30話「ゴールデンウィークの夜」
アルジェントも戻ってきたため、一言報告しておく。
「アルテマやるかどうか、もうちょっと考えるよ」
「うん。いっそベルーアに戻ってくれば? アカウントを取りなおしてさ」
そう言われた陸斗は一瞬息をのむ。
そのアイデアが全く思い浮かばなかったわけではない。
「でもな、さすがにプレイスタイルを別にするとなると、お前やグラナータについていけそうにないからな」
ベルーアブックにはレベルという概念がなく、プレイヤー自身の習熟度がとても重要なゲームだ。
グリージョというプレイヤーだと特定されないためには、全く異なったプレイスタイルを構築しなければならないだろう。
それでも並みのプレイヤーレベルの実力はあるつもりだが、アルジェント基準だと物足りなくなってしまう可能性は高い。
「それに装備も揃えなおさなきゃいけないしな」
「養殖してあげるけど?」
理由をつらつらと並べる陸斗に対して、アルジェントは笑いをかみ殺したような声で言う。
養殖してもらえるならば素材集めは格段になる。
そう考えた彼は多少迷った。
「……いや、止めておこう。あんまりアカウントを増やしすぎると、ややこしくなるし」
他のゲームであればグリージョの名前を使えるかもしれないが、ベルーアではもう使えない。
多人数参加型オンラインゲームの難点のひとつだ。
「どの名前で呼べばいいのか、たしかに迷うね」
アルジェントはこのような言い回しで彼の言い分に賛成する。
何となく次の言葉が見つからず、二人の間には沈黙が舞いおりた。
それを待っていたとしか思えない絶妙のタイミングで二人の携帯端末から通知音が鳴る。
グラナータが三人のグループへメッセージを送ってきたのだ。
「二人は今どうしているの? 私は晩ご飯を食べた後、八時くらいからゲームできるんだけど、もしよかったら一緒にどう?」
それを見た陸斗は通信相手に話しかける。
「アルジェントのところにもグラナータからきた?」
「うん」
まれにそうではなかったというケースもあるため、一応確認をとってみたが杞憂だった。
「アルジェントはいけるよな?」
「うん、グリージョも一時くらいまでは平気なんだよね」
二人はそう言いあうと小さくうなる。
「遊ぶのはいいけど、ゲームはどうするかな……」
陸斗は二人の今の心境を言葉にした。
「バトルサーキッツはどう?」
五秒ほど考えていたアルジェントが不意にそう提案する。
「ああ、あれなら三人でもできるか……」
バトルサーキッツオンラインであれば全員プレイヤーで対戦もできるし、足りない場合はNPCを入れてもよい。
陸斗にはなかなかの妙案のように思えた。
「スポーツゲームだと割と柔軟性があるもんな。ナイスアイデア、アルジェント」
「へふふ」
彼の言葉を聞いたアルジェントはうれしそうに笑う。
(でもグラナータってレースゲームやるんだっけ?)
ふと疑問が浮かびあがった。
「グラナータにバトルサーキッツでいいか、聞いてみようか」
「そうだね。グリージョが訊く? それともボク?」
「俺が訊いてみるよ」
そう言いながら陸斗は携帯端末を操作する。
グラナータはすぐに返事をくれた。
「バトサー? やっているから大丈夫だよ」
「グラナータ、バトルサーキッツできるって」
メッセージを見た彼はただちにアルジェントに報告する。
「じゃあ決まりだね」
かろやかな笑い声が響く。
「バトルサーキッツは久しぶりだからちょっと練習しよっと。グリージョも一緒にやる?」
「もちろん」
二人はバトルサーキッツオンラインにログインして、他プレイヤーと通信対戦する項目を選ぶ。
「あなたと通話接続をしているプレイヤーと対戦しますか?」
という質問が陸斗の方に出て「はい」を選択すれば、アルジェントの方に「他のプレイヤーの招待に応じますか?」というメッセージが表記された。
「はい」を選ぶことによって二人は同じステージへとシフトする。
銀色にきらめくレーサースーツに身を包んだ二人のアバターが降り立ったのは、レス湖と呼ばれるエリアだ。
美しい縦長の湖をぐるりと時計回りに三周するのである。
基本的には長い直線なのだが、でこぼこしている上に障害として大きな木があちらこちらに配置されているのがコースの特徴だった。
「ここでいいか? それとも違うコースがいい?」
陸斗がたずねたのは、マシンがコースにセットされる前であれば自由に変更ができるからである。
「ここでいいよ。まだ走りやすいコースだし」
アルジェントは気負いない口調で言う。
かなりやりこんでいそうだなと陸斗は頼もしく感じる。
二人のアバターはどちらも二十代後半の男性のプロレーサーだ。
「残りの面子はどうする?」
他にもプレイヤーを招待するか、AIが操作するNPCで頭数を揃えるのか。
この舞台のホストとなっている陸斗が自由に調整できるため、アルジェントの希望も訊ける。
「NPCでいいよ。プレイヤーはグラナータだけで十分」
その意見に従い、残りメンバーを決定していく。
「十六人制でモードはハード、妨害なしでいいな」
「うん。負けないよ」
アルジェントはどこかうれしそうに宣言する。
「こっちこそ」
陸斗も負けじと言い返す。
音楽が流れ青、赤、オレンジ、白、緑とカラフルなマシンが現れる。
その中で白と赤だけが無人でこれに陸斗とアルジェントが乗り込む。
白のマシンの陸斗は前から三番め、赤のアルジェントが前から七番めで十六台のマシンは四台ずつ四列になって並ぶ。
どちらのマシンの前方にも障害となる大きな木が生えているのがうっすらと見えていた。
このコースに信号機はなく、スタート前になると視界の上方に信号機が出現する。
「アーユーレディ?」
というアナウンスの一秒後、左から順番にランプがともっていき、一番右がともった瞬間マシンはいっせいにスタートした。
最も速かったのは陸斗である。
今回はロペス記念の時とは違ってセーブしたつもりだったが、それでもナンバーワンだった。
それに続いたのがアルジェントで十分の一秒程度の差で二位につける。
サイドミラーでそれを確認した陸斗は次にタイムラップもチェックした。
彼らがいるサーバーでは一周のレコードタイムが五分五十三秒二九、レースのレコードタイムが十七分四十四秒八六だという。
(俺のベストは五分四十七、十七分二十四だからな……手を抜いた方がいいな)
そう思いながら彼は前を見ずに木をひょいと避ける。
いつどのタイミングでどのような行動をとればよいのか、感覚に刻み込まれている証であった。
その際若干減速してしまい、それを機にアルジェントが彼に並ぶ。
(今ので並んでくるなんて、アルジェントはかなり強いな)
陸斗は感心する。
もしかしてアルジェントの正体はプロ選手の誰かなのではないかという疑問さえ浮かぶ。
もっともこのような性格、口調のプロに心当たりは全くなかった。
(実力的にはエトウさんより下なんだろうけど……)
エトウミナレベルの選手が相手ではとても手を抜く余裕などない。
アルジェントの実力はそこまでではないことはたしかである。
最初のカーブに入ったのはほとんど同時だったが、すぐに陸斗が前に出た。
陸斗は全く減速せずにカーブの内側をドラフトで走行したのに対し、アルジェントは減速した上にふくらんでしまったのである。
これを見てアルジェントは悔しそうに下唇を噛みながら挽回を誓う。
湖を右手に臨みながら彼らは直線を走り、次のカーブにやってきたところで陸斗はわざとドリフトミスをして外にふくらむ。
すかさずアルジェントが内側から彼をかわしてトップに躍り出た。
その後二人は後続を数メートル以上引き離し、一進一退の攻防を繰り広げる。
二人は五分五十六秒一二というタイムで同時に一周めを通過した。
(思ったより遅くないのか)
ロペス記念の前に走った時は圧勝だったことを思えば、あの時のプレイヤーよりもアルジェントの方が強いと分かる。
(そうこなくちゃな)
陸斗はうれしくなり口元をほころばせた。
彼は自覚に乏しいが、強い相手との競り合いを好むジャンキーなのである。
結局このレースはアルジェントが十七分四十九秒で勝った。




