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49話「似たもの同士」

 二人で話に花を咲かせていると、彼らの声を突如発生したアラームがさえぎる。


「あっ、いけない! そろそろログアウトする時間だわ」


 アンバーが慌てて腰を浮かせながら叫ぶ。

 陸斗にしても身に覚えがあることだったため、理解あるまなざしを向けた。


「そっか。じゃあ今日はありがとう」


「こっちこそ! またエラプルで連絡するわね!」


 手を素早く振る彼女のアバターが足元から消失する。

 それを見届けた彼が時刻を確認してみると、十六時すぎであった。


(アメリカだと深夜なんだろうな)


 はるか遠い異国に思いをはせてから彼も一度ログアウトする。

 VR機を外して恒例のストレッチをおこない、水分補給のためにいったん筐体の外に出た。

 筐体から数メートルほど離れた先に置かれている四脚テーブルの上に、麦茶が入った彼のコップが置かれている。

 薫が気を利かせて用意してくれたのだろう。

 のどを潤すと再び筐体の中に戻り、携帯を取り出してエラプルを確認する。

 アンバーからおやすみのあいさつ、アルジェントからは今日はどうするのかという質問、グラナータは今日はログインをやめておくという詫びのメッセージが来ていた。


(案外、メッセージって来るものなんだな)


 陸斗としては実のところ意外さを禁じえない。

 今まで友達がいなかった彼はこのようなことさえ知らなかったのだ。


(これからどうしようかな……)


 今日のこの後をどうするのか逡巡する。

 おそらくアルジェントであればゲームをプレイしているだろう。

 夜からとは言わずに今から合流するのもありかもしれない。

 だが、一方でアルジェントにはアルジェントの都合があるのではないかという懸念もある。

 なまじ誘えば来てくれそうな印象があるからこそ、声をかけるのをためらってしまうのだ。


(グラナータは無理な時はきちんと断ってくれそうなんだけど……)   


 うぬぼれであればいいなと思うものの、わざわざ試してみる気にはなれない。

 結局、一人黙々とプレイする道を選んだ。

 次に出場するのは七月にイギリスで開催されるタイトル戦・ダービーである。

 ダービーで採用されるゲームテーマはアクション、シューティング、パズルの三ジャンルだ。

 グループステージでは三ジャンルを全てプレイし、総合成績のよかった上位八名が決勝ステージに進むことができる。

 したがって苦手なジャンルが少ない選手ほど有利とされていた。

 それを考えると陸斗とは相性がよい大会だと言えるが、本人は少しも楽観していない。


(なんて言ってみたところで、マテウスもモーガンもクーガーも苦手ジャンルってないもんなあ)


 という理由があるからだ。

 本来、苦手ジャンルがない選手はアマチュアプレイヤーも含めて少数派のはずなのだが、上位にいくほど増える傾向が見られる。

 何種類ものジャンルがWeSAツアー戦のテーマとして採用されている以上、安定した結果を残せる選手は自然と苦手の少ない選手になるのであろう。


(理屈じゃわかっているんだけど)


 感情的には納得しがたく思えるのはまだ陸斗が若いせいだろうか。

 

(焦りは禁物だ……平常心こそが大切だ)


 それでも若いながらも世界の荒波に揉まれてきた彼は、すぐに自分を叱咤して精神を立てなおす。

 焦燥に駆られてトレーニングをしても効果は期待できないと知っていた。

 薫との夕食後、陸斗はアルジェントとの待ち合わせ時間までコーヒーの香りと味を楽しむ。

 筐体のそばにある四脚テーブルの手前に黒い座布団を敷いて腰を落ち着け、透明なガラスの上に携帯端末を置いて画面をながめている。

 ただし、長時間同じ姿勢をとり続けないように気をつけながらだ。

 これもまたコンディション管理のひとつである。

 アルジェントから連絡があったのは午後七時五十分だった。


「ごめん。待った? 今からログインできるよ」


 というエラプルの個別メッセージを見て、彼は自分もこれからログインすると伝える。

 彼らはVR機を装着して音声通話機能を使う。


「今日はゲームばっかりやっていたよ。アルジェントは?」


 陸斗は自分から話を振ってみた。

 相手がアルジェントだと思えば心理的なハードルが下がるのである。


「ボクもだよ。グリージョはどれをやっていたの?」


「知り合いとギガったり、ゾンビ城をやったりだな」


 彼が問いに答えると、アルジェントはすぐに食いつく。


「ギガっていたんだ? グリージョもデーモンアーツをやっているんだね」


「おお、アルジェントも知っていたか」


 彼はやはりなという気持ちが強かった。

 以前話題に出なかったのは、ゲームタイトルが大量に出回っている時代だからだろう。


「じゃあボクともやってみる? それとも別のゲームがいい?」


「違うゲームがいいかな」


 アルジェントとデーモンアーツを一緒にプレイするという案は魅力的だ。

 しかし、アンバーと激闘を繰り返したその日のうちにやるのは少し怖い。

 彼がプロのeスポーツ選手だと知っているアメリカ人少女相手ならば全力を出してよかったが、アルジェント相手ではそうもいかなかった。

 

(もう少し時間を置いておいた方がいいだろうな)


 その方がアルジェントに違和感を与えることもないだろう。

 

「んーじゃあどうしよっか? グリージョ、けっこう色々とやっているんだね?」


「うん、まあね」


 陸斗の答えは歯切れが悪い。

 彼が色々と手を出しているのは、WeSAツアーを戦っていこうと思えばさまざなタイプのゲームに触れておく必要があるからだ。

 気に入ったゲームに没頭し、ひたすらやり込むタイプの人とはおそらくそりが合わないに違いない。

 アルジェントの方も彼と似たタイプだからこそ、現在の関係があるのだろう。


「ボクも色々と手を出しているんだし、気にしなくてもいいのに」


「いや、候補が多いと何か言い出しにくいというか……」


 どうして自分からプレイ経験のゲームを言いにくいのか。

 陸斗は改めて考えてみたが、どうにも言葉で絵説明するのが難しかった。

 

「んん? そういうものかな。ボクとしてはグリージョが同じゲームをしていればうれしいし、そうじゃなかったら教えてもらったり、教えてあげたりすればいいかなって思うけど」


「そうだな。そういうものか」


 アルジェントの言葉は彼の胸にすとんと落ちる。

 何だか自分が過敏に警戒していたような気分になってしまう。

 発言者がアルジェントだったからかもしれないが、本人も不思議だった。


「何? 何か変だよ、グリージョ」


「あ、うん」


 クスクスと笑われてしまい、陸斗は恥ずかしくなる。

 彼はアルジェントにならば言ってもよいと思って、笑いが終わったタイミングで話す。


「いや、実は俺、こういうことを話せる友達って今までいなくてさ」


「えっ? そうなんだ? 意外……」


 よほど驚いたのか、マイクの向こうですっとんきょうな声が響く。


「えっ?」


 陸斗にしてみればアルジェントの反応こそが寝耳に水である。


「だってグリージョ、野良パーティーよく組んだりしていたじゃない? だから社交性あるなーと思っていたんだよ」


「それは同じゲームをやっている人になら、声をかけられるというか……」


 思いがけない高評価に彼は焦り、求められたわけでもない弁明をはじめた。


「他にどんなゲームをやっているのかって聞きにくくない?」


「そもそもボクはそういう話をする相手自体、グリージョとグラナータくらいしかいないし」


「言われてみればそうかもしれないな」


 たしかにアルジェントが特定の誰かと仲良くしている光景は想像できない。

 少なくとも陸斗には。

 くしくも二人はお互いコミュニケーションが苦手だと確認しあう形となってしまった。

 何となく沈黙がおとずれたが、ほどなくしてアルジェントの笑い声で破られる。


「何だかボクたち、似た者同士なのかもしれないね」


「本当にそうだな」


 二人はしばらく笑いあっていた。 

 彼らはその後、のんびり話し合いつつファイブやゾンビ城をプレイする。


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