23話「闘いの終わり」
優勝したモーガン、二位に終わったマテウスには記者たちが詰めかける。
彼らはどちらもプレイヤーネームを利用していないため、カメラのフラッシュも浴びていた。
彼らは集団を引き連れてプレイルームを出てインタビュールームに向かう。
その華やかな一団が出ていくのを陸斗はひんやりとした筐体に背をあずけながらながめていた。
その息は若干乱れていて、額には汗がにじんでいる。
タイトル戦決勝という大舞台は彼にそれだけ消耗を強いたのだ。
目を閉じてこめかみ部分を指でもみほぐす彼にアンバーが声をかける。
「ハイ、お疲れ様」
「アンバーも」
笑顔で話しかけてくる少女をまぶしく思い、彼は無愛想な返事をした。
「お互い残念だったわね。でも楽しかったわ」
「……そう思えたらいいな」
明るい口調で初のタイトル戦を楽しんでいたと話す彼女を陸斗はうらやましく思う。
このメンタリティこそが彼女の強さを支えているのだろうか。
「何よ、暗い顔しちゃって。まだまだ私たちの戦いは続くのよ? 一回の結果でくよくよしてちゃダメよ?」
アンバーは彼の顔をのぞきこみ、青い瞳でじっと見つめてくる。
そのまっすぐさと美しさ、そして言葉が彼から声を奪う。
ただ、それは二秒にも満たなかった。
彼女の意見の正しさを認め、その姿勢を見習いたいと感じる柔軟な精神性を、陸斗は持っていたのである。
「そうだな。次にもっといい結果を出せばいいんだよな」
力強さを取り戻した彼を見て、アンバーは満足げに微笑む。
「そうよ。今のあなたの顔、ちょっと素敵よ。少なくとも私は嫌いじゃないわ」
「なっ……」
陸斗は露骨にうろたえてしまう。
彼はこのような言葉を直接的に投げつけられた経験など一度もない。
過去に賞賛を浴びたことならば何度もあるが、それらは全てVRゲーマーとしての実力に向けられたものだ。
まして発言の主がアンバーほどの美少女となると、うぶな少年には刺激が強すぎる。
言った方には他意はなかったらしく、彼の反応を訝しがるばかりだったが。
彼は心理的に立ちなおる間を作るためエヘンと咳ばらいをし、アンバーに今後を問う。
「今まではグレート十二には出てなかったみたいだけど、今後はどうするんだい?」
「ああ、それはおじさまの作戦なの。いきなりタイトル戦でデビューした方がいいってね。だから今後は出場していくつもり」
アメリカ人の少女はさらりと告げる。
たしかに彼女のパフォーマンスは衝撃的だった。
作戦を考えたおじさんが自信たっぷりなのもうなずける。
「よかったら連絡先交換しましょ。エラプルやってる?」
「うん。はじめたのはごく最近で、いまいち勝手が分かってないけど」
「私も別に使いこなせているわけじゃないわよ。ただ、誰かとやりとりするのに便利だなって思ってるだけ」
二人はそのようなことを言い合いながらエラプルIDを交換し合う。
それに目ざとく気づいたヴィーゴが寄ってきて、二人に声をかける。
「おや、トオルもエアラルはじめたのか。僕と交換してくれないかい?」
「いいよ」
陸斗は快く応じたが、アンバーは首を縦に振らなかった。
「ごめんね?」
「ああ、仕方ないね」
笑顔での拒否にイタリア人は素直に引き下がる。
男同士での交換が終わった後、彼らはパーティー会場がある十五階へと向かった。
本来こういうパーティーではそれなりの服に着替えるべきなのだろう。
ところがロペス記念では選手用スーツを着たままでのパーティー参加が認められている。
ヨーロッパの人の中には「非常識だ」と眉をひそめたりするが、ロペス本人は「バトルスーツこそが選手の正装」と言って譲らなかった。
彼らが深紺のホールドアを開けて派手なシャンデリアの光を浴びながら赤い上等そうなじゅうたんに靴を乗せると、記者が数人アンバーのところへやってくる。
彼女はプレイヤーネームを使っているせいか、カメラマンは一人もいない。
「アンバー選手、ちょっとインタビューいいかな?」
「ええ、喜んで」
少女を大人たちが囲み、ヴィーゴと陸斗は押しやられる形になってしまう。
タイトル戦初出場で四位という好成績をおさめた十代の少女は、次世代をになうスーパースターの出現を人々に予感させたのだ。
取材関係者の誰も陸斗の方には目をくれようとはしない。
それが今のアンバーと陸斗との違いであり、プロの世界というものだ。
主催者のあいさつが終わって立食がはじまると彼とヴィーゴは、供されたご馳走を腹いっぱいに詰め込む。
やけ食いと思われないように注意をする必要はあったが、実態はその通りである。
スポンサー関係者はまず成績上位者、あるいは上位ランカーの方に向かうため彼らはしばらくヒマなのだ。
彼ら二人のところに最初にやってきたのはグループステージで敗退したバシュロである。
「グループステージではまんまとやられたよ。決勝は残念だったね」
フランス人の強豪選手は春風のようにさわやかに声をかけてくる。
「その節はどうも……」
蹴落とした立場である陸斗としては、とっさの反応に困った。
助けを求めた視線をさまよわせてみるといつの間にかヴィーゴがいなくなっていることに気づく。
勝敗はプロの日常であり、いちいち気にしてしてしまう彼の方が少数派なのだが、バシュロにはそれが好ましく映ったようである。
「アンバーという子もすごかったね。彼女はきっとスター選手になれるだろう。でも、私もこのまま負けたつもりはないよ」
彼は自分を負かした者たちを惜しみなく賞賛したが、同時に負けず嫌いな一面もちらりと見せた。
「僕もです。年が近い子があんなパフォーマンスできるとなると刺激を受けます」
それは陸斗も同様である。
その性格ゆえにはっきりと言葉にはできないが、心の中で闘志を燃やす。
そのような少年の背後から中年の落ち着いた感じの男性の笑い声が聞こえる。
聞き覚えのある声に陸斗が振り向くと、予想通り濃藍色のクラシックスーツを着て水が入ったグラスを右手に持った聖寿寺がいた。
今日は隣に愛娘はいない。
「その意気だよ、トオルくん」
「これは聖寿寺社長」
彼が反射的に背筋を伸ばすと大物スポンサーは苦笑する。
「我らがロペスに敬意を表するためにも、楽にしてくれたまえ」
クリストファー・ロペスが日本人にとっても偉大な存在なのに違いない。
そう言われてしまうと陸斗は楽な態度をとろうと努力する必要がある。
その時点で間違っているのではないかと指摘する者はここにいなかった。
「ムッシュ・セイジュジ、久しぶりです」
バシュロが気安い様子で聖寿寺正克に話しかける。
セイジュジという名前が若干言いにくそうだったのはフランス人だからだろうかと陸斗はこっそり思う。
「ああ、ムッシュ・バシュロ、久しぶりだね。君がグループステージ敗退するとは正直かなり驚いたよ。破ったのがトオルくんだったのはうれしい誤算だったが」
正克は彼とミノダトオルの関係をバシュロが知っていることもあり、はっきりと言葉にする。
「ふっ……彼には見事にしてやられましたよ」
バシュロは好意的な笑みで応じた。
「もっとも次の戦いではお返しさせてもらいますがね」
その青い瞳は鋭く、陸斗は心臓を重い斧で殴られたかのような気持ちになる。
正克はふむと左手であごをなでた。
「君たちが会う次の大会はおそらく七月のダービーだろうな」
「そうなるといいですね」
バシュロと正克と違い、陸斗はどこか自信なさそうに言う。
これにフランス人は金色の眉を動かして疑問をあらわにする。
「今度のダービーの出場資格、君は得たはずだろう?」
「あっ、そうか。ロペスで七位だったから……」
指摘された彼は頬が熱くなるのを感じながら、気まずそうにそっと目をそらす。
ダービーの出場資格は細かく複数あるが、うちひとつに「一年以内に開催されたタイトル戦で八位以内に入った者」という項目がある。
つまり今回のロペス記念で七位となったミノダトオルこと富田陸斗は、その時点でダービー出場権を勝ち取っているのだ。
「おいおい、頼むよ」
正克もこれには苦笑を禁じ得ない。
「も、申し訳ありません」
スポンサーの前での恥ずかしい失態に陸斗は他の言葉が思い浮かばなかった。
そのような彼をフォローの手を差し伸べたのはバシュロである。
「私も若いころは似たような経験をした覚えがあるよ。世界各地を回っていろいろなゲームに出ていると、時々どの大会がどういう出場条件だったか分からなくなってしまってね」
「へえ、ムッシュほどの人でもそうだったのですか」
陸斗は意外な話を聞かされて目をみはった。
「ムッシュ・セイジュジの前で言うことではないかもしれないけど、慣れるまでは大変だったよ。時差や長距離移動との戦いはね。なに、そんな顔をしなくても君も五年ほど経験すれば嫌でも慣れるさ。人間は環境に適応できる生き物だというのは、決して嘘なんかじゃないんだよ」
バシュロに言われると不思議なほど説得力を感じる。
しかし、五年もの間トッププロと言えるだけの活躍ができるかどうか。
真っ先に陸斗はそう考えてしまったが、バシュロはごく自然体である。
「ええ、慣れられるように頑張ります」
「それに君には星野くんもいる。まだ若いがしっかりしているだろう?」
「はい、いつも頼りにしています」
正克の言葉を一にも二もなくうなずく。
星野薫という女性がいなければいったい自分はどうなってしまうのか。
本気でそう思えるかけがえのないパートナーである。
「ああ、パートナーは大切だね」
バシュロも賛同を示す。
そこへ当のバシュロのパートナーである男性がやってきて何事か耳打ちをする。
「すまない。私の所属企業が私を探しているようです」
「それは行かないといけないな」
正克も陸斗も彼を引きとめず、別れのあいさつをかわした。
去っていくフランス人の背中を見つつ、陸斗は内心胸をなでおろす。
世界一ケタクラスのランカーと話すのはまだ少し緊張するのだ。
それに正克は気づいたが指摘せず、別のことを言う。
「君も少しは顔つなぎをした方がいいと思うよ。あいさつ回りもプロの仕事だろう」
「は、はい」
陸斗は食べかけていた物をジュースで流し込む。
正克の言うことは正しい。
アンバーのような目覚ましい活躍をした者か、トップクラスの者でなければ協賛企業や出資者たちの方から寄ってくることは皆無である。
自分から行かなければならないし、それもまた必要なスキルだった。




