44話「おしゃべり」
ビルに設置してある筐体に入り、VR機を装着した陸斗は準備ができたとグラナータたちに連絡を入れる。
するとVR機の方から「RiRiRi」という通話の呼び出し音が鳴った。
「もしもし、グリージョ?」
聞こえてきたのは抑揚のない機械音声だったが、話し方でこれはアルジェントだとすぐに分かる。
「おう、今準備したよ。さっきログアウトしたのか?」
「うん。そろそろグリージョが来るかなと思って、早めにログアウトしたんだよ」
どこかうれしそうな声を聞かされると彼もうれしくなるが、グラナータはどうしたというのか。
彼の疑問は入ってきた本人の音声によって氷解する。
「こんばんは、グリージョ。ちょうど終わったから早めに終わったんだけど、アルジェントに勝ち逃げされちゃったわ」
まずあいさつから入るのがアルジェントとは違うところだ。
口に出して指摘したことはないが、実に分かりやすい。
「アルジェントが勝ったのか?」
「うん、グラナータも強かったよ」
倒した相手を賞賛するアルジェントの声には、明らかに勝者の余裕がある。
「アルジェントもね」
負けたグラナータは大人な対応を見せた。
子どもっぽいところがあるアルジェントと長くつき合っているだけのことはある。
陸斗自身はアルジェントと勝ったり負けたりを繰り返しているせいなのか気にしたことはないのだが、アルジェントのこういう言動を嫌うプレイヤーも少なくなかった。
「意外と仲いいよな、お前たち」
陸斗は率直な感想を述べる。
温厚なグラナータのおかげのような気がしているが、あえてそれは言わない。
「グラナータは強いから好き。あ、グリージョはもっと好き」
そこでどうして慌ててつけ足してくるのか、彼には理解できないことだ。
「おう、ありがとう」
仕方なく礼を言ってから、問いを振る。
「それで今日は何をしようか?」
「えっと昨日の続きはダメなんだよね……?」
アルジェントがおそるおそるたずねてきた。
「十番勝負三連戦はいいけど、別のタイトルにしたいかなぁ」
陸斗は率直な本音をこぼす。
同じプレイヤーと同じタイトルばかり延々とプレイし続けるのは、精神をすり減らす作業になってしまう。
ツアー戦の試合が近いのであればいい調整になるため喜んでやるところだが、今はクールダウンしていく段階なのだから、できるだけ避けたかった。
「う、うーん……他に何があるかな?」
彼の要望を聞いたアルジェントはウンウンうなりはじめる。
ぱっと思いつくものは大体昨日やってしまったのだろう。
「あ、ちょっといい?」
そこで手を挙げたのがグラナータだった。
「どうぞ」
陸斗が短く応じる。
顔が見えるならば無言で促すこともできるが、音声のみの通話となると声を出していかなければならない。
「いっそ今日はおしゃべりの日にしない?」
「えっ?」
グラナータの提案はあまりにも意外で、陸斗とアルジェントは声が重なる。
「グリージョはどう思う?」
アルジェントの問いに彼は少しためらってから疑問を口にした。
「別にいいけど、そんなに話題があったっけ?」
彼らはみな、お互いのリアルの個人情報を知らない。
それを触れずに話せることとなるとどうしても制限が生まれるはずだ。
「何でもいいじゃない。それこそたとえば今日食べたものとかでも」
「そう? 今日の昼、学校の友達と皇帝バーガーに行って来たとかそういう話でいいのか?」
「そう、それでいいじゃない」
グラナータの声がやや明るくなる。
(言われてみれば、気安い相手と雑談する経験ってあんまりないな)
薫とは仕事以外の話もするし、ヴィーゴやミナやアンバーには話しかけられたりしているし、パーティーのあいさつ回りでは色々な話題が飛び交うが、それは果たして雑談の範疇なのだろうか。
今日の小林と水谷と過ごした時間がほとんど唯一のものだった。
「今日の昼……? カップラーメンに豆腐ハンバーグかな」
アルジェントもぽつりと答えると、グラナータが問いかける。
「アルジェントは自炊したりしないの?」
そもそも一人暮らしなのかどうかが謎だと陸斗は思ったものの、そこまでは聞けない。
「普段は自分で作ってるよ。でもたまには手抜き」
アルジェントは淡々と話す。
「料理できるのか……すごいな」
陸斗は感嘆を込めて言う。
彼はからっきしと言い切れるほど料理はダメだった。
由水はマメな方だったし、薫と契約してからは由水ができない時は彼女が作る。
例外はロペス記念の時のようにツアー戦で海外に行った場合だけだ。
「グリージョはダメなんだ? 悪いけどイメージどおりかな」
アルジェントが微笑ましそうに言えば、グラナータも申し訳なさそうな声を出す。
「ごめん、グリージョに関しては私も予想どおり」
「そんなにイメージしやすいのか、俺?」
怒るようなことではないが、ほんの少しは気になってしまう。
彼の発言に返ってきたのはどこか気まずそうな沈黙だった。
形勢の不利を感じとって空気を変えようと発言する。
「グラナータは? 何か料理できそうなイメージだけど」
「私は両親と同居していて、母に六割ほどやってもらっているのよ。だから威張れるようなことじゃないわ」
グラナータは感情を押し殺した口ぶりで謙遜した。
「親と同居していて四割やっているなら、立派じゃないのかな?」
陸斗の感覚としてはそうである。
決して世辞などではない。
「そうだと思うよ?」
「ありがと」
アルジェントも同調したせいか、グラナータは二人に礼を言う。
「そうか……二人とも料理できるのか」
陸斗は自分でも言語化できない何かを感じとり、そう口に出していた。
「何なら今度作ってあげようか?」
アルジェントがチラチラ様子をうかがっているのが想像できるような声で提案する。
「ゲームの中でか?」
ゲームによってはプレイヤーが一から調理できる、あるいは調理しなければならないものがあった。
その手のゲームにはさらに現実の料理スキルが物を言うタイプと、専用の道具とスキルを使うだけでよいタイプがある。
「うん……リアルだとちょっと」
アルジェントは明確なためらいを言葉に含ませた。
「そりゃそうだよな。知り合ってまだ一年程度だし」
陸斗は二人の性別を知らないが、二人はおそらく彼を男だと思っているのだろう。
同性同士ならばまだしも、異性と現実で会う「オフ会」をするのはためらう人間は多いのではないだろうか。
「別にオフ会はやらなくてもいいよな」
だから理解がある返答をしたつもりだった。
「そうじゃなくて、嫌われたくないから……」
しかし、それに返ってきたのは予想外の言葉である。
うかつに踏み込まない方がよさそうなのは理解したため、陸斗としては反応に困ってしまう。
「私も二人とオフ会するのは難しいかしら。せっかく仲良くしてくれているのに、申し訳ないんだけど」
そこでグラナータが会話に加わってきた。
このタイミングでの参戦は話の向きを変えようとしてのことだろうと陸斗は推測し、応じることにする。
「グラナータはまあそうだろうな」
グラナータはけっこう厳しい家に生まれたゲーム好き、というのが彼のイメージだ。
こうして一緒にゲームするのはともかく、現実で会うのは家の許可が出ないのではないだろうか。
「あ、何となく分かっちゃう?」
「いや、難しそうだなって感じただけで、理由はさっぱりだよ」
陸斗は筐体の中で肩をすくめる。
現実で他のプレイヤーと顔を合わせたくない理由など、いくらでもあるだろう。
いちいち詮索していてはキリがない。
そのようなことをして気が合って一緒にゲームをプレイするのが楽しい仲間を失う方が、はるかに痛手である。
「いつか、やってみたいなとは思っているけどね」
「そっか」
グラナータと陸斗がそう言って沈黙すると、アルジェントが若干不満そうにうなった。
「むぅ……二人がやるならボクも行く」
「いいのか? 無理しなくていいぞ」
陸斗としては気を使ったつもりである。
ところが返ってきたのは、拗ねたような反応だった。
「鈍感」
「……はい?」
どうしてそこでその一言が来るのか、彼には理解ができない。
「今のはグリージョがよくなかったと思うの」
「え? あれ?」
グラナータにまで言われてしまった彼は混乱する。
「ご、ごめんなさい」
とりあえず悪かったのならば謝っておこうと行動に移す。
「いいよ。グリージョだし」
「まあ、グリージョだもんね」
何やら意味ありげな発言が飛んでいたが、失敗したばかりの身では反質問もできない。
(くっ……)
彼は黙って己の未熟さを悔やんだ。




