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29話「一緒に遊ぼう」

どうする? もう一回やる?」


「もっと練習してからじゃないとグリージョに悪い気がする」


 アルジェントは陸斗の問いに対して残念そうに答える。


「そんな気にしなくてもいいのに」


 昨日今日のつき合いではないのだし、上手くなるまで練習相手になるのも悪くない。

 彼の今後のスケジュールはアルテマオンラインのボスユニット操作にダービーくらいだし、ダービーは必ずパズルが競技テーマのひとつに選ばれる。

 アルジェントと一緒にプレイするのも十分ありだった。


「んー、それに負けてばかりだと悔しいもん。たとえキミでもね」


 そう言われてしまうと陸斗としても返す言葉がない。

 負けたら悔しいという想いは上達への近道だ。

 

「じゃあ他のゲームでもする?」


「うん!」


 彼の問いに元気よく返事してからアルジェントは疑問を口にする。


「ボクは平気だけどさ、グリージョはいいの? 何か忙しそうじゃない?」


「ああ、もう大丈夫だよ」


 陸斗は何でもないように返す。

 正確には忙しいはずなのだが、彼がやらなければならないのはフルダイブ型VRゲームをずっとプレイすることなのだから、アルジェントと色々と遊ぶのは全く問題ない。

 ある意味とても恵まれた環境であった。


「ふーん? じゃあ徹夜もオッケー?」


 アルジェントがさぐるように聞いてくる。

 陸斗には分からなかったが妹が大好きな兄に甘えてもいいのかたしかめているようだった。


「いや、それはまずいかな」


 彼は申し訳なさそうに言う。

 「徹夜は脳にいい影響を与えないので最低三時間、できれば六時間以上の睡眠を」という説はプロの業界では根強いし、薫からも母親からも禁止されている。


「深夜の一時くらいまでなら何とかいける。後、晩めしで一回ログアウトする」


「りょーかい。それでも十分いっぱい遊べるね」


 アルジェントがとてもうれしそうな声を出したため、「十分いっぱい」という表現に対する彼の疑問は押し流されてしまった。 

 二人はどれからプレイするかすぐには思いつかず、お互いの得意ジャンルを確認するとこからはじめる。


「アルジェントが得意なのはアクションだったよな」


「うん。グリージョは大体何でもいけるんだよね?」


「まあな」

 

 陸斗にも得手不得手はあるがプロのeスポーツ選手、それも世界ランカー基準での話だ。

 

「あえて苦手ジャンルをあげるとするなら音楽ゲームかな。あれはあんまり得意じゃない」


「へえ、そうなんだ。でもあんまり意外じゃないかも」


 アルジェントはクスクス笑う。

 

「悪かったな、どんくさそうで」


 彼は笑いながらそう切り返す。

 本心ではなくじゃれあっているつもりだった。

 アルジェントもそのあたりは承知しているとみえて、軽やかな笑い声が彼の耳に届く。


「アルテマオンラインじゃ何をやってるんだ?」


 陸斗は不意にそう切り出す。

 エラプルでは話題に出ていたのに今日は何も言ってこないのは、アルジェントが遠慮しているのではないかと思ったのだ。


「んー、最近実装されたマップとかは全部クリアしたし、レア素材も集めたから今はイベント待ち」


「お、そうなんだ」


 相手がアルジェントなだけに「速い」と言うよりも「さすが」という気持ちが勝つ。


「学校のクラスメートは何かペット育成にハマったらしいよ」


「ああ、いろいろ飼えるっぽいね。まだ持ってないけど」


 アルジェントの声のトーンがやや平坦になる。

 ペットの育成には興味がないのだろうかと思いつつ、いきなり話題を変えるわけにもいかない。


「飼いたいものいないのか? ドラゴンも飼えるんだろう?」


「グリージョはプレイしてないから知らないんだね。ペットを飼って育てるのは生産系で、それをやっちゃったら戦闘系が不利になんだよ。ギルドにでも入れば別だけどね」


 この言葉を聞いて陸斗はうすうす察したが、あえて聞いてみる。


「アルジェント、アルテマでもソロプレイ中なのか?」


「うん。臨時パーティーを組んだことならさすがにあるけどね」


 それではとてもペット育成どころではないのかもしれない。

 単純に生き物があまり好きではないのかもしれないが、詮索しないように気をつけた方がよいだろう。


「……グリージョもアルテマをはじめる気になったの?」


 流れ的にアルジェントが疑問を抱くのは当然だった。

  

「実は迷ってるんだよ」


 理由は言えないが、迷っているのは事実である。

 アルテマをはじめれば水谷や小林と遊べるという点が魅力的だ。

 生産系に特化し、戦闘をやらなければ正体がばれるリスクは一気に減らせるだろう。

 運営企業から許可が下りるのかという点、彼が戦闘をやらないことにアルジェントが納得するのかという懸念、決まってイベント期間にログインしないとなると、そこから疑問を持たれてしまうのではないかという不安。

 このような具合に彼がアルテマをはじめるためにはクリアしなければならない障害が複数あった。


(グダグダ考えてばかりいないで、会社に問い合わせてみようかな)


 会社にダメだと言われればあきらめもつく。

 許可が下りたらその時はまた考えればよい。


「ふーん? まあ気が向いたらでいいんじゃない? 他にも面白いゲームあるよ、たぶん」


 陸斗がそう思っているところへアルジェントが言う。

 その声は少しも残念そうではなかった。

 

「お、おう。もうちょっと考えてみるよ」


「うん」

 

 話が途切れたたため、彼は何となくインターネットを検索してみる。

 すると実装間近だというMMOゲームの広告を見つけた。

 「友達といっしょ」というタイトルで、幻獣と呼ばれるモンスターを探して集めて育てるというコンセプトであるらしい。

 

(ずいぶんとありふれたコンセプトだな……)


 新鮮な点があるとすれば戦闘が苦手な人のために戦闘システムがないと謳っている点だろうか。

 昔のゲームならばいざ知らず、ここ数年のVRMMOで戦闘が一切ないゲームはあまりないように思う。

 もちろん陸斗が把握していないだけなのかもしれないが。

 彼の注意をひいたのが「友達といっしょ」というタイトル、美麗なグラフィック、戦闘ゼロという三つの点だった。

 

(アルジェントならチェックしているかな?)


 少なくとも彼よりも最近のゲームには詳しい可能性は高い。

 それならば自分で調べるよりも早いかもしれないと思ってたずねてみる。


「アルジェント、今友達といっしょってゲームを見つけたんだけど、何か知っている?」


「ああ、あれ?」


 アルジェントは知っていたらしくすぐに反応があった。


「バトルがゼロみたいだから事前登録しなかったんだけど、グリージョは興味あるの?」


「うん、これMMOってことは何かあるんだよな、仲間と遊ぶ要素」


 彼の言葉にくすりという声が漏れてくる。


「幻獣さがしを一緒にやったり、集めたものや作ったものをトレードしたりするみたい」


「それくらいなのか」


 思ったよりやることが少なそうだなと陸斗は思う。

 

「でもまあ、のんびりしていてよさそうだな」


「ん? やってみる?」


 アルジェントは意外そうな声をあげる。

 彼もバトル好きだというイメージを抱いていたのだろう。

 

(否定はできないよな)


 制約が何にもないのであれば、シビアなバトルをたっぷりと楽しめる方が彼の好みである。


「うん。たまにはいいかもと思ってね」


 ただ、彼の正体を知らない友人を誘うならば戦闘以外の選択肢がある方が望ましい。

 VR戦闘の勘をナマらせるわけにもいかないため、他のゲームも並行でプレイする必要はあるだろうが、それはいつものことだ。

 

「ん、じゃあボクもやってみる」


「やっぱり一緒にやる知り合いがいると違うよな」

 

 陸斗はそう返す。

 これは彼の本心である。

 特に気心が知れていて冗談の言い合いができて、さらにゲームに詳しい上級者の知り合いはとても貴重だ。


「え、うん」


 アルジェントも同意してくれたのだと彼はうれしくなる。

 その声がややトーンダウンしたことに気づいていなかった。

 

「まあ、まだ確定じゃないけどね。学校の友達誘ってみたいし」


「え」


 二度めの反応で陸斗は初めてやや疑問を持つ。


「あれ、何かまずかった?」


「え、大丈夫だよ、うん」


 アルジェントはどこか慌てたようにそう言う。

 いつもより少しだけ早口だったが、彼は気にしないことにする。


(友達次第ではやらないかもって言えないな)


 さすがにそれは恥ずかしい気がした。


「あ、ちょっとメールしてもいい?」


「どうぞ。ボクもちょっと席を外すね」


 アルジェントの返事を聞いて陸斗は小型マイクをVR機に収納し、一度筐体の外に出て薫に会いに行く。

 彼女は自分用の部屋で書類作業をしている。

 部屋のドアをノックしてから入り、顔をあげた彼女に用件を伝えた。


「ボスユニットを操作する予定のゲームに、ただのプレイヤーとしても参加したいの?」


 彼女は不思議そうに首をかしげる。


「うん、そういうことってできたかなと思って」


「できるかもしれないけど、うかつにあなたが参加するとベルーアブックの二の舞になってしまうんじゃない?」


 切れ長のダークブラウンの瞳には、はっきりと憂いが帯びていた。


「うぐっ」


 ずばりと指摘された陸斗はひるむ。

 内心、それが引っかかっていたから他のゲームを無意識にさがしていたのだろう。

 

「聞くだけ聞いてみましょうか」


 彼の様子を見た薫はいたわるように目を細めて優しく言った。

 彼女の携帯端末は赤色のタッチパネルタイプである。


「営業時間中じゃないと返事は来ないと思うわよ?」


 つまり最低でもゴールデンウィーク明けになるということだ。


「あ、そうか」


 その点をうっかり忘れていた彼は髪をぽりぽりかきながら筐体に戻る。

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