52話「説明担当」
昼休み、またしても小林と水谷と三人で食事をとる。
今回は水谷の席に集まった。
陸斗は薫の手作り弁当、他の二人はコンビニ弁当である。
「お、今日も富田は手作り弁当か」
「例のお姉さん?」
二人は彼の弁当をのぞき込みながら口々に発言した。
「うん」
簡単にうなずけば彼らは同時にうらやましがる。
「いいなー、美味そう」
「母親じゃなくてお姉さんってところがいいな」
水谷と小林の言葉を聞き流しておかずを口に放り込む。
「くっ、勝者の余裕を感じる」
水谷は悔しそうにうなってはしを取り出す。
「何でだよ」
これには陸斗も無視しきれず苦笑してしまう。
「あ、気にしないで。いつもの発作みたいなもんだから」
小林が言うと水谷が彼をじろりとにらむ。
「何だよ、発作って」
「言葉通りの意味以外、何物でもないさ」
小林は悪びれることもなく肩をすくめた。
それだけで水谷は返答に詰まったらしく、もごもごと口を動かしつつウィンナーに箸を伸ばす。
近くから観察するかぎり、どうやら水谷よりも小林の方が一枚上手らしかった。
「そう言えば、富田はキャンプって誰と組むんだ?」
水谷がふと思いついたようにたずねてくる。
「佐野って子だよ」
「おお、あの子ってよく見ると意外と可愛いよな。地味可愛いってやつ?」
陸斗の問いにはそのような反応を示す。
たしかに彼女の笑顔は可愛いと彼も思うが、言葉には出さなかった。
「こいつはそういう話ばかりなんだけど、気にしないでくれ」
紙パックのコーヒー牛乳を飲んだ小林がすました顔で言う。
フォローをすると言うにはずいぶんと突き放した口調だった。
「おいおい、そりゃないだろ」
よくつるんでいる友達に言われてしまった水谷は、情けなそうな声で抗議をする。
意外と繊細なところがあるようだ。
(ヴィーゴそっくりなんだよな)
基本的に女の子のことで頭がいっぱいのところとか、可愛い女の子に目がないところがである。
もっともヴィーゴはもっぱら女の子を褒めるだけで、決して否定的なことは言わないのだが。
「一組は栃尾がいるから楽しみだな。ペアになれるかは運次第だけど」
水谷はすぐに立ちなおってそういうことを言い出した。
この言葉で陸斗の形になっていなかった疑問が明確になり、言葉になって口から発せられる。
「そう言えば一組のペアとはどうやって決まるんだ?」
「くじらしいよ」
答えたのは小林だった。
彼は食べ終えた弁当をコンビニのレジ袋にていねいに入れて立ち上がる。
「木曜日の朝のホームルームの時にくじを引いて、同じ番号のペアを探すらしい。そのために六時間めを使うんだってさ」
「なるほど」
ずいぶんと非効率的なやり方だと陸斗には思えたが、授業が一コマなくなるのは歓迎だった。
説明不足だと思ったのか、小林はさらに言葉を重ねる。
「七弦駅に集合してそこから特急に乗るんだけど、その時点で一組と合流するみたいだよ。しおりにも書いてあるし、言う必要なかったかな?」
「いや、ありがとう」
陸斗は心遣いに礼を言う。
後でしおりは読んでおくつもりだったが、だからと言って教えてもらえるのがありがたいことに変わりはない。
女子である佐野相手だと何となく質問するのがためらわれたからだ。
やはり同性の方が何かにつけて気安いのである。
「何だ、佐野は苦手なのか?」
水谷はからかうような表情で問いを投げてきた。
「いや、そんなことないよ。親切な子みたいだし」
ただ、相手が女の子だと何故か陸斗は緊張して、口が重くなってしまうのである。
アンバーやエトウミナといった女性選手たちは一向に平気なため、彼自身不思議で仕方がなかった。
「よく分からないけど、一組はこっちと人数も同じ、男女の数も同じだから女子ペアと組まされて男が自分だけってことにはならないと思う」
だから安心していいと小林に言われて、陸斗は反応に困る。
(たぶんだけど励ましてくれたんだろうな)
真剣な顔つきなのはそれだけ心配してくれているということだろう。
「あ、うん。ありがとう」
陸斗が礼儀として返事をすると水谷は残念がった。
「くー、そこなんだよな。女子が多いクラスと一緒だったら、班の中に男が俺一人ってハーレム状態になれたのに!」
口調と表情の熱気から察するにけっこう本気のようである。
その彼に冷や水を浴びせたのは小林だった。
「だから一組と組まされるんじゃないか? 三組のように女子の方が多いクラスは、男子が多い五組か七組と組むんじゃないかな」
冷静な指摘に水谷はぐっと詰まる。
「実際くじというのは建前というか、ある程度配慮した上でやる感じなのかな」
陸斗が言うと小林が同意した。
「そうじゃないと偏りが大きくなってしまう可能性があるだろうからね」
「何だかいろいろと納得できた気がするよ。ありがと」
彼の礼に対して小林は微笑しただけですませる。
「よっ、説明担当」
「お前は女子の話以外もできるようになった方がいいな」
その小林を水谷が茶化したが、本人は笑って切り返す。
つき合いの長さが垣間見えた気がするのは陸斗の気のせいばかりではないだろう。
水谷は敗北を感じたのか、軽く両手を挙げて降参の意思を表現する。
「二人は仲いいよな」
陸斗がかすかに憧れをこめて言うと、二人は複雑そうに顔の筋肉を動かした。
「よせよ、気持ち悪い」
「ただの腐れ縁だよな。小学校からの」
水谷と小林がそれぞれの言葉で心外だと主張する。
これもまた呼吸がぴったりだと陸斗には思えるのだが、指摘するとさらに嫌がられてしまうかもしれないと考えて自重した。
「小学校からのつき合いなんだ?」
代わりに声に出したのは上のような質問である。
「そうそう。小中高とずっと一緒」
「受験する時になってびっくりしたよな」
彼らは笑いながら答えた。
(何だかいいな、こういうの)
陸斗には無縁な関係である。
ずっと一人だったと言えば語弊があるが、彼らのような気心の知れた友という存在とは無縁だったのもたしかだ。
「何だ? 何か富田の視線が気持ち悪いぞ」
彼の視線に気づいた水谷が、己の両肩を抱いて震えて見せる。
「いや、何にも思っていないし言ってもいないんだけど」
陸斗はからかわれているだけなのだろうと思いながらも、ついつい言いたくなった。
「馬鹿につき合うつもりはないってはっきり言ってもいいんだぞ」
小林が彼の擁護をしてくれたものの、使った表現は実に辛らつで水谷の心に刺さる。
「は、はっきり言いすぎじゃないか?」
いささか堪えたような表情で抗議の声をあげた友人に向かい、小林は遠慮が微塵もない言葉を吐く。
「はっきり言わないと鈍感なお前は分からないだろう」
悔しそうにうめく水谷の顔を見て、陸斗は思わず吹き出してしまう。
案の定、彼から恨めしそうな視線を向けられる。
「何も笑わなくてもいいだろ。俺たちは漫才をしているわけじゃないぞ」
「ごめんごめん」
陸斗は言われるのも当然だと思って何とか我慢しようとするが、堪えきれなかった。
笑いが止まらない彼に対して水谷は舌打ちをする。
よくも悪くも自分の感情に正直なタイプなのだ。
「ちくしょう。なんて奴だ」
「水谷の場合はほとんど自業自得だよね」
憤ると言うよりは嘆く水谷に対して、小林が容赦ない言葉を浴びせる。
「くっ」
つき合いの長い友人にまで言われてしまった男は、悔しそうに歯がみしたものの反論はできなかった。
何となくだが二人の力関係がうかがえた一幕である。
(おっと、アルジェントには言っておいた方がいいか)
陸斗はキャンプで一泊する時は当然オンラインVRゲームをプレイできないことに今さらながら思い当たった。
グラナータはともかく、アルジェントには事前に一言告げておいた方がよい気がする。
そっと携帯端末を取り出すと、アルテマオンラインの運営会社から回答が届いていた。
確認してみると「ミノダトオル様のゲーム参加はご遠慮いただきたい」というものである。
評判にもよるができれば運営側として参戦してもらいたいというのだ。
(やっぱりか)
陸斗は少しだけ残念に思い、キャンプに関する話とアルテマオンラインに関するメッセージを送る。




