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27話「帰国」

 陸斗と薫が国際空港に到着すると夜のとばりがおりていて、星と月の美しさを観賞する時間になっていた。

 二人にはそのようなゆとりは残っておらず、空港から徒歩数分のホテルへとまっすぐ向かう。

 夜に吹く風はまだすこし肌寒かった。


「それじゃおやすみ。明日は十一時半くらいまでは起こさないから、たっぷり休んでね」


「うん。ありがとう」


 そのために薫はチャックアウトが十二時のホテルを選んでくれたのだろう。

 陸斗はそのことを理解していたが、一言礼を言っただけである。

 いちいち全てに対して礼を言わなくともよい、と彼女本人に以前に言われたからだ。

 二人は五○七と五○八と隣り合ったこげ茶色のドアの前で手を振って別れる。

 彼は荷物をネズミ色のカーペットの上に置き、すぐにシャワーを浴びて歯をみがくとそのままベッドに直行した。

 枕や環境が変わっても寝つくのに苦労しないのが彼の美点のひとつである。

 寝息を立てるまでにかかった時間は一分程度だった。

 翌朝、陸斗が目覚めた時、備えつけの時計は九時を示している。

 たっぷり寝たおかげか頭はすっきりしていて、だるさはみじんも感じられない。

 

「えーっと…」


 小さく声を漏らしながら薫からもらった白い無料朝食券をさがす。

 二階のカフェで食べられるというその時間は朝の七時から十時までだった。

 まだ間に合うことを確認してホッとすると洗面所で顔を洗い、それから服を着る。

 ホテルの間取りはアメリカのものと比較すればこじんまりしている印象を受けるが、陸斗にしてみればこちらの方が落ち着く。

 エレベーターを呼ぶとちょうど六階にいたおかげで、すぐにやってきた。

 ドアが開くと白い長そでシャツにジーパンの男性、グレーのブラウスの女性という中年夫婦らしき二人と目が合ったので軽く目礼を交わしあう。

 彼が乗り込むと二階のボタンはすでに押されており、この二人も目的は同じなのだろうと推測する。

 二階につくと彼が開ボタンを押して二人に先を譲った。


「ありがとう」


 女性が笑顔で礼を言ってくれて、朝からちょっといい気分になる。

 このホテルの朝食はセルフサービスでパンとサラダが食べ放題、飲み物もオレンジジュース、アップルジュース、牛乳、紅茶、コーヒーが飲み放題だった。

 丸い四人がけテーブルが四つ、二人がけテーブルが六つと陸斗にはあまり広くないように思える。

 ただ、九時を回っているせいか例の夫婦と彼以外、客は一組しかいなかった。

 食べ物は入り口のすぐ左手側のガラスケースに陳列されていて、まっすぐ奥の赤いテーブルクロスがかけられた台の上に飲み物の名前が貼られたピッチャーが並んでいる。

 制服を着たスタッフのうち男性の一人が彼を窓側のプランター近くの席まで案内してくれた。

 陸斗はクロワッサン二つとトマトにレタスを白い丸皿に入れ、バターと牛乳をとって席に戻る。


(時間が時間だし、朝は軽めですませよう)


 と考えたのだ。

 薫は予告通り起こしに来ていない。

 時間が来るまで完全に放置してくれるのだろう。


(薫さんもたまにはゆっくりしたいだろうしなあ)

  

 いつも彼のために骨を折ってもらって申し訳ない気持ちと感謝でいっぱいだ。

 ゆっくりするには時間が少ないだろうが、全くないよりもマシだろう。

 

(いつかまとまって有給休暇をとってもらいたいな)


 牛乳を飲みながらそう思った。

 薫が安心して休むためには、彼女なしでも彼の日常が回るという条件が不可欠なのだろうが。

 パンとサラダを食べ終えると陸斗は食器を返却棚に持っていく。

 そのまま部屋に戻るとエラプルを起動する。

 グラナータ以外からの三人のメッセージがそれぞれ届いているが、その日時を確認して陸斗はゴールデンウィークだからこそ、三人が夜遅くまで起きていたのかもしれないとようやく気づいた。

 恥ずかしくなって一人、誰もいない部屋で笑いをかみ殺す。

 さらにアンバーからもメッセージが届いている。

 彼女のものはまたタイトル戦で会おうというものとその際にはベストを尽くすと誓おうというものだった。


(あの子らしいな)


 まだ知り合ったばかりだというのにもアメリカ娘についてはそのように思えてしまう。

 

「おや……?」


 彼がつい怪訝そうな声を漏らしたのは、三人がみなアルテマオンラインについて話していたからだ。

 

(こんな偶然ってあるのかな?)


 反射的に首をひねったが、三人ともフルダイブ型VRゲームが好きでアルテマオンラインが人気ゲームになったのであれば、決して不思議ではない。

 そう思いなおして聞いてみる。

 すると水谷と小林はドラゴンやサメとペットにしていると言い、アルジェントはシステム面が改善されたことを評価していた。

 

(うん……?)


 情報を合わせて考えてみるとかなりテコ入れされたということだろうか。

 ゲームが不評で仕事が流れる心配はしなくてすみそうで何よりだ、というのがプロ選手の端くれとしての率直な意見だ。

 陸斗は少年としての感性ばかりではなく、プロとしてのシビアな一面もそれなりに持っている。

 とりあえずアルジェントには今度ファイブを対戦してみようと言い、小林と水谷には漫画を紹介してもらった礼を送った。

 すぐに返事の到着を知らせる音がポーンと響く。


「いいけどいつやれるの?」


 相変わらずアルジェントの反応は迅速だった。

 陸斗はこのホテルから仕事場までかかる時間と途中食事をすることを大ざっぱに計算する。


「十七時ごろくらいからならたぶん大丈夫じゃないかな」


 念のためだいぶ余裕をとっておく。


「了解」


 次の返事は何と三秒できた。

 これにはもうさすがだと笑うしかないという気分にさせられる。

 水谷と小林はまだ寝ているのか反応はこなかった。

 やることがないため、ゴーグル型VR機をとり出す。

 これでも一応オンライン対戦はできるのだが、マシンスペックでもプレイの快適性でも自宅にあるフルダイブ式にはかなわない。

 アルジェントクラスのプレイヤーが相手となるとハンデになってしまうし、本人も不満に思うだろう。

 ただ、自己完結してしまうのは自分の悪癖かもしれないと考えなおした陸斗は、アルジェントに訊いてみる。


「ゴーグル式でいいなら今からでも対戦できるけど?」


「……あれってフルダイブタイプよりいろいろと脆弱でしょ? スペック全く同じだったりする?」


 予想通りの文面に彼はやはりと思いつつ返す。


「いや、だいぶ差はあるよ」


「じゃあいいよ。どうせなら本気のグリージョがいい」


 実にアルジェントらしい言い分だなと彼は感じた。

 そこでベルーアで炎竜との動画がどうなったのかふと気になり、ゴーグルを装着して検索してみる。

 ゴツバという動画サイトにアップされているそれの再生回数はすでに二十五万を超えていて、まずまずといったところだ。


「炎竜の動画、再生数二十五万を超えたんだな。おめでとう」


 再生回数一件につき一円、一万を超えれば二円、十万で三円……というのが、かつて陸斗がゴツバから提示された条件である。

 もしも同じ条件だったとすればアルジェントが稼いだ報酬は七十五万超と、まとまった額を稼いだ計算だった。


「さんきゅ」


 短い返答から照れを感じとったのは、これまでつき合ってきた時間のせいだろうか。

 ところがアルジェントからのメッセージは珍しく続きがあった。


「ところで口座番号は? 教えてもらえないと協力料を払えない」


 この文面を見た陸斗の口からは思わず「あっ」と声が漏れる。

 ロペス記念に意識が向いていたせいですっかり忘れていたのだった。

 

「モルガニア銀行東京一八八支店に。口座番号は××××××××」


「モルガニア銀行? 分かった」

 

 モルガニア銀行はアメリカのニューヨーク州に本店を置き、各国各都市に拠点がある世界一の銀行である。

 大半のことがネット処理ですむ時代であっても、万が一のことを思えば世界各地に頼っていけるところがある銀行の方がよいと考えてのことだ。


「アメリカの銀行を使っているとか、ちょっと意外」


 アルジェントがそのように言ってきたのはよほど意外だったからだろう。


(そんな内向的に見えるかな?)


 陸斗は苦笑する。

 実のところ内向的なタイプだというのは間違ってはいない。

 プロのeスポーツ選手にならなければ、外国の銀行に口座を作るという発想すらしなかっただろう。

 その意味でアルジェントの印象は正しかった。 


「アルジェントはどの銀行を使ってるんだ?」


 これは陸斗としては話の流れに乗っただけのつもりである。


「ジュネーヴ銀行だよ」


 この返事にぎょっとなり、思わず聞き返す。


「スイスの?」


「うん」


 あまりにも返事は短かった。

 アルジェントらしいのだが、今回ばかりは困惑が上回る。

 だが、客観的に考えてみればお互いさまではないだろうか。

 どちらも相手の本名も住所も知らないし、他のプライベートの情報は一切持っていないのだから。

 

「意外そうだね?」


 アルジェントがそう聞いてきたので素直に答える。


「アルジェントだって海外の銀行を使ってるのは何か意外だよ」


「言われてみるとそうかもね」


 本人はあっさりと納得してしまう。

 何となくおかしくなって二人はくすりと笑いあった。

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