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28話「ファイブ」

 ファイブとはパズルゲームの一種である。

 画面の上から数字が書かれた色違いのブロックが落ちてきて、同色のブロックの合計が五になれば消えるというシンプルなものだ。

 対戦式では妨害ありのコンバットモード、単純にスコアのみを競うバトルモードが用意されている。


「まず試しにイージーでバトルしてみよう」


 陸斗が音声チャットで提案すると、不満そうな声が返ってきた。


「むう……一応ボクのスコア、四十万を超えるようになったんだけど?」


「短期間でそれはすごいな」


 これは彼の本心だったが、それでもコンバットモードには応じるつもりはない。

 

「分かった。まずはバトルで」


 アルジェントはしぶしぶそう答える。

 画面に出てくる文字に従っていると「アルジェントと通信対戦しますか?」という確認メッセージが表記されたため、「はい」を選ぶ。

 画面が切り替わり桃色に輝く大きな枠、その中央上にはスコア枠が出てくる。

 対戦モードであるため、陸斗の方にもアルジェントの画面が小さく映し出されていた。

 競技のスタートの際に鳴らされるピストル音によく似た音が響いてゲームがはじまる。

 陸斗の画面にはアラビア数字で「1」「2」と書かれた赤と青のブロックがひと組で落ちてきた。

 すぐには消さずにより多くのブロックをためてからまとめて同時に消すのが、ハイスコアを出すためのコツである。

 二人はブロックを左右に散らしながら高速で落としていく。

 今回はつないだ数字の合計が五以上になればすぐに消えるイージーモードであるため、積み上げるのは容易ではない。 

 そういう意味ではイージーモードはゲームオーバーになりにくいモードだが、高得点を狙うのは難しいモードだと言える。

 陸斗が黄色の「1」を積んである青の「2」に引っかけ、緑の「2」だけを下に落とすと、 


「ファイブ!」


 低い男性の機械音声が響く。

 これがブロックを消した合図であり、先にブロックを消したのはアルジェントだった。

 アルジェントは一番下の段の真ん中に緑の「3」を放り込み、さらにその上についていた赤の「2」も左側の赤い「3」、その上に乗っていた「1」とともに消える。

 合計が五以上になれば消せると言っても、赤・黄・青・緑の五色が障害として立ちはだかるのだが、アルジェントは自信ありそうにしていただけのことはあって苦にしていないらしい。


「ファイブ!」


 それでも陸斗は落ち着いてブロックを消す。

 その際に響いたのは少女の甘ったるい声だ。

 これによってアルジェントも彼のスコアが動いたと知る。

 

「ファイブ!」


 そこからはお互いに淡々とスコアを積み重ねていく展開となった。

 ブロックが落ちてくるマスさえあいていればゲームオーバーにはならない。

 それまではひたすら消していく個人プレイと同じである。

 唯一違うのは通信相手のプレイ状況が分かることだ。

 アルジェントは小刻みにブロックを消していくスタイル、陸斗はある程度ためてから一掃していくスタイルだということが分かってくる。

 バトルモードの場合はどちらが有利とか不利だとか関係ない。

 集中力を維持できるかどうかが勝負の分かれめだ。


(アルジェントにそんなの期待できないけどな)


 知り合って一年になるかどうか程度のつきあいだが、そのようにあっさり集中力を切らしてしまうようなプレイヤーではないことくらいは理解している。

 一瞬本気になろうか迷った。

 しかし、ベルーアブックで本来の実力の片りんを見せてしまった以上、あまり遠慮する必要はないかもしれない。

 そう思うあたり陸斗も負けず嫌いなのだろう。

 彼のスコアは早くも五万を超えたが、アルジェントのペースはそれを上回っている。

  

(さすがだよなあ)


 陸斗は感嘆した。

 実力者と言えるプレイヤーならばこれくらいできてもおかしくはない。

 だが、アルジェントはファイブをはじめてまだそれほど日数が経っていないのだ。

 短期間でここまで上達したのは練習の成果だろう。


(よほど猛練習したんだな)


 陸斗はそう思う。

 かつて一日に二十時間ほどゲームをプレイする「廃人プレイ」と呼ばれた行為だが、今ではそう呼ばれなくなってしまった。

 プロゲーマーという職業が世界中で浸透したからである。

 野球選手やサッカー選手が寝る間も惜しんで練習しても「廃練習」と言われないのと似たような理由だと思ってよい。

 両者のプレイ時間が八分を経過し、スコアがどちらも六十万に達したころ、少しずつアルジェントの方に異変が生じていた。

 最初はブロックが出てきた瞬間どこに置くか判断できていたのに、今ではその作業がゼロコンマ二秒ほど遅れてきている。

 それでもアルジェントはあきらめず、粘り強くプレイを続けていた。

 つらくなった時でも簡単に崩れたりはせずに、立てなおしてくるのが上級プレイヤーというものである。

 そしてそれをさせずに一気に勝負を決めてしまうのだが、対上級プレイヤー戦の秘訣のひとつだと言えるだろう。

 

(バトルモードだからそれはできないんだけど……これならコンバットでもよかったな)


 陸斗はアルジェントの上達速度を甘く見ていたことを悟り、反省していた。

 それと同時に心の中で謝る。

 四十万という自己申告通りであれば、そろそろ崩れてしまうはずなのだが一向にそのような気配はない。

 おそらく彼と対戦しているという状況が、より実力を発揮させているのだろう。

 しかし、それでも彼は負けるつもりは毛頭なかった。

 ここで彼は戦術を変えて小刻みにブロックを消す作戦に出る。

 ブロックを消した際に流れる音声が相手にも聞こえるというシステム上、ここで消すペースを上げれば動揺を誘えるかもしれないと思ったのだ。

 アルジェントも上級者だから普段であれば通用しない。

 ところが疲れて集中力が落ちてきた今ならば違う。

 陸斗のこの読みは見事に当たった。

 アルジェントはついに崩れゲームオーバーとなってしまう。

 そのスコアを彼が上回った段階で勝敗は確定し、彼の画面には軽やかなファンファーレとともに「Winner」という文字が浮かび上がる。


「負けたー」


 抑揚があまりないアルジェントの声が彼の耳朶を打つ。

 感情をあらわすタイプではない上に今は機械のフィルターを通しているせいで余計に分かりにくいが、かなり悔しがっていることは陸斗は察する。


「アルジェント、かなり強くなっているんだな。ちょっと焦ったぞ」


「本当? おせじはいらないよ?」


 陸斗の胸をなでおろしながらの発言も、やはり感情がある程度殺されて伝わったのだろう。

 疑わしそうな反応が返される。


「おせじじゃないよ。普通に冷や汗かいた」


 彼は苦笑しながら「72、7887」と出ている自分のスコアを見た。

 これは上級者としては普通よりもやや上くらいの数字だろうか。

 アルジェントはすでに上級ファイバー(ファイブ愛好者の意味)の仲間入りを果たしたようである。

 

「そう? ならいいけど」


 アルジェントの声がやわらかくなった。

 聞き慣れている者でないと気づかないようなわずかな変化である。


「どうする? もう一回いい?」


 この問いに対して陸斗は次のように返した。


「これならコンバットでやるのもありかもな。やってみる?」


「やってみたい」


 アルジェントはすかさず食いついてくる。


「手加減しないぞ?」


「したら許さないもん」


 陸斗がおどけて言えば笑いを含んだ返答がすぐにきた。


「じゃあ変えるよ」


 リトライするか聞いてくるコマンドにノーを選び、モードを変更する。

 後は先ほどの流れと同様だが、今回は透明で枠が金色に輝くブロックと黒い何も書かれていないブロックが追加された。

 黒ブロックは相手を妨害するためのもので、他のブロックを消す時に隣接していないと消せない。

 金色に輝く方は相手に落とす黒ブロックの量を増加するための攻撃用アイテムだ。

 同時に消したブロック数が多いほど数が増える。

 いかに黒ブロックを降らせるかが勝敗のカギとなると言えるが、コンバットモードだと自分がブロックを消すことで相手の攻撃を相殺できるシステムだ。

 それを突破するために必要になってくるのが金色ブロックである。

 今回の陸斗は右側で積み、左側で消していくという方法をとった。

 画面は横に七マスあり、左から三番めからブロックが落ちてくるからだ。

 アルジェントが嫌がらせのように小刻みに黒ブロックを降らせてくる。

 陸斗は必要に応じて相殺するが、基本は無視していた。

 狙いは単純で金色ブロック複数を同時に消す大がかりな攻撃を出すためである。

 金ブロック四つ、黒ブロック八つを含めてブロック三十個が同時に消えた。

 それによって放たれた反撃は、アルジェントの画面の大半が黒ブロックで埋もれるという圧巻の結果になる。

 赤や青のブロックが画面下方に申し訳程度しかせず、七十個くらいの黒がそれらを押しつぶすかのような様には、さすがのアルジェントも一瞬絶句してしまう。


「……グリージョ、強いね」


 三秒ほどの空白の時間があったのち、ようやくアルジェントは声を発する。

 悔しさなどかけらもない純粋な称賛であった。


(一応プロだし、アマに簡単に負けるわけにはな)


 そう思っても言えないのがグリージョこと陸斗である。

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