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41話「皇帝バーガー」

ガラスの自動ドアを通り抜けた正面に注文を受け付けるカウンターがあり、上の方には目玉のメニューが写真つきで掲げられている。


「エンペラーバーガー四百円、エンペラーバーガーポテトセット六百円、エンペラーバーガーチキンセット六百五十円」


 真っ先に陸斗の目に飛び込んできたのは上記の三つだった。

 エンペラーバーガーとは直径十二センチあるバンズに厚切りのトマトと肉、レタスをたっぷり挟んだもので全体の分厚さがどう見ても四センチはある。


(文字通り、エンペラー級の分厚さと言えるかもしれないな)


 あくまでも写真通りの分厚さであればの話だが、と陸斗は思う。

 赤い帽子をかぶり、帽子と同じ色の制服を着ている若い女性が彼らに笑顔を向ける。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」


「あ、俺からいいか?」


 水谷は二人に断ってから注文した。


「エンペラーバーガーのポテトセット、ポテトのサイズはSで飲み物はコーラーで」


 そのよどみなさから注文慣れしてそうだなと陸斗は感じる。

 小林は隣に移動して四十歳くらいの中年女性に水谷と同じ注文をした。

 注文を終えた水谷が「6」というアラビア数字で書かれた黒い番号札を受け取って下がったため、彼が前に出て注文する。


「エンペラーバーガーのチキンセット、飲み物はアイスコーヒーでお願いします」


「チキンセットは五個入り、八個入り、十個入りと三種類ございますが、いかがなさいますか?」


 若い女性店員は接客スマイルを崩さず、白い細い指でカウンターに置かれているメニューの一点を示す。

 たしかにそこにはそのように書かれていた。


「……五個入りで」


 彼は少しためらったものの、一番数が少ないものを選ぶ。

 ハンバーガーのサイズが写真通りだった場合、食べきれそうな量はそれしかなかったからだ。

 もしも足りなかった時は、改めて何か注文すればよい。


「ただいまよりお作りいたしますので、しばらくお待ちくださいませ」


 店員は代金を払った彼に愛想のよい笑顔を浮かべながら、「8」と書かれた番号札を手渡す。

 それを受け取ると他の二人がいる注文待ちのスペースへ移動する。


「富田って、ハンバーガー屋に来るのは初めて?」


 小林がふとそのような質問を投げてきた。


「いや、何回か入ったことあるよ。ここのチェーンは初めてなんだけど」


「そっか。ハンバーガーくらいは食ったことあったか」


 水谷がからかうような、それでいてどこか安心しているような表情で発言する。


「さすがにそれくらいはな」


 そう思われても仕方ない自覚は陸斗も持っていた。

 だから返事と一緒に苦笑する。


「ちょっと安心したぜ。お前はどこか浮世離れしている感じがあったからな」


 水谷はずけずけと言ってくるが、不思議なほど嫌な感じはしない。

 

(どことなくヴィーゴみたいな奴だな)


 あのイタリア人も馴れ馴れしい割に不快感を抱かせない男だった。

 人が無意識のうちに展開しているシールドを巧みにすり抜けられるタイプなのだろう。

 

(美女や美少女を条件反射的にナンパするような奴と一緒にしたらちょっと気の毒か)


 言葉にできるはずがないため、心の中でだけ詫びておく。

 

「何だそれ、浮世離れって」


 陸斗が声に出して笑うと水谷は大げさに嘆いてみせた。


「ああ、こいつが女の子だったら俺、アタックするんだけどな」

 

「止めろよバカ、富田も困るだろ」


 小林が笑いながらも制止する。

 陸斗は黙って笑うばかりだった。

 このように五、六分ほど馬鹿話に興じていると男性店員が作りあがった商品を茶色のトレーに乗せて運んでくる。


「六番でお待ちのお客様、大変お待たせいたしました」


 続いて二人の男女が同じように残り二人の分を持ってきた。


「七番でお待ちのお客様」


「八番でお待ちのお客様」

 

「一気に来たな」


 陸斗が目を丸くすると小林が笑う。


「ここはこういうものなんだよ」


「だからツレがいる時はありがたいんだよな」

  

 水谷の言葉にも説得力を感じて彼は「なるほど」とうなずいた。


「じゃあ席に行こうぜ」


 その水谷の先導で三人組はあいている席をさがす。

 まだ十二時前だというのにも関わらず席の大半が埋まっていて、その多くが子供連れだった。


「さすがゴールデンウィークだな」


「早めに来てよかったな」


 彼らはそう言いながら、四人がけのテーブルがちょうどひとつあいてるのを発見する。

 そこに荷物を置いて腰を下ろすと、彼らはいっせいに赤い紙に包まれたハンバーガーに手を伸ばす。

 陸斗の視界に映ったハンバーガーは写真のとおり大きなバンズに挟まれた、厚切りの肉・トマトとレタスであった。

 高さはたっぷり五センチ以上あってもしかすると写真は小さく映っていたのかもしれないと思う。


「ここは写真だとサイズ小さめのだったりするんだぜ」


 水谷は目を丸くしている彼を見て笑った。

 何回か来たことがあるという二人は当然それを知っていたし、驚く姿が見たくてわざと黙っていたのだろう。

 

(アメリカの店でもここまでのサイズのハンバーガーはなかなか……)


 というのが陸斗の率直な感想だった。

 しかも湯気が立っていて、袋越しに熱が伝わってくる。

 

(作り立てホヤホヤを提供してもらえるのもいいよな)


 勢いよくかぶりつくとトマトと肉の汁も口内に流れ込む。

 そのおかげで肉やパンの味が分からなくなってしまう始末だった。

 とは言え、このサイズのものだと器用に少しずつ食べるというのも難しい。

 小林と水谷の二人は細かいことは気にしないと言わんばかりの食べ方だった。

 

(ハンバーガーの食べ方としてはきっとこいつらの方が正しいんだよな)


 そう思いなおした陸斗は級友たちを見習うことにする。

 食べ盛りの高校生たち三人ということもあってか、頼んだ品がなくなるまで誰も口を開かなかった。

 それが終わらせたのは真っ先に食べ終えた水谷である。


「ふー、食った、食った」


 品がないと言われても仕方ないゼスチャーをやった後、彼は他二人に目をやった。

 どちらも似たような速度で、彼から遅れて二分ほどで食べる。

 陸斗は最後の仕上げとばかりにアイスコーヒーを流し込む。


「ちゃんと食べ切ったな。富田は大丈夫なのかとちょっと心配だったんだが」


 小林が氷をかみ砕きながら言う。

 このようなボリュームの店では初めて来た人間が完食できるのかと心配されるのも無理はない。

 陸斗はそう思い口元をゆるめる。


「まあな。実はほんの少し不安だったけど、食べてみたら何とかなったよ」


「ははは。意外といけるもんだろ」


 水谷が笑いかけてきたため、あいまいな笑みを返す。

 二人の話はすぐに別のことに移り、陸斗は黙って聞いている立場になる。

 しかしそれは長続きしなかった。

 水谷が陸斗にゲームについての話を振ってきたのである。


「富田は結局アルテマはじめてないのか?」


「うん、まだ」


 返答する際に罪悪感で胸がちくりと痛んだものの、彼が普通にプレイしていいのかどうかは運営の判断に委ねるしかない。

 その回答がないことにはどうしようもなかった。


「仕方ないだろう。アルテマみたいなゲームは、まとまったプレイ時間がとれる見込みがないとどうしようもない。富田がためらうのは当然だ」


 小林が水谷をたしなめる。


「いや、別に催促したわけじゃないんだけどな」


 水谷はバツが悪そうに頬をかく。


「それに正直最近微妙な気がするしな」


 続けて放たれた言葉を陸斗は意外に思い、問いかけてみる。


「何かあったのか?」


 最近は持ちなおしてきたという評価が多かったからこそ、余計に気になったのだ。

 水谷と小林は一瞬顔を見合わせて苦い表情を作る。


「何かあったって言うか……ゴールデンウィークなのにイベントなしだったもんな」


「他のゲームはイベントで盛り上がっているらしいのにさ」


 不満が言語化されて陸斗は納得した。


「ああ、なるほど」


 彼は「イベントボスにプロゲーマーを使いたい」という運営の意図を知っている。

 そして彼や岩井という選手のスケジュールを抑えたいならば、ゴールデンウィークは避けるしかなかったということも。

 だが、それを知らないプレイヤーたちが不満を持つのは仕方ないだろう。

 大型イベントが来ると思いきや肩透かしを食らわされ、他のゲームのプレイヤーたちがイベントを楽しんでいるとなると余計に。


「それに俺たちがはまっているペット集めや拠点作りも、他にいいやつがあるらしいし」


「へえ、そうなんだ? なんてタイトル?」


 陸斗がたずねたのは話の流れとしてであり、特に意図はなかった。


「今度サービスがはじまる予定の友達といっしょってやつ」


 それだけに水谷のこの回答には息をのむ。

 

「飼育する生き物を集めるゲームって意味では、このゲームを出すメーカーの方が本流らしいね」


「そう言えばそうなんだっけ?」


 小林の発言に陸斗は首をひねる。

 とっさにゲームメーカーの名前を思い出せなかったせいだ。

 ゲーム業界では何かヒットすればそれを手本としたタイトルが作られるのは自然現象とも言える。

 その中には源流タイトルを凌駕したクオリティの作品も生まれるため、必ずしも本流の方がすごいとは言い切れない。


「それっていつからサービス開始なんだ?」


「たしか六月上旬だった気がする。富田、興味があるのか?」


 彼の質問に答えた小林がたずねてきたため、黙って首を縦に振る。

 

(ある意味ラッキーとも言えるな)

 

 彼としては少しうれしい。

 友達といっしょは元々彼の方から二人に振ってみようと思っていたゲームタイトルだからだ。


「じゃあ俺もやってみるかな」


 水谷もそのようなことを言い出す。


「もっとも六月じゃまだ先だけどな」


 彼は残念そうに言うとオレンジ色の背もたれにもたれかかる。


「はじめる気になったら誘ってもらっていいか?」


「おお。どうせなら最初から一緒にやるか」


 陸斗としてはなけなしの勇気をふり絞った発言だったが、水谷の答えは軽い。

 彼の事情や内心が分かるはずもないのだから当たり前である。


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