安芸子は特に気にしたそぶりを見せず、彼女に問いかけた。


「天塩ちゃんはどのあたりに住んでいるの? 私たちは鏡岩市ってところなんだけど」


「かがみいわ……? うーんちょっと分からないかなあ」


 天塩は首をひねっているらしい。


「えーと、影石?」


 陸斗が呼びかけてみると間髪入れずに返答がくる。


「天塩でいいよ。代わりにボクも陸斗って呼ばせて?」


「あ、うん」


 女の子を下の名前で呼ぶのも、女の子に呼ばれるのも恥ずかしいのだが、とても言えそうな空気ではなかった。


「最寄駅ってどのあたり? 新幹線か特急が止まる駅で。……在来線で一番早くて遠くに行くのは特急でいいかい?」


 陸斗が確認したのは地域や鉄道会社によって、特急だったり快速だったり呼び方が違ったりするという情報を聞いた覚えがあったからである。


「えーっと、七尾千早って駅かな。うん、特急でよかったはずだよ」


 陸斗は端末で鉄道の情報を検索する。

 七尾千早という駅はすぐにもヒットし、そこから七弦へのアクセス方法を閲覧した。


「特急ちはやで二時間半か。そこまで遠くはないかな」


 彼が漏らすと「えっ?」という声が二つ響く。


「特急で二時間半ってかなり遠いような気がするんだけど」


「うん……」


 栃尾は遠慮がちに、天塩はさらに遠慮がちに発言する。


「そ、そうかな」


 陸斗は内心「しまった」と思う。

 WeSAツアーのために飛行機で海外に遠征もしている彼の感覚と、彼女たちの感覚ではズレがある可能性を検討していなかったのである。


「富田君は移動に慣れているの?」


「うん、まあ。後、乗り物は好きだし」


 栃尾のもっともな疑問に、陸斗は何とかごまかそうとした。


「いずれにせよ、電車で会いに行ける距離なのはたしかだよね」


 天塩がまとめるように言ってくれたため、彼もほっとする。


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