35話「ゾンビ城2」
このゲームは次のステージのスタートラインまで行って条件を満たさないかぎり、ゲームはスタートしない。
現に先ほどまで流れていたBGMは止まっている。
だから陸斗がアルジェントに質問する余裕があった。
「ずっとあれを狙っていたのか……?」
彼の問いに対してアルジェントはにこりとして肯定する。
「うん、クリティカルを狙おうと思ったら、ああするのが一番かなって」
同じ手は二度と通用しないと思っているからだろう。
少しもためらうそぶりを見せず、スラスラ教えてくれる。
「ただ、ひとつ分からないのはグラナータも見落としていたことだな」
陸斗は一度庭から離れたため、接近しないかぎりアルジェントの潜伏場所に気づけなかったに違いない。
しかし、グラナータはずっと庭から動かなかったはずである。
一体どうやったらそのような芸当が可能なのだろうか。
「アルジェントがいた場所から推測するなら、たぶん噴水か樹木のどちらかだと思う。ボスが出た時点で私の注意はそっちに向いていたから」
グラナータは目を伏せて恥じ入るように分析をする。
「木の陰だよ。さすがに噴水はちょっと距離があったからね」
アルジェントはさらりと回答を言った。
「いくらボスに気を取られていたからって、グラナータの死角にひそむってさすがだなあ」
陸斗は賞賛する。
いくらうす暗いステージでボスに気を取られていたとは言え、グラナータに気づかれずにその死角に潜伏するのは並大抵の実力ではできない。
新鮮な発想とこの実力を体感できるのは、一緒にプレイしているからこその醍醐味だ。
「えへへ」
うれしそうにはにかむアルジェントはあどけない少女のようだったが、これにだまされてはいけないと彼は思う。
「もっともこのステージ一位通過はグラナータだけどな」
彼は現状の確認を兼ねて言葉を続けた。
ボスへのダメージが大きくグラナータがトップ、二位がアルジェント、三位が陸斗である。
「ラッキーだったからね。その点、グリージョはラストで損しちゃったよね」
グラナータはすまし顔で彼を気遣う余裕を見せた。
途中まで一位だったのに逆転されてしまったのはボスゾンビが出現した場所とタイミングによるものだと言いたいのだろう。
「ここから巻き返すさ」
陸斗の発言は強がりではない。
それを改めて示すデモンストレーションとしては悪くない第一ステージだった。
「させないよ。勝つのはボクだもの」
「そうは問屋が卸さないわよ?」
グラナータもいつもの微笑を浮かべつつ話に加わる。
実になごやかに見えない火花を散らす三人であった。
第二のステージは玄関を入ってすぐの大広間である。
縦横ともに四十メートルほどありそうな広大なスペースに上等そうな赤いじゅうたんが敷かれ、壁にずらりと並ぶ黄金色の燭台には火が灯されていた。
真正面には大きな折り返し階段がひとつあってここからもゾンビは出現する。
庭よりもスペースは小さい上に障害物はまるでない。
そのためボスの出現ポイントがランダムと言っても運の要素は小さく早技勝負になりがちだ。
(さてと、有言実行しないとな)
扉を開けたのはグラナータでアルジェントと同時に足を踏み入れる。
気合を入れなおした陸斗がそれに続いてじゅうたんの赤い部分に足を乗せた瞬間、BGMが再び流れてゲームがはじまった。
このゲームは他のプレイヤーへの攻撃はできない。
純粋にゾンビを倒してスコアを稼ぐしか対戦相手に勝つ方法はなかった。
このステージで出てくるゾンビは燕尾服を着た男性執事、あるいはメイド服を着た女性らしきものである。
動きは第一ステージと比べて少し速くなっているが、この三人にしてみれば誤差の範疇だった。
ただし、スペース当たりの出現数は増えていて、まごまごしていれば噛みつかれてゲームオーバーの危険もある。
グラナータが左側を中心に執事ゾンビを撃てば、アルジェントが右側のメイドゾンビを撃つ。
陸斗は二人の間に立って両方をむらなく倒すという形になる。
執事ゾンビとメイドゾンビはどちらを倒しても得られるスコアは同じだからこそ成立する、無言の役割分担であった。
ボスが出現するまでは協力し合い、出現すれば早い者勝ち。
それがセオリーというものなのだろう。
陸斗は手足を忙しく動かしつつ今後の展開を頭に描く。
三人のスコアの増加ペースは同じで、ボスゾンビに誰がどれだけ攻撃をヒットさせるかがポイントになりそうだった。
今回ボスが現れたのはタイムが七分を経過してからである。
第一ステージのボスと同タイプの大男が静かに広間の中央付近に飛び降りてきた。
その際に激しい震動が発生してプレイヤーの自由を奪う。
(……というのが開発者の意図かもしれないけどな)
陸斗はボスの出現に気づいた瞬間、階段のさびたような銀の手すりの上に素早く乗り、ボスが着地する瞬間ジャンプして衝撃をかわす。
そのままボスに飛びかかって首筋に銃弾を五発撃ち込み、互いの体が触れるより先にナイフを突き立てる。
「GUOOOOOOO」
ボスは立ち上がる暇もなく断末魔の叫びをあげて消えた。
「よし」
そのことに陸斗は満足し小さく声を出す。
アルジェント、グラナータの二人は一発ずつ攻撃を当てただけに終わる。
この二人にスコアを稼がせなかったのは大きく、彼がこのステージでの一番であった。
また総合成績でもトップに立つ。
BGMが終わってバトルが終了すると、二人が彼のところにやってくる。
「いやー、今のすごかったね。狙ってたの?」
アルジェントの瞳には尊敬の光があふれていた。
「まあな」
その熱量を直視しかねた陸斗はそっと目をそらす。
「たしかにすごかったわ。何が起こったのか一瞬理解できなかったくらい」
グラナータはどちらかと言えば苦笑気味である。
目の前のプレイについてきけなかったことを恥じているのかもしれない。
「狙い通り。そして有言実行」
彼は遠慮のないどや顔とサムズアップで応える。
この二人相手だからできることであった。
二人は彼の予想通りクスクス笑う。
「次は第三ステージか、負けないよ」
アルジェントがはりきって言えば陸斗はそれを茶化す。
「まだお前だけ一位とってないよな」
「む。レースゲームでいいところなしだったグリージョが、何だか生意気なこと言ってる」
何も知らない誰かが声だけ聴けば言葉で殴りあっているように思ったかもしれないが、実際は子犬同士のじゃれあいに近かった。
二人のアバターを見れば男女がイチャイチャしているようにすら見えるかもしれない。
「はいはい、そこまでよ」
グラナータが両手を三回叩いて二人のじゃれあいを止める。
金髪褐色肌の美女のアバターと相まってまるで引率の教師のようであった。
「先は長いわよ。第三ステージに移動しましょう」
「うん」
それを三人も自然なように受け入れて、指示に素直に従う。
第三ステージは折り返し階段をのぼった先にある廊下である。
二階は客室が並ぶコの字状の構造となっていて、敷かれた赤いじゅうたんを燭台にともされた多数の炎が幻惑的に映していた。
廊下は大の成人男性が五、六人は並んで歩けそうなほどの幅があり、いくつもの黒い客室の扉が見える。
彼らがプレイする上級者向けだとこの扉からもゾンビたちは出現してくるため、注意が必要だ。
階段をのぼった真正面には別館に連絡するためにまっすぐに伸びた長い廊下がある。
ここからはゾンビが出ないが、ステージをクリアしてからでないと廊下に足を踏み入れることはできない。
せいぜい背中の安全を確保ができるくらいだ。
「じゃあ行くよ」
アルジェントの声で三人そろって廊下に足を乗せる。
BGMは第二ステージまでのものとは変わり、勇壮でアップテンポなものになった。
このステージのトップはアルジェントである。
一見無謀と思える突撃を果敢に行ったばかりではなく、ボスゾンビもクリティカルダメージを与えたのだ。
「ふふん、どう?」
アルジェントの得意そうな顔に対して向けられたのは、苦笑とも微笑ともつかぬものである。
どういうわけか、子犬が得意そうにボールをくわえて持ってきた姿が浮かぶのだ。
「むう……」
本人は若干不満そうな顔をする。
対等なライバルを見るような目ではないからだろうか。
その後一進一退の攻防が続き、第十ステージを陸斗が制したところでひと区切りがつく。
総合一位は陸斗、二位はグラナータ、三位がアルジェントである。
ステージ別だと陸斗が六回トップ、グラナータとアルジェントが二回ずつであった。
十番勝負の二回めが終わった時点の総合成績はトップがグラナータの八勝、次がアルジェントと陸斗が六勝ずつで同率となっている。
「むう……グラナータめ」
アルジェントが悔しそうにうなると陸斗もそれに呼応するようにうなずいた。
「一気に抜きたかったんだけど、そうは甘くないか……」
あるゲームでは爆撃型支援職などと呼ばれていたものの、グラナータは堅実なプレイスタイルを身上としている。
(実力差がない奴らでの勝負だと、特に強いのかも。クーガーもおそらく同タイプ……こういうの強さもあるんだよな)
陸斗はそう考えた。
刺激になるし勉強にもなる。
おまけに楽しいのだから実に得がたいものだ。




