22話「ロペス記念・決勝ステージ」
「さあ、いよいよ決勝ステージがはじまります!」
インターネットニュースではアナウンサーの興奮した声を届けている。
基本的にアナウンサーは英語を話しているのだが、配信先の国や地域によっては母国語に翻訳されたり字幕が表記されたりとさまざまだ。
放映される国と地域は百五十を超えて、視聴契約を結んでいるユーザーの数は一億に達しているという。
サッカーのワールドカップやオリンピックにはまだ及ばないものの、その次あたりを争うポジションに成長してきたのがWeSAツアーのタイトル戦である。
その決勝ステージだからと言って選手たちの方は特にいつもと変わらない。
順次割り振られた筐体に入り準備していく。
初の決勝ステージ進出となったアンバーらも落ち着いた様子だった。
(ひょっとして一番緊張しているのは俺か?)
陸斗はふとそのようなことを考える。
いざゲーム直前になるとライバルたちが強大に思えるのだから情けないが、気持ちは切り替えなければいけない。
ゲームの開始は選手たちが筐体に入ってから五分後と決められているし、マシントラブル以外の理由では待ってもらえないのだから。
バトルサーキッツの世界にダイブしてあてがわれたマシンへ乗り込み、スタートラインへと移動する。
十六台ものマシンが並んでいるさまは壮観であった。
今回陸斗のマシンは十番めであり、これはグループステージの通過タイム順である。
一位がマテウスでないのもそれが理由だったが、大してハンデにならないだろう。
「アーユーレディ?」
機械的な女性アナウンスがプレイヤー十六人の耳に響く。
全員が神経を集中させて目の前の信号機のランプを見つめる。
三つめのランプがともった瞬間、全選手がいっせいにスタートを切った。
いや、マテウスだけ他の選手よりも二十分の一秒早い。
フライングにならないギリギリのタイミングであった。
その神がかり的なスタートダッシュのおかげで一気にトップに並ぶ。
(す、すごい!)
マテウス自身でも毎回成功できるわけではないだろう。
そのようなスーパーテクニックをタイトル戦決勝という大舞台で成功させたことに陸斗は舌を巻く。
もちろん感心しているような場合ではない。
三周あると言ってもこれは一発勝負である。
とにかく離されないように食らいついていくしかなかった。
今は急な勾配と大きなカーブが連続しているため、トッププロと言えどもうかつには仕かけられない。
それでもじわじわと差が開きはじめている。
コーナーを曲がる際のポジショニング、速度を落とさずに曲がるドリフトテクニック。
それらのひとつひとつはトップと最下位で大きな差はない。
だが、ひとつの差がわずかでも数が重なるとじわじわとはっきりとしたものに変わっていく。
離されはじめたのは十二位以下の選手たちであり、陸斗は現在同率九位となっている。
グループステージの時とは違ってみんな彼のことを警戒しているに違いない。
それを思えばまだ仕かけない方がよいと彼は判断する。
ましてや今回は上位ランカーが何人もいる決勝ステージだ。
(言うなれば全員が警戒必要な優勝候補だからな)
まだ十二位以下の選手たちにも勝機は残っているだろう。
油断してもよい状況ではない。
ただ、全員が優勝を狙えると言っても、やはり優先順位というものは生まれる。
マテウスとモーガン、二強とも呼ばれる者たちがその筆頭であり、それに次ぐのが一ケタ台の猛者たち。
後は予選でバシュロとラックウェルを敗退に追いやったアンバーであろうか。
モーガンは元から知っていたのかもしれないが、あの鮮やかな一撃はマテウスにもインプットされただろう。
上位ランカーがつぶし合い、そこにアンバーが一撃を入れて大混乱状態になり、そこをするりとかわす。
(それが俺の理想のわけだが……)
他の選手も似たようなことを考えているだろうし、マテウスやモーガンが気づいていないはずもなかった。
中盤にさしかかると今度は下りになり、今までとは変わって直線が多くなる。
本来ならばタイムを稼ぐためのエリアだと言えるだろう。
だが、この舞台ではそうはならなかった。
マテウスとモーガンはアクセルをフルスロットルにして、後続を引き離しにかかったのである。
これに対抗するならば妨害技を当てるか、それともフルスロットルで距離を維持するかだ。
三位につけていた選手は妨害する方を選ぶ。
ところが、四位にいた選手は加速する方を選んだ。
これによってマテウスの順位が三位まで下がり、モーガンがトップに躍り出る。
さらに三位の選手を目がけて後方の岩井から妨害が入って、三位以下は一気に密集状態へとなった。
その間隙をぬって浮上してきたのがヴィーゴ、アンバー、陸斗である。
さすがにマテウスはかわせなかったが四位を争う位置まで順位を押し上げた。
この三人への攻撃は来ない。
普通ならば激しい攻撃が来るのだろうが、ここでそれをおこなうと一位のモーガンと二位の選手にさらに離されてしまうだけだ。
すでに目算で二秒ほどの差がついてしまっている。
モーガン相手にこの差はかなり痛いと理解できない者はこのゲームにはいなかったのだ。
(勝負は相手の動きを見てから動くべし、か)
陸斗はふとある定説を思い出す。
もっとも動くのが遅すぎてもいけないし、先手必勝がそのまま当てはまるケースもある。
今回がたまたまこの定説が正解になっただけだ。
何よりまだ三周勝負の一周めにすぎない。
彼にはマテウスがこのまま終わるとは思えないし、他の選手も同様だろう。
コーナーで火花を散らし合いながら一周めが終わる。
一位はモーガンで六分二十二秒二八、二位はクーガーの六分二十四秒七六だ。
三位にマテウスが六分二十五秒一三と一度引き離されながらも見事に立てなおしてきている。
四位はヴィーゴで六分二十八秒八六、五位がアンバーで六分三十秒四一、六位が陸斗で六分三十一秒八七、岩井は八位で六分三十三秒一五とやや苦しい。
二周めとなるといよいよモーガンが真価を発揮しはじめる。
一周めは単なる様子見だったのかと視聴者が思ったほどギリギリのコーナリングでクーガーを突き放す。
マテウスはどうかと言うと、同じような攻めの走りでクーガーとの差を詰めてくる。
四位以降はマテウスに差を広げられていく一方であり、挽回できそうな気配が今のところ見られない。
陸斗の作戦もアンバーの一撃も、前方との差が小さい前提で効果を発揮するものだからこうなってくると出すのは不可能になる。
妨害攻撃も命中させるのが難しい距離になってしまっていた。
モーガンとマテウスはテクニックでこの二人を封殺したと言ってよい。
中盤からの直線コースでクーガーがモーガンに攻撃を仕かけるが、モーガンはあっさりと避ける。
一対一と言える状況で来ると分かっていればみすみす食らうような男ではなかった。
その隙にマテウスがクーガーに一撃を入れて並んでしまう。
一周めはよい判断で二位に浮上したクーガーだったが、ここにきて地力の差と追い上げられた時のまずさを露呈する形になった。
それでもずるずると後退することなく、三位で踏みとどまる。
タイトル戦は順位が高いほど獲得賞金額もポイントも多い。
少しでも多く稼いでおけば今後のツアーで優位に立てる。
そういう事情もあるし、何よりもクーガーも歴戦の猛者だ。
一度二強に打ちのめされた程度でクーガーの闘志は萎えたりしない。
マテウスとモーガンが一騎打ちになれば漁夫の利を狙い、そうでなくとも三位を維持する。
素早くゲームプランを修正したのであった。
このクーガーの切り替えの早さはより上を目指したい後続プレイヤーにしてみれば厄介きわまりない。
(ダメージを受けて落ちてきてくれたら楽だったんだが、世の中そんなに甘くないよな)
さすが上位ランキング常連の強豪だと陸斗は思う。
このままいけば過去最高の六位が見えてくるが、まだまだ安心はできない。
彼より後ろの順位の選手たちはまだ一人もあきらめていないだろう。
彼もまたできれば三位は狙いたいと本気で考えている。
二強の底力がかいま見えた二周めが終わり、いよいよ全てが決まる三周めがはじまった。
視聴者が注目するのは何と言ってもマテウスがここからどうやって巻き返すのか、あるいはモーガンが逃げ切るのかという点である。
その次の見どころになりそうなのは三位争いだろう。
まだ岩井にもチャンスはあると言える状況だ。
決勝ステージに勝ち上がってきた意地を見せることができるのか期待される。
モーガンは二周めと同じ走りでトップを快走し、マテウスは引き離されることなくついていく。
いくらマテウスでも妨害なしでモーガンとの差を詰めるのは容易ではないようらしい。
そうなってくるとモーガンの方が心理的に有利な状況なのだが、マテウスは少しもあせる様子はなかった。
不利な状況でも冷静かつ精密に追走を淡々と続ける。
その高品質のコンピューターさながらの正確な走りに観客たちは息をのむ。
初めてeスポーツを観戦した人たちもこのドイツ人プロ選手の走りがいかに凄まじいのか、空気で伝わったようであった。
「正確な走りで追いかけるマテウスもすごいが、ノーミスで差を詰めさせないモーガンもすごい」
「やはりこの二人の一騎打ちか……」
記者たちは感嘆とも賞賛ともつかぬ声を小さくもらす。
レースはいよいよ中盤をすぎて最終局面へといたる。
モーガンとマテウスの差は変わらず二人はそのままゴールし、クーガーがそれに続く。
七位、八位の岩井の二人が前を行く陸斗たちに妨害を仕かけた。
かわそうとした彼だったが、アンバーとヴィーゴの二人にそれをブロックされてしまう。
この二人は岩井たちの攻撃を利用して陸斗を振り切ろうとしたのだ。
「しまった……」
それを予想していた彼はヴィーゴのマシンを避けたものの、アンバーにブロックされてしまい順位を八位まで落とす。
そのヴィーゴたちはと言うと岩井たちに妨害ビームを命中させて、先行を許さなかった。
そこに立てなおした陸斗が反撃をお見舞いし、壮絶な応酬がはじまる。
その中で光ったのはヴィーゴだった。
攻撃を命中させる回数こそ少なかったが、巧みに攻撃とブロックをかわして再び単独四位となって最後のカーブに入る。
その瞬間、アンバーが妨害ビームを放つがヴィーゴはそれを間一髪避けた。
そこまではよかったのだが、外へふくれてしまい内側があいてしまう。
アンバーはそこに切り込み、直線に入ると同時にヴィーゴを抜き去る。
ヴィーゴが追いすがろうというところで岩井と陸斗から攻撃が放たれた。
直線に入ったタイミングでの複数の攻撃はさすがにかわせなかったか、まともに浴びる。
イタリア人選手は七位へと後退し、六位争いは奇しくも日本人対決となった。
カーブを曲がった段階で岩井が競り勝ち、陸斗の前に出る。
(妨害は……無理だ)
彼は一瞬迷ったものの、後ろから来る八位との距離に気づき今の順位を守る方を選ぶ。
四位がアンバー、五位がヴィーゴ、六位が岩井、七位に陸斗という順番でゴールしていく。
こうして陸斗の高校入学後初のタイトル戦は終わった。
マシンを止めて降りた彼は深く息を吐き出しつつヴァーチャルリアリティの空をあおぐ。
(結局、七位だったか)
去年よりも順位はひとつあがっただけでもよしとしよう。
悔しさを噛みしめながら少年は無意識のうちに強がる。




