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55「キャンプ地」

 駅に着いた一行は順次ホームに降りていく。

 赤石駅は有名なキャンプ地があって特急も停車する駅なのだが、その割に駅はあまり大きくなくホームは二面四線であった。

 その一番線に降り立った星嶺高校の生徒たちは、西口改札を抜けてキャンプ場と向かう。

 先頭に立っているのは一組と八組の合同班であり、学年主任と一組のクラス担任が生徒たちよりもさらに前にいる。

 キャンプ場は駅から西方面へ徒歩で三十分ほどの距離だが、大半は登り坂であった。

 左側の歩道に四列になって進んで行く。

 単純な距離よりも登りが続くという点が生徒たちの心に影を落とす。


「俺は平気だけど、栃尾さんや佐野さんは大丈夫? よかったら荷物を持とうか?」


 太陽の光をうんざりするほどに浴びながら十分ほど歩いた頃、沢村がそのようなことを言い出した。

 彼の表情からはまだまだ余裕があることがうかがえる。

 それに対して女子たちの頬はうっすらと紅潮し、息もあがりはじめていた。

 ただ歩くだけであれば、曲がりくねった登り坂が続くのはつらい。

 陸斗もあまり体力がないため、女子たち同様疲れが出てきている。

 坂の左手は背の高い植物が多い茂っていて、赤や青紫の花を咲かせているのだが、それを楽しむ余裕もなかった。

 沢村は彼の様子も気づているが、素知らぬふりを決め込んでいる。

 

(まあ、その方がいいしな)


 陸斗はそう思う。

 女子たちと同じように体力の心配をされるのはちょっと恥ずかしいものがある。

 沢村の方は別に彼に対して情けをかけているわけではないことくらい理解しているが、結果的に救いにもなっていた。


「ううん、大丈夫よ。ありがとう」


 栃尾はゆっくりと首を横に振って、沢村の申し出を謝絶する。

 それを聞いていた佐野は彼女にちらりと目を向けた後同調した。


「私も止めておくわ。気持ちだけ受け取っておくね」


「あ、ああ」


 二人に断られてしまった沢村はアテが外れたように肩を落とす。

 

(もしかしてカッコいいところを見せたかったのかな)


 と陸斗は勘繰りをした。

 栃尾も佐野も可愛い女子だから、かっこつけたいという気持ちは分からないでもない。

 彼に共感されたところで沢村が喜ばないのは目に見えているため、黙って手足を動かすだけにとどめる。

 彼らの右側を「赤石キャンプ場行き」の私鉄バスが静かに追い抜いていき、陸斗の右半身を風がなでた。

 

「バス、いいなぁ」


 誰かがぽつりとつぶやく。

 こちらの地域ではそれなりに有名なキャンプ地なのだから、バスが走っていてもさほど不思議ではない。 

 遅まきながら気づいたようであった。

 

「これも課外学習ってやつだな。頑張ろう」


 沢村はスポーツマンらしいさわやかな笑顔を浮かべる。

 ただ、その顔は女子二人にだけ向けられていた。

 これは陸斗が車道側を歩いていて、その左隣が沢村、女子二人がさらに左という位置関係もあるだろう。

 少なくとも彼は思っていた。

 沢村は女子をはげました後、彼の方を見なかったのは事実だが。

 坂を登りはじめて二十分が経過すると、そろそろ陸斗は太陽の光を恨みたくなってくる。

 だんだんと口数が減っていく生徒が少なくない中、沢村は元気だった。

 沢村だけではなく日頃から運動部で鍛えられている生徒たちは、皆余裕が見受けられる。


(ウォーキングくらいは俺もやった方がいいのかな)


 と陸斗は思う。

 ある程度の体力が求められるのは彼も同じだし、より健康によいのであれば一考の余地はある。

 今の自分に何が足りないのか分かっておらず、足りないものを補うためには色々と試してみたいのだ。

 結局佐野の荷物を持ちながらも平然と歩いて行く沢村の体力が、少しうらやましく感じたという理由もある。

 登り坂を登り切ると白い文字の縦書きで「赤石キャンプ場」と書かれた看板が己の姿を誇示していた。

 向かって右側に駐車場があり、正面にはきれいに刈りとられた芝生と点在する背の高い木が映る。

 木々に囲まれるように赤茶色の壁の建物が複数建っていた。

 おそらくはあそこが宿泊施設なのだろうと陸斗は推測する。


「ではまず移動して、昼ご飯にしよう」


 学年主任の一言で再び移動がはじまった。

 彼らが目指したのは水しぶきが勢いよく飛び散る川で、大きなゴツゴツした石が無数に転がる川原から少し離れた場所に多数の木のテーブルと椅子が設置されている。

 星嶺高校の生徒たちは各班ごとに分かれて腰を掛けていた。

 陸斗たちは左に沢村、正面には佐野、その隣に栃尾という形になり、宿泊施設が用意してくれた弁当の透明なフタを開ける。

 左側は梅干しが乗った白米、右側にはかまぼこ、エビフライ、コロッケ、卵焼き、ウィンナー、ポテトサラダと弁当の中身としてはありふれたものだ。

 陸斗は卵焼きから、沢村は白米から、女子たちはポテトサラダから箸をつける。

 

(同じ弁当でも、人によって食べる順番は変わってくるんだな)


 と彼は思う。

 当たり前のことかもしれないが、実際に見て実感すると何だか楽しい。

 おかしな趣味だと言われそうなため、言葉には出さず口は食事に使う。

 女子に対しては饒舌な沢村も、女子たちが黙々と食べているせいかおしゃべりはしなかった。

 食事がすむとレクリエーションに移る。

 まずは警察役と泥棒役に分かれて戦う「ケイドロ」だ。


「この年でケイドロか」


 沢村がぽつりと言って佐野が困ったような微笑をする。

 陸斗としては運動系そのものが不得意だった。

 せめてもの幸いは沢村が仲間だという点だが、フォローはあまり期待できないと思う。

 案の定、陸斗が警察に捕まっても助けに来てはもらえなかった。

 チームは勝利したため、文句を言えるはずもないのだが。

 ケイドロが終わり、歓声とあげるチームと肩を落とすチームに分かれた後、次は川魚つかみだ。

 

「一人二匹まで捕まえていい。捕まえると施設の人が焼いてくれて、夕飯に出せるぞ。一匹も捕まえられなかった奴は、夕飯がちょっと寂しくなるからそのつもりでな」


「えーっ」


 学年主任の説明には叫び声があちこちから起こる。

 よくよく考えてみればカレーを作るのだから、魚が出なくてもそこまで大きな違いは出ないはずだ。

 それでも自分次第でおかずが増える可能性を示唆されると、失敗すると損した気分になってしまう。

 陸斗は周りに流されなかったし栃尾も同様だったが、佐野と沢村は仲良く声をあげている。

 沢村のような体格のいいスポーツマンにしてみれば、おかずが増えるというのは大事な要素なのかもしれない。

 

「水深は深くないから、高校生ならまず溺れる心配はいらないが、川底や川原の石で頭を打てばケガするぞ。十分に気をつけろよ」


 学年主任の注意に元気よく返事をして、生徒たちは川へ移動する。

 一学年だけと言えども三百人前後いるのだから、ある程度散開しなければならなかった。

 川原に水が入ったバケツを置いて靴と靴下を脱ぎ、順次水の中へと入っていく。

 水はひんやりとして冷たく、何人かが思わず声をあげる。

 

「魚は大きな音を立てると驚いて逃げてしまいますから、ゆっくり歩いてください」


 という施設の人の声は微妙に遅れた。


「ああ、逃げられた」


 悲鳴のような声がいくつか上がる。

 陸斗たちは誰から入るか話し合っていたため、その中には含まれていない。


「じゃあ俺が行くよ」


 沢村が女子たちにキメ顔を見せてから進む。

 ちょっとトキめいているらしい佐野と、特に興味なさそうな栃尾が対照的だった。

 陸斗は沢村から少し遅れてから入る。

 相手からの要求だったが、元々仲良く入って協力し合うとも思っていなかったのだから不満はない。

 泳いでいる川魚は小さいものでも十五センチはありそうで、魚があまり好きではない陸斗でもちょっとワクワクする。

 試しに何度か両腕を水につっこんでみたが、さっぱり上手くいかない。


「よし、一匹!」


 それを尻目に沢村は順調に捕まえていく。

 一体どうすればよいのか、陸斗は聞きたかったものの聞けなかった。

 何となく素直に教えてくれそうにない気がしたからである。

 試行回数を重ねていくうちに魚が指に触れた。

 慌ててつかもうとしたが、ぬるっとすべってしまい逃げられてしまう。

 結局、沢村が女子たちの分六匹を捕まえたのに対して、彼の戦果はゼロだった。


「どんくさい奴だな、富田は」


 沢村は嘲けるように鼻で笑う。

 陸斗は悔しく思ったが、戦果の差の手前何も言い返すことができず、黙ってうつむく。

 栃尾はほんの一瞬不愉快そうに眉を動かしたが、沢村と佐野は気づかなかった。

 施設の人に預けた後、いったん施設の前まで移動して「入所式」をおこなう。

 その後、カレー作りがはじまる。

 やってみて陸斗が実感したのは、栃尾がとても手際が良く班員に指示を出せたこと、佐野も指示や意見を出す余裕こそなかったものの、与えられた作業は器用にこなせる実力があること、そして男二人が予想通り足でまといだったことだ。

 皮むき器を持参して使ったため、皮むきは彼らにも何とかできる。

 何とかというのは皮以外の部分もむいてしまい、具材の量を二割ほど減らしてしまったからだ。

 残った部分を見ると罪悪感が生まれずにはいられないような不格好なものである。


「ありがとう」


 女子たちはそれを見ても何も言わずに笑顔で二人に礼を言う。

 期待されていなかったのだろうなと陸斗はつい感じてしまったが、結果だけ見れば彼女たちは正しい。

 男子の仕事は後は皿洗いくらいで、他は任せてもらえなかったがこれも仕方ないだろう。

 二人は女子たちの仕事ぶりを座ってながめているくらいだった。


「いいな、栃尾さん」


 沢村はうっとりしているような声を漏らしたが、陸斗は無視を決め込む。

 本人も彼に応えてほしくて言ったわけではないだろう。

 食事の時、全員であいさつをした後に栃尾が不意に陸斗に話しかける。


「富田君、よければ一匹いる? 私には二匹は多くて。悪いけど食べてくれないかな?」


「……うん、もらうよ」


 彼は何となく栃尾の発言は本当ではなく、ただの配慮ではないかと思う。

 ただ、礼を言ってしまうと彼女の想いをフイにするような気がしたため、余計なことは言わずに魚を受け取る。

 沢村は形容しがたい表情をしていたが、栃尾の行動の妨害はしなかった。


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