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39話「クラスメートからの誘い」

 十番勝負の三連戦は最終的にアルジェントの勝利に終わる。

 陸斗は途中から勝負どころではなくなったせいもあり、三位になってしまった。

 それでも悔しさはない。


(俺の選手としてのウィークポイントってこういうところなのかもな)


 自己分析をして自身の修正すべき欠点を発見したと考えたからだ。

 一朝一夕でどうにかできるとは思えないが、自覚できるようになっただけでも進歩である。


「また明日できる?」


 グラナータのログアウト時間がやってきて、アルジェントが二人にそう尋ねた。


「できるよ」


 陸斗はそう答える。

 ゴールデンウィークはまだ後二日残っているし、彼は宿題も免除されていた。


「うん、明日なら大丈夫かな?」


 グラナータもこのように言ったため、アルジェントの表情は輝く。


「じゃあ、明日も十番勝負やろ!」


 元気よく提案してきたが、陸斗には賛同しかねる。

 さすがに少しやりすぎた感が強かったからだ。

 ちらりとグラナータに目をやると、似たような表情で次のような提案をおこなう。


「一緒にプレイするのはいいんだけど、他のことやらない?」


「えっ? うん、いいけど」


 アルジェントは二人とも賛同しなかったことにとまどっていたものの、すぐに首を縦にふる。

 一緒に遊べるならばそれでいいようだ。


(実にアルジェントらしいな)


 そう思った陸斗はクスリとする。

 

「何をするかは……明日また決めましょう」


 時間に余裕がないのか、グラナータが珍しく落ちつきのない声を出す。


「そうだな。今日のところは俺もとりあえずログアウトするよ」


 陸斗も賛成したため、アルジェントは小さくうなずく。


「分かった、また明日ね!」


 手を振られた彼は振り返してログアウトした。

 現実に帰還するとVR機を外して、小さくうめきながら背伸びをする。

 それから首や肩まわりのストレッチを簡単におこなった。

 いくら体に負担のかからないマットレスと言えども、四時間以上も同じような姿勢を続けていればやはり血行改善のストレッチとは無縁ではいられない。

 やるべきことはやったと彼は筐体から出た。

 このトレーニング用のマンションには今日の時のような場合に備えた仮眠用のベッドもある。 

 陸斗と薫の二人分が、だ。

 もっとも薫はよほどのことがないかぎりまずここには泊まらない。

 現に今日も白いメモ用紙に「先に帰る、朝ご飯は用意してある」と書き置きを残して帰宅している。

 シャワーを浴び、薫が用意しておいてくれたパジャマを着て歯磨きを済ませてからふと携帯に手を伸ばし、エラプルを起動させた。

 アルジェントが何かを言ってきているかもしれないと思いついたからである。

 通知を確認してみるとアルジェントからは何もなかったが、アンバーに小林と水谷からはメッセージが届いていた。


(あれっ?)

  

 アンバーはともかく、同級生の二人からの連絡がくる可能性は完全に頭になかっため、思わず目をこすって透明な保護フィルターごしに画面を見なおす。

 当たり前だが二、三度見なおしたところで何も変わらない。

 たしかに二人からで「明日よければ遊びに行かないか」という誘いである。


(えっと、どうすればいいんだろう?)


 彼は混乱していた。

 記憶するかぎり同世代の友達からこの手の誘いは初めてである。

 アルジェントはともかくグラナータがログインしてくるのは大体夕方以降のため、それまでならば別にかまわないだろう。

 それに次のWeSAツアー戦までの時間的な余裕もある。


(い、行ってもいいのかな?)


 いいからこそ誘ってきているのだろうが、そう考えられるほど彼は冷静ではなかった。

 返事を打つ時に指が震えてしまい、自分の情けなさに舌打ちしたくなる。

 まるでロペス記念の決勝ステージに挑んだ時のような心境であった。


「行けると思うけど、行っていいの?」


 そう打つだけなのに五分もかかったような感覚である。

 もちろん彼の体感時間であって実際はそのようなことはなかったのだが。

 返事を待つ時間もやはりいつもよりもずっと長く感じる。

 

「何言ってんだお前? 来れるなら来いよ」


 小林はあきれがはっきりと伝わってくるメッセージを送ってきた。

 これを見た陸斗はようやく若干冷静さをとり戻して赤面する。


「何時にどこで待ち合わせ?」


 今度はスムーズに打てたし、個人的な体感時間も平常のままだった。


「十一時半にJR七弦駅前の皇帝バーガー前で。どっか行きたいところある?」


 七弦駅前の皇帝バーガーならば彼も分かる。

 友達との待ち合わせだから薫に送ってもらうわけにはいかない。

 バスを使うしかない以上、時刻表をチェックしておくべきだろう。

 幸いなことにバス停はここからさほど離れてはいなかった。


(行きたいところって言われても特に思いつかないなあ)


 彼はうなったものの、何もいいアイデアは浮かばない。

 

「特に思いつかないから任せるよ」


 そう伝えると「了解」と返ってくる。

 失望されなかったことにホッとする反面、ひとつの疑問を抱く。


(同世代の連中が遊ぶのって、どんなことをしているんだろう?)


 彼が思いつくのはゲームくらいしかなかった。

 外で遊べると言えばせいぜい遊園地だろうか。


(明日の楽しみにすればいいか)


 とりあえず今するべきなのは薫に友達と遊びに行くとメールしておくことだ。

 次にアンバーからのメッセージを確認する。


(こっちが深夜だから……あっちは朝になるのか)


 アメリカとの時差を大ざっぱに思い出す。

 それならば今のうちに返事をした方がよい。

 全て英語で書かれて三割ほどしか読めなかっため、エラプルに入っている翻訳機能を使う。

 内容は自身の近況報告と彼の近況をたずねるものだった。

 簡単に答えてまた機会があれば一緒に何かゲームでもしようと言っておく。

 これには深い意味はなく、社交辞令のようなものだ。 

 それがすむとシャワールームの隣にある仮眠ルームに行き、ベッドの宮棚に携帯を置いて布団にもぐりこむ。

 興奮していたせいか寝つくのに苦労してしまったが、あお向けになって目を閉じているうちに睡魔が彼のところに顔を見せてくれた。

 


 彼が夢の世界から帰還したのは午前七時三十分である。

 自分に身についた規則正しい習慣に少しだけホッとした彼は、まずは服を着替えた。

 従来であれば薫がやってくるのはもう少し後になってからで、朝食はそれからとなる。

 それまでに顔を洗っておこうと洗面台の蛇口をひねった。

 ひんやりとした水のおかげでさっぱりとした気分になる。

 小さなきっちんについている冷蔵庫から麦茶を入れたピッチャーをとり出す。

 ガラスのコップに麦茶を入れてのどをうるおした。

 ピッチャーを冷蔵庫の中に戻すと携帯の電源を入れて今朝のニュースを簡単にチェックしていく。

 気になる情報は特に見当たらなかったが、エラプルには通知が来ていた。

 送り主はアルジェントで今日も午後八時ごろの集合でいいのかと質問し、グラナータはかまわないと答えている。


(午後の八時からなら大丈夫だろう)


 そう判断して返信しておいた。

 するとほぼ同時に玄関のチャイムが鳴り響く。

 モニターを確認しておると白い長そでシャツに紺のパンツという薫の姿が映っている。

 彼女は合い鍵を持っているのにも関わらず、中に陸斗がいると分かっている場合は必ずチャイムを鳴らすのだ。

 それを彼も承知しているため、ドアを開けて微笑を浮かべる。


「おはよう、薫さん」


「おはよう、相変わらず朝は大丈夫なのね」


 彼女もまたにこりと笑って中に入った。

 紺色のパンプスを脱いできちんとそろえると、彼の方に目を向ける。


「朝ご飯はまだでしょう? 用意するから待っていてね」


「うん。ありがとう」


 来て早々にご飯を用意してもらうのは申し訳ないのだが、それもまた彼女の立派な仕事であった。

 彼女は準備をしながら話しかけてくる。


「今日は学校の友達と遊びに行くの?」


「うん。まずいかな?」


「まさか」


 彼の問いに彼女は苦笑した。


「たまには友達とゲーム以外で遊ぶのもいいと思うわよ。プロのツアー選手に言うことじゃないかもしれないけど」


「ううん、薫さんがいつも俺のことを心配してくれているのは理解しているつもりだよ」


 ただの仕事だけならばここまで親身になって世話を焼いてくるはずがない。

 その程度のことは陸斗でも分かる。

 何かにつけてそう言うのはおそらく彼女なりに必要なことなのだろう。


「晩ご飯はどうするつもりなの? 友達と食べてくる?」


「いや、帰ってから食べるつもりなんだけど」


 昼も晩も薫の管理外となるといろいろとまずい事態になるのではないか、という軽い危惧を持っている。

 彼はそこまで自身のことを信用していなかった。


「そう、了解。何を食べたのか教えてくれるとメニューを考えるのに考慮できるから、連絡くれるならできるだけ早くしてね」


「うん」


 メールを送信するチャンスくらいならば普通にあるだろうと思ってうなずく。

 

「そう言えばどこに行く予定なの?」


 今さらな気がする質問を彼女は放ったが、彼は少しも気にせず応じる。


「細かいことは聞いてないけど、駅前の皇帝バーガー前に十一時半ごろ集合だってさ」


「ふうん? 男の子の集まりだとそうなのかしら……」


 適当な内容に彼女は小首をかしげた。


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