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36話「ゴリアテ」

「次はゴリアテでいいかな?」


 アルジェントの問いに二人はうなずき、三人はまたログアウトする。


(こういうのは不便だよな……)


 陸斗はマットレスに体を預けながらため息をつく。

 プレイするゲームを変えるのであれば一度ログアウトしなければならないという制約は面倒なものだ。

 ゲーマーたちから何とかしてほしいという要望は一再ならず出ているが、実現される気配が微塵もない。

 そういう制約を維持することでゲーマーがVRゲームに一日中ログインし続ける、という事態を防ぐ狙いがあるのではないかとまことしやかにささやかれている。

 何しろ脳の分野はまだまだ未知数が多い。


(安全面重視って言われたら文句も言えないか……)


 陸斗はVR機を一度外して首・肩のストレッチを二分ほどやり、再び装着して「ゴリアテ」のタイトルを引っ張り出す。


「アルジェントから招待されています。応じますか?」 


 すでにおなじみとなったメッセージが出ているため「はい」を選ぶ。

 「ゴリアテ」は地球へと侵攻してくる謎の巨人型生命体「ゴリアテ」を月に設けられた防衛基地で迎え撃つというシンプルな設定である。

 陸斗がストーリーモードをクリアした後もたまにプレイしているのは、爽快な「無双感」を味わえるからだ。

 気分転換に適したゲームのひとつと言えるだろう。

 彼が選んだアバターは自分と体格の変わらない赤い髪の少年アバターであった。

 このゲームも選ぶアバターによって特に何かが変わることはない。

 したがって先にログインして合流場所である、白いドーム状の宇宙基地の入り口に立っていたアルジェントもグラナータも、ゾンビ城の時と似たようなアバターを選択していた。

 異なる点があるとすれば、誰もが白い宇宙服を着ていて、ヘルメットをかぶっていることだろうか。

 上を見れば地球と思われる青い星の姿がある。

 

「やっほー」


 小柄なアバターのプレイヤーが陸斗に向かって手を振ってきた。

 頭上に表示されている名前を見なくてもこの動作でアルジェントだと彼には分かる。


「おー」


 無反応を決め込むのも悪い気がするため、手を振り返す。

 その隣でグラナータは笑いをかみ殺しているのだろうということも彼は推測できる。


「私はひさびさ」


 そのグラナータはなつかしそうに話し、宙に視線を移す。

 仮想現実に過ぎないと分かっていてもプレイヤーの前に広がる宇宙は、黒い上質な絹にとびきりの宝石をちりばめたかのように美しかった。

 このゲームのファンの二割くらいは、この景色の美しさに魅了された人たちだと言われているほど。


(グラナータもあるいはその一人なのかもな……)


 つられるように再び目を向けた陸斗はそのようなことを思う。


「実は俺もここ最近はプレイしてなかったな」


 言葉にしたのは別のことだ。

 彼はロペス記念の関係で最近のプレイ環境はレースゲーム中心だったのだからやむをえない。


「そうなんだ。ちょっと意外だね。ボクはこれちょくちょくやっているよ」


 二人につられて青い星を映したアルジェントはそうつぶやく。

 どことなくしんみりとした空気が生まれる。

 たとえ虚構のものであったとしても、美麗なものはノスタルジーじみた感覚を呼び覚ます力でもあるのかもしれない。

 いつもならばとっくに勝負を促しているだろうアルジェントでも例外ではなかった。

 三人で仲良く見上げる宇宙は美しく平和で、とても巨人の侵攻があるようには見えない。

 

「じゃあ、そろそろ基地に入ろうぜ」


 陸斗の言葉にようやく我に返ったメンバーたちは小さくうなずき、体を基地の方向へと向ける。

 ドーム状の建物の向こう側には、ゴリアテを迎え撃つための黒い砲撃拠点が並んでいる姿がちらりと映った。

 ストーリーモードではないため、建物の中にはNPCがいない。 

 白い硬そうな壁で覆われた通路を抜けるとひろびろとした、ふきぬけ構造になった空間に出る。

 ストーリーモードではここでナビゲーターに案内にしたがい、さまざまなミッションをこなしてイベントを発生させていく。


「さて、モードはどっちを選ぶ?」


 ホストプレイヤーであるアルジェントが二人に問う。

 挑戦的と称するには子どもっぽさが多量な瞳を向けながら。

 このゲームの対戦モードでは襲来するゴリアテを延々と倒していく防衛戦、ゴリアテの本拠地の制圧をめざす制圧戦のふたつがある。

 オマケ要素として防衛戦をした後にそのまま続けて制圧戦がはじまる「ヘルモード」も実装されていた。


「現在トップはグラナータで、シューティングって言ったのもグラナータ。だからアルジェントが決めていいんじゃないか?」


 陸斗の提案にグラナータは無言でうなずく。


「異議なし」


「うん? ボク?」


 自分が任せられると思っていなかったのか、グラナータは一瞬きょとんとする。

 それからすぐいたずらを思いついた幼児のような表情になった。


「いいのかい?」


「ああ」


 それを見ても陸斗は不安を覚えるどころか、好戦的な視線を返す。

 タフなゲームは彼としても望むところだった。

 温和でひかえめなグラナータも微笑しながら首を縦にふる。

 

「ふーん、じゃあヘルモードね!」


 明朗な笑顔でアルジェントは宣言した。


「……まさかと思うけれど、十戦全部ヘルモード?」


 グラナータが幽霊を目撃した人物のような驚愕を浮かべて確認すると、言った本人は「もちろん」と肯定する。


「せっかくのゴールデンウィークだしね! 最近三人で遊べていなかったし! ガッツリやるよー!」


「いいよー」


 右手で握りこぶしをつくって上にかざすアルジェントに応えたのは陸斗で、彼も右拳を上にかざす。

 グラナータはクスリと笑ってから「はい」と言っただけにとどまった。

 ヘルモードに入ると緊急アラームが基地内に鳴り響き、プレイヤーの視界が赤く点滅する光で占められる。


「ゴリアテの群れが接近しています。戦士たちはただちに迎撃拠点に向かってください」


 低くしぶい男性の機械音声のアナウンスが、大きな声で放送された。


「じゃあ行くよ!」


 アルジェントが声をかけると三人はいっせいに駆け出す。

 彼らはまず建物の奥に行き、そこから各迎撃拠点へ連絡する白い壁と屋根におおわれた通路に横並びで入った。

 プレイヤーたちが通過すると床の濃青色のタイルがカンカンという金属的な音を立てる。

 百メートルほど進めば、三方向への分かれ道が現れた。

 どの拠点に行っても同じであるため、一番左にいたアルジェントが左、真ん中の陸斗が真ん中、右のグラナータが右という形で分かれる。

 迎撃拠点と言ってもレーザーと砲弾を発射する二筒の大砲を備えた小屋に近い簡易な建物だ。

 中は砲撃手用の黒い座席とゴリアテの姿を映すモニター画面くらいしかない。

 陸斗が席に腰を下ろすと自動的にモニターにスイッチが入った。

 映し出されたのは緑色の皮膚と赤い瞳を持つひとつ目巨人たちである。

 身長五メートル超えという巨躯のはずだが、モニター越し、それも迎撃エリア全域を映す設定だと迫力に欠けた。

 プレイヤー全員が椅子に座ったところでゲームがはじまり、行進曲とともに巨人たちは両手を開き前に伸ばしながらじわじわと接近してくる。

 その様は巨人と言うよりはオバケの集団のようだったが、笑っているヒマはない。

 ヘルモードでは次々に巨人「ゴリアテ」は出現するのだから。

 遠距離にいるゴリアテはレーザー、接近してきたものは砲弾を撃ち込むのがセオリーである。

 ただ、それだけだとハイスコアを狙うのは厳しい。

 そこで陸斗がやるのは両方撃ちである。

 レーザーを撃つ時は右側の赤いボタン、大砲を撃つ時は左側にある黒いボタンを同時に押す。

 レーザーの赤い光線は直線的に放たれ、大砲の黒い砲弾は放物線を描きながら飛んでいく。

 ゴリアテの目に命中すると「グレート」という英文字が浮かび、ゴリアテの全身が赤く点滅した。

 命中判定には「ヒット」「クリティカル」「エクセレント」「グレート」の四種類あり、後のものほど高得点を獲得できる。

 ハイスコアを狙うにはどれだけ「エクセレント」と「グレート」を出せるかが大きな要素なのだ。

 緑色のゴリアテの体力は低いため、目に一発命中させれば撃破できる。

 だが、それを続けていくうちに体力が高めに設定された青や赤の巨人が出てきた。

 青は緑よりもひと回り、赤は青よりもさらにひと回りサイズが大きい。

 体力もそれに合わせて増大しているが、あいかわらず目が弱点であり正確に狙い撃って「グレート」判定を出せば一撃で沈められる。

 これは上級者には知られていることであり、グラナータやアルジェントもやっているだろうと陸斗は思う。

 

(第一戦めは相手の手の内が分からないのも楽しみだな)


 これくらい余裕でこなせるプレイヤーとの競争はとても楽しいものだ。


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