45話「アンバーと」
結局最後にはシューティングゲームでバトルになり、アルジェントがまた勝つという結果になった。
「じゃあ今日はどうもありがとう。楽しかったよ」
やがて時間が来たグラナータがあいさつをすると、他の二人も対応する。
「こっちこそ。アルジェント、またな」
「うん」
陸斗は手をふるアルジェントに手を振り返し、現実へと帰還した。
「はーっ、一体何が悪かったんだろ」
マットレスに頭をぶつけるようにあずけながら漏れた第一声は、二人から「鈍感」と言われたことに対する疑問である。
しばらく脳みそをしぼってみたものの、一向に分からなかった。
仕方なく答えを発見することをあきらめて筐体の外に出る。
就寝の準備をすませて仮眠ベッドの端に腰を下ろしてエラプルの通知をチェックすると、アンバーからのメッセージが届いていた。
「いつごろならゲームできそう?」
あいさつや前置きなど一切ない、簡素な中身に彼は共感を覚える。
「朝起きてから、夜の二十三時くらいまでなら大丈夫だけどアンバーは? そもそもどこに住んでるんだっけ?」
五分ほど時間を置いて返事が来た。
「ロサンゼルスよ。日本との時差はたしか今だと十六時間だったかしら。こっちは朝の九時過ぎだけど、そっちは?」
「今は深夜一時を回ったところだから十六時間差だね」
陸斗が送ると、今度の返信はすぐに来る。
「そうなるとロスの夜の九時は日本だと昼の一時よね? それくらいの時間でどうかしら?」
「じゃあその時間帯に待ち合わせにしよう」
はるか遠い異国にいる人と待ち合わせ時間を決めるというのは思えば不思議なものだ。
「おやすみ」とメッセージを送りながら陸斗はそのようなことをふと思う。
それだけ便利な時代になっているということなのだろうが、昔の人も同じように感じたりしたのだろうか。
どうしてこのようなことが思い浮かんだのか、本人にも不思議である。
その疑問を頭の片隅に残したまま夢の世界の入り口を開いた。
朝起きて薫と朝食をとり、のんびりとゲームをする。
それがタイトル戦が終わった後の陸斗の過ごし方のひとつだ。
昨日のうちに授業でやったところのチェックを終わらせたおかげで、気分的にゆとりがある。
十二時半に昼食をすませて洗い物を手伝い、それから筐体のところへと戻った。
約束の時間にはまだ余裕があったものの、アンバーからは予定どおりいけそうか確認のメッセージが来ている。
「大丈夫。と言うかもういつでもログインできるよ」
彼が連絡を入れれば三分後に彼女からフレンドコードが書かれた返事が送られてきた。
「これが私のデータよ。登録してくれる?」
文面を見て登録を済ませて、フレンド登録申請と共にメッセージでもそれを伝達する。
すぐに申請が受諾されて彼のフレンドユーザー欄に「アレックス」の名前が増え、同時に通話も来た。
「ハーイ、トオル?」
彼がVR機の翻訳機能をオンにして通話に応じれば、聞き覚えのある明るい少女の声が響く。
「やあ、アンバー。はっきりと聞こえているよ」
「よかったわ」
軽やかな笑い声が耳朶を打つ。
グラナータが春のスミレ、アルジェントが子犬だとすれば、アンバーは夏の太陽だと思う。
花、動物、天体とバラバラなのはそれが彼の想像力の限界だからだ。
「どれにする? トオルは何が得意なの?」
「うーん……音ゲー以外なら大体はいけるかな」
アルジェントたちとも同じような会話をしたことを思い出す。
やはりまだよく知らない相手と一緒にプレイするタイトルを選ぶ時は、避けては通れない道なのだろう。
「ふうん? あたしもよ。おじさまにもひと通りはできた方がいいって言われているから。仲間ね」
おじさまとはモーガンのことだろう。
(モーガンの指導を受けているって英才教育だよな)
うらやましくないと言えば嘘になる。
「ナカマ、ナカマ」
「なぜそこで片言なのよ?」
それを表には出さずに返事をすると、あきれられてしまった。
「最初はアンバーからどうぞ」
「そう? じゃあゾンビ城からやりましょうよ。セブンをね」
先手を譲られた彼女はすぐに決める。
「えっ」
思わず陸斗の口からは声が漏れた。
ゾンビ城は国際的な有名なタイトルのひとつだから、アンバーがプレイしていても何も不思議ではない。
それでもつい最近アルジェントとグラナータとやりこんだばかりだったため、偶然という言葉が頭をよぎる。
「あら? 知らないの? それとも苦手だった?」
「いや、この間知り合いとがっつりやったばかりだったんでびっくりしただけ」
「そうだったの」
彼の言葉を聞いても彼女はやめようとは言わなかった。
「それじゃあたしがホストになるわよ?」
「うん」
彼らは通話を切り、通信対戦の準備をおこなう。
アンバーからの招待に応じてログインすると、見覚えのない場所に出る。
彼が知るゾンビ城セブンのログイン地点はせまい小屋の中なのだが、アメリカサーバーではどこかのホテルのロビーのようだった。
人気がないのは同じでも明るく広々とした空間ではかなり印象が違う。
彼の姿に気づいた一人の少女が立ち上がって、近づいてくる。
「アメリカじゃこうなっているのか」
十代の小柄な黒髪少年のアバターの陸斗が物珍しそうにきょろきょろと周囲を見回しながらつぶやくと、同世代の金髪をポニーテールにした白人少女のアバターを選んだアンバーが怪訝そうに青い瞳を送ってきた。
「日本だと違うのね?」
「ああ、日本だとせまい小屋なんだ。広さはここの半分以下じゃないかな」
感慨深げな彼の言葉を聞いたアンバーは小首をかしげる。
「日本は土地面積が小さいって聞いているけど、何もゲームまで忠実にしなくてもいいんじゃない?」
言葉に陽性があふれていて切れ味もよかったおかげで、彼の笑いのツボが刺激される。
「俺に言われても……まあログイン拠点を豪華にする意味はあるのかって話になれば、別にいいかって気もするし。別のゲームだとけっこう広い空間を持てたりするからね」
何とか耐えて返事をした。
「そうなんだ? 今度招待してよ。日本のサーバーじゃどうなっているのか、興味があるわ」
「いいけど、まずこれをやろうぜ」
アンバーの発言に驚きながらも、彼はホルスターに収納された黒い銃を軽く叩く。
「オッケー。負けないわよ」
彼女は快活に笑うと倒すべき敵を発見した猛獣のような視線を向ける。
「あたしが選ぶなら、エクストラありの通しかしらね。ジャルモッカ城で」
という発言を聞いた陸斗は思わずぷっと吹き出す。
「な、なによ、失礼ね」
アンバーは彼に対してとまどいながらも、両手を腰に当てて上目遣いでにらんで抗議する。
とても可愛らしい仕草に陸斗はほっこりした気分になりつつ謝った。
「ごめんごめん、この間知り合いってやったっていうのがまさにそのコースだったからさ。しかも提案したのは俺でね」
「何だ、そうだったの」
彼が笑い出した理由をアンバーは理解したらしく、顔が納得したものに変わる。
「上級者と対戦する時は、同じようなコースを選ぶのはどこでも同じなのかもしれないな」
「本当にね」
二人は目を合わせて微笑みを交わす。
友達と遊んでいる時の無邪気な表情のようでいて、静かに火花を散らせてながらスタートラインの城館の門のところまで歩いていく。
「開けるわよ?」
アンバーの華奢な腕が黒い門扉を開ければゲーム開始だ。
二人は示し合わせたようにダッシュして左右に散る。
アンバーが右、陸斗が左なのだが、彼はすぐに己のうかつさを思い知った。
アルジェント、グラナータよりもはるかにハイペースでアンバーはスコアを積み上げたのである。
(いきなり全開か……そりゃそうか!)
相手は世界上位ランカーだと知っているのだし、二人きりなのだ。
遠慮は無用ということだろう。
(ツアーの試合以外で本気を出すのは初めてかもな)
だが、陸斗の心は高揚感で占められている。
アンバーはロペス記念で世界に衝撃的デビューを果たした実力者だ。
彼女と全力勝負すれば、今の彼の実力がどれくらいなのか測ることができる。
自分の心にムチを入れてギアを切り替えた。
アルジェントたちと遊ぶ時用のパフォーマンスではなく、ツアー戦で勝利を狙うものへと。
それでも最初のダッシュでつけられてしまった差は縮まらなかった。
(でもそれがいい!)
全力をぶつかって簡単に勝てる相手とのゲームはイマイチ燃えない。
勝てるのかどうか分からない強敵だからこそ燃える。
ボスゾンビの出現条件を満たしてボスが城館の玄関前に姿を見せたのは、開始してから二分と三十秒ほど経ってからだ。
アルジェントやグラナータがもし観戦していれば、目をむいて絶句したに違いない。
それほどまでに驚異的なペースだった。
ボスが出現した時、陸斗は素早く駆けつけて遠距離から攻撃を当てたのだが、それはアンバーも同じである。
ヒット数も稼いだスコアも拮抗していたため、序盤の差でアンバーが勝利した。
「アンバー、やっぱり強いなあ」
全力を出してなお敗れた陸斗はすがすがしい表情で彼女を称える。
「トオルも。最初はあれって思ったけど、寝ぼけていただけだったわね。目が覚めてからのパフォーマンスはすごかったわ。一瞬たりとも気を抜けないなんて、おじさまとプレイしている時みたい」
彼女の方もさわやかな笑顔で応じた。
モーガンを引き合いに出してきたのはそれだけ楽しめたということなのだろうが、彼としては恐縮してしまう。
「いや、さすがにあのモーガンと比べられるのは恐れ多いというか、ちょっとな」
そのような彼の態度を見たアンバーは複雑そうな表情になる。
「どうしてそこで情けない態度をとるの。せっかくかっこいいプレイを見せてくれたのに。おじさまくらい、いつか超えてやるって意気込みを見せて欲しいものだわ」
どうやら失望させてしまったようだと陸斗は直感した。
今から何を言ってもとりつくろったようにしか聞こえないだろう。
しかし、彼女をがっかりさせたままではいたくないと思った。
(何かいい切り返しはないかな)
十秒ほど考えた後、ようやく思いついた言葉を口にする。
「日本の男は黙って闘志を燃やすんだよ。いつか勝つって。言葉にしないせいで何を考えているのか分からないって言われるけどね」
陸斗が外国に行って彼なりに感じたのは、海外の人の方が感情表現は豊かだということだ。
日本人は感情が乏しくミステリアスだと好意的な意見を聞いたこともあるし、ロボットみたいで不気味だという声を耳にしたこともある。
だから日本人に言えば引かれてしまったり批判されたりするような発言も、アンバーに対しては有効だった。
「あら、そうこなくちゃ。あたしは野心的な男は好きよ。実力が伴っているのが前提だけどね」
彼女の機嫌は見事になおったのである。




