33話「十番勝負」
「もう一回!」
アルジェントは何度もそうねだり、彼らはレースをおこなった。
戦績は十回に六回グラナータが勝ち、残り四回がアルジェントである。
陸斗は一度も勝てないどころか四位以下に終わることも数回あった。
これには仲間たちも意外さを隠し切れず、とうとうアルジェントが不安そうな面持ちで問いかけてくる。
「ねえグリージョ……キミ、もしかしてレースゲームは苦手なの?」
「いや、そんなことはないよ」
彼は別に嘘はついていない。
モーガンやマテウスのレベルにはまだ到達していないが、彼もまた万能タイプの選手である。
ただ、彼の「グリージョ」としてのパフォーマンスをよく知っている二人が心配するのも仕方ないほど精彩を欠いていたのも事実であった。
原因はロペス記念の後だからである。
世界トッププレイヤーとの対戦するためにトレーニングしていたせいで、アマチュアと遊ぶための微調整がしきれていないのだ。
「ならいいんだけどさ」
そうとは知らないアルジェントの表情はすぐれない。
不得意なゲームに何度もつきあわせてしまったのではないかという疑惑と罪悪感を持ってしまったようだ。
「今日は調子悪いの?」
グラナータも気遣わしげな視線を向けてくる。
(思ったよりよくない状況だな。いくら何でも手を抜きすぎたか……)
陸斗は己の失敗を悟り、どう巻き返すか知恵をしぼった。
バトルサーキットを選んだこと自体が失敗だったと言えない彼は、人の悪い笑みを急に浮かべて言う。
「ハンデはそろそろ十分かな? ここから無双しちゃうぞ?」
単純な煽りであったが、それだけにアルジェントには効果てきめんだった。
「む……そっちがそのつもり返り討ちにしちゃうぞ」
怒ったりはしなかったものの、少しムッとした顔になって言い返してくる。
負けず嫌いな性格を的確に刺激されたのだ。
一方のグラナータは本来引っかからないタイプだが、今回は陸斗の心情を察して乗ってくる。
「うん。いつまでもグリージョが最強じゃないってみせてあげよう」
冷静さをだいぶ取り戻したらしく、現在のアバターにマッチした話し方になっていた。
「そうそう」
アルジェントは我が意を得たりとばかりに笑う。
「ゲームはレースのままでいいの? 他に何かやりたいものある?」
それから笑顔を引っ込めて二人にたずねる。
グラナータは即答をひかえて陸斗の顔色をうかがう。
「音楽ゲーム以外なら何でもいいよ」
彼の言葉にはほろ苦い成分が微量にふくまれていた。
音楽ゲームだけはどうにも苦手なのである。
「じゃあグラナータが決めなよ。ボク、大体いけるよ」
アルジェントがそう言ったため、グラナータは視線を虚空にさまよわせて考え込む。
十秒ほどの時間を置いてぽんと手を叩く。
「それならシューティングなんてどう?」
「シューティングか……ボクは大丈夫だよ」
「俺も平気だな」
アルジェントも陸斗も賛成したため、次のゲームのジャンルは決まった。
(ベルーアでのプレイを考えりゃ、二人ともシューティングは上手いはずだよな)
グラナータは遠距離爆撃型支援職として有名だったし、アルジェントは敵ボスの特性によっては遠距離武器も使っていたことがある。
この二人とのシューティングゲームでのバトルはさぞ楽しいだろう。
そう思うと自然と口元がゆるんでしまう陸斗だった。
そのような彼を尻目にアルジェントが遊ぶタイトルの候補を口にする。
「最近のゲームで三人ともやったことがありそうなのは……やっぱりゾンビ城かゴリアテかな?」
「あ、どちらも知っているし、プレイ経験あるよ」
「俺もだ」
グラナータと陸斗はそう反応した。
この場合さすがと言うべきなのはさまざまなゲームをプレイしている二人ではなく、二人が遊んでいそうなゲームタイトルを見事にピックアップしたアルジェントだろう。
少なくとも彼はそう考えた。
「二人はどっちが得意なの?」
アルジェントはさらに問いを重ねる。
その様子からどちらのゲームにも自信があること、そして陸斗への遠慮みたいなものが残っていることがうかがえた。
「どちらの方が得意なのかと改めて訊かれると、困るね」
グラナータはあいまいな笑みを浮かべて、陸斗も申し訳なさそうに首肯する。
「あ、これはボクが悪かったね」
アルジェントは己の失敗に気づき舌を出す。
自分やグラナータ、陸斗ほどのゲーマーとなれば「両方得意」という可能性こそ一番高いはずではないか。
「泣かされても文句は言えないよな、アルジェント」
「そうだね」
からかう陸斗、それに追従するグラナータに対してアルジェントは口をとがらせる。
「ふんだ、返り討ちにしてあげるんだからね」
一瞬の空白が生まれた後、三人は軽やかに笑いあった。
「それじゃゾンビ城を先にしようよ。何回かやってからゴリアテにしよう」
仕切るアルジェントに陸斗が手を挙げる。
「少しいいか? どうせなら十回ずつの対戦にしないか?」
「三十回勝負で誰が一番勝ったか競うということ?」
グラナータが彼の意図を読んだのか小首をかしげつつ先回りをした。
陸斗がうなずくとアルジェントがニヤリとする。
いつも彼に対して見せる愛嬌があるものではなく、獲物を発見した空腹のトラのようなものだ。
「いいね。この面子なら三十回もやれば、勝敗がはっきり出るだろうし。でもいいの?」
アルジェントは一度笑みを引っ込めて彼にたずねる。
「今のところグラナータが六、ボクが四、キミがゼロなんだけど?」
「ちょうどいいハンデだって言っただろ?」
一体どこに問題があるのかと彼が不思議そうにすると、アルジェントのアバターの表情がややけわしくなった。
「……本気で言っていたんだね」
負けず嫌いの性格に改めて火がついたと言うよりは、先ほどよりも激しく燃えあがったようである。
(これでいい)
陸斗は内心そう思う。
他のプレイヤーにあまり興味がなく傍若無人にも見えるふるまいを平気でするアルジェントが、どういうわけか彼にはよく遠慮している。
それが彼には申し訳なかったし、歯がゆいところもあった。
ここまで煽ればきっとアルジェントは遠慮せず全力で来るだろう。
「それじゃゾンビ城に行こうよ。ホストプレイヤーは次もボクがやるけど、いいよね?」
ふだんよりも若干早口になっているアルジェントに残り二人は無言でうなずく。
二人の肯定を確認したアルジェントは最初にログアウトした。
グラナータは彼にそっと寄ってくると困ったような笑みを向ける。
「あなたの気持ちも分かるけど、アルジェントがちょっと気の毒な気もするかな」
そう言い残してログアウトした。
「グラナータにはバレバレだったか」
光の粒子となって消えるアバターを見送った陸斗はそっと声に出す。
(こりゃ後で謝った方がいいかもな)
これくらいでアルジェントとの関係が悪化するとは思えないが、気の毒かもしれないという点に関しては同感だったのだ。
ゾンビ城とは西洋風の城館が突如現れたゾンビたちに占拠されてしまうというのが大ざっぱな設定である。
ストーリーモードでは各種シナリオが用意されていて、個別に設定されたクリア条件の達成をめざす。
そして制圧モードでは城館を占拠したゾンビたちを制限時間中に撃破していき、スコア数を競い合う。
全部で十のステージがあり、各種ステージにはボスも用意されていて、最終ステージのボスを倒せばエクストラステージが解放される。
高スコアをめざすためにはエクストラステージに到達し、さらに大量のゾンビを倒すのが必須となっていた。
両方のモードでオンライン対戦は可能だが、人気があるのは制圧モードである。
ストーリーモードは仲間内と一緒に新しいシナリオを楽しみたい場合に選ばれることが多い。
かつてWeSAツアーのテーマとしてゾンビ城の制圧モードが採用された時は、出場選手全員がエクストラステージに到達したものだ。
そのことを振り返りながらログアウトした陸斗は、ゲームタイトル選択画面でゾンビ城セブンを引っ張り出す。
「他のプレイヤーから招待されています。応じますか?」
という質問に「イエス」を選びダイブする。
その後使うアバターの選択画面に入り、十代後半の黒髪の少年を選ぶ。
このゲームではアバター同士の能力差はないのだが、身長は現実の自分と近い方がよいとされる。
そう思わないプレイヤーもいるものの、陸斗は違う。
身長が自分と同じ百七十二センチのアバターを選んだ。
アルジェントはもちろんグラナータもすでに家の居間に模した待機エリアに来ており、赤いソファに並んで座っている。
アルジェントは十代後半の黒髪ポニーテールに上下とも赤で統一された武道着をきた少女アバターであった。
シューティングゲームである以上射撃武器でしかゾンビは倒せないのだからミスマッチな服装だと言えるのだが、気にしてはいけない。
一方のグラナータは金髪と褐色肌と豊かなふくらみが目に毒な二十歳前後の美女を選んでいる。
どちらとも頭の上に青文字でプレイヤーネームが表記されているため、識別しやすかった。
「あ、グリージョだ」
アルジェントが先に彼のログインに気づく。
グラナータよりも目ざといというわけではなく、ホストプレイヤーだからだろう。
「どのステージをやるか決めた?」
「まだ」
二人は人の悪い笑みを作り、アルジェントが代表して言った。
「現在最下位のグリージョが最初に選んでいいよ?」
「こいつら」
陸斗は思わず苦笑する。
見事な意趣返しであった。
その後彼が「さっきはごめん」と謝るとアルジェントはにこりとして「いいよ」と返す。




