37話「ゴリアテ2」
陸斗のスコアが二十万を超えたころ、ファンファーレが鳴り響く。
「撃退完了。ゴリアテの侵攻は撃退されました」
男性のアナウンスがそう告げる。
ただの防衛戦であればこれで終わりだが、制圧戦もあるヘルモードは新たなる指令が飛ぶ。
「これよりゴリアテの本拠地への侵攻作戦がはじまります。選ばれし戦士たちはバトルシップに乗りこんでください」
このアナウンスが流れた段階で陸斗は立ち上がり、拠点の外へ出る。
制圧戦がはじまったことによって基地の外へのドアが開放され、宇宙でゴリアテと戦うためのバトルシップが三機出現した。
バトルシップとは言っても外観はほぼ戦闘機である。
一人乗りでミサイルとレーザー銃を装備して高速戦闘が可能なしろものだ。
赤、青、白という色違いの三機からプレイヤーたちは好みの機体を選ぶ。
これもまた機体の性能は同じで、戦闘力は操縦する者の腕しだいである。
陸斗たち三人がバトルシップの前にそろったタイミングで三人のスコアの中間結果が表示された。
トップはアルジェントの二十一万二千、次は陸斗の二十万三千、最後にグラナータの十九万八千である。
「一位はアルジェントか……」
陸斗のつぶやきに本人は軽く手を叩いて喜びを表す。
「わーい。でもこれなら接戦だね」
アルジェントの言うとおり、一位と三位の差が二万未満ならば接戦と言えるのがこのゲームだ。
「やっぱりアルジェントもグリージョも強いね。わりと自信あったのに……」
グラナータは少しばかりの驚きと感嘆、称賛、落胆が混ぜられたつぶやくを発する。
「ふふん、そんな簡単には負けないよ」
アルジェントは得意そうに胸をはった。
無邪気な子どものような愛嬌に陸斗とグラナータは苦笑する。
(こういうところは子どもっぽいんだよなぁ)
好きではない相手には明らかに線を引いた態度をとったりすることもあり、「もしかして年下か?」と陸斗は思う。
「俺も負けないよ」
ただし言葉にしたのはライバルとしてのものだ。
うかつに子ども扱いをするとアルジェントはすねてしまうのである。
「私もここから巻き返しますから」
二人につられたのか、グラナータまでもが挑戦的な言葉を放つ。
「バトルシップを選んで乗り込んでください」
話し込みすぎたせいか、女性の機械アナウンスに催促されてしまう。
「おっと、話はここまでだな」
別にペナルティがあるわけではないが、気分の問題だ。
「そうだね。早く勝負しよ」
アルジェントも赤い機体の前に立つとせっつくように言う。
「はいはい」
グラナータが笑い声を立てて応じる。
保護者と被保護者のように見えてしまっても責められない。
陸斗は誰ともつかぬ言いわけを頭の中でだけしてから白い機体を選ぶ。
彼が黒の操縦席に座ると自動的に天蓋が閉ざされる。
グラナータが残った青い機体に乗り込むとミッションスタートだ。
三機のバトルシップはいっせいに発進する。
彼らの目標となるのはゴリアテの巣窟となっている惑星「タイタン」だ。
宇宙に出た後は飛来するゴリアテを撃破しながら、タイタンに乗り込みゴリアテの首領を倒すのである。
雄大な星の大河を突き進んでいく光景は、仮想現実と分かっていても陸斗のロマンチシズムを刺激したものだ。
それを台無しにするのはゴリアテである。
美しい宇宙の中に緑、青、赤の巨人が飛んでいるのは明らかにシュールであった。
(多数の宝石の中に幼児のらくがきが混ざってるような感じなんだよな)
陸斗個人としては決して嫌いではないが、賛同をえられたことはほぼない。
それゆえ一緒にプレイしている二人にも言わないでおこうと考える。
三機が同程度のスピードで飛行しているため、どのゴリアテを誰が撃つかは早いもの勝ちだ。
アルジェントは赤い巨人の目を正確に狙い撃って「グレート」を叩き出すならば、グラナータも青や緑相手に数発撃って全てが「ナイス」や「エクセレント」が出るという展開である。
(さすがだな)
彼はうれしそうに笑いつつ、眼前の青のゴリアテと緑のゴリアテを同時にレーザーを放って「グレート」を出した。
こうなってくるともらえるポイントが多いゴリアテに誰がどれだけ攻撃を加えるのか大事な要素となってくる。
このゲームにもフレンドリーファイアはないが、射線上に意図的に入って妨害するのはアリだ。
陸斗が赤いゴリアテの眼を狙おうとすると、アルジェントが妨害してくる。
彼の攻撃するタイミングを全部見透かしているかのような行動を見せられて、舌を巻く。
そしてグラナータはと言うと、あえて距離をたもち、アルジェントの機体に当たらないような射撃をおこなっている。
しかもさりげなく陸斗に局面打破に必要なスペースを与えないよう、計算されたようなポジションで。
これにも彼はうなってしまう。
絶妙なテクニックであればそれが自分自身への攻撃であったとしても決して怒らず感心するところが彼の美点であり、同時にプロ選手としては短所にもなりうる点だった。
(おっと、いけね)
ただ、これにかんしては彼も多少の自覚はある。
二人のテクニックに感心してばかりはいられない。
そう気を引きしめて、自分のギアを入れ替えた。
二人を上回るプレイというのは実のところ陸斗にとって難しくはない。
しかし、本来の実力を発揮して二人に彼の正体を悟られるわけにはいかないという制約があると、一気に難易度はあがる。
(でも、だからこそ燃えるってもんだ!)
それでも陸斗は業火のように闘志を燃やしていた。
彼はゆらゆらと風に吹かれる小さなろうそくの炎のように不規則飛行する。
これは自身の脳にも影響が出る諸刃の剣だが、アルジェントとグラナータは幻惑された。
彼も人間なのだからじっくり観察をすれば法則性を発見できるかもしれないが、シューティングゲームをプレイしている真っ最中にそのような芸当ができるはずもない。
二人は彼の飛行パターンをあばくよりも、自身のスコアを積み上げることを優先しようとする。
だが、すぐにグラナータは己の失敗と陸斗の狙いを察することになった。
陸斗が乗る白い機体が実に厄介なタイミングで射線上にフラフラと現れる。
これを無視してゴリアテを狙おうと思えば、数ミリほどしかない間隙を縫うしかない。
さしものグラナータもこれにはためらう。
だが、逡巡したのはせいぜい二秒前後のことで、思い切って彼の機体が邪魔にならないほどの距離をとる。
ただそれだけであれば陸斗は何も思わなかったに違いない。
(敵もさるものって奴か?)
彼が再度感心したのは、その距離からでもグラナータは「ナイス」を出したからだ。
百メートルほど離れた位置から二人のプレイヤーの機体に当たらないように注意しつつ、正確に当てるどころか「ナイス」を出すことは彼でもできるかどうか。
負けじとミサイルとレーザー弾を散らしてスコアを稼ぐが、機体を揺らしながらだと命中精度が落ちてしまう。
(と言うか、落とさないと不自然だしな)
実はこれこそが陸斗にとっての制限であった。
機体を不規則に揺らす程度の障害であれば「ナイス」や「エクセレント」を出すのは難しくない。
あくまでも彼にとってはであり、アマチュアとしては不可解を通り越してありえないレベルの超絶テクニックになってしまう。
そのギリギリの攻めが彼にある種の高揚感を与える。




