47話「いつか?」
二戦めはお互いがじりじりと距離を詰めて、至近距離からの打撃戦になった。
今回は陸斗も打撃戦に集中する。
一戦めでとった作戦は相手に警戒されていないからこそやる価値があるのだ。
もう一度仕かけたところで返されてピンチになるだけだろう。
だからこその打撃戦だったのだが、彼はほどなくして後悔するハメになった。
アンバーは一瞬の隙があればすぐに手首や腕を掴んで投げ技を出してくる。
かわしても態勢を崩してしまい、そこを狙われて体力ゲージを削られていく。
リネットの投げ技をまともに食らうと危険だという警戒心を利用された形だ。
(でも、分かっていてもかわすしかない!)
フドウは投げ技の応酬でリネットにはとてもかなわない。
苦手がない代わりに強力な決め手を持たないバランスタイプの泣きどころであった。
投げ技や組み技をされるのも、その後に追撃が来るのも陸斗は慣れている。
だが、アンバーのは他のプレイヤーたちとはひと味違う。
現実で武道の経験がない彼は、どう異なってくるのか分析するのが難しい。
それでもあえて表現するならば、
(何と言うか……かわしにくいタイミング、ポイントをついてくるのが絶妙なんだよな)
となる。
結局、陸斗は攻めきれず、最後は投げ技をかわしたところへ放たれた蹴りをガードできず、体力ゲージがゼロになってスキンヘッドはダウンしてしまい、リネットの勝利が宣告された。
今度は陸斗がアンバーに立たせてもらう番である。
「まいったわ。あそこまで投げ技や組み技が効かない人なんて、アメリカ全土をさがしてもめったにいないわよ」
彼女は爽快な笑みを浮かべつつ、彼のことを評価した。
「ただ食らわないだけじゃ意味がないって勉強になったよ」
彼の方も彼なりの言い回しで彼女をほめたが、これはまぎれもない本心である。
投げ技や組み技の対処に慣れている陸斗が、そのふたつを主体にして攻めくる相手にここまで苦労した例はあまりない。
「やっぱりさすがは世界ランカーなのかなあ」
陸斗がそう言うと笑い声が返ってくる。
「そりゃそうでしょ。あたしはまだランカーとは言えないけどね」
アンバーは謙遜するように言い、彼をあきれさせた。
「それってロペス記念の結果がまだランキングには反映されてないってだけだろうに」
ロペス記念の結果がランキングに反映された最新順位が発表されるのは明日の朝、それもアメリカ時間での話である。
ゆえにロペス記念には下位ポジションで参戦したアンバーは、まだ順位が高くなっていないのだ。
「そう言えばひとつ疑問なんだけど」
「何だよ、急に改まって?」
真剣な顔をして切り出したアンバーに疑問を抱きつつ、陸斗は続きをうながす。
「世界ランカーって具体的には何位くらいまでのことを言うの? おじさまに聞いても興味ないから知らないって言われて」
「モーガンはもう長いことトップツーをやっているもんな……」
アンバーは困惑しているようだったが、彼には何となく理解できた。
(あれだけ強かったら細かい点に興味がなくても仕方ない)
憧憬と羨望を込めて思う。
いつかは自分もああなりたいという野望も抱きながらだ。
「知っているかぎりだとそこまで厳密な規定があるわけじゃないようだけど、九位までがトップランカーとかひと桁台といった最上位の区切りをされるのが通例みたいだね」
「ふんふん」
素直にうなずく少女に気をよくして、陸斗は舌を回転させる。
「それから十位から二十位くらいまでが上位ランカー、二十位から四十位くらいまでが下位ランカーって言われたりする場合が多いようだ」
「どうして四十位までなのかしら? タイトル戦は六十人くらいまで出場できる大会が多いわよね?」
アンバーは不思議そうに小首をかしげた。
童女のような愛らしい仕草を彼は微笑ましく感じる。
「何でも四十位くらいは入れ替わりが激しいし、ギリギリで出場権を得るケースが珍しくないからだそうだよ。厳密に決まっているわけじゃなくて、何となくそんな感じになったらしい」
「けっこうあいまいなのね……」
彼女の表情は複雑そうだった。
白黒はっきしているのを好む性格だからだろうか、と陸斗は思う。
「アンバーはロペス記念で四位だったから、一気に順位が上がるだろうな。二十位台くらいにはなるんじゃないか?」
彼は予想を口にする。
ただ順位がよかっただけではなく、バシュロのような強豪選手がグループステージで敗退した点も大きい。
グループステージ敗退者にもポイントは与えられるのだが、四位に入った選手と比べれば雀の涙も同然だ。
「トオルも順位はキープできるんでしょ?」
「たぶんね」
アンバーの言葉にはあいまいな反応を示す。
タイトル戦で八位のポイントは一般戦で優勝するよりも上である。
これは試合に出場する難易度と出場選手のレベルの差が考慮された結果で、彼のように出場できる試合が多くない選手でも順位を大きく落とさないことも可能な要因だ。
ただ、グレート十二の結果も絡んでくるとなると決して安泰ではない。
「でもまあロペス記念で八位以内なら、グランドチャンピオンシップ以外の出場資格は満たしたことになるからね。焦る必要もないかなって思っている」
「それはうれしいわよね」
もちろんアンバーも同様だ。
彼女もまた恩恵を感じていたらしく、頬をゆるめながら同意する。
タイトル戦で上位に入る利点は彼らが話すようにもらえる賞金とポイントが多い以外にもうひとつ、他のタイトル戦への優先出場権があった。
少しでもポイントを稼ぐために世界各地で開かれている一般戦に出場し続けなくてよいので、肉体的にも精神的にも経済的にも負担が軽くなる。
唯一の例外は出場資格が年間獲得賞金額だけで決まるグランドチャンピオンシップだ。
「とは言え俺だって賞金は欲しいから、日本選手権は優勝しに行くけどね」
「あら」
陸斗の唐突としか思えない発言はライバルへの決意表明であり、同時に挑発を兼ねた宣戦布告でもある。
それが分からないほどアンバーは鈍感ではなかったようで、好ましそうに笑う。
しかしそれはすぐにケガをして動けなくなった獲物を見つけた猛獣のような表情へと切り替わった。
「その挑戦、受け取っておくわ。おじさまにも伝えておきましょうか?」
と言った時にはいたずらっぽいものになっている。
「あ、それはちょっと……」
モーガン相手に挑戦状を叩きつけていいのかと言われると、陸斗は逃げ腰になってしまった。
「あら、情けないわね」
アンバーはそれを見てどこかがっかりしたように言う。
ノリや勢いで喧嘩を売るにはモーガンは強大すぎると陸斗は思うのだが、彼女はやって欲しかったようだ。
「いつか叩きつけたい相手だけどね」
「いつか? いつかっていつなの?」
彼女の問いは何気なく、深い意味はなかったのだろう。
だが、問いかけられた方の胸には鋭く突き刺さる。
「そうだよな……いつかいつかって言っているから俺はダメなのかもしれないな」
これまでの自分自身を振り返ってみた陸斗は自嘲した。
「うん? そこまでは言っていないわよ?」
アンバーは単純な疑問を口にしただけだったため、不思議そうに瞬きをしながら小首をかしげる。
「タイトル戦八位がダメなはずはないじゃない?」
「う、うん」
誰かにも同じようなことを言われたな、と彼は思う。
たしかにその通りなのだろうが、満足してはいけないのではないかという気もするのだ。
アンバーだって「ダメなはずがない」とは言っても、モーガン相手にひるんでしまった点は物足りなさそうではなかったか。
(何だろう? 何かが違うっていうか……)
何かが引っかかっていると分かっているのだが、何に引っかかっているのかが理解できない。
もどかしく感じるがどうにもなりそうもなかった。
「さあ、おしゃべりはここまでにしましょう?」
アンバーの発言に賛成し、二人はバトルに戻る。
その後の成績はアンバーの二勝、陸斗の一勝、総合成績で陸斗は二勝三敗で負け越しとなった。
「ふう……疲れたけど楽しかったわ」
彼女は充実感あふれる中に若干の疲労も入り交ざった顔で言う。
別に勝ち誇っている様子はなく、楽しい勝負だったことを喜んでいるようだった。
「俺もだよ。まさかこんなにもつれ込むとは思わなかったよ」
彼も満足げな笑顔で応える。
この発言は嘘ではないが百パーセント事実でもない。
第一戦めが終わった時点で彼は覚悟していたからだ。
負け越してしまったのは残念だったが、今後確実に世界上位に食い込んでくると思われる年の近いプレイヤーと濃密なバトルができたのは実に素晴らしいことである。




