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4話「初のID交換」

 笑いが止まった後、彼らは竜の巣から六階へと進む。

 階層の様子は五階の時とほぼ同じだが、出現する敵が変わる。

 ボルケーノベアーのようなボスはいないかわりにモブの出現数も増えるのだ。

 まず彼らに襲いかかったのは赤いコウモリ「クレムゾンバット」である。

 これは大きな音に弱い為、声系スキルか「音響玉」というアイテムで対応するケースが多い。

 グリージョたちがとったのは前者で、アルジェントのスキル「おたけび」を浴びたコウモリの群れは一気に地面に落ちる。

 スキル一回で全てのコウモリを落としてしまったあたりが実力者たるゆえんだ。

 それらを迅速にしとめた後に赤い火の玉モンスター「レッドウィスプ」が十数体やってくる。

 このレッドウィスプは物理攻撃と炎熱ダメージには強いが、魔法攻撃と冷気ダメージには弱いという弱点があった。

 そこでグリージョがスキル「貫通」を発動させ、氷竜の剣による防御無視の冷気攻撃を与えていく。

 このようにして二人はお互いをフォローし合いながら戦っていくのが常だった。

 一人で多数のモブをスムーズに処理し、ソロボスを難なく倒せるだけの実力がある者同士のペアだからこそ成立しているスタイルなのだが。

 階層の真ん中を右に曲がり、ゆるく左にカーブしたその先にここのマルチボス灼熱獅子のすみかがある。

 炎竜の巣が大きな円形の広間だとすれば、灼熱獅子のすみかはおうぎ形だった。

 天井の高さなどはほぼ同じである。

 その真ん中後方にたたずむ燃えるような赤いたてがみをと赤褐色の体毛を持ち、黄金色の瞳で彼らをにらみつけているのが灼熱獅子だった。

 獅子の咆哮とともに戦闘時間のカウントがはじまり、アルジェントは戦闘録画機能をオンにする。

 獅子がまっすぐに突進してきた為、グリージョがそれに対応した。

 かみついてくるタイミングにあわせて剣を差し出す。

 これによって牙を封じるだけではなく、頭部に冷気ダメージを与えることもできるのだ。

 炎竜はこの止め方をすると高確率でブレスを撃ってくるから使わなかったのだが、灼熱獅子は違う。

 目と鼻の先の位置に獲物がいれば必ず肉弾戦でくる。

 素早い獅子の攻撃全てに対応する腕があるならば、至近距離を保った方が戦いやすいのだ。

 グリージョが獅子の注意をひきつけている間にダメージを与えるのがアルジェントの役目である。

 後方に回り込み後ろ足を狙ってラッシュ攻撃を繰り出す。

 そうなると獅子の注意がアルジェントに移るのだが、彼がそれを許さない。

 獅子が剣を放した隙にその口内に剣を突き立てる。

 獅子の弱点が口内であり、冷気系の攻撃を上手く命中させると特大ダメージを与えてさらにダウンも取れるのだ。

 氷竜の剣を口の奥深くに突き立てられた獅子はたまらずダウンしてしまう。

 二人の慈悲なき狩人たちはそこにトドメのラッシュを叩き込み、獅子を撃破した。


「討伐時間は三分四十三秒……やったっ」


 アルジェントは真っ先にタイムを確認して、静かに喜びをあらわにする。

 グリージョは相棒の声を聞いてほっとしつつ、声をかけた。


「さすがに二分台は無理だったか。次はグラナータを入れようぜ。あいつがいればいけるだろう」


 彼としてはタイムアタックの最高記録を叩きだす為の提案だったが、アルジェントは首を横に振る。


「三人で二分台だと希少価値はあんまりないよ。たしかすでに動画がアップされてあったし」


「え、そうなのか? 最近は動画をチェックしてなかったからなー」


 グリージョは目を丸くしたものの、そこまで驚いたというわけでもない。

 彼らはこのゲーム内で無双の強さを誇っているわけではなく、似たような実力者は何人かいるからだ。

 

「直接対決だとボクらコンビより強い連中はいないかもだけど、エネミー相手に似たようなことをできる奴らなら何人かいるよ」


 アルジェントは微苦笑する。

 その中にゆるぎない自信がかいま見えたが、グリージョはたしなめなかった。

 

「まあ日本人は効率の追及やテクニックの極め方が恐ろしいほど上手いって言うしな」


「うん? そりゃそうなのかもしれないけど、外国人たちに混ざってプレイしたことがあるみたいだね?」


 何気なくつぶやいた一言が、アルジェントの心に疑問を浮かび上がらせてしまったようである。

 小首をかしげ上目遣いにルビーの瞳を向けてきた。


「おっと。失言だった。忘れてくれ」


 己の失態を悟ったグリージョはあわてて頼み込む。


「うん、ボクは何も聴かなかったよ」


 アルジェントはにこりと微笑んで応える。

 ネットゲームで相手のプライベートに関する事情を詮索するのはマナー違反だ。

 それでもそのことを弁えていないプレイヤーというのは少なからずいる。

 目の前のパートナーがそうではなかったことに彼はホッとした。


「ドロップをチェックするね」


 アルジェントの言葉はややわざとらしかったものの、グリージョはその気遣いに感謝する。


「あーあ、何も出なかったよ。今回は外れかあ」


 がっかりしたかのような少女の声が彼の耳朶を打つ。

 結果は彼も同じようなものだった。


「俺もダメだったよ。灼熱獅子のドロップは相変わらずしぶいな」


 素材はけっこう優秀なのだが、ドロップする確率が低いせいで灼熱獅子は素材目当てのプレイヤーからはあまり人気がない。

 アルジェントのようなタイムアタック組には割と人気なのだが。

 

「どうしよっか? わいてくるまで待つ?」


 アルジェントが問いかけてくる。

 「わく」とはボスモンスターが一定時間経過した後、復活する現象のことだ。


「別にいいや。なかったらなかったらで大して困らないし」


 グリージョは首を横にふる。

 目的だった階層の近くであり、アルジェントのタイムアタック動画を撮るという理由もなければ、特に来ようと思わなかっただろう。


「んー、じゃあ下に行く? 下なら緋光石がとれるでしょ?」


「そうだな」


 緋光石はレア度はそうでもないがとにかく需要が多いタイプの素材である。

 余裕があるならばグリージョとしてもとっておきたかった。

 彼らは一度獅子のすみかの外に出て、まっすぐ進み下に降りる階段を目指す。

 遭遇したモブを蹴散らし、緋光石をとれるだけとったコンビは街に帰還した。


「次はどこのダンジョンに行くー?」


 ルビー色の瞳を期待で輝かせているアルジェントの様子を微笑ましく思ったが、グリージョは異なる提案をする。


「ちょっとどこがの店で駄弁らないか?」


「え? 別にいいけど……」


 意表を突かれたのか猫耳の女性アバターのプレイヤーは目を丸くしたものの、反対はしなかった。

 彼らが選んだのはNPCが経営している飲食店である。

 ゲーム内で飲み食いしても腹はふくれないし栄養を摂取できないが、美味しいものを味わうことはできた。

 現実では食べられないようなものを食べられるというのもポイントのひとつである。

 そういう点ではプレイヤーがやっている店の方がいいのだが、NPCの店の方が気がねしなくてよい場合もあった。

 特に彼らはこのゲームでは有名人なのだからなおさらである。


「いらっしゃいませー。およ、アルジェントさんとグリージョさんだ」


 こじんまりとした店に入った彼らを出迎えたのは、女性アバターのプレイヤー店員だった。

 栗色の髪をポニーテールし、水色の制服と桃色のスカートをはいたヒューマンである。

 たとえNPCの店であっても従業員がプレイヤーである場合は珍しくない為、彼らは動揺しなかった。


「二人で。アイスコーヒーとミルクティーを」


 グリージョは席に案内される前に飲みものをよどみなく注文する。

 彼はこのゲームではコーヒーを愛飲しているし、アルジェントはミルクティーか水しか飲まない。


「かしこまりましたー。では席までご案内いたしますね」


 店員は愛想のよい笑顔で彼らを窓から離れた席に案内してくれた。


「こちらでもよろしいでしょうか?」


 有名プレイヤーが窓際に座っていると、時としてトラブルが発生する。

 それをプレイヤー店員は承知しているからこそ、この席をすすめたのだろうとグリージョは推測した。

 彼らにしてみてもうれしい配慮だった為、ありがたく席に座る。

 

「落ち着いた感じの店だね」


 店内をきょろきょろ見回したアルジェントが感想を述べた。


「まあこの店を選んだ理由のひとつだな」


 グリージョはにこりと応じる。

 NPCの店は落ちついた印象を与える内装の店が多い。

 この店もその例に漏れなかった。


「近況報告をすると、五月に入ったらたぶんログインできなくなる」


 彼は微笑を引っ込めるとさっそく本題に入る。

 五月に入ればタイトル戦であるロペス記念に出場しなければならないし、準備も必要だ。

 とてもではないが趣味のゲームをプレイしている余裕はなくなってしまう。

 よくパーティーを組んでいるアルジェントには、今のうちに断りを入れておこうと思ったのだ。


「そっかー」


 アルジェントの顔から明るいものが消える。

 声も心なしか平たんになっていた。


「すまないけど、早めに言っておいた方がいいかと思ってね」


「うん、ありがとう。ちゃんと言ってくれてうれしいよ」


 グリージョの言葉を聞いた猫耳少女の顔に笑顔が戻る。

 どこかぎこちなく、元気を絞り出そうとしているかのようだったが、彼は気づかなかった。

 ただ、目の前の仲間が落ち込んでいることは察せられる。

 そこで次の一言が口から飛び出した。


「何なら連絡先を交換しておくか? 筐体のIDだけどさ」


 フルダイブ型VR機には個人識別ID番号が存在し、それらを交換することでメッセージの送受信ができるようになる。

 これまでは必要を感じていなかった為、アルジェントとは交換していなかったのだが、これを機にやっておくのも悪くないかもしれない。


「えっ? いいの?」


 アルジェントの顔が輝く。

 闇空に突如として太陽がのぼったかのような劇的な変化だった。


「ああ、かまわないよ。返事できない日があるだろうけど、その辺はあらかじめ承知しておいてほしい」


「うん、グリージョは忙しそうだもんね。そんな困らせたりはしないよ」


 後半の聞き分けいい子であろうとする幼児みたいな言葉は、小さく消えてグリージョには届かない。

 彼が聞いたのはあるお願いだった。


「もし入金先も教えてくれたら、これまで動画撮影に手伝ってもらえた分を振り込めるよ?」


「……そうだな。今度連絡するよ」


 少し迷ったあげく、彼は承知する。 

 金銭関係をきちんとしておくのもプロ選手のたしなみだし、アルジェントとの良好な関係を維持できると判断したのだ。


「お待たせしましたっ」


 そこへ店員が大きなグラスに入ったコーヒーと、白い大きめのカップに入った紅茶を運んでくる。

 それを置いた彼女は笑顔で彼らに話しかけた。


「お二人は恋人同士なのですか?」


 この問いに二人は同時にせきこむ。


「どうしてそうなるのです?」


 先に立ちなおったグリージョが問い返すと店員は笑顔で返事する。


「何となくそんな空気だったので」


「違いますよ。そもそもお互いのプライベート情報、ほぼ知らないですから」

 

 彼の言葉に嘘はない。

 フルダイブ型VRゲームはアバターも声も自由に調節できるものが多く、このゲームも例外ではなかった。

 美しい猫耳少女のアルジェントも、本当に女性なのかどうかさえ分からない。

 それならば気にするだけ馬鹿馬鹿しいではないか。

 グリージョこと陸斗はそう思うのである。


「それは失礼しました。ごゆっくりどうぞ」


 店員プレイヤーは一言詫びると笑顔で去っていく。

 アルジェントはまだ固まったままで、結局この日のプレイ時間中に平常時に戻らなかった。


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