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48話「雑談」

 その後二人は闘技場に腰を下ろし、雑談を再開する。

 仮想現実空間では土の感触や匂いはするが、服に汚れがつかない。

 万が一ついたとしても操作するアバターを変更してしまえばそれまでであった。


「日本選手権にモーガンと二人で出るんだって?」


 陸斗の方から切り出したのはやはりと言うか、日本選手権についてである。

 避けて通れない種類のものだし、直接本人と会話しているのだからよい機会だとの判断だ。


「ええ。たしか今年は八月五日から開催でしょ? 時差ボケ対策として三日前には行くつもりよ。もちろんおじさまと二人でね」


 微笑を浮かべつつ話す少女に対して、返さなければいけない気がして口を開く。


「えーと、いらっしゃいませ?」


 彼は日本人選手だし、大会が日本で開催される場合はホスト選手とみなされる。

 だから決して間違ってはいなかったのだが、場違い感は否めなかった。


「ふふふ、案外ジョークも上手なのね」


 ところがアンバーのツボを突いてしまったらしい。

 彼女はお腹を抑えて笑い出す。

 ひとしきり笑った彼女がやがて表情を引きしめながら言う。


「本当はあたしだけ出場するつもりだったんだけどね。あたしが出たいと言ったら、おじさまもじゃあ出るって言い出したのよ」


 困ったものよねと眉間にしわを寄せる。

 そのような表情もまた魅力的だから美少女は得な生き物であろう。

 もっとも今の彼女は生物ではなくて仮想現実世界にのみ存在するアバターだったが。


「何だ、そうだったのか?」


 陸斗はそう言ったものの、内心「やはりか」と思っていた。

 隠そうと努力はしたつもりだったが態度に出ていたのだろう。

 アンバーは困った表情になる。


「ええ。あたし、そんなにしっかりしていないかしら? おじさま、あたしのことをいつまで経っても子ども扱いするのよね」


 彼女が示す不満は彼には理解できるものだった。


「どうなんだろうなあ。俺も子ども扱いされているんだろうし……大人たちからすれば俺たちはまだまだ子どもなのかな」


 保護者たちから愛情をそそがれるのはうれしいが、時たま息苦しさを感じてしまうのは彼らが年頃だからだろうか。

 彼の発言を聞いたアンバーは感心したような目で見る。


「あたしはトオルほど割り切れないわ。早くおじさまを倒して一人前だって認めてほしい。そのためにはタイトルを取らなきゃいけないけど」


 彼女の声からにじみ出ている感情を察し、陸斗は率直にたずねた。


「もしかして日本選手権に出るのも?」


 彼女はこくりとうなずく。


「ええ。サクラノミヤカップの予行演習のつもり。当然勝ちに行くわ。おじさまが出るのは誤算だったけどね」


 桜ノ宮杯が開かれるのは九月下旬だ。

 八月の日本選手権が慣らし運転というところだろう。


「ああ、本当にな。それとヴィーゴの奴も来るってさ」


「へえ」


 ヴィーゴとは彼女も面識があり、さらに彼は上位ランカーの強豪である。

 だから教えておいた方がよいと陸斗は思ったのだが、アンバーは大して興味なかったらしく素気のない反応だった。

 

「日本人は誰が出るの? トオル以外に」


 彼女はすぐに別の問いを振ってくる。


「俺と岩井さんとエトウさんと……後はどうなるのかなぁ?」


 陸斗はロペス記念に出場した二人の名前を挙げた後、首をひねった。

 日本で主催される大会だけに日本人選手の出場枠は六と多めに設定されている。

 今年のロペス記念に出場した三名は自動的に選出されるため、事実上残っている枠は後三つだ。


「とりあえず七月に日本選手権のトライアル、日本電子新聞杯があってそこで一人決まるんだよ。後はたしか今年の七月三十一日時点での獲得ポイント量の多さじゃなかったっけ?」


「トオルはその大会には出るの?」


 アンバーの問いに陸斗は首を横に振る。


「いや、日本だと出場がすでに決まっている選手はトライアルに出られないんだよ。本当は出たいんだけどね。賞金けっこうもらえるし」


「日本の大会は賞金額はおいしいものね」


 彼の意見に彼女は賛同した。

 厳しいプロの世界で生きている者ほど、賞金狙いでの出場には肯定的な傾向があるのはアメリカでも同じらしい。


「アメリカだとモーガンでもトライアルには出られるんだっけ?」


「ああ、こっちだと打倒モーガンに燃えてやる気を出す選手が多いもの。あたしだってその一人だし。それにおじさまやマテウスが出てくると観戦者が増えて主催者は喜ぶわね」


 アンバーはくすりと笑ってアメリカの内情を語る。


「そっか、そっちじゃあ主催者が強いんだったよな。日本だと主催者はあんまり強くないんだよ。お国柄ってやつなのかなあ」


「そうなのかもしれないわね」


 陸斗の言葉を聞いた彼女は何とも形容しがたい表情だった。

 彼に対してどう声をかけるべきなのか、迷っている節もある。

 

「あたしとしては興味深いけどね。色んな国の多様なカルチャーは」


 彼女の発言はアメリカ人らしいなと陸斗は感じた。


「今年って日本選手権の開催場所ってトウキョウよね? トオルが住んでたりしない?」


 不意にアンバーはたずねてくる。

 

「しないけど、国内でも早めに現地入りするようにしているよ。交通機関のトラブルが怖いからね」


 内心面食らいながらも彼は返事をした。

 中身が意外だったのか、彼女は小首をかしげる。


「日本でもトラブルってあるの?」


「うん、人身事故で止まったり。一番怖いのは台風かな。八月だし」


 陸斗の説明に彼女の瞳に理解の光が宿った。


「ああ、なるほど。台風の動画、何回かゴツベで見たことあるわ」


「海外のサーバーにそんなものが出回っているのか……」


 彼はそこまでは把握していなかったのである。

 目を丸くしたものの、アメリカで発生した巨大トルネードのことを思い出す。


「そう言えば日本でもトルネードの動画があったかもしれないな」


「そのあたりは両国共通って感じなのかしらね」

 

 お互いの国の人々の似ている点と異なっている点について話すのは、陸斗にしてみればとても新鮮な経験だった。


「自然災害に悩まされているのも同じなんだなあ」


「自然災害と無縁な国や地域ってあるのかしら?」


 彼はアンバーの疑問に答えられない。


「地球で生きているかぎり、無理なんじゃないかなぁ」


 と言うのが精いっぱいだった。


「地球で生きているかぎりか……」


 アンバーはオウム返しにつぶやき、仮想現実世界の空を見上げる。

 人類の宇宙への進出は遅々として進んでいない。

 世界的に人口の減少が進んだ「出生率の氷河期」時代があったのが大きな要因のひとつだ。

 宇宙進出を目指す理由とリソースをさく余裕の両方がなくなってしまったのである。


「宇宙は宇宙で大変じゃないかなって気はするけどね」


 陸斗の言葉に「そうね」と返ってきた。


「行けるか分からない宇宙よりも、出場することが決まっている試合の方が大事だわ」


 アンバーは力強く言い切る。

 陸斗が確認の意味も兼ねて問う。


「日本選手権の出場はもう確定したんだね?」


「ええ。おじさまはエントリーした時点で決定。あたしはどうかと思っていたらあっさり決まったわ。さっきの話でいうところの世界上位ランカーはあんまりエントリーしていないみたいね?」


 少女の瞳が彼の瞳を射抜く。


「ああ。八月の日本は蒸し暑くて外国人選手にはあまり人気がないらしいんだ。少しでも賞金とポイントを稼いでおきたいクラスの選手は来るけど、無理をしなくてもいい上位ランカークラスとなるとね」


 季節と気候の壁はプロの世界でも存在しているのだった。


「七月のダービーの後はオフって選手もいるんじゃないかな?」


「それはさすがにマテウスやクーガーといったひとケタクラスじゃないかしら?」


 陸斗が予想を口にすればアンバーは苦笑する。

 八月には六大タイトル戦のひとつミュンヘンカップがあるが、ダービーからは一か月ほど間隔があく。

 休もうと思えばその間まるごと休むことも可能だ。

 しかし、そうなると当然休んでいる間の収入はない。

 したがって収入面で不安がなく、ランキングも気にしなくてもよいようなひと握りの選手くらいしか休んでいないのが現実だった。


「モーガンもバカンスはとっていたんだろう?」


 現在トッププロの双璧であるモーガン、その姪に向かって陸斗は問いかけた。


「ええ。去年までは三週間くらい休んでいたわ。あたしも遊びに連れて行ってもらったのよ」

 

 彼女は答えながらなつかしむように目を細めて遠くを見やる。

 

「モーガンに遊んでもらえるとか、すっごいうらやましい……」


 彼が羨望をこめて言えば彼女は誇らず、ほろ苦いものが混ざった表情になった。


「よく言われたけど、いいことばかりじゃないのよ。身内が偉大だとね」


 その切ない響きに身につまされる。


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