31話「バトルサーキッツ・ネット友と」
「やったあ!」
マシンからおりたアルジェントは喜びを爆発させ、その場でピョンピョン跳ねる。
「グリージョに勝てたよぉ」
その無邪気な様子を陸斗は微笑ましく思うと同時に、本気を出せなかったことに対する若干罪悪感めいた感情もわきおこった。
(アルジェントとの仲は維持したいんだよなあ)
自分勝手な考えだと批判されかねないという自覚はある。
今はまだよいがいつの日か罪悪感に耐えられなくなってしまう日が来るのだろうか。
一抹の不安を押し払い、彼はアルジェントに話しかけた。
「負けたよ、さすがアルジェントは強いな」
「へふふ。グリージョもすごかったよ。ボクと三周めの最終コーナーまで競り合うプレイヤーってあんまりいないもん」
アルジェントは誇らしげに返事をする。
今のアバターは陸斗が見慣れていた猫耳少女ではなく、二十代の体格のいい青年なのだが、その言葉遣い同じだった。
(あの強さだとそうかもな)
並大抵のアマチュアでは歯が立たないだろうなと彼は思う。
そこへ夕飯時間が間近に迫ったことを告げるアラームが鳴り響く。
ログインする時に設定しておいたのだ。
「おっと、そろそろメシの時間だ」
「そう? じゃあボクも一回落ちようかな……」
事前に言っていたせいか、それともこの後も約束しているせいか、アルジェントは珍しく少しも残念そうなそぶりを見せない。
きんぴらごぼうに豆腐ハンバーグといったヘルシー系メニューをたいらげた陸斗は約束時間よりも少し早めに戻る。
そわそわと落ち着かない様子で携帯端末に視線を何度も送り、足早に移動する彼の背中を薫は微笑ましそうに見送った。
たとえゲームの世界であっても友達と待ち合わせなど、これまでの彼とは無縁だったからである。
陸斗が筐体のドアを開けるのを待っていたかのようなタイミングでグラナータからグループへ連絡があった。
「少し早めに終わったから、すでに待機ずみ」
これはグラナータにしては割と珍しいと彼は思う。
いつも時間に正確だったのはたしかだが。
そこへアルジェントが加わってくる。
「ボクも待機ずみ」
こちらは予想していたというか、きちんとご飯を食べたのか心配なくらいだった。
「晩ご飯をちゃんと食べたか? 栄養メイトみたいな補助食品と牛乳だけなんてことはないよな?」
陸斗がそうたずねるとグラナータが「たしかにアルジェントは手を抜いてそう」と彼に賛成する。
「失礼な」
アルジェントからは実に不満そうな返信がきた。
「ちゃんとネギとモヤシも食べたよ。うどんに乗せただけだけど」
「おー、アルジェント、野菜も食べるんだ」
「えらいね」
陸斗とグラナータは二人してそのように言う。
もちろんからかっているのだが、アルジェントはすねてしまった。
「二人してなんなの?(ーーメ」
顔文字を使って怒りを表現してくる。
「いや、アルジェントの食生活は割と怪しいふしがある」
陸斗がそうメッセージで話せばグラナータも加勢してきた。
「だよね。ちゃんと寝ているのか不思議に思ったこともあるし」
「む、むぅ……」
旗色の悪さを感じとったアルジェントはひるむ。
それを感じとった陸斗はこのあたりでやめることにした。
「そろそろバトサーをはじめようぜ。グラナータはやりたいコースある?」
「砂漠をやってみたいかな。ハードモード、妨害なしで」
質問をふってみるとすぐ答えが返ってくる。
「あ、ボクもやりたい」
立ちなおったアルジェントもそう発言したため、コースは決まった。
他の条件をチェックしてからアルジェントがホストとなって三人はログインする。
アナハ砂漠のステージは仮想空間とは言え、やはり日差しが強く風にも熱がこもっていた。
サーバーの一周のレコードタイムは六分七秒九八、コースレコードは十八分五十五秒七三だと陸斗はそっと確認する。
「ここを選んだのはやっぱりロペス記念の影響?」
彼の問いに三十前後の金髪黒人男性というアバターを選んだグラナータはこくりとうなずいた。
「うん、そうだよ」
今のアバターを意識しているのか、グラナータは男性的な言葉づかいで認める。
「ボクも見てたよ。モーガンって選手がタナボタ的な勝ち方したみたいなのがなんか嫌だった」
「私も似たようなことをちょっと思ったかな。あの潰しあいの激しさが醍醐味なんだけどね」
アルジェントの感想に対してグラナータは一定の理解を示したが、 陸斗としては複雑なところだ。
実力がなければ漁夫の利を得ることも難しいというのは、おそらく実際に戦ったプレイヤーだからこそ思えるのだろう。
「実力がないと潰しあいにすらならないような……」
彼が迂遠な発言をすると二人はそれを受け入れる。
「たしかにね。このサーバーのレコードタイムよりも、ロペス記念のグループステージの各最下位の選手のタイムの方が早かったりするしね」
グラナータが感嘆をこめて言えば、
「十五分くらいずっと集中し続けてしのぎを削りあうんだからね。トッププロってあんな化け物ばかりなんだね。ボクちょっとびっくりしたよ」
負けず嫌いのアルジェントも珍しくほめた。
「妨害合戦なのにあんなタイムで走るとか、あの人たち人間じゃない気はするよね」
さらにグラナータが言葉を重ねたため、陸斗は自分一人が言われているわけではないと理解しつつ背中がかゆくなってしまう。
「まあゲームで飯を食っている人たちだし」
彼はそういう理由もあり、意識して他人事のような言葉を選ぶ。
化け物扱いされたのはうれしいような恥ずかしいような、単純ではない感情が彼の心を占めていた。
「ある意味アルジェントも似たようなもんだけど」
そのせいか矛先をそらしたくなる。
「んー、ちょっと違うかな」
アルジェントは少し目を細めて訂正した。
「ボクの場合、見る人がすごいと思うような動画をとってアップしているだけだし。単純に上手い人ほどお金を稼げる競争の世界はまた別だよね」
冷静な意見に陸斗は感心するとともに、アルジェントの新しい一面をかいま見た気がした。
「そうよ、あの人たちはすごいのよ」
力強くグラナータが同意する。
熱くなったからか言葉遣いが変わっていた。
「ほんとに好きなんだね、eスポーツ観戦」
「ええ、アルジェントも見たのよね?」
「う、うん」
グラナータの剣幕にアルジェントは気おされて、わずかに後ずさりをする。
それに気づいていないグラナータは陸斗に視線を向けた。
「グリージョは?」
「見てたよ」
陸斗は短く答える。
他プレイヤーのスタイルを研究・分析するためにひと通り見ていたのは間違いない。
自分も出場していたと言わなかっただけであれば嘘にはならないだろう。
「誰か好みの選手はできた?」
グラナータのこの問いに彼とアルジェントは仲良く視線をかわしあった。
「まだかなぁ」
「俺もだな。そんな急には」
二人は自分たちとグラナータの間に温度差を感じていたが、ごまかさずにはっきりと伝える。
「そう」
グラナータはいかつい大男のアバターで力なく肩を落とす。
これはこれで見る者の同情を誘いそうだった。
二人はつき合いが長さゆえ深刻には考えずに友達に声をかける。
「もうちょっとはまってからじゃないかな。ファンの選手ができるのは」
陸斗は自分で自分の首をしめる結果につながるかもしれないと自覚しつつ、そう言った。
「そうだね。ボクはまだ、自分でプレイする方が楽しいし」
「ええ、まだダービーやグランドチャンピオンシップもあるしね」
グラナータは何とか気を取りなおす。
彼らがプロ選手の虜になる機会はまだまだあると思ったらしい。
そのたくましさに陸斗はプロとして頼もしさを感じる。
(俺をファンにしようとしているあたりは皮肉だけど)
正体を明かしていないのだから仕方ないことであった。
明かさないかぎり、グラナータはそう言い続けるだろうことは想像に難くない。
これからもつき合っていくつもりならば覚悟しておいた方がよさそうだ。
「そろそろマシンを選んでレースしようよ。どれにする?」
アルジェントが話を切り替えようとそう言い、三人は好きな色のマシンを選んでいく。




