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34話「ゾンビ城」

「そうだな……」


 陸斗は真面目に悩む。

 このゾンビ城セブンの十のステージのどれにするか、それとも一から通しでやれるだけやっていくパターンにするか。

 だが、数秒で決定する。


「決めた。一から通しでやることにしようか。もちろんエクストラステージありで」


「うわ、いきなり通しか……」


 アルジェントは驚くと言うよりは呆れたような反応を示し、グラナータも苦笑に近い微笑を浮かべた。


「それを選ぶあたりがグリージョらしいと言えばらしいけどね」


「俺に選択権を与えたことを後悔するといいよ」


 陸斗はお返しとばかりに悪そうな表情を作る。


「まさか。そうこなくちゃ!」


 アルジェントはすでに立ちなおったか、好戦的に瞳を輝かせながら白い歯を見せた。

 

「根気力勝負になるかもね」


 グラナータがくすくすと笑う。 

 その態度からはひかえめな自信のほどがうかがえる。


「じゃあやろうぜ。おっと洋館はまだ決めてなかったな」


 陸斗はある点を思い出してポンと手を叩く。

 それは洋館の種類が複数あるというセブンになってから追加された要素だった。


「俺が選んでもいいんだよな?」


 彼の問いに二人はうなずく。

 ホストプレイヤーであるアルジェントが仕切るのが筋というものだが、誰も気にしていなかった。


「じゃあネプシー湖畔とジャルモッカ城にしよう」


「うわぁ……」


 彼が選んだのは障害の多さで有名なマップで、そのことを承知しているアルジェントとグラナータは顔をしかめる。


「攻めてくるね、グリージョ」


「ジャルモッカを通しとか、十番勝負で選ぶようなところじゃないよね……」


 心なしか二人の表情が引きつっている気配すらあった。

 陸斗は何も言わずただニヤニヤと笑う。


「サドっ気があったのね……」


 グラナータがぼそりと言えばアルジェントは首を縦に振る。


「グリージョはドエス。覚えておこう」


 その真剣な響きに陸斗はあわてた。


「な、なんだよ、急に。サドとかドエスとか」


「だってねえ?」


「ねえ?」


 グラナータとアルジェントは二人仲良く思わせぶりな様子を見せる。

 見事なまでに呼吸がぴったりだった。


 おかげで陸斗はとても居心地が悪く思える。


「い、今気づいてももう遅いからな」


 それでも彼は強がった。

 他に有効な手を思いつかなかったのである。

 それを見た二人はくすっと笑いをこぼす。

 彼の強がりくらい簡単に見抜けたらしい。


「グリージョ何かかわいい」


 アルジェントが微笑ましいものを見るような表情で言う。

 

「か、かわいい……?」


 陸斗にとってはかなり衝撃的である。

 今まで言われたことがなかったし、そもそも男が言われてもうれしくない言葉のひとつだ。


(いや、言われたことあったかもしれない?)


 一回薫あたりが言っていなかっただろうか。

 彼が過去を振り返っているとグラナータがアルジェントをたしなめる。


「男の子はかわいいって言われるのはあまりうれしくないんじゃない?」


「あ、そうか」


 二人は声を低めて彼への配慮をやっていたが、そこはゲームの真っ最中という悲しさがあった。

 リアルの陸斗では聞こえない声量だったのに、現アバターの耳はばっちり拾ってしまったのである。

 この聴力の違いはおそらく二人も失念していたのだろうし、グラナータはたしなめてくれたのだから責められない。

 できるだけ聞こえていないフリを続ける。

 幸いなことに二人の会話はすぐに終わった。


「じゃあジャルモッカを選ぶね」


 アルジェントが選択すると居間全体があわく青い光を放つ。

 エリアの設定がおこなわれた合図である。

 

「じゃあ行こうぜ」


 陸斗の一言で他の二人はソファから立ち上がった。

 樫の木にそっくりな材質の扉を開けると月と星が空に輝く空間が三人を出迎える。

 人間の背丈くらいまで伸びた無数の雑草の先に目標となるジャルモッカ城がそびえていた。

 目と鼻の先には光る虫が暗い空を舞っていて、ぼんやりと城館の輪郭を浮かび上がらせている。

 彼らは城館の近くにある小屋を拠点として、これから城館を占拠したゾンビたちに戦いを挑む……という第一ステージの設定であった。

 外に出た時点で彼ら三名の左わき腹付近に黒色のホルスターと、対ゾンビ用銃とナイフが一つずつセットされている。

 このゲームでは使う武器は一種類ずつしかなく、純粋にプレイヤーの実力のみが問われるのだ。

 WeSAの設立とツアーのメジャー化はこのような形でも影響を与えていると言えるだろう。

 三人はスタート地点へと無言で歩いていく。

 彼らの足元には草に覆われた曲がりくねった道が用意されているのだ。

 最大八人でのプレイを想定されているせいか、十人が横一列になっても余裕がありそうな幅がある。

 どこからともなく聞こえてくる低い鳥の鳴き声が、BGMのかわりに不気味な雰囲気をかもし出していた。

 たとえゲームだと分かっていても怖がるプレイヤーは意外といたりするものの、この三人には当てはまらないようである。

 そのようなプレイヤーがやり込めるタイプのゲームではないというだけかもしれないが。

 スタートラインは城館の正門前で、重厚な印象を見る者に与える黒い門扉をプレイヤーが開けた瞬間からゲームの開始となる。

 

「じゃあ行くよ」


 アルジェントが黒い銃をかまえながら門扉に手を当てて二人に言う。

 次の瞬間勢いよく扉を開くとBGMが流れはじめ、タイマーが発動する。

 彼らの視界の右上付近に出た残り時間は十分だ。

 それまでに第一ステージのボスゾンビを発見して撃破しなければゲームオーバーになってしまう。

 またボスの攻撃を二発、雑魚の攻撃を四発食らっても同様である。

 もっともこの三人に関しては無駄な心配だ。

 三人ともダッシュをしながらゾンビが現れた直後に銃弾を浴びせて倒していく。

 白いシャツに黒いズボンという格好の男女ゾンビたちは白く光る銃弾で頭や胸を射抜かれると、赤い血を吹き出しながらゆっくりと倒れて消滅する。

 ゾンビの弱点は基本的に心臓が頭で、どちらかを正確に撃ち抜けば彼らのように一撃で倒せるのだ。

 ただしその分このゾンビたちを撃破した際にもらえるスコアは低い。

 

(雑魚ゾンビをできるだけ多く倒しつつ、ボスゾンビも倒すのが勝つのに必要な条件だな)


 こうだと陸斗は思っているし、他の二人も同様だろう。

 ただし、対戦プレイの場合は他のプレイヤーたちにボスゾンビを倒されてしまうと自分が不利になる。

 ボスゾンビがどこにひそんでいるのか、誰がいつ倒すのか十分気をつけなければならなかった。

 ボスゾンビと雑魚ゾンビとのスコア差を考えれば、別にボスゾンビを倒さなくても一位になるのは不可能ではない。

 ただ、それは他プレイヤーの実力次第で、アルジェントとグラナータとなるとかなり厳しいだろう。

 三人は庭の中央付近で立ち止まり、三方向に向いて銃を撃っていく。

 この館の庭は広く開かれていて遮蔽物がなく、ゾンビも大量に現れる第一の稼ぎ場所だ。 

 例外と言えば庭の中央にある噴水とそれから数メートル離れたところに植えられた大きな樹だろうか。

 このゲームで弾の数には制限はないが、十発撃ちきるとクールタイムとリロードタイムが一秒ずつ必要となる。

 その間距離をとるかそれともナイフで戦うのか、その時に応じてプレイヤーは判断しなければならない。

 銃でもナイフでも倒した際に得られるスコアは同じだが、より多くのゾンビを倒して高スコアをめざすのならば銃を使うのは必須条件だった。

 陸斗はちらりとスコアとタイムをチェックする。

 プレイヤーは経過時間と自分や対戦相手の現在スコアを好きな時に確認できるのだ。

 ゲーム開始から二分ほど経過した段階での一位は陸斗で百二十点、二位がグラナータで百三点、三位がアルジェントで百一点である。

 まだまだこれから挽回可能な差しかついていなかった。


(よし、ここからだな)


 第一ステージは城館の周辺がゾンビが出現する戦闘エリアであり、城館の中には入れない。

 ボスゾンビも当然外に出現する。

 それが現在戦っている広い庭なのかどうか、それとも別の場所なのか運の要素もからむ。

 一応ボスが出現するのは五分が経過してからで、八分あたりが多いが雑魚ゾンビの撃破ペースが早いと出現時間が早くなる時もある。

 

(このペースだと五分すぎたあたりから出ることを想定しておかなきゃな)


 陸斗一人では全力でやってもこのペースでゾンビの総撃破数を積み上げるのは困難だ。

 三分が経過したあたりから彼は勝手口の方へ歩いて行く。

 勝手口があるのは彼から見て右手側である。

 大きな窓ガラスを横目に彼は角を曲がり、目の前に現れたゾンビを蹴散らしながら進む。

 銃弾を十発撃ちきってクールタイムに入った銃をホルスターにしまい、ナイフを取り出す。

 まだ陸斗の眼前には白シャツを着て黒いズボンをはいた成人男性のゾンビが複数いる。

 ナイフは射程距離が短いため、複数のゾンビと同時に相手取るには不向きだが、今回はやむを得ない。

 

(それに所詮動きの遅い雑魚ゾンビたちだ)


 もっと動きが早かったり、あるいは連携して攻撃してくるとなると一気に脅威になるだろう。

 ところが第一ステージの雑魚ゾンビたちは、はのっそりとした普通に歩いても追いつかれない程度のスピードしかなかった。

 攻撃した際に出る血しぶきのエフェクトを浴びないように注意していればよいだけである。

 勝手口側への通路は庭と違って細く、人間が二人ほど横並びするのがやっとくらいの幅しかなかった。

 そのせいで出現するゾンビたちも横二列、縦に複数という形でどこか窮屈そうである。

 陸斗はナイフで左側のゾンビの胸を刺し、すばやく距離をとった。

 右側の男性ゾンビの噛みつく攻撃が空ぶりに終わったところへ弾が再装填された銃をかまえて打ち込む。

 一発弱点からずれて目に当たったため、さらにもう一発撃つ。

 弱点を突けば一発、弱点以外の部位であれば二撃必要なのだ。

 

(んー……もしかしたらと思ったけど、こっちにはボスが出ないのかな)


 銃弾が尽きたらナイフ、ナイフで時間を稼げば銃弾という単純な戦法で二分ほどしのぎつつ、彼はそのように考える。

 根拠などないただの勘だが、彼の勘は馬鹿にできるものではない。

 一度庭に戻ってみると百メートルほど先、噴水より数メートルほど手前あたりにグラナータがいて、そのさらに前あたりで白い光が生まれる。


(ボスだ!)


 白い光がやがて身長二メートルくらいの大きなスキンヘッドの男になった。

 肩幅も広い立派な体躯なのに何故か服はボロボロの水色のシャツである。

 第一ステージのボスゾンビは赤い両目をグラナータに向けると、ゆっくりとそちらに進み出す。

 

(これは仕方ないな)


 ここのボスの出現場所は運の要素が強い。

 グラナータは銃を撃ち命中した証である血しぶきエフェクトを発生させる。

 全てが頭部の一点に当たっているのはさすがだろう。

 しかし、ボスゾンビはすぐには倒されない。

 陸斗としてもこのまま黙って指をくわえて見ているつもりもなかった。

 ボスゾンビはダメージを与えればとどめを刺せなくてもスコアに加算されるのである。

 ボスにダメージを与えられたのがグラナータ一人だけという状況こそが最悪だった。

 彼はナイフを取り出してボスをめがけて投げつける。

 小さな風切り音を立てて飛んだナイフはボスの太い首に当たったものの低い音とともに跳ね返されてしまう。

 ボスは弱点をつかないかぎりこのような結果になるのだ。

 ところが陸斗にはそれで十分である。

 ナイフを投げた目的はダメージを与えることではなく、ボスゾンビの注意をこちらに向けることだ。

 ボスが彼の方を向けばグラナータは弱点を狙えなくなり、位置を変更しなければならなくなる。

 ナイフを失う代償にライバルに時間をロスさせたのだ。


(銃撃音の回数を考えれば、倒すまで後七発ってところか)


 ボスが出現してからグラナータが銃を撃ったと思しき音の回数を思い返す。

 そうするとボスの残存体力も予想できるのだ。

 悔しそうな顔をしつつポジションを変更するグラナータを横目で見ながら、陸斗は銃弾を五発ボスの眉間に撃ち込む。


(これで後二発か)


 グラナータはボスの斜め前、陸斗の左斜め前に素早く回り込んでいる。

 実力を考えれば二人仲良く一発ずつ撃って終わりだろう。

 そう判断して引き金にかけた指に力を入れようとした瞬間、いきなりボスが低い獣のような咆哮をあげる。


(断末魔だと!?)


 ボスゾンビの巨大な体の輪郭がぼやけ光に包まれて消えてしまう。

 

(まさか……)


 陸斗はなかば呆然としながら誰が何をやったのか想像できていた。

 ボスが消え去って「ステージクリア」のアナウンスが流れた時、アルジェントが地面に音を立てずに着地する。

 その右手にはナイフが握られていて、彼の推測が正しかったことを示す。

 

(第一ステージのボスゾンビは首の後ろが弱点……)


 ナイフにしろ銃弾にしろ正確に当てればクリティカルダメージを出せて、通常攻撃の数倍スコアを稼げる。

 陸斗とグラナータがそれを狙わなかったのはポジションの問題と、目視できる位置に互いがいたからだろう。

 

「やったね」


 アルジェントは得意満面の笑みを作りながら彼のところまでやってきて、ピースをする。

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