56話「まさか」
キャンプ合宿は陸斗にとって散々な結果で就寝時間を迎える。
(来なかった方がよかったかな)
割り当てられた布団に包まり、暗くなった部屋の中でぼんやりと考えた。
今日のような展開しかないならば、一日VRゲームをプレイしていた方がよっぽど楽しかっただろう。
アルジェントやアンバーとの勝負は思い返すだけで楽しいし、ワクワクさせられる。
(でも、これは母さんの望みだ……)
と自分に言い聞かせた。
母一人子一人という家庭で由水が苦労しているというのは、うすうす感づくような年齢である。
eスポーツ選手としての稼ぎもほぼ受け取ってもらえず、できる親孝行が「普通の高校生らしい生活」だというのは何とも歯がゆい。
もうちょっと何とかならないかと思うものの、何もひらめかなかった。
悶々としているうちにしだいに眠気が増してきて、いつの間にか眠りに落ちてしまう。
次の日、朝食を済ませるとキャンプ場をクラスごとでウォーキングという、体力のある生徒にとって有利なものだった。
だが、まぶしい朝日とさわやかなそよ風を浴びながら歩くのはなかなか心地よい。
鳥はいないが虫たちの姿はあちこちに見られる。
直接太陽を見るのはまぶしいが、木の葉と葉からこぼれる光が美しく見えるのはどうしてだろう。
陸斗は疑問を口から出さなかった。
同級生、それも周囲にいる男子たちに聞かれるのは何だかとても恥ずかしかったからである。
ウォーキングをたっぷり三時間やると少し早めの昼食であり、退所式で施設を利用させてもらった礼を述べ、一年生の代表者が感謝の花束を施設の代表に贈呈した。
「では、出発。来る時は一組、八組が先頭だったからな。帰る時は逆でいくぞ」
学年主任がそう言って、陸斗たちは後ろ側で待たされることになる。
「まあ、来る時は先頭だったんだから仕方ないか」
沢村は少しだけ残念さが含まれた声を出し、近くの佐野が小さくうなずく。
陸斗も内心では似たような心境だった。
やがて彼らの番が来てゆっくりと足を踏み出す。
来る時は苦行となった坂道も、帰りは延々と下っていくばかりだから労力は半分以下だろう。
今楽するために昨日は辛い思いをしたのだと納得できてしまうほどだ。
帰りも特急列車に乗り、沢村たちとひとかたまりでトランプをする。
七並べは難しかったため、ポーカーやババ抜きに終始し、陸斗は本人もあきれるくらいよく負けた。
「富田……さすがにちょっとお前弱すぎないか?」
と沢村が侮蔑ではなく、同情と憐憫を込めた発言をしたほどである。
これに対して彼は何も言えなかった。
別に彼はわざと負けていたわけではない。
VRゲームとは違い、彼らとのカードゲームで故意に負ける必要などないのだから当たり前だ。
(どうやら俺にはカードゲームの才能が、カケラもないようだ)
沢村に対してはあいまいな表情を返しつつ、内心VRゲームの道を選んでよかったと胸をなで下ろす。
「富田君、得意なゲームはある?」
栃尾と佐野の二人には心配そうに問いかけられ、陸斗は黙って首を横に振る。
気を使わせてしまって申し訳ないとは思うものの、カードゲームはほとんどやったことがないのだ。
「カードゲーム自体がよくなかったみたいね」
女子たち、特にトランプを持ってきた佐野がしゅんとしてしまい、彼は慌てる。
「だ、大丈夫だよ。俺だって自分がこんなに弱いなんて知らなくて、びっくりしているんだから」
「それはあまりフォローになっていないような……」
栃尾が微笑とも苦笑とも判別できない表情になった。
「他に何かあるかしら?」
彼女はそこで沢村に視線を移す。
彼女に頼られたと思ったのか、彼は嬉しそうな顔で口を開く。
「じゃあせっかくだから俺が知っているネタを披露しよう」
と言って、中学時代に所属していたバスケ部について話しはじめる。
陸斗がしばらくして気がついたのは沢村自身がいかによいプレーで点を取り、あるいは失点を防いだかという内容が多いということだ。
本人にそのつもりがなかったとしても、これでは自慢話に聞こえてしまうだろう。
佐野は目を輝かせて相槌を打っているが、栃尾の反応がやや鈍い。
(でもなあ……)
と陸斗はためらう。
事の発端は彼がトランプで負け続けで他の三人に気づかれたことだ。
助けてもらっておいてどうして意見できるだろうか、という気持ちがある。
結局、何も言えないうちに車内アナウンスが「もうすぐ七弦駅」だと告げた。
そこで話は強制的に中断され、彼らはトランプや簡易机を片付け、降りる準備を急ぐ。
駅に降りた彼らはひとかたまりの集団となってホームに待機する。
ここでも他の客の迷惑になってしまうのは同じだが、電車が通過した直後であれば他の場所で移動するよりはまだマシだという教師陣の判断であった。
「ではここで解散とする。各自、気をつけて家に帰るように」
学年主任の締めのあいさつで合宿は正式に終了となる。
陸斗は周囲の目をはばかってじっとしていたが、心が解放感で高揚していた。
周囲の生徒たちの半数以上は近くの同級生とおしゃべりをはじめる。
一人一人の声は大したことはないはずだが、百人単位の声が同時にとなると一気にやかましくなった。
「こらっ!」
たちまち学年主任から雷を落とされてしまう。
「しゃべるなら駅から出て、人の邪魔にならないところでやれ! いつまでもホームを占拠するな!」
生徒たちは首をすくめて改札に向かって歩き出す。
のろのろと行列は進み、やがて陸斗たち四名も駅の改札を出る。
「栃尾さんと佐野さんはどっちから帰るんだい?」
沢村の問いに女子たちはそれぞれの方向を指し示す。
「よかったら連絡先を交換してくれない?」
「いいけど」
佐野は少し恥じらいながら応じ、栃尾は
「私はあまり連絡マメじゃないけどそれでもいい?」
と言って携帯端末をとり出す。
陸斗が黙って見ていると、女子同士でも交換し、栃尾が彼の方を向く。
「富田君はどうする?」
彼はびっくりしたが、彼女の表情から察するに礼儀で問われたのだろう。
迷ったものの、せっかくだからと教えてもらおうと思った。
「メールでもいい?」
と聞いたのは、連絡はあまりしないというけん制のような発言を聞いたからである。
メールならば彼の方も使用頻度は低いため、ちょうどいいだろう。
「いいわよ」
二人は同時に赤外線通信でのアドレス交換をおこなった。
ところが次の瞬間、陸斗の携帯端末の画面には「このアドレスは登録済みです」と出たため、彼はぎょっとなる。
表記されたアドレスには「グラナータ」と登録されていた。
(グラナータ!? 栃尾が!?)
叫ぶのをギリギリのところで堪える。
視界の片隅で栃尾の方も似たような反応だった。
偶然キャンプの合宿中同じ班になっただけの同級生が、実はオンラインVRゲーム仲間だったと判明したのだから、当たり前だろう。
アドレス交換をしたと思ったら硬直してしまった二人のことを、沢村と佐野は怪訝そうに見る。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「いや、何か端末の回線の調子が悪かったみたいで」
陸斗はとっさにヘタクソな言い訳を返す。
どう考えても苦しかったが、本当のことが分かるはずもない二人は引き下がるしかなかった。
「えっと、富田君、私と連絡先交換はする?」
「あ、うん。お願い」
恐る恐る確認してきた佐野に、陸斗はぎこちない笑みを浮かべる。
そのまま四人は別れ、彼は一人バス乗り場へと向かい、中年夫婦のすぐ後に並ぶ。
七分ほど待ってバスは到着し、さらに五分ほど経過してから発車する。
運転士の案内を聞いているとグラプルの通知音が鳴り、画面を見てみるとグラナータからメッセージが来ていた。
「まさかグリージョが、同じ学校の人だったなんて……」
驚きが冷めやらぬといった心情が直接的に伝わってくるような内容である。
(あ、やっぱり、グラナータも同じことを思っているんだな)
ただし、陸斗は完全に同意見だった。




