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53話「キャンプ前日」

 木曜日の六時間め、チャイムとともに教室にやってきた茂沢は、白い段ボールを再利用して作った箱を持っていた。

 その箱を教卓の上に置くと室内をぐるりと見回して告げる。


「一番から十九番までの紙を入れてあるから、前の席の者から順番に引いていけ。引き終わったペアから体育館に移動しろ」


 生徒たちはペアを組む相手と顔を見合わせてどちらがくじを引くのかを相談しあう。


「ねえ、私たちはどうする?」


 体を寄せてたずねてきた佐野に対して、陸斗は眉間にしわを寄せながら答える。


「俺、正直くじ運はないと思うよ」


「それは私も」


 彼女もやや困った顔をしながら彼に視線を合わせた。


「でも、この場合はあまり関係ないかもね。あくまで一組の誰と組むのかを決めるだけだろうし」


「それもそうだね」


 一組の誰と組みたいのかと聞かれても陸斗には答えようがない。

 せいぜい栃尾くらいしか知らなかったし、彼女と組みたいかと言われても否と答える。


(どうせ緊張して話せないしなあ)


 という気持ちが強かった。

 

「富田君は組みたい人、いないの?」


 佐野の表情はいたずらっぽく、それでいてどこかさぐるような気配もある。


「いないよ。そもそも知り合いがいないし」

 

 と陸斗は切り返したが、これはやや大げさだった。

 学区制の公立高校である以上、中学時代の同級生が何人かいるはずである。

 どのクラスに入ったのか彼が知らないだけだ。


「ふうん」


 返事を聞いた佐野の表情は気の毒がっているようであり、どこか見直したようでもある。

 陸斗は彼女の顔を見ていなかったため、気づくこともなかった。

 まもなく彼らの番がやってきて、佐野にうながされて彼が立ち上がる。


(正直なところ、くじ運には自信がないんだけどな)


 と思ったものの、女子に頼まれて嫌だと言う勇気を持てなかった。

 やや疲れが見えはじめている茂沢に目礼をして、箱の中に手を突っ込む。

 真っ先に触れた紙を取って箱の外で広げて数字を確認する。


「十二番です」


「おう」


 報告に対する短い返事を聞いて席に戻り、佐野に乱暴に「十二」と書かれている文字を見せた。


「十二番ね。引いてくれてありがとう」


 佐野にニコリと礼を言われると陸斗は何かいいことをした気分になれる。


「どういたしまして」


 少しは気楽な気持ちで言葉を出せた。

 我ながら単純だと思いつつ、彼女と連れだって体育館へと移動する。

 道中、他のクラスから出てくる同学年の生徒たちの流れに入った。

 二人の間に会話はないままに体育館につく。

 

「こういう時、スリッパは便利だよな。はき替えなくてもいいし」


 ずっと沈黙しているのも悪いと思った陸斗が話しかけると、佐野は小さくうなずいた。


「そうね。体育の時だけシューズをはけばいいっていうのはありがたいわね」

 

 返答があったことに彼はホッとしたが、それ以上会話は続かない。

 体育館の中には軽く見積もっても二百人はいるだろうか。

 

「君たちは何組?」


 三十前後の化粧っ気のうすい女性教師が、近づいてきて二人に話しかける。

 見覚えはあっても名前が思い出せなかったため、直接彼らの授業を担当したことがないのだろう。


「八組です」


 陸斗が答えると女性教師は指で右奥を示す。


「一組と八組の集まりはあっち。あっちまで言ってから班分けの番号を言って」


「ありがとうございます」


 教師にお辞儀をして二人は教えられた場所へ向かう。

 途中でいくつかの集団の横を通り抜け、見覚えのある顔と見覚えのない顔が入り混じった集団に合流する。


「富田君と佐野さん。二人は何番?」


 彼らに気づいた一人の女子生徒が話しかけてきた。

 例によって陸斗は覚えていなかったが、彼女が八組の委員長である。


「十二番だよ」


「十二番はそこね。沢村君と栃尾さんのペアと」


 てきぱきと言われてそれに従ったため、彼は委員長が口にした名前を聞き逃していた。

 気づいたのは十二番の札を持った一組のペアを見てからである。


「君たちが十二番? 俺は沢村って言うんだ、よろしくな」


 百八十センチはありそうな長身の男子が甘い笑顔を浮かべて、佐野に手を差し出す。

 短く切りそろえられた黒い髪とひげのない顔は清潔感があり、整った顔立ちと相まって女子生徒人気がありそうだと陸斗は思う。

 実際佐野も若干頬を赤くしていた。

 それを尻目に栃尾が陸斗に話しかけてくる。


「あなたは以前、ハンカチを拾ってくれた人じゃない?」


 ぱちりとした目とウェーブがかかった黒髪、鈴が転がるような透明感のある声は、彼もよく覚えていた。


「うん、覚えていてくれたんだ?」


「ええ。人の顔を覚えるのは割と得意な方なの」


 栃尾は控えめに微笑して改めて名乗る。

 美少女のそのような仕草は破壊力抜群だったが、陸斗は何の因果か美少女や美女に対する耐性を持っていたおかげで見とれずにすむ。


「一組の栃尾です、短い間ですけどよろしくね。えーと……?」


「富田です。富田陸斗。こっちこそよろしく」


「よろしく、富田君」


 栃尾はにこりと微笑み若干顔を右にかたむけたため、耳の下まである髪がさらりと揺れた。

 陸斗の方も微笑を返すとそこに沢村が入ってくる。


「俺は沢村って言うんだ、よろしく」


 まるで自分の体で陸斗から栃尾を隠そうとするかのような動作だ。

 栃尾は困ったように形の良い眉を動かしたものの、陸斗には見えない。


「ああ、俺は富田。よろしく」


「おう」


 沢村の目には若干警戒が宿っているが、彼は気づかなかった。

 初対面の男子にそのような反応をされるという発想さえ彼には難しい。

 班ができた後はフローリングに座って学校側からの説明を聞く。

 それがすむと簡単な相談時間が用意された。


「昼は弁当が出るけど、夜は自分たちで作らなきゃいけないのか」


 難しい顔をしながら発言したのは沢村である。


「恥ずかしながら俺っておにぎりと目玉焼き、玉子焼きくらいしかまともに作ったことがないんだ」


「俺はそれさえないな」


 陸斗も恥を忍んで告白すると、沢村がぎょっとした顔になった。


「おいおい、本当かよ……?」

 

「あ、ああ……」


 その反応に彼はいたたまれない気持ちになる。

 男子二人がまるで戦力にならないことを知った女子二人が相談し合う。


「佐野さん? あなたは料理できる?」


「まあ自分で食べる分くらいなら。他人に出せるようなレベルかと言われると、疑問だけど。栃尾さんは?」


「私も似たようなものよ。せいぜい家族に作ったことがあるだけ」


 女子の方もあまり自信がなさそうで、前途多難という言葉が陸斗の頭をかすめる。

 もっとも四人の中で一番戦力にならないのが彼なのだから、そのようなことを思う資格さえないのだが。 


「女の子たちの手料理をごちそうになれると思えば役得だよな。役に立たないのは申し訳ないが」


 沢村が陸斗にしか聞こえないように小さな声で言う。

 内心彼も同感だが、何となく沢村に賛成するような反応はしない方がいい気がしたため、沈黙を守る。 

 彼が何も反応をしなかったのを見て、沢村は露骨に舌打ちをした。

 それは聞こえたらしい女子たち二人が怪訝そうな顔して振り返る。


「ああ、何でもないよ」


 沢村はわざとらしいまでに爽やかな笑顔を作った。

 それで納得したわけではないだろうが、追及する意思もなかったらしい女子二人は再び相談に戻る。


(表裏の激しい奴だな)


 と陸とは思わずにはいられなかった。

 女子に対してだけいい顔するというのは、心情的に分からなくもなかったが。


「富田だったな? お前は二人のうちどっちが好みなんだ?」


 沢村が不意に小声で問いかけてくる。


「えっと……」


 栃尾と佐野のどちらがよいのかと言われても、陸斗には難しい。

 どちらもまだロクに話したことがない相手だからだ。


「煮え切らない奴だな」


 沢村はもう一度、今度は女子に聞こえない大きさで舌打ちをする。

 さすがの陸斗も少しカチンときたため、小声で問い返す。


「そういうお前はどうなんだよ?」

 

「そりゃ栃尾さんだよ。悪いけど佐野さんじゃ比較にならん」


 いくら何でもひどいではないのかと彼は感じたが、言った沢村本人は平然としていた。


「たしかに佐野さんも可愛い方だが、栃尾さんは格が違うだろう」


 同意を求めるような視線に対して、陸斗は無反応を決め込む。


「けっ、いい子ぶりやがって」


 沢村は小さくはき捨てるようにつぶやいた。

 そこに栃尾が男子たちに話しかける。


「ねえ、ピーラーを家から持ってこれる?」


「ピーラー? 皮むき器のこと? うん、持ってこれるよ」


 沢村は愛想よく迅速に返事をした。

 栃尾の視線が陸斗に移ったため、彼はうなずく。


「大丈夫だと思う」


「皮むき器があれば男子も戦力になるでしょう」


 二人の回答に栃尾が満足そうな口元をほころばせる。


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