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2話「ベルーアブック」

 陸斗は次に市販のオンラインゲームをプレイすることにした。

 これは脳のリフレッシュも兼ねているし、単純に他のプレイヤーとわいわい楽しく遊べるものが好みだというのもある。

 彼が今やっているのは「ベールアブック」というハンティング系ゲームだった。

 仲間とともに異形の怪物を退治する、さまざまなアイテムや素材を集めて多種多様なものを作ろうという古くからあるタイプのものである。

 これもまたVR機を使うものであり、トレーニングの一環でもあった。

 VRゲームをプレイすることがそのままトレーニングにつながる点が、現代のプロのeスポーツ選手の特長なのかもしれない。

 陸斗はそう思っていた。

 ゲーム内にダイブするとまずこげ茶色の木の壁が視界に入ってくる。

 周囲にはベッドと白いシーツと布団、机に椅子くらいしかない。

 ここはゲーム内での彼の部屋なのだが、飾りのたぐいに興味がない彼の性格をよく表していた。

 ここに来た彼が一番にやったのはフレンドがログインしているか否かの確認である。

 特によくパーティーを組んでいる相手がきているかどうかは、割と重要であった。


(アルジェントはいるけどグラナータは来ていないか……)


 その矢先、チリンチリンというアラーム音が鳴る。

 アルジェントからチャットメッセージが届いたのだ。

 

「ワーイ、グリージョだ」


 グリージョというのがこのゲームにおける陸斗のユーザーネームである。

 

「アルジェント、ばんはー」


 よくパーティーを組み会話をしている相手だけに、陸斗も砕けたあいさつをメッセージで送った。


「アルジェントさんから通話要請が届きました」

 

 ほとんど間を置かず女性の機械音がアナウンスする。

 それを承知すれば聞きなれた少女の声が陸斗の脳に響く。


「ずっとソロで狩ってたから、そろそろ飽きてたー」


 アルジェントの方も慣れたもので、彼が何も訊かないうちから簡単な現状報告をする。

 

「じゃあ、何か狩りに行く? それともいらない素材を交換する?」


「うーんとね。マンティゴアの爪と牙があまってるんだけど、欲しい?」


「牙が欲しい。作りたい武器があるんだ」


 彼がそう答えると相手の声に喜色が宿った。


「それじゃ決まりだね」


 これには陸斗が慌てる。


「ちょっと待ってくれよ。お前が欲しい素材は何だよ?」


「えーっとね、今すぐ思いつかないからまたでいいや」


 フレンドの場合本人の合意さえあれば、素材を一方に譲ることができるのがこのベールアブックというゲームだった。


「ふうん、分かった。サンキュー」


 その為彼としても強弁はできない。


「いいってことさ」


 明るい笑い声を立てたアルジェントは彼の現在地をたずねてくる。


「今はどこの街にいるの?」


「アーナンドだけど? ああ、そう言えば昨日は一緒じゃなかったっけ」


 どうして訊かれたのか疑問に思ったが、すぐに答えを自力で見つけてしまった。


「うん、そうだよー。グリージョ、昨日は来なかったじゃない?」


 アルジェントの声が心なしかすねたようなものになる。


「ごめんごめん」


 陸斗は罪悪感を刺激されてしまいひたすら謝った。


「今日来てくれたから許すー」


 先ほどとはうって変わって、明るい声である。

 このように感情が豊かなのがアルジェントというプレイヤーだった。

 そのおかげか一緒にいてとても楽しい。


「じゃあボクからそっちに飛ぶね。今ちょうど街に戻っていたところだし」


 街同士にかぎりプレイヤーは転移ゲートを使って自由に行き来することができる。

 一度はその街に入って転移ゲート登録をしなければならないという条件があるが、便利さの割にゆるいものだ。

 陸斗はアルジェントと落ち合う為、この街の転移ゲートへと向かう。

 この街の転移ゲートは出入口付近に備えつけられている。

 街にはヒューマン(人間)、獣人、竜人、ドワーフ、エルフといった多種族がいて、足早に歩いていたり、露点のたぐいに足を止めていたり、また大声で客を呼び込んでいた。

 プレイヤーかそうでないかはキャラの上に表示される名前の上を見れば分かる。

 グリージョのアバターから見えるプレイヤーとNPCの数は半々といったところだろうか。

 ゲートの近くにいくと一人の女性体プレイヤーが、彼を見て笑顔で手を振る。

 茶色のショートヘアに黒いネコ耳、ルビーを思わせる瞳と容貌はとても美しい。


「おーいグリージョ、やっほー」


 あくまでもアバターに過ぎないと分かっているが、それでも美少女と待ち合わせて合流するという疑似体験をしているようで、グリージョの背中がむずかゆくなった。

 ここで手を振りかえさないとアルジェントは間違いなく拗ねてしまう。

 それなりの付き合いだからこそ彼は確信できる。

 これはゲームの中だと言い聞かせた後、そっと手を小さく振り返す。

 幸いアルジェントはそれで満足し、ニコニコとしながら駆け寄ってくる。


「グリージョ、二日ぶりー」


「うん、二日ぶり」


 あいさつもそこそこにアルジェントは話を切り出す。


「聞いて聞いて。さっきまでソロでやっていたんだけどさ、マンティゴアがほんと面倒だったよー」

 

 快活で高速に言語のマシンガンが飛んでくるが、いつものことだった。


「そりゃマンティゴアはマルチボスだからな」


 このゲームで敵として出現するモンスターは、いわゆる雑魚敵の「モブ」、一人で倒せるよう設計されたソロボス、それから数人の協力プレイで戦うことを想定して設計されているマルチボスに分類される。

 上級者ならばマルチボスを一人で倒すことは不可能ではないのだが、仲間と戦うよりずっと大変だった。


「グリージョが来ないから悪いんだよー」


 理不尽な言いがかりともとれる発言だが、陸斗は怒らない。

 アルジェントは本気で難癖をつけてきているわけではなく、子犬が大好きな飼い主にかまってもらいたい一心で鳴いているのと同じだと解釈しているからだ。


「おお、ごめんな。今日は二、三時間くらいプレイできるから許してくれ」


「うん、許しちゃう。いっぱい遊ぼうねー」


 彼の言葉を聞いたアルジェントは一瞬で満面の笑顔になる。

 あまりのも簡単すぎる為、グリージョは笑いをこらえるのが大変だった。

 

「何を狩る? グリージョは何がほしいの?」


「うーん。それより先にアルジェント、いらない素材を売ろうぜ」


「えーっ?」


 彼の提案にアルジェントは難色を示す。

 このフレンドは彼以外のプレイヤーとトレードなどをするのは稀である。

 彼が言い出さなければ、思いつきさえしなかったかもしれない。


「別にいいよー。まだ倉庫には余裕があるし」


「そうなのか?」


 それだけに倉庫に余裕があると言われてしまうと、グリージョも無理強いはできなかった。


「じゃあ、足りない素材をチェックするからちょっと待って」


「うん」


 彼は一言断ると最も欲しい「鬼神の小手」を作成するのに必要な素材を確認する。

 そこへ通りがかった三人組プレイヤーが彼らに気づいて小声を発した。


「お、あいつらグリージョとアルジェントじゃないか」


「あれ、あの二人ここにいるの?」


 感嘆と称賛に近い声をあげた二人の男に対して、最後の一人は別の理由で首をひねる。


「アルジェントはもちろん知っているけど、グリージョって誰だっけ?」


 これに仲間二人は驚いたようで足を止めた。


「お前知らないの? グリージョってログイン時間そこまでじゃない割にバケモンみたいに強いんだよ。あのアルジェントがなつくくらいにはな」


「へええ……言われてみればアルジェントがプレイヤーと仲良くしているところを見るのは珍しいかも。というか初めて?」


「そういや俺もグリージョ以外のプレイヤーとあんな親しそうにしているのを見た記憶がない……」


 そのようなやりとりをグリージョは聞こえないふりをし、アルジェントはナチュラルに無視する。


「足りないのは鬼神の角と煉獄の黒鋼だったよ」


 グリージョが言えばアルジェントは少し考え込む。


「煉獄の黒鋼は二人で十分か。鬼神の角は悪路王だよね? ボクたちだけでもいけると思うけど、どうする?」


 うかがうように向けられたルビーの瞳には「二人だけで行きたい」と書いてある。

 言葉にしないのは彼への配慮だろう。

 それを察したグリージョはすばやく決断する。


「グラナータはログインしてないみたいだし、二人だけで行こうか。とりあえず煉獄の黒鋼を取りにさ」


「うんっ!」


 希望がかなったアルジェントは青空に輝く太陽のような笑顔になった。

 これを見た彼はこれでよかったのだと思う。

 彼のフレンドであるグラナータはアルジェントとも面識はあり、何度か一緒にプレイしたことがある。

 まだアルジェントとまともに付き合えるプレイヤーだった。

 そのグラナータがいない以上、二人で行動するのが最善手には違いない。

 

「煉獄の黒鋼は大獄山だよ。装備を変えた方がいいよね」


「それもそうだな」


 アルジェントに指摘されたグリージョは二人の装備を見る。

 彼のものは魔神の鎧、呪怨の双剣、動乱の腰当て、死神のブーツというまがまがしい黒紫色で統一されていた。

 ヒットポイントの回復量が減るというペナルティがあるものの、強力な特殊効果を持つ装備である。

 それに対してアルジェントのものは天使シリーズという純白の装備で統一されていた。

 大獄山は炎熱の地形ダメージが入り、ボスも炎熱攻撃を得意とする。

 パーティーメンバーが二人だけならば対策しないと一気にクリア難易度があがってしまう。

 グリージョは地形ダメージや状態異常効果を無効にしてくれる大天使の腕輪をセットしただけだったが、アルジェントは灼熱魔神の鎧、籠手、腰当て、ブーツに氷竜の剣ときちんとした装備にしている。

 

「相変わらず余裕だね、キミはさ」


 それでもアルジェントはグリージョに対して信頼がこもった笑みを向けた。

 

「そういうお前は強いくせにきっちり対応装備で行くんだな」


「うん。キミにいいところ見せたいもん」


 彼のパートナーたる女性体プレイヤーはそう言って微笑む。


「頼りにしているぜ相棒」


「うんっ!」


 彼の言葉に元気に応じたアルジェントは、笑みをひっこめると疑問を口にする。

 

「ところで依頼はどれにするの?」


「うーんどうするかな……」


 ベルーアブックでは敵が出現するダンジョンに入る為には、依頼を受注しなければならない。

 依頼に書かれた項目を満たすことでクエストクリアとなり街へ帰還できるのだ。


「黒鋼採掘依頼だといくつか提供しなきゃいけないしな」


 採掘して納品するのがクリア条件になるのだから当然なのだが、何となく損した気分になる。


「じゃあ炎竜退治依頼にする? 採掘できるだけやって、ついでに竜を退治しようよ。炎竜ならドロップ狙う価値あるし」


「そうだな。そうするか」


 アルジェントの提案にグリージョは賛成した。

 炎竜は大獄山のマルチボスの一角で、ドロップする牙、爪、眼、鱗、キモ、ハート、尻尾のいずれも有用な素材である。

 目的のついでに狙うならばうまみがある相手と言えた。


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