46話「デーモンアーツギガ」
二人は一進一退の攻防を繰り広げて、最終ステージを終えた時は五勝五敗だった。
ただし、総合スコアではアンバーが陸斗に三千ポイントの差をつけている。
「ここまではアンバーの勝ちかな」
そのため陸斗はそう言ったのだが、アメリカ人少女の同意は得られなかった。
「ステージごとで見たら完全に互角じゃない。とてもじゃないけど勝った気がしないわ」
彼女はどこかつまらなそうな表情で言う。
もう少しいい結果を出せるつもりでいたのかもしれない。
(高慢じゃないけど、自信家ではあるって感じだしな)
というのが陸斗のアンバーという少女に対する評価だ。
「じゃあエクストラステージで決着をつける?」
陸斗としては妥当な意見のつもりだったが、アンバーはうなずかない。
「他のゲームにしましょうよ。何も今すぐ焦って決着をつける必要はないと思うの。どうせツアーで会うでしょう?」
「決着はそれまでおあずけか……それもいいね」
彼女の意見に彼は乗る。
彼らが会うツアー戦ではトップクラスのプレイヤーたちがいるだろうし、そもそも一対一で戦う形式はないだろう。
(でも、ツアーで決着をつけるという方がロマンがあるもんな)
と思ったのだ。
もしもモーガンが彼らの発言を聞いていれば「若さが言わせた」とでも言ったのだろうが。
野心を表に出す若者たちは次の対戦について相談する。
「トオルは何がしたいの? 次はあなたが決めてちょうだい」
「そうだな」
アンバーの発言に陸斗は頭をひねった。
(どうせならツアー戦のテーマに採用されそうなものがいいよな。それでアンバーも知っているやつ)
日本でもアメリカでも人気があるメジャーなゲームはいくつもあるが、ツアー戦でも採用されそうなものとなると一気に数は減る。
「選ばれるかもしれない」タイトルよりも「過去作が選ばれたことがある」ものの方がよいと彼は考えた。
「デーモンアーツはどうだい? たしか二、三年前にタイトル戦で採用されていたはずだけど」
「ああ、サクラノカップだっけ? ギガならプレイしているわよ。ギガにする?」
アンバーは知っていたらしく乗り気を見せる。
デーモンアーツギガは今年から正式サービスがはじまった最新版だ。
その点はきちんと抑えているのだろう。
「うん、ギガろう」
陸斗はおどけるように言った。
「ギガる」とは知り合いとの間で使う隠語のようなもので、「デーモンアーツギガをプレイする」という意味である。
「ギガる? ……こっちだとギガイングとか言うわね」
一瞬訝しそうな反応を見せたアンバーだったが、すぐに気づいたらしくアメリカでも似たような表現があると教えてくれた。
もっとも「ギガイング」というのは翻訳機能が頑張った結果である可能性が高いが。
「アメリカでも同じような言い回しがあるんだね」
陸斗が親近感を込めて言うと、軽やかな笑い声が起こる。
「そうね。ゲーマーの思考回路は万国で似ているのかもしれないわね」
遠く離れた別の国の人々でも、好きなものが同じであれば考えることは同じだとすると、実に不思議でロマンがあふれることではないだろうか。
陸斗にはそう思えてならない。
デーモンアーツギガとは対戦型格闘ゲームで、プレイヤーたちがデーモンの力を宿したという格闘家たちを操作して戦う。
格闘家たちは基本技とデーモンの力を使った特殊技を持つ。
陸斗はフドウという白い道着とスキンヘッドが印象的な格闘家を選ぶ。
特殊技の威力は控えめだが、その分発動までに必要な時間「チャージタイム」が短い。
さらに流れるような連続技が魅力的なキャラだった。
「あら、フドウにしたのね」
彼にそう話しかけたアンバーは、リネットという金髪で赤い煌びやかな衣装を着た少女キャラクターを選択したようである。
リネットは基礎攻撃力と耐久力が控えめな反面、強力な投げ技と特殊技を持つ癖が強いタイプだ。
投げ技から特殊技の連続攻撃が見事に決まればほとんどのキャラクターが戦闘不能にされてしまう。
(アンバーが使いこなせないとは思えないな……)
本当の意味で使いこなせる猛者は滅多にいないものの、アンバーという少女のパフォーマンスを見てきたかぎり無用の心配だろう。
むしろ自分があっさり倒されてしまわないかどうかの心配をするべきなのかもしれない。
「そっちはリネットか。特殊技には気をつけないとな」
「ふふふ。あたしの方こそ、フドウのラッシュ攻撃には気をつけなきゃね」
二人はアバターで笑い合う。
どちらも相手の実力を認めているからこそ、自然に発生したのだ。
「対戦フィールドはどうする?」
「どこでもいいよ」
アンバーの問いに陸斗は即答する。
フドウを選んだ理由のひとつが、どこのフィールドでも対応できるからだ。
彼女もすぐにそれに思い当たる。
「愚問だったわね。トオルなら当然それくらいはできる、か」
己の愚問を恥じるように彼女はぺろりと舌を出す。
その仕草はとても子どもっぽい愛嬌があり、華やかな普段の印象とはギャップがあった。
陸斗としては異性としての魅力よりも、「トオルならできる」という評価の方がうれしい。
「じゃあ闘技場にする?」
「うん」
アンバーの問いに彼は若干驚きながらうなずく。
リネットの性能が活きるのは立体的な動きがしやすい「廃ビル」や「工場」のはずだった。
「それでいいのかい?」
彼の問いの意味をすぐに理解したらしい彼女は、艶やかに笑う。
「ええ。真のリネットマスターはフィールドを選ばないものよ」
たっぷりと込められた自信に彼の期待はおのずと高まる。
彼女が胸を張った際、しかるべき部分が揺れたのだが目には入らなかった。
二人の合意を得たことでフィールドへと転移する。
闘技場は五十平方メートルほどの広さで長方形状になっていて、名前から連想するほどの広さはないかもしれない。
戦闘フィールドには赤みがかった茶色の土が一面に敷かれている。
観客席はねずみ色の石で造られていて、戦闘フィールドとの間には五メートルほどの石の壁が用意されていた。
仮想空間だからどれほどの攻撃を加えても破壊されないのだが、観客席に移動することは可能である。
対戦相手がそれを許してくれるかどうかは別だが。
観客席は階段状になっているため、それを利用すれば立体的な戦闘はできるだろう。
(それが狙いか?)
という考えが一瞬陸斗の頭をよぎる。
だが、アンバーから伝わってきた自信がそれを否定させた。
「何本勝負にする?」
彼女からの問いに彼は少し迷う。
セオリーならば三本か五本だが、それでいいのだろうか。
せっかくアンバーとの対戦なのだし、多少は欲張ってもいいかもしれないと考えた彼は口を開く。
「五回。どういう結果になろうと五回勝負しよう」
「いいわよ。もっともあなたとあたしだし、そんな一方的な展開にはなりにくいと思うけれど」
アンバーは明朗さと獰猛さが絶妙に混ざった笑顔で応じる。
勝ち越すつもり満々だということがひしひしと伝わってくるが、陸斗は嫌いではない。
「存分にやりあいましょう?」
少女はそう言ってぺろりと唇を舐めて、ラウンドを五に設定する。
両者はフィールドの中央に移動して向き合うと、戦闘開始してもよいか問いかける文字が目の前に表記され、女性の音声が流れた。
「ファイト!」
戦いがはじまると陸斗はデーモンアーツを使い、気弾を放つ。
青い球体が一直線に飛んでいき、リネットは跳躍してそれをかわす。
だが、彼はそれを読んでいた。
リネットでは跳躍してかわすしかないギリギリの軌道に調整したからである。
立体戦闘がいかに得意なキャラクターであっても、何にもない空中ではできることがかぎられているし、飛んだ直後は対応が遅れてしまう。
そこを狙って体力ゲージを削っていくという作戦であった。
まずは再び気弾を放って命中させ、それから打撃戦に持ち込む。
アンバーもさすがの実力者で、陸斗の膝は膝で防ぎ、次の拳と肘は巧みに両腕でガードする。
(さすがだな)
と陸斗が思ったほんのわずかな隙にアンバーは素早く彼の手首をつかみ、首に手を回して地面に投げつけた。
そのまま頭から叩きつけられてしまえば、リネットの必勝コンボの餌食になってしまう。
だから彼は投げられた勢いを利用して前方に回転し、足から着地する。
見事に決まったおかげで体力ゲージは微動にしなかった。
空中戦でほとんどダメージを与えられなかったのは陸斗にとって誤算だったが、そこからの反撃をノーダメージでしのいだのはアンバーにとっての誤算であろう。
しかし、両者ともに焦りはない。
実力差が小さい場合はえてして長期戦になりやすいことを承知しているからだ。
(体力じゃなくて集中力の削りあいかな)
陸斗は「七回勝負はやめてよかった」とそっと思う。
こうなる展開を予想できたからだが、予想以上にハードになりそうである。
先手必勝とばかりにアンバーが攻めてきた。
先ほどの攻防で接近戦からリネットが得意とする投げ技を出すのが難しくないと判断したのだろう。
(そうこなくっちゃな!)
彼は自分から地面に転がり、少女戦士の足を払う。
これは想定してなかったのか、彼女は見事に引っかかって二人は地面を転がり回る。
上になったのは陸斗が操作するフドウであり、その両腕ではがっちりリネットの首を締めあげていた。
プレイヤーは多少圧迫感を覚えるだけで危険はないものの、十秒以上締め続ければ強制的に戦闘不能となり、彼の勝ちが決まる。
リネットは何とかして逃れようともがくが、陸斗の方も返し技対策は心得ていた。
結局反撃を許さずにAIがフドウの勝利を告げる。
勝敗が決したため彼はどいてアンバーに手を差し伸べて立ち上がらせた。
「くっ、まさか足払いからの絞め技とはね。完全に甘く見ていたわ。あたしの完敗よ。さすがトオルね」
彼女は悔しさで顔をしかめながらも、陸斗のことを称える。
その瞳は「次は勝つ」と言わんばかりに闘志が燃えているが、それもまた彼には心地よい。




